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15 ダンジョンでの成果


 この街に来てから三日目になる。

 未だに高級宿屋での暮らしなのだが、そろそろ考え直す必要があるだろう。

 その理由は、贅沢ぜいたくは身を滅ぼす言うからだ。

 というのは建前で、実を言うとダンジョンでの騒動で生じた高額な賠償金の支払いもあって、少女達が自主的に節約を申し出たのだ。


 という訳で、新たな宿を探したのだが、どの宿に行っても門前払いにされてしまう。

 どうやら、『炎獄えんごくの使徒』としての悪評がかなり広まっているようだ。

 だが、遂に十軒目となった処で、俺の堪忍袋の緒が切れた。

 色々考えた末に、俺の言葉をマルラの口から言わせた。


「断ったら呪って遣るニャと、師匠が言ってますニャ」


「ニャーーー!」


 マルラは俺を抱いて頭を撫でながら、そんな言葉を告げた。

 オマケに俺の愛らしい鳴き声つきだ。これなら文句ないだろう。


 この交渉で、やっと宿が決まったのだが、エルカ曰く、それは交渉とは言わない。と、ツッコミを喰らってしまった。


 まあ、そんな事は如何どうでも良いではないか。

 それよりも大切な事があるだろう。


 中堅の宿を借りた俺達は、検証結果を連れてそそくさと部屋の中に入る。

 その部屋は、言うなれば普通、平凡、在り来り、一般的、と評するに値するものだったが、臭く無い処が気に入った。

 更に、中堅の割にはバスルームが室内にあり、少女達からは好評だった。


 夕食と入浴を終えた俺達は、部屋の中央に集まって会議を始めた。


「結局、モンスターを強くするために、何かをしている訳じゃないんだニャ?」


「うん。別に何かをしてる訳じゃないんだけど......」


 エルカの膝の上に座わる五歳児姿のメルがションボリとしている。


 現在は、メルの所為でモンスターが強化されてしまう事について、どう対処するかを議論しているところだ。

 その話の中で、誰もメルを置いて行くとは言わない辺りが、こいつらの良い処なのだろう。

 しかし、今のままでは修練にならない。というか、危険すぎるのだ。

 強化されてしまった敵は、余りにも強過ぎる。

 俺でさえも、猫の姿のままだと危なかった程なのだ。

 しかし、そこで賢者エルカが己の考えを口にした。


「ダンジョンの敵が強いことに問題があるの?」


 そんなエルカの疑問に、マルラがすぐさま答える。


「だって、危ないじゃない」


 マルラの返答に、エルカは首を傾げてつぶやく。


「ダンジョンって危険な所じゃないの?」


 エルカの言葉に、反論しようとしたマルラが口をつぐむ。


 確かに、エルカの言う通り、危険の度合いを考えなければ、ダンジョンとは抑々が危険であり、危険だから困ったと言うのは滑稽こっけいな話なのだ。

 しかし、黙り込んだマルラに変わってルーラルが反論の声を上げた。


「危険なのは仕方ないとしても、少し相手が強く成り過ぎです」


 ルーラルが静かに反論を述べると、エルカもそれ以上は突っ込んでこなかった。


 そうだな。ルーラルがいう事が真っ当なのだろう。

 と言うのも、これがゲームであるなら、無理をして強い敵を倒す意味を見出せるのだが、この世界のダンジョンでは経験値の共有もなければ、経験値というものすら存在しない。ただ只管に自分達を鍛えて経験を積んで強くなるしかないのだ。

 というか、仮に経験値があったにしろ、これは逆効果だろう。だって、経験値の低い敵が強いと言うのは最悪だ。


 そんな思考に囚われていると、ミララが俺の頭上から別の見解を述べてくる。

 そう、現在の彼女は俺を膝の上に乗せてご満悦まんえつなのだ。


「メリットもあるの。深い階層に行かなくても済むの」


 その台詞が俺の脳内定義を打ち崩した。

 そう、経験値なんて存在しない。ドロップアイテムを求めている訳でもない。更に言えば、俺には時間が無い。だったら、身近な場所で強い相手と戦えるのは大きなメリットだと言える。

 しかし、それを彼女達に強要するのは、どんなものだろうか。

 今まで、なあなあで遣って来たが、そろそろきちんと話をした方が良いのかも知れない。

 そこで、皆に俺の考えを打ち明ける事にした。


「みんな、少し聞いて欲しいニャ。今回の事は丁度良い機会だと思うから、色々と確認したいことがあるニャ。実を言うと、俺はみんなが付いて来る理由が解らないニャ。俺には遣り遂げるべき事があって、それはとても過酷で危険だと思うニャ。それこそ、ダンジョンが危険だというレベルじゃないニャ。だから、俺は皆に無理強いしなくないニャ。幸いお金には困っていないから、皆に遊んで暮らせる程の金を与えることも出来ると思うニャ。この際、みんなの気持ちを教えてくれないかニャ」


 予想外に、一番初めに答えたのはレストだった。


「あたしはミユキに助けて貰った時から決めてたのです。あなたに付いて行くのです。何故かと聞かれると困るのですが。それに、くしゃみで犬になるなんて、普通に暮らないのですよ」


 レストの場合は俺が不死人にしてしまった責任もあるので、最後まで面倒を見るべきだろうな。


 そんな事を考えていると、今度はマルラから声が上がる。


「僕も師匠と一緒に居ます。エルカの事が気になりますが、きっと何とかなるでしょう。」


 マルラの返答に、エルカも楽しそうに頷いているが、本当に過酷な事が解っているのかな?


「マルラ、もしかした、死ぬかも知れないニャ?」


 その言葉にマルラは首を横に振り、力強い眼差しを向けてくる。


「師匠、この世界は死と隣合わせです。何をしても、死ぬ時は死ぬし、酷い目に遭ったりもします。そんな理不尽な世界から救ってくれたのが師匠なんです」


 確かに、平和な世界から転生してきた俺には理解できないことだが、これまでの出来事を振り返っただけでも、この世界では人の命が軽いことが解る。きっと、金貨数枚の重さと変わりないだろう。いや、もっと軽いかもしれない。


 この世界の有り様に悲観的な感想を心中でつづっていると、ミララが俺の両脇に手を入れて顔の高さまで抱え上げた。


 この体勢を取られると、どうしてもトアラの事を思い出してしまう。

 彼女は今頃どうしているだろうか。悲しんでいないだろうか。寂しがっていないだろうか。ヤバイ、俺、泣きそう。


 そんな俺にミララは、その宝石のようなブルーアイで視線を合わせてくる。


「もう私の家族はミーシャだけなの。いつも一緒なの。でも、浮気はダメなの」


 どうやら、俺が他のことに気を取られているのを感じ取ったのだろう。

 ミララは釘を刺しながら、俺をその大きな胸で抱き締めた。


 その途端、ルーラルがその場にひざまずく。


「主様、私はどこまでもあなたに付いて行く所存です」


 それに続いて、メルもエルカの膝の上で元気よく宣言する。


「うちも付いて行くんよ。多分、それがうちに課せられた使命だと思うんよ」


 星獣がどんな使命で行動しているのかは解らないが、俺の使命と何らかの関係があるのかも知れない。

 そんな事を考えつつ全員の意思を確認した処で、俺は再びやるべき事に付いて説明をする。


「俺は五年、いや四年以内に十三個の神器を集める必要があるニャ。だから悠長にしている時間が無いのニャ」


 その言葉を聞いた時、少女達が首を傾げた。


「十二個なのです」


 レストがすぐさま神器の数について問いただしてくるが、それに被せてくるようにマルラが指摘してくる。


「十個の筈ですが」


 だが、他の意見がミララの口から生まれる。


「十一個なの」


 更に気になる事は、ユニコーンのルーラルと星獣のメルティは、その物語を知らないと言うことだ。

 まあ、個数については一旦棚上げとして、以前に中断させられた物語について尋ねてみたのだが、その結論は予想外のものだった。


 その物語は、伝承や口伝えとして残っているが、何処にも書物がないというのだ。

 それも、皆の話を合わせると、人間の世界にのみある話で、人外であるルーラルやメルは初耳だという。


 結局、物語に関しては不明瞭ふめいりょうな事が多過ぎて、直ぐには解析できそうにないので棚上げし、明日からの行動について、俺の意見を述べることにした。


「さっきも言った通り、俺には時間がないニャ。だから、ミララの言う通り身近な場所で鍛錬たんれんできるのは願っても無いことだニャ。ということで、メルも一緒に戦う事にするニャ」


 メルが「やった~~~!」と騒ぎ、周りの仲間もそれをにこやかな表情で眺めている。

 だが、これが大事件に発展するとは、この時点では誰も予測しない事だった。







 三回目のダンジョン攻略に向かう俺達。

 流石にうわさが広まったのか、誰も近寄って来ない。いや、行き交う人が道を空け、俺達はその真ん中を堂々と歩くことになる。完全にアンタッチャブル状態となっているのだ。


「完全に危険人物扱いなの」


 ミララから甲冑の所為でくぐもった声が上がる。


「そうですね......」


 マルラが少し寂しそうに答えながら、根本原因に視線を向ける。


「クゥ~~~~ン」


 根本原因が悲しそうに鳴いている。レストはクシャをした所為で豆柴となっている。

 その悲しそうな雰囲気が異常に可愛く、日頃から可愛くないと言われている俺からすると、非常に妬ましい。


 そんな事は良いとして、ダンジョン入口に行くと、やはり同じように冒険者達が脇に避ける。

 もう、完全に接触禁止の存在と化したようだ。

 まあ、それについても、もう如何どうでも良いだろう。


『じゃ、ダンジョンに入るけど、準備はいいかニャ。昨日話した通り、連携重視でいくからニャ』


 全員が俺の念話に首肯する。

 それを確認して、俺はダンジョンに入る事にした。


「ルーラル、盾で敵からの攻撃をさばくニャ」


「マルラ、横から攻撃ニャ。避けた処をレストとエルカが狙うニャ」


 俺の指示に、全員が一丸いちがんとなって戦闘を行う。

 そのお蔭もあって、プヨヨン一匹なら、何とか倒せるようになった。


「次が来たニャ。さっきの連携でやるニャ」


「はい」「うん」「オン!」


 マルラとエルカから応答が返ってくるが......

 うぐっ、レストのやつ、いつの間に犬になったんだ!

 めっちゃ可愛いけど、今は戦闘中だ。早く戻れよな。


「エルカ、例のやつニャ」


「うん。わかった」


 エルカは、猫じゃらしを取り出して、豆柴の鼻をくすぐっている。

 

 あ、あ、う、俺はそれを見る訳にはいかない。猫の血がたぎるのだ。無性に滾るのだ。

 そんな事より、マルラの呪いは少し寂しいだけで済むが、レストの呪いは急いで何とかする必要があるな。しかし、豆柴も捨てがたい......


 その間も、戦闘に慣れたマルラが単独でプヨヨンを倒していた。

 なかなかの順応性だ。彼女は補助魔法が得意なだけあって、加速と俊敏を上手く使いこなしている。


「次、二匹ニャ」


 俺の声に、ルーラルが右手に持つランスを突き出して声を張り上げた。


「ピアース!」


 すると、ランスから鋭い衝撃波が撃ち出され、先頭のプヨヨンを粉々に砕いた。

 その横では、ルーラルに負けじとばかりに、ミララがくぐもった叫び声を上げる。


「マッスルアタック!」


 くぐもった声とは相反して、見るからに重鈍じゅうどんそうなフル甲冑姿を霞むような速さで動かし、右手のメイスで残ったプヨヨンを粉砕した。


 慣れとは恐ろしいものだ。

 たった半日で、全員が二日前とは別人のような戦闘を見せている。


「よし、休憩ニャ」


 続けて現れたプヨヨンを殲滅せんめつした処で、息抜きの時間を与えようとしたのだが、マルラから否定の声が上がった。


「時間が無いんですよね。このまま続けましょう。それに、今のイメージをしっかりと身に染み込ませたいんです」


 マルラの意見に全員が頷いている。


 なんか、こいつら急にやる気になったよな。

 もしかして、慣れたら面白くなってきたなんて言わないよな。

 数人の少女が、俺の視線から心情を察したのか、ギクリとしている。

 まあ、本人達が良いと言うんだ。このまま進めるとするか。


 結局、今日の結果は想定よりも格段に良いものとなった。

 一度に三匹くらいなら、どうにか対処可能となったのだ。

 三日目の出来栄できばえとしては最高だろう。


 そう締め括って、ダンジョンからロビーに戻ると、そこは野戦病院と化していた。

 その有様についての情報を得ようと考え、聞き耳を立てようと思ったのだが、そんな必要も無い程に様々な声が飛び交っていた。


「なんでプヨヨンがあんなに強いんだよ!」


「プヨヨンが......殺される......」


「一体どうなってるんだ。地下一階が......」


 どうやら、俺の判断は冒険者達に地獄を見せたらしい。

 まさか、こんな事になるとは思ってもみなかった。

 仲間の少女達も俺と同じ感想なのか、少し気まずそうにしている。

 そんな俺達にダンジョン管理職員の制服を着た女性が話し掛けてくる。

 一瞬、バレたのかと思ったが、そんな筈はないと思い直し、マルラの半分復帰した胸に顔をうずめる。


「炎獄の使徒さん達は大丈夫でしたか?」


 どうやら、心配してくれたようだ。

 というか、俺達のパーティ名がいつの間にか『炎獄の使徒』になっているのは何故だ!


『し、師匠、な、なんて答えればいいんですか』


 呼び名に不平を感じていたところに、焦ったマルラが念話で問い掛けてくる。

 思わず鳴き声で終わらそうとしたのだが、流石にそれはあんまりだと思い直し、助言の台詞を伝えた。


『特に問題はなったと言うニャ』


「は、はい。別段、問題なかったですよ」


 すると、職員が「流石は『炎獄の使徒』」と感嘆かんたんの声をらしていた。


『取り敢えず、これは何事ですかと尋ねるニャ。理由は明白だけどニャ』


 俺の念話にマルラは素直に頷くと、そのむねを口にする。

 その言葉を聞いた職員が、少し困った様な表情で事態を伝えてくる。


「実は、地下一階のモンスターが異常に強くなったと報告が入って来てます。初心者ならいざ知らず、それなりに経験を積んでいる冒険者ですら歯が立たないと......」


 その言葉に、マルラは白々《しらじら》しく返答する。


「そ、そうだったですか~。それは大変ですね」


 その台詞はまるで他人事だった。


 まあ、他人事なんだけどね。


 どうやら、これは早めに切り上げて、この街とオサラバした方が良さそうだ。

 長居をすると、俺達が入った時だけの現象だとバレてしまう。


 そんな事を考えている間にも、次々と負傷者が運び込まれていたのだが、不審がる声が上がった。


「今、様子を見て来たが、全く強くなかったぞ?」


 その言葉を耳にして、俺はすぐさまマルラに告げた。


『もう帰ると言うニャ』


「それじゃ、私達はこれで」


「あ、お疲れ様でした」


 マルラが帰る旨の言葉を告げると、その女性職員も直ぐに返してくる。

 

 結局、俺達はダンジョンを強化してしまった事実に目を背けて、一目散に宿へと逃げ帰るのだった。

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