19 とある少女
相変わらず平凡な風景が続く。
ユニコーンの発情オス共を撃破したのは、もう五日も前の事になる。
その後は、特に特記するような出来事も無く、平穏な旅を続けている。
ところで、俺の眼前の豆柴は、一体何がしたいのだろうか?
何か変な物でも拾い食いでもしたのか?
「レスト、なんで降参のポーズを続けてるんだニャ?」
そう、俺の前には両前足をクの字に曲げた豆柴レストがお腹を見せている。
「クゥ~~~~ン(ひまなので~~~~す)」
どうやら、唯単に遣る事がなくて時間を持て余しているようだ。
そんな理由から、恐らくは構って欲しいのだろう。
仕方がない。ほれ! ほれ! ほれ!
俺が肉球で、レストを突き始める。
「キュ~~~~ン(あひゃ~~~)」
遊んで欲しそうな、豆柴レストの複乳を肉球でペチペチと弄ぶと、彼女は嬉しそうに、クの字にした脚をパタパタと動かす。
そんなレストの動きが楽しくなって、更にプニプニとお腹や複乳を攻撃する。
すると、その行動が琴線に触れたのだろう。メルが星獣の姿に戻ってその白いモップ姿で飛び付いて来た。
「ギャフ! ガッフ! ガ~~~~ゥ(うちも入れてよ~~)」
星獣とはいっても、未だ小さな子供......いや、モップサイズだ。
三つ巴となっても場所を取ることも無い。
「ニャ~~!」
ヤバイ、メルの尻尾の動きがどうしても気になってしまう。
おりゃ! うりゃ! そいや!
「ニャ! ニャ! ニャ! ニャ~~!」
「ギャフ! ギャウ! ギャウ!」
「オン、オン、フッス~~~ハァハァ」
俺を含めた三匹がバトルを繰り広げていると、それを黙って眺めていたミララが、行き成り飛び付いてきた。
「ミーシャ、私も構ってなの」
彼女は三匹と一緒に転がって、抱き締めた俺をお腹の上に乗せる。
ぬお~~~! 横になっても形が崩れてない! 胸用の下着すら付けてないのに!
そのデカプリンの様相に、思わず感嘆してしまった。いや、思わず肉球でプニュプニュと触り始める。
すると、ミララは少し気持ち良さそうに目を細め、俺にされるがままになっている。
お~! これはやってもええんか! ええのんか~~!
何故か久々に興奮して来て、ミララの大きな胸を持たあそび始めると、彼女の吐息が暑くなっていく。
それを見て、なんだかムラムラとしてきた俺は、顔を擦り付けたり肉球で揉みほしだいたりしてしまう。
やっべ~。これ、人間体になってやりたいかも......
しかし、そんな俺の思考が拙かったのか、豆柴が起き上がって子犬特有の動きで、デカプリンを牽制し始める。
「オン! オン! オン!」
その犬特有の動きが、またまた星獣の好奇心を刺激したようだ。
バタバタと姿勢を変える豆柴に、白いモップが飛び掛かる。
「私に御者をさせておいて、とても楽しそうですね。ミララ! レスト!」
和やかな世界を一変させたのは、いつの間にか専属御者と化しているマルラだった。
確かに、御者係、料理係、掃除係、洗濯係、等々、彼女の担当業務が多い気がする。
しかしながら、ミララとレストの家事能力は壊滅的だからな。ついつい、俺も甘えてしまう。
「悪いニャ。いつも苦労を掛けてるニャ」
ミララの上から飛び降りると、彼女から「ああ~」と残念そうな声が上がる。
そんな彼女を尻目に、俺は自慢の長い尻尾を立てながら優雅な歩みで御者台に近寄ると、マルラの膝の上に飛び乗る。
「あは、師匠~~」
マルラは俺の方から歩み寄ったことが嬉しかったのか、一気に表情を柔らかいものに変えると、俺の背中を撫でてくる。
偶には、飴を与える必要があるだろう。だが、この場合の飴って、俺か? 自己犠牲? 人身御供...... 猫身御供なのか?
路面の凹凸を踏む度に揺れる馬車の上で、そんな如何でも良い事を考えていると、馬車を引くユニコーン、馬に化けたルーラルが警戒の声を上げる。
「ヒヒ~~ン! ブルルル」
というか、念話を使う事ができる彼女が、わざわざ嘶く必要があったのだろうか。
彼女の嘶きを耳にした俺は、ふと、そんな事を考えるのだった。
それは、俺達の幌馬車と打って変わって、桁外れに豪華な馬車だった。
赤い車体は金色で縁取りされ、彼方此方に取り付けられた金具には綺麗な細工が施されている。いや、その金具も金で出来ているのかも知れない。
ただ、残念に感じるのは、豪華ではあるが品に欠けているところだ。
その絢爛な様相は、如何にも成金といった雰囲気だ。
それを見た時に感じた事は、「これを好んで乗る者と仲良く出来そうにない」という残念な思いだった。
しかしながら、その絢爛豪華な馬車も、今や風前の灯となっている。
それを知らせてきたのがルーラルの嘶きである。
しかし、彼女の警告は、何もその馬車の豪華さが失われる事を忌避したい訳ではない。
彼女が気にしたのは、その馬車を取り囲んでいる、臭い上に下種な笑顔を振りまく輩の行いに対してだ。
「盗賊が三十人もいるニャ」
「馬車の方は、既に護衛が三名にまで減ってますね」
一台の馬車を襲うには、余りにも大袈裟な規模となっている事に驚いていると、人間体に変身したルーラルが状況を説明してくれた。
「あ、向こうもあたし達に気付いたみたいなのです」
「盗賊なら遠慮は要りませんよね?」
馬車を仕舞い、徒歩でコソコソと近付いていたのだが、どうやら気付かれたらしい。
その事を人の姿に戻ったレストが伝えてくると、マルラが問答無用の免罪符を求めてきた。
しかし、俺の返事を待たずして、甲冑姿に早変わりしたミララと人間体に変身したメルが、怒涛の勢いで殴り込みを掛けていた。
「悪は滅ぶべきなの」
俺達が急いで後を追った時には、正義の使者と見紛う台詞を唱えるミララが、右手のメイスで臭い者を殴り飛ばしていた。
「ひゃっほ~~~~クタバレ! ゴミ共!」
更に、耳に届いた歓喜の声へと視線を向けると、五歳児姿のメルがピコピコハンマーで盗賊達を殴り飛ばしている。
そんな彼女に殴られた盗賊達は、凄い勢いで吹き飛ばされているのだが、その距離が余りにも桁外れなので、思わずピコピコハンマーが壊れないかと心配になってくる。
ああ、勿論、盗賊の心配なんてしていない。
「炎壁!」
魔法のワードを耳にして視線を変えると、レストが逃げ惑う盗賊を炎の輪で囲う。
中々どうして、ここ最近のレストの魔法は、かなりいい線行ってるのだ。
だ~~~が、俺に後ろ弾を喰らわすのが許せん!
「風刃!」
今度は前に出ていたマルラがレイピアに付与されている魔法技を発動させている。
マルラが掛け声と共に右手に持つレイピアを振り切ると、その前に立っていた二人の盗賊の胸が切り裂かれる。
その威力はかなりのものであり、一瞬にして二人の盗賊を戦闘不能へと追いやった。
俺の持つ炎帝や闇帝もアレくらいの威力なら、普通に使えるんだが......なんたって、両断した上に燃やすとか、砂に変えちまうとか、もう在り得ない威力だからな~~~。
そうこうしている間に戦闘が終わったのだが、結局の処、俺は何もしていない。
みんなの戦闘を眺めていただけなのだ。
まあ、これはこれで楽だから良いのだが、どんどん俺の存在価値が失われているような気もする。
それよりも、俺達の戦闘参加は、どうやら間に合っていなかったようだ。
誰一人として生きている者がいない。
いや、馬車の中に人が居るのか?
生存者を探しながら、てくてくと豪華な馬車へと向かうと、車窓から一人の少女が外の様子を伺っていた。
おっ、生存者ありか。ならば頑張った意味があるというものだ。
自分は全く何もしていない事を棚上げして、俺は戦闘の有意性を喜ぶ。
さて、猫の状態では扉を開けられないのだが、如何したものだろうか。
そんな俺の悩みを解消してくれたのは、やはり気配り上手なルーラルだった。
彼女は俺を抱え上げると、馬車の扉をノックして安全である事を伝える。
「もう大丈夫ですよ。不埒で臭い盗賊は全て消却しました」
ただ、その文言は少し容赦が無かった。
風呂嫌いの俺だが、これからはもう少し身体を清潔に保った方が良いかもしれない。
いつか、「この臭い猫! 三味線の素材にすらないです。消却しましょう!」なんて言われそうで怖い。
まあ、それは良いとして、いや、良くないが......
ルーラルの言葉に、外の様子を伺っていた少女が目を丸くしている。
それでも、敵でない事を理解したのか、暫くして馬車のドアが開いくと、一人の少女が飛び出してきた。
ん? あれ? 何か違和感が......
飛び出してきた少女を見た時、その理由は定かではないが、俺は違和感を持ってしまった。しかし、次のタイミングで、その違和感の理由に気付く。
その少女は飛び出したかと思うと、俺達にお辞儀をしてきたのだが、それとは別に馬車の中から異なる女性の声が聞えてきたのだ。
どうやら、この少女は侍女であり、その主は馬車の中にいるのだろう。
そう、俺の違和感とは、少女の服装と馬車の絢爛さの隔たりだったのだ。
「リリア! リリア! どこ? 私を置いて行かないで」
馬車の中から聞こえる声は、必死に少女の事を探しているようだが、よく聞くと女性と言うよりは幼女の声に思える。
「あ、は、はい。私はここに居ります」
ルーラルに対して一生懸命に礼を述べていた少女が、慌てた様子で返事をする。
馬車の中から聞こえてくる焦った声が気になった俺は、即座にリリアと呼ばれた少女の横を通り抜けて馬車の中に乗り込む。
すると、そこには十歳に届かないくらいの齢に見える少女が、両手で空を掴みながら怯えていた。
ただ、その少女は俺の気配を察知したのか、身体を縮こませながらソファーの上で後退るのだが......その少女の容貌はとても美しいものだった。
その美しさは、光を反射させる白銀の髪に、透き通るような白い肌、その瞳は綺麗なゴールドの輝きを見せており、神々しいまでの可憐さを感じさせた。
そう、まるで、西洋人形のように美しい少女だな。
だが、俺はそこで気付いた。彼女の視線が空を見詰めていることに、その輝くようなゴールドの瞳には何も映っていないことに。
この子、目が見えないのか...... なんと不憫な......
どうやら、この少女は目が不自由であるらしい。
折角、美しい容姿をしているのに......
きっと、目の障害が無ければ、バラ色の人生を送ったのだろう。
ただ、目が自由であれば、この絢爛豪華な馬車には乗らなかったことだろう。
暫しの間、少女の美しさに見惚れていたのだが、その姿がトアラとダブった様に見え始めた俺は、彼女を恐怖から解放するために、スーパーマイルドな声で一鳴きする。
「ナ~~~」
「えっ、猫? 猫なの?」
彼女の驚きは、恐怖の様相を一変させた。
きっと、恐怖をも飲み込む好奇心が、全開となったのだろう。
彼女は己の身体を抱いていた両腕を広げると、空を見詰めたまま囁いた。
「猫ちゃん、さあ、いらっしゃい」
俺は自分の意思とは別に、少女の手に引き込まれるようにしてソファーの上に飛び乗り、彼女の白く柔らかい手に頭を擦りつけてしまった。
「わ~~~、本当に猫ちゃんだ。やった~~~」
喜び騒ぐ彼女は、その白い手で、その柔らかい手で、その香しい匂いで、俺に心地良さを与えてくれる。
それは、どこか懐かしさを感じさせる手触りだ。見た目はそれほど似ていないと思うのだが、何故かトアラを感じさせる。
そして、気が付くと、いつの間にか彼女の胸に抱かれていた。
「あ~~! ミユキ~~~!」
「ぬぬぬ、師匠が甘えているわ。胸が無いのに......」
「強敵現るなの」
後片付けを完了させて遣って来たレスト、マルラ、ミララの三人が俺の状況を目にして、各々の心境を言葉にしていた。
しかし、そんな彼女達の不平を余所に、今は懐かしい安らぎに埋もれてしまうのであった。
盗賊を軽くあしらった俺達は、あまり好みでは無いのだが、絢爛豪華な馬車での旅を楽しむことになった。
ただ、この馬車の良い所は、室内が外見からは想像できない程に広いことだ。
そう、この馬車は魔道具なのだ。故に、中の広さは八畳間くらいある。
そんな広々とした室内では、向かい合うソファーの片方に、俺を抱く少女とリリアと呼ばれた侍女が座り、反対のソファーには、嫉妬の眼差しを向けてくるミララ、頬を膨らましたレスト、すっかりお眠モードとなったメルが座っている。
補足なのだが、俺の眼前でレストとメルが頬を膨らませているのは、差し出されたお菓子の影響だ。
その他、残りの三人はというと、御者台に座って馬車を操っている。
というのも、生き残ったのは、ここに居る二人の少女だけだったのだ。
「それじゃ、みなさんはアルルのダンジョンに行かれるんですね」
「そうなの」
「フンゴ!」
「モグモグ」
俺を抱いた少女、レーシアの言葉にミララが一言で答え、その他、レストとメルはハムスター状態となっている所為で、何を言っているのか全く分からない。
「じゃ、その間、猫ちゃんは私が与っても良いですか? ダンジョンに連れて行くのは可哀想」
いやいや、俺がメインだから......俺が行かないと意味がないから。
「ダメなの」
そんな俺の言葉を代弁するかのように、鋭い視線を飛ばすミララが一言で答えた。
「でも、ダンジョンに猫ちゃんを連れて行くのは危険ですよ」
ごく当たり前の意見をレーシアは述べてくるが、俺は当たり前の存在じゃないからな。
「ミユキが居ないと始まらないのですよ。それにミユキは最強なのですよ」
やっと口の中のクッキーを処理し終えたレストが、レーシアに否定の言葉を告げる。
レーシアはその話を本気にしていないのか、俺の頭を撫でながら首を横に振る。
「ダメですよ。そんな嘘には騙されません」
う~ん。これは困ったぞ。どうにも俺を手放す気がないようだ。
その事を如何したものかと悩んでいると、ルーラルから念話が飛んできた。
『王都アルルが見えました』
どうやら、無事に王都へと辿り着いたようだ。
まあ、レーシアとリリアに取っては、とても無事とは言い難いかも知れないが。
その後も俺を如何するかで揉めていたのだが、結局は決着が付かないまま入門となる。
しかし、そこで待ち受けていたのは、これまでの代償だった。
「ダメだ! ダメだ!」
衛兵の強い言葉が俺達を突き放す。
「如何して駄目なのでしょうか?」
槍を立てたまま俺達に厳しい視線を向ける衛兵に、納得のいかないルーラルがその理由を問う。
「お前達、炎獄の使徒だろ! 通達があったのだ。六人の少女とサバトラ柄猫のパーティーは破滅を呼ぶと。だから、現れても絶対に街に入れるなと命じられているのだ」
何てことだ。俺達はいつの間にか破滅を呼ぶ者と言われているのか!
ぬぬぬぬ。由々しき事態だ。癒しの女神の息子である俺が......
くそっ、これは如何にもなりそうにないな。夜中にこっそり侵入するか。
深夜の強硬手段を脳内で検討していると、リリアに手を引かれたレーシアが登場した。
「この方達は、私を盗賊から救って下さったのです。是非とも我がアルレシアン家にお連れする必要があります」
レーシアの台詞というよりも、アルレシアン家というのがキーワードのようだ。
彼女の家名を聞いた衛兵達がザワザワと騒ぎ出した。
「アルレシアン家......拙い......」
「どうする?」
「如何すると言われても」
衛兵達はゴソゴソと話し合っているが、そこでレーシアからの止めが突き刺さる。
「生き残ったのは私と侍女だけで、馬車を操る事も出来ません。それでも駄目だと申すのなら、私の父にご連絡下さい」
その言葉で、衛兵達が仰け反ったまま凍り付く。
どうやら、彼女の家、父はかなりの権力者のようだ。
暫くすると、息を吹き返した衛兵の一人が、おずおずと話し掛けて来た。
「りょ、了解致しました。ですが、この事は......」
「大丈夫です。私から父に話しますから」
動揺する衛兵達に向けて、レーシアは和やかな表情でそう告げると、俺達に門を通るように促してくる。
結局、俺達は偶々助けた少女から、早々に恩を返して貰えた形となったのだった。




