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17 無礼な来訪者


 今夜だけの命だと言わんばかりに、その存在を知らしめる星たち。

 星に負ける訳にはいかぬと暗闇に灯りを落とす青白い月。

 そんな雲一つない夜空の下、暑くも無く、寒くも無く、心地良い微風そよかぜが身を撫でる。

 そんな草原の片隅で、俺は寝そべっている。

 本当なら、そんな心地良い情景じょうけい心癒こころいやす処なのだが、俺の心中は後悔と悲壮ひそうの思いでいっぱいだ。

 何故なにゆえにそんな気持ちでいるかと言うと、それは現在に至るまでの経緯によるものだ。

 思い起こすだけで、悲痛な気分になってくる。



ーーーーーーーーーーーーーーー


 俺はダンジョン攻略での疲れを癒すために、風呂上がりの身体をベッドに横たえていた。

 ああ、正しく表現するなら、丸くなっていた。

 視線の先では、ルーラルがのんびりとリラックスした表情でお茶を楽しんでいる。

 彼女はすっかりお茶のとりことなったようだ。

 そんな彼女は、ホッと一息ついた後に声を掛けてくる。


「主様、今回のダンジョンでの成果は如何でしたか」


 どうやら、俺の感想を聞きたいようだ。


「良かったニャ。みんな良く頑張ったと思うニャ」


 少し心配そうな表情を作ったルーラルに、正直な気持ちを伝える。

 その言葉を聞いた彼女は、その表情を嬉しそうなものと変えると、再びお茶を飲み始めたのだが、何やら思い出した事でもあったようだ。


「そういえば、彼女達だけで食事をさせても大丈夫ですか? 食堂ではお酒も出すと聞いてます。不穏な輩に襲われたりはしませんか?」


 その懸念は至極しごく当然だと言えるだろう。

 勿論、俺もその事について考えたのだが、メルが居るから大丈夫だと言われ、納得して頷いてしまったのだ。

 それに、お酒の力が偉大だと言っても、今や彼女達に手を出すような勇者は現れないだろう。


 実を言うと、それが大きな誤算だった訳だ。

 まさか、メルが満腹で爆睡するとは思ってもみなかったのだ。


 突然、宿の建物をるがす震動が伝わってきた。

 何事かと思い、窓から外を見遣ると、大通りには火炎の輪が爛々《らんらん》と燃え上がっている。

 それを見た俺は、その原因を即座に理解するのと同時に、目眩めまいを起して飛び乗っていた窓枠まどわくから落ちてしまう。

 ルーラルが間一髪で受け止めてくれなければ、床に転がっていたであろう。


「主様、大丈夫ですか?」


 彼女は俺を優しく抱きしめて声を掛けてくるのだが、その言葉に答えを返す気力すら残っていなかった。

 そんな主の状態を見た彼女は己の心情を吐露とろしていた。


「あの娘達は、また主様の心痛を増やす積りですね。これはお仕置きが必要です」


 いや、それよりも、先に止める事を考えてくれよ......


 心中でルーラルに進言している内に、彼女に抱かれた状態で現場へと到着した。

 そこは、見るも無残な状況であったが、建物に引火していないのがせめてもの救いだろう。

 地面には十人を超える者達が転がっていて、生きているのかすら定かではない。

 その余りの惨状を目にした俺は、すぐさまルーラルの腕の中から地面へと飛び降りると、一鳴きすると共に念話を送る。


「ニャーーーーーーーーーー!!!」


『いい加減にしろニャ~~~~~~~!!!』


 すると、破壊の響きがピタリと止む。

 それに伴い、街に静けさが戻ってくる。いや、それは本来の街より静寂な世界だったかも知れない。


 俺の念話を聞き付けた三人の娘は、壊れた人形の様にギギギと首を動かすと、俺の方をかえりみる。

 その表情は、先程までと打って変わって悲壮なものとなっているのだろう。

 いつもなら、遠目に見ていた野次馬たちの驚愕を感じ取れた筈なのだが、怒りに震える現在では、俺の登場により三人の娘が怯えている姿を見た野次馬が、おののいている事すら眼中に無かったのだ。


 暴れまくっていた三人の娘は、しばし、いや、瞬時に俺の下へと来たかと思うと、即座に土下座する。

 そんな三人の後頭部を眺めながら、絶頂の怒りに達している俺は、思わず地面を叩いてしまった。それも思いっきりだ。


 すると、直下型の地震が起こる。震度で表すならば、震度四くらいだろうか。

 建物が倒れる程ではないが、地が揺れ、人が揺れ、建物が揺れていた。


「主様! お気をしずめて下さい」


 ルーラルの言葉で我に返る。

 周囲を見回すと、遠目で眺めていた野次馬たちが驚愕により目を剥いていた。

 ヤバイ、怒りの所為で、ついつい力が入ってしまった。


「ウニャ~ン」


 慌てて顔を洗う振りをしながら甘い声を出してみたが、ルーラルからダメ出しされた。


「主様、手遅れです」


 ルーラルのダメ出しで項垂うなだれていると、二十人くらいの衛兵達が遣って来た。

 三人の娘とルーラルは即座に戦闘態勢を取るが、衛兵達は俺達と一定の距離を置くと、その間から一人の男が現れる。

 その男は兵士とは違った様相であり、見るからに役人風の男だった。


 男はおずおずと前に出ると、俺と一定の距離を置き、ゆっくりとその場にひざまずき、丁寧にのたまった。


「炎獄の皆様、炎獄の主様、この度は大変恐縮ではありますが、お願いがあって遣って参りました」


 そんな前置きから始まったのだが、続きを聞いて倒れそうになってしまう。


「どうか、この街から出立しゅったつして頂けないでしょうか。こちらはその路銀となります」


 その男は懐から拳大こぶしだいの布袋を取り出して、両手で差し出してきたのだった。

 要は、と~~~~~っても迷惑だから、さっさと出て行けという事らしい。


 俺は了解のむねを伝えるように、ルーラルへと念話を送ると、仲間達に速攻で旅支度をするように伝達したのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーー



 思い起こすだけで頭が痛くなってくる。


「如何したのですか、そんなに沈んでしまって」


 俺の落ち込んだ様子に、心配そうな顔をしたルーラルが声を掛けてきた。


 そりゃ~、沈みもするさ。

 今後の事を考慮してみんなを鍛えた訳だが、それが大きな間違いだと気付いたのだから。

 それも、みんなを鍛えるつもりが、大量破壊兵器を作り上げたのだから。

 今の俺は、乱暴らんぼー殺戮さつりく兵士の捕獲ほばくに駆り出された某大佐ぼうたいさの気分だった。


 でも、お前達は戦争になんて行ってないだろ~~~~~~~~! バカちん!







 アルラワ王国の王都アルルまでの距離は、馬車にして二週間ほど要する。

 それまでは、呑気のんきな馬車の旅となるのだが、何といっても荷車を引いているのはユニコーンだ。


 罪悪感で潰れそうなんだけど......


 本人は「主様、お任せください」と、ノリノリなのだが、こんな事に罪悪感を感じるのは、やはり俺が日本人だからだろうか。


 それはそうと、破壊兵器三人組はと言うと、マルラが御者席ぎょしゃに座り、レストは豆柴状態で俺の横に寝そべっており、ミララは荷車の片隅かたすみで物欲しそうな視線を向けてくる。

 ミララの視線に関しては、恐らく、俺を抱っこしたいのだろうが、それはお仕置きとして禁止にしている。

 それと、昨夜の乱闘に参加しなかったエルカとメルは、マルラの両隣に大人しく座っている。


 そんな面子をこっそり眺めていたのだが、何故かレストが俺に腹を向けてくる。

 何がしたいのだろうか。もしかして、複乳を見せびらかしているのだろうか。

 レストってもしかして露出狂なのかな?

 仕方ないので......何が仕方ないのかは解らないが......レストの腹を肉球で突いてみる。

 すると、レストのクの字に曲がった足がパタパタと動く。

 それが面白くて、再び肉球で突く、足がパタパタと動く、肉球で突く、足がパタパタと動く、肉球で......いてっ!


「レストで遊ばないの」


 いつの間にか後ろに来ていたミララに頭を小突かれた......


「クッ~~ン(いいのに~~)」


 レストは遊んで欲しそうなので、再び彼女の丸々としたお腹を突いて遊び始める。


 そんな感じで、ミララの焼き焦がすような視線を無視してレストで遊んでいると、御者席から戻って来たメルが話し掛けてきた。


「ニャア、アルルのダンジョンでは如何するの? うちの所為でモンスターが強化されちゃうけど」


 ああ、その事か、それなら対策を考えたのだ。


「ダンジョンに入ったら、メルに結界を張ろうかと思ってるニャ」


 そう、メルからの波動でモンスターが強化されるなら、それを遮断すればいいのだ。

 俺って、割と賢いよな? なんて自画自賛していると、メルが続けて話し掛けてくる。


「結界って、こういうやつ?」


 メルは荷車の中で立ち上がると、両手を広げて力を込める。

 すると、次の瞬間には、彼女の身体に光の膜が張られる。

 まるで、オーラをまとっているような感じだ。


「そう、それが結界ニャ。というか、出来るなら初めからやるニャ」


 俺はがっくりと項垂うなだれる。


 どうやら、彼女は結界を使えるようだった。

 それならそうと早く言えばいいのに......きっと、それで星獣の波動を周りに放つことは無くなるだろう。

 もう、みんなで俺を甚振いたぶって遊んでるとしか思えないにゃ~!

 結局、俺は荷車の床に転がって不貞寝ふてねを始めるのだった。




「猫ちゃんの寝相ねぞう、とっても面白かったよ。あはは」


 俺の目覚めは、そんなエルカの笑いの混じる言葉と共に始まった。

 不機嫌な表情......はたから見れば何時もと変わらない表情で周囲を見回すと、夕焼けで見事な程にあかく染まっていた。


 そんなに寝て居たつもりは無かったのだけど、結構な時間を睡眠に費やしたようだ。

 というか、ここまで熟睡すとか、猫にあるまじき行為だな。

 野生の勘が完全に失われているようだ。


「師匠、テントをお願いします」


 自己嫌悪に陥っている俺に、野宿の用意をしたいとマルラが伝えてくる。


 そう、現在の俺達は快適な野宿が可能なのだ。


「どこでもテントニャ~~~~!」


 抑々、テントは大抵の場所に設置可能なのだが、このテントは素晴らしいアイテムであり、野宿に欠かせない一品なのだよ。

 というのも、このテントは、一見普通の三角テントに見えるのだが、中は異空間となっている。

 リビングの広さは二十畳ほどあり、全員が食事をしたり、寝っ転がることが出来る。

 おまけに風呂と水洗トイレを完備しているのだ。

 まあ、金貨五十枚の魔道具だけあって、持っている人も限られるだろう。

 このテントは、実を言うとダンジョン攻略用に購入したのだが、メル事象があったことで深い階層に潜る必要が無くなり、使う機会に恵まれなかったのだ。


 さて、続いて行くぞ!


「どこでもキッチンニャ~~~~!」


 これもダンジョン攻略用に購入したものだが、もはや説明はいらないだろう。

 簡単に言うならば、魔石を利用した魔道キッチンだ。

 そのサイズは、通常マンションのキッチンくらいのサイズだ。

 シンクと二口ふたくちコンロ、調理スペースを備えている。

 因みに、テントにキッチンは付属していない。


「最後ニャ、誰でも検知器ニャ~~~!」


 これが一番素晴らしいと思ってるのは俺だけなのだが、これは約二十メートル範囲の侵入者を検知する事が可能なアイテムで、その対象が獣でも反応する処が良いところだ。

 ダンジョンで野営をするなら、絶対に必要なアイテムだと思うのだが、少女達からは不評だった。


 という訳で、日本でも有り得ない豪華な野宿を始めたのだが、少女達には料理の修業も必要だという事が判明した。


 まず、レストだが、全てを焦がすので、料理なんてすっぱり諦めた方が良いだろう。

 次に、ミララなのだが、元々が貴族の娘だった所為か、全く料理が出来ない。と言うか、調理具が凶器に見えて来たので、料理をさせないことにした。

 動物系と八歳児は除外して、残るはマルラなのだが、調理自体は真面に見える。但し、味付けの才能が致命的な程に欠落している。

 結論として、マルラが調理担当となり、エルカがお手伝い。そして、俺が味付け担当となってしまった。


 そんなんこんなんで、やっと人が口に出来る物を作り、空腹でくたばる寸前のレストとメルの命を繋いだ。


「それにしても、師匠は凄いですね。僕より美味しいものが作れるなんて。というか、少しショックです」


 完全に落ち込んでいるマルラが、料理に対する感想を述べているが、余りのショボクレ具合を見兼ねてフォローする。


「料理は美味しいと思う味覚があれば、練習しだいで直ぐ上手になるニャ」


「本当ですか?」


 慰めの言葉にマルラが喰い付いてくる。

 それに首肯で返すと、彼女は嬉しそうに「頑張ります」と張り切るのだった。







 それは俺が星空の下で休んでいる時に起きた。

 テントがあるのにどうして野外なのかと言うと、唯単に外の方が心地よかっただけである。

 野外にマットを敷き、その上で微風に髭を揺らされていると、俺の耳に検知器の警報音が届いた。

 どうやら、侵入者が現れたようだ。


 俺はすぐさま四足で立ち上がり、周囲を警戒するとその存在に気付くことが出来た。

 その姿は馬だが、決定的な違いがある。そう、額に長く鋭い角が生えている。

 そこに現れたのは、ユニコーンだった。


『ここにルーラルが居る筈だ。直ぐに渡して貰おう』


 その雰囲気からするとオスのようだが、随分と横柄おうへいな態度だな。

 その態度にムカついてしまった俺は、ついつい言わなくても良い事を口にしてしまう。


「行き成り訪れてその態度とは、無礼なロバ(・・)だなニャ。まずは挨拶や自己紹介をすべきじゃないかニャ」


 そのユニコーンはロバ扱いされた事が許せなかったのだろう。

 鼻息荒く、白い歯をむきき出しにしていなないた。


『私の事をロバだと! 何て奴だ。たかが猫如きの分際で! 思い知らせて遣る』


 普段なら、こんな揉め事なんて起こさない筈なのだが、ここ最近の出来事で機嫌を悪くしていた俺は、そのユニコーンの横柄さを許せなかった。


 憤怒ふんぬんの表情で突進してくるユニコーンに「お前が思い知るニャ」と言葉を返すと、その横っ面にジャンピング猫パンチを喰らわせた。

 すると、猫パンチを喰らったユニコーンは凄い勢いで吹き飛び、長く生い茂る草むらの中へその白い姿を沈め、起き上がってくる事はなかった。


 その頃になってテントから出て来た娘達が、何が起こったのかと尋ねてくる。


「何でもないニャ。無礼なロバが現れたけど......帰ったニャ」


 不機嫌な気分の半分くらいを晴らした俺は、再びマットの上で惰眠だみんを貪るのだった。

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