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12 宿屋でお泊り


 その部屋の様相は、品のある調度により宿泊者の気分を高揚させた。

 天蓋こそ付いていないが、豪華なフカフカなベッドに、革張りの大きなソファー。

 室内には、別の部屋があり、そこには大きな浴槽よくそうと魔石を利用した給湯器が備え付けられている。

 高級宿の名に恥じない部屋だと、声高らかに述べる事が出来るだろう。


「すご~~~い!」


「良いのですか? こんな豪華な部屋で」


「ワフッ、オン、オン、ワオ~~ン(それよりお腹が空いた~!)」


 エルカが部屋の豪華さに感嘆かんたんし、姉のマルラが恐縮している。


 ああ、柴犬レストは、放置の方向で! でも、尻尾をパタパタしていて可愛い。

 ん~、少しだけ遊んでやるか~! てな感じで、豆柴レストに乗っかって遊び始める。

 レストもそれが嬉しいのか、尻尾を全開にして振りながら腹を見せてくる。

 まあ、最後は彼女が服従のポーズになって終了するんだけどね。


 しかし、それを見たマルラが不機嫌な顔で苦言を述べてきた。


「師匠、レストが豆柴になってから待遇が良くなってませんか?」


「そ、そんな事は無いニャ」


「ちぇ、どうせなら僕も男になるより、犬猫になれば良かったのに......」


 焦って彼女の言及を否定したのだが、どうやら無駄な抵抗だったようだ。

 というのも、マルラがグチグチを愚痴を溢していたからだ。


 なので、俺は今更ながらに話を戻すことにした。


「まあ、良いも悪いも、ここしか空いてなかったんだから仕方ないニャ」


 不機嫌な所為で胸まで縮んだマルラに返答す......いや、冗談だって、そんな冷たい目で見るなよ。


 ヤバイな、マルラに貧乳ネタは厳禁となったみたいだ......


 その場の空気を換えるために、俺は全員に向けて話し掛ける。


「それより、みんな風呂に入るニャ。数日は入って無かったから、少し臭うニャ」


 その臭うという台詞に、マルラ、ミララ、ルーラルが自分自身の臭いをいでいる。しかし、何故かレストは転がった状態で己の股間を嗅いでいた......


 レストの行動に溜息を吐きつつも、自分の臭いを気にしている彼女達に別の用を付け加える。


「悪いが、そこの柴犬と黒モップも洗ってやってくれニャ」


 だが、これが失敗だったと、気付いたのは次の瞬間だった。


「ミーシャ、私が洗ってあげるの」


「ダメです。師匠は僕が洗うんです」


「猫ちゃん、一緒に入るよね」


「主様、私が背中を流しましょう」


「クウ~~ン......(あう~~~)」


 ミララが俺を風呂いれると言い出すと、獣を除く残りの者が次々と主張を始めた。


 その後のかしましさは、想像を絶するものだったので、割愛かつあいさせて貰おう。

 結局、風呂が広くバスタブが大きい、エルカは小さい、マルラは......胸がちい......という事で、全員が一緒に入る事となったのだ。


 おおお、ミララは絶品だ! おおお、ルーラルも凄い! あ~、あの豊乳だったマルラが......あ、あ、あ、だから、俺を沈めるな~~~!


「師匠、僕の胸が小さくなったからって、ミララやルーラルばかりに視線を向けるのは、あんまりです。僕、泣きますよ」


 俺を沈めた張本人が、自分の仕出かした事を反省すらせずに、息絶え絶えの俺に叱責しっせきの言葉を飛ばしてきた。


「ご、ご、ごほ、ごぼ、ごがいニャ。誤解ニャ」


 身の危険を感じたことで、必死になって弁解しようとするが、口からお湯が出てくる。いや、洋風の風呂なので、口からシャボン玉が飛び出す。


「猫ちゃんすご~~~い!」


 全然、凄くないわい! 大ピンチなんだぞ!


 唯でさえ濡れるのが嫌いな俺を溺死できしさせようとするとは、マルラとは本当に怖い女だ。

 その恐怖の存在は、俺の両脇に手を刺し込んだまま、「本当ですか?」と何度も問い詰めてくる。

 俺はひたすら頷くばかりだが、その度に口からシャボン玉が出てくる。


 そうして、やっとほとぼりが冷めようかという時に、ミララが割って入って来る。


「ミーシャに何てことを! 許さないの!」


 そこで、またまた乱闘が始まるのだ。


 頼む! せめて俺を外に出してからにしてくれ~~!


 結局、俺の悲鳴を余所に、溺れて気絶するまで続けやがった。

 こうして悪夢の入浴が延々と続くのだった。




「お前達は、いい加減にするニャ」


 風呂から上がった俺が怒りの声を上げると、二人はショボーンとしていたが、ここで甘い顔をすると、元の木阿弥もくあみなので、心を鬼にして説教をしていたのだが、黒モップ、もとい白モップが俺に飛び付いて来た。


「ギャフガ、ガウガウ(どうしたん、あそぼ)」


 白モップは一生懸命にジャレついてくる。

 てか、どれだけ洗ったら、こんなに白くなるんだ? 漂白剤にでも漬けたのか?

 モップに関しては、エルカが必死になって洗った事で、いつの間にか黒から白に早変わりしていた。


「今は忙しいニャ。だから、そこの豆柴と遊ぶニャ」


 俺がそう言って視線をレストに向けると、テーブルの上の食べ物を犬食いしていた彼女がビクリと震える。


「バカ犬! なんで先に食ってるニャ~~~!あああ、グチャグチャにしてるニャ。てか、食べる時だけガストになればいいニャ!」


「クゥ~~~ン」


 テーブルの上の食事を犬食いしたものだから、悪気は無ないものの、結果的には食い散らかした状態となっていた。


 そんなレストを叱責すると、一気にショボ暮れた。だが、破壊神は意気揚々《いきようよう》と現れる。


「猫! いいことを言うじゃね~か!」


「分かったから、大人しく食うニャ! 少しはエルカを見習うニャ!」


 そう、エルカは自分の食べる分だけ退避たいひすることで、レストからの被害をまぬがれていた。


「もういいニャ。マルラもミララも、ガストが食い尽す前に食べるニャ。あ、あと、白モップにも食べさせて遣ってくれニャ」


 ハッキリ言って、保父さんになった気分だ。

 これって、もしかしたら神器を探すより大変かもしれない。


 食事をする少女達に目を向けると、マルラとミララは良いとして、ガストと白モップは親の仇のように食べまくっている。


 その姿を見て、俺は首を振るばかりだった。


 しかしながら、ルーラルに視線を向けてみると、俺と同様に食事を必要としない彼女は、ガッツリ系の少女達と違い、のんびりとお茶を飲んでいる。

 どうやら、人間の呑むお茶をとても気に入ったらしい。


 再び少女達に視線を戻した俺は、その有様を目の当たりにして、今後の展開を思い浮かべ、小さな頭を酷く痛めるのだった。







 悪夢の入浴に続き、無残な夕食を終わらせると、各自は気ままな状態でのんびりとしていた。

 マルラはソファーに座り、俺を膝の上に乗せご満悦の状態だし、ミララは俺を取られて、不貞腐ふてくされ気味に、マルラの横に座っている。

 エルカはというと、向かいのソファーで今にも船をぎそうな状態だし、その隣ではお腹をパンパンにふくらませた豆柴レストが転がっている。

 少女の姿に変身しているルーラルだけが、豪華な絨毯じゅうたんの敷かれた床で女座りしている。

 問題の白モップだが、お腹が膨れて満足なのか、ルーラルの膝の上で丸くなっており、食欲の次は睡眠欲とばかりに、大きな欠伸を繰り返している。

 そんな仲間達を見回して、幾つかの課題を片付けるために、「ニャ~」と一鳴きしてから話を始めた。


「さて、モップ、お前は何者ニャ?」


 その言葉に、全員がルーラルの膝の上の物体を見遣る。


 モップはというと、面倒臭そうに顔だけを動かしてこちらに向けた。


 そんなモップは、風呂に入って黒かった毛並みが、真っ白となったのは良いが、よくよく確かめると、モップと思われたフワフワな部分は背中に生えた羽だった。


 その時点で、普通の動物で無い事は確実だろう。

 ただ、そのビジュアルは、犬と猫を掛け合わせたような雰囲気だ。

 瞳は猫と同じような瞳孔だし、顔の作りも犬よりは猫に近い気がする。だが、猫よりも鼻面が突き出しており、犬と猫の中間といった容貌ようぼうだ。


 モップは大きな欠伸を一つすると、ギャウギャウと話し始めた。


『どうも、うちは星獣せいじゅうなんよ』


 ギャウギャウの言葉に合わせて、脳内にその翻訳ほんやくが伝わってくる。恐らく、念話の類だろう。


 その言葉を聞いた少女達の反応を確認してみると、全員が驚愕の表情だったので、みんなにも伝わっているのだろう。


 一気に静まり返った部屋の空気をルーラルの声が震わせる。


「星獣様がこんな処にいるなんて、珍しいですね」


 その言葉に、モップは悲しそうな顔で答えてくる。


おかん(・・・)が、時が来たというてやね、うちをこの街に転送したんよ」


 俺の知識では、星獣は世界樹の守り手であり、樹の近くから離れる事は無いとなっているのだが、これは如何いう事だろうか。


「その理由は解るかニャ?」


 俺の問い掛けに、モップは首を横に振る。


 あ、いつまでもモップと呼ぶのは可哀想だな。


「名前はあるのかニャ?」


「うちはメルティ、メルでいいよ」


 この後、全員の自己紹介をしたのだが、そこでメルが声を上げた。


「うち、もしかしたら、ニャアと会うために送られたのかも」


 その台詞に疑問を感じた俺は、メルにその理由を問う。


「如何して、そう思うニャ?」


「ニャアからは神聖な匂いがするんよ。世界樹の匂いかもしれんね」


 それは、俺、レスト、ルーラルが世界樹の実を食べたからなのかな?

 まあいいや。それよりも大切な事があるんだ。


「メルは、これから如何するんだ?」


 そう、俺には果たすべき目的があるのだ。何時までも構って遣る訳にはいかない。

 しかし、メルは即答で返事をしてきた。


「ニャアに付いて行く。そうした方がいい気がするんよ」


 どうやら、連れが増えてしまったけど、星獣なら隠し事をしなくて済むから、あまり支障を感じないな。だって、猫である俺が喋っても、全く驚いた様子すら見せなかったのだから。


 そんな安易な気持ちで、メルの参加が決まった。


 それよりも、とっても気になるのは、俺の名前が何で「ニャア」なんだ?


 メルの事がハッキリしたので、俺は次の議題に移る事にした。


「今後の方針だが、アルラワ王国の王都にあるダンジョンに入ろうと思うニャ」


 不思議と、この台詞に反発する者は居なかった。いや、マルラやエルカは期待に胸を膨らませているような顔をしている。まあ、二人とも胸の膨らみは細やかだが......

 あと、犬と星獣からは表情を読み取れないんで、その二匹に関しては定かではない。

 ミララとルーラルは、特に表情を変える事は無かったが、俺に感想を投げ掛けてくる。


「アルルのダンジョンは危険なの」


 ミララの言葉は警告だった。あと、アルルというのは王都の名前らしい。


「このメンバーだと、戦力的に拙いかもしれませんね」


 ルーラルの台詞も、ミララと同様に警告に値するものだった。

 どうやら、ダンジョンに潜る行為とは、かなりの危険が付きまとうようだ。

 いやいや、ルーラルの意見を真面目に受け止めていたのだが、俺は間違いに気付いた。


「いや、ダンジョンに入るのは、俺だけニャ」


 すると、一斉いっせいにブーイングが起こる。


 その荒れっ振りといったら、普段は俺に従順なルーラルさえも、拒否の声を高らかに叫んだ程だった。

 結局、みんなの反対意見により、全員がダンジョンにこもる事となったのだが、それこそ骨頂こっちょうだろう。

 だって、戦闘力の無い者ばかりなのだから。


 そんな思いに悩まされていると、私があなたの悩みなんて払拭ふっしょくさせるてやるとばかりに、ミララが進言してくる。


「ここのダンジョンで鍛錬たんれんするの」


 すると、ルーラルがそれを名案とばかりに、続きを引き取った。


「全員が武装すれば良いのです。そして、ここのダンジョンで経験を積むのです」


 その言葉の信憑性しんぴょうせい吟味ぎんみするために、ここの面々を見渡す。


 まず、補助魔法オンリーの僕っ娘マルラだろ。

 次に、時々しか登場できないが、唯一の戦力であるガストを秘める豆柴レスト。

 かしこさとツッコミしか取柄とりえのないエルカに、魔法も最低ランクのミララ。

 戦力になるか如何か不明であるルーラルとメル。


 武装して何とかなるとは思えんが......


 心中でそんな感想を漏らしているいると、全員の冷たい眼差しが俺のサバトラ柄を漂白ひょうはくさせた。


 わ、分かったよ。だから、にらむなって! 身体の色が抜けたかと思ったぞ!


「ニャ~~!」


 取り敢えず、鳴いて誤魔化したのだが、マルラが「あ、また、誤魔化した」とか言っているし、豆柴レストは「がるるぅ~~~~~」と唸っている。

 仕方がないので、この後、全員の装備について考える事にしたのだった。







 目の前には、沢山の武具が並んでいる。

 説明の必要は無いと思うが、簡単に言うとガルドラ城から失敬したものだ。

 以上。


 そう、宝石に目をくらませたレストやマルラと違い、俺は主に使えそうな物を頂戴ちょうだいしてきたのだ。


 因みに、指輪をめて呪われてしまった事で、レストとマルラは盗んだ財宝を全て俺に寄こしてきた。


 きっと、見るのも嫌なのだろう。ククク。

 そういう意味では、いい教訓になったと言えるだろう。

 だって、下手をすると死ぬような呪いだってあるのだから。


 それは良いとして、並べた武器については、俺の魔法で呪いが無い事と機能を確かめてあるので、簡単に紹介する事にしよう。


 まずは、レイピアとマンゴーシュの組み合わせだ。

 色々と調べた結果、これには風の属性が付与されていた。

 今の処、実際の効果までは解らないが、風に関わる力が発揮されるだろう。


 次の武器は、銃だ。といっても、唯の銃では無く、魔弾を撃ち出す魔銃である。

 俺の知識によると、通常は魔力を込めて引き金を引くと、弾丸ではなく魔力弾が撃ち出される。また、修練により様々な属性を付与する事が出来る筈だ。


 三つ目の武器は、なんの変哲へんてつもない木で造られた杖だ。だが、この杖は見た目と相反あいはんして、その効果は抜群だ。と言うのも、使用魔力の三十パーセント減少に加えて、攻撃力も三十パーセント向上となっている。


 四つ目なのだが、甲冑かっちゅうとメイスの組み合わせだ。

 如何にも重そうな甲冑だが、装備者が魔力を込める事で、軽量化と硬化の魔法が発動するので、まるで身に着けていないような感覚となるだろう。

 メイスの方は、複数の魔法が掛かっていて、魔力を込めて振り下ろすと、加速魔法により攻撃速度が向上し、重力魔法により攻撃力が増幅されるようだ。


 五つ目は、ランスと盾の組み合わせで、どちらも魔法が付与されている。

 ランスは幾つかの攻撃魔法が仕込まれているようだ。

 盾の方は、盾なのに、何故かシールド魔法が発動するようになっている。恐らく、強化魔法より有効だと考えたのだろう。


 六つ目と七つ目だが、これは俺がネタで頂いてきたものだ。

 と言うのも、この世界に在るのが不思議だったからだ。

 それは、ピコピコハンマとハリセンだった。

 ピコピコハンマは、相手を麻痺まひさせる魔法が発動し、ハリセンは気絶の魔法が掛かっている。どちらも殺傷能力さっしょうは低いが、対人には持って来いだ。


 全員が不思議そうに武具を見詰める中、各人かくじんの能力をかんがみて、俺が勝手に割り当てることにした。


「レスト、杖を使うニャ」


「オン!」


 元気よく鳴いているが、どうやって持つのだろうか......

 まあ、こいつが一番攻撃魔法を上手く使えるからな。妥当だとうな選択だろう。


「マルラはレイピアとマンゴーシュだニャ」


「えっ?」


「お前が補助魔法を一番上手く使えるから、この武器を有効に使えると思うニャ」


 俺の説明を聞いたマルラが黙って首肯する。


「魔銃はエルカが使うニャ。まだ幼くて体力がないからニャ」


「やった~~~。猫ちゃん、ありがとう」


 エルカは魔銃を与えられた事で、瞳を輝かせながら喜んでいる。


「ミララは甲冑とメイスだニャ。俺が見た感じだと、ミララの魔力量が一番多いようだからニャ」


「うん。頑張るの」


 短い返事ながらも、ミララは何かを決意したように頷く。


「ルーラルなんだが、人間体で戦えるのなら、ランスと盾をつかってみるかニャ」


「はい。大丈夫です。人の姿での戦闘も可能です」


 ルーラルは俺の問いに答えながら、ランスと盾を手に取る。


「最後に、メルなのだが、星獣の姿では武器が使えないニャ。その姿で戦う方法はあるのかニャ?」


 メルに向けて俺がそう言うと、彼女の姿がぼんやりと輝く。その光が収束すると、そこには五歳くらいの幼女の姿があった。


「だいじょうぶなんよ。人間の姿にも変身できるんよ」


 そう言って、幼女はピコピコハンマーを手にする。


 これで全員に武具を渡したし、明日のダンジョン攻略に向けて、今夜はゆっくりと休もうと口にした処で、マルラの表情がどんどん怪しくなっていく。

 如何したのだろうかといぶかしんでいると、少し冷たい言葉が飛んできた。


「師匠~、僕とレストの事を忘れてませんか? それとも如何でも良いのですか? ああそうですか。だったら、もう一度、寝る前にお風呂に入りましょうか」


 ぐあっ、コロッと忘れていた......彼女達の呪縛を解呪する必要があったんだ。


「お、覚えてるニャ。あ、明日、必要な物を買いに行く予定だったニャ」


 怪しむマルラから送られる追及の視線を逃れるために、顔を洗う振りで誤魔化す俺に向けて、豆柴レストが飛び掛かって来るのだった。

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