11 身から出た錆
身から出た錆...... 刀の錆は刀身から生じることを人に当て嵌めた言葉であり、己の悪行ゆえに自分自身が苦しむという意味だ。
まあ、所謂、自業自得という奴だな。
人は、人であるが故に、この言葉を体現する事は多いと思う。
そういう者が、俺の目の前にも二人ほど存在する。
「オン! オン、ワオ~~~ン!」
なになに、これから如何するかだって?
「クゥ~~~~~ン」
俺の目の前には犬がいる。
艶々《つやつや》とした毛並みの小型犬で、可愛いと表現するのも吝かでは無い。いや、超絶可愛い......かも知れない。
寝そべった状態で舌をだし、息を荒くしている処は、如何いった心境なのか、些か意味不明だが、一家に一匹いても差し支えない可愛らしさだ。
「師匠、次は何処に行くんですか? というか、これを早く治して欲しいんですけど......」
見た目は、それほど変わっていないが、明らかにボリュームの無くなったマルラが尋ねてくる。いや、後の方は要望なのだろう。
そう、この二人が自業自得の体現者なのだ。
俺達はドルガルデン王国の王都ガルドラにある王城に忍び込み、神器を奪取してきたのだが、神器が保管されていた場所が拙かった。
そう、その神器は宝物庫に保管されていたのだ。
となると、必然的に周囲にある物は金銀財宝となるのだが、欲に目が眩んだマルラとレストは、俺の忠告を無視して手当たり次第に財宝を我物としたのだ。
その時は、それで問題なかったのだが、王都ガルドラから無事に抜け出し、二日ほど経った時だった。
二人は落ち着いた処で、俺に断りも無く宝物庫から盗んできた指輪を填めてしまったのだ。
この時点で、もうアフォだとしか形容しようがない。
だってそうだろう? どんな呪いが仕掛けられているのかも解らないのだ。
何も調べずに指に填めるなんて、アライグマにすら笑われる行為だ。彼等だって指輪を手にすれば、きっと、洗うことぐらいはするだろう。いやいや、それは性質か......
ということで、二人は見事に呪われた...... いや、呪われていると言った方が適切かもしれない。
その呪われようといったら、本人達には悪いけど、余りの面白さにお腹が裂けるかと思った。思わずネットに投稿したくなる程だったよ。
という事で、改めて紹介しよう。
レストこと豆柴のレストーニャ、御年十五歳だ。
元が栗毛色のショートヘアだった所為か、柴犬になっても全く違和感が無い。いや、寧ろ今の方が断然可愛いといえる。
今度、犬に変化したことで複乳になっているか、是非とも確認してみたいと思う。
さて、次に登場するのが、金髪でグレーアイの少女、マルラことマルラリア、十四歳なのだが、彼女は見事に『僕っ娘』となってしまった。
それが如何いう事かと言うと、性転換してしまったのだ。
そう、ミスからミスターに仕様変更をしたと言った方が解り易いかな?
更に、一人称を「僕」としか言えないという呪縛付きだ。
まあ、彼女の場合は元々の容姿が良い事もあり、全く違和感は無かったのだが、新たに見知らぬ物が股間に追加された事から、ショックの余りに号泣したのだった。
結局、呪いに気付いた二人は、即座に俺に縋り付いてきたのだ。
「師匠~~~~! 助けてくださ~~~~~い!」
「オン、オン! ワオ~~ン! クゥ~~~ン(ミユキ、助けてなのです~~、え~~~ん)」
ところが、実を言うと俺って解呪の魔法が苦手なのだった......
一応、彼女達に「俺の苦手魔法だから、保証は出来ないニャ」と断りを入れてから、解呪してみたのだが、やはり、あまり上手く行かなかった。
まず、症状の軽いマルラの方から話すと、見事に女の子に戻ったのだが、ある物が欠落してしまった。
それについては、俺も非常に残念だし、ハッキリ言って遺憾の意を表明したい。
あれ? ハッキリ言わないと解らないかな? 乳ですよ。そうオッパイが、あの膨よかなオッパイが無くなりました。綺麗さっぱり、微塵も、これっぽっちも、無くなったのだよ。
それに、一人称の呪縛は未だに健在だった。
しかしながら、胸以外の見た目は元に戻ったので、マルラに関してはこれで良いだろう。なにせ、トイレも今まで通りだ。
問題は、重度の呪縛を受けた豆柴...... いやいや、レストの方だが、見た目が全く治っていない...... だが......
「猫! 何時になったらレストの呪縛を解除できるんだ!」
「ニャ~~~ン!」
「猫! お前、今ので誤魔化したつもりか?」
ほれ! これでも喰らえ!
俺は亜空間収納からアプアを取り出してガストに放る。
「まあいいか~! ガシガシ!」
アプアを受け取ったガストは、その実を上機嫌で齧り始める。
最近、やっと解って来たのだが、こいつの扱いは簡単だ。食い物で釣れば三百パーセント以上の確率で喰い付く。ハッキリ言って、養殖場の魚以下の存在だ。
という感じで、ガストと入れ替わった時だけ、元の姿へと戻れるようになったのだ。
それと、犬の時でも意思の疎通が出来るようになったのは、思いのほか行幸と言えるだろう。
因みに、ガストの状態で長時間の稼働を行うと、頭痛が始まり、終いには意識が無くなるらしい。だから、通常はレスト......豆柴で居る外ないのだ。
でも、レストは今の方が可愛いから、このままでオーケーかも......
横たわるラブリーな豆柴のお腹を肉球でペチペチとしながら、そんな事を考えていると後ろから声が掛かった。
「猫ちゃん、何時になったらお姉ちゃん達の呪いが解けるの?」
軽率な姉達を冷めた眼差しで見遣っていたエルカが、解呪について尋ねてくる。
「そうだニャ~~。解毒剤があれば、何とかなるかもしれんニャ~~」
すると、御者席に座っているミララが助言してくる。
「西側のアルラワ王国には、沢山の薬があるらしいの。そう小耳に挟んだの」
彼女の言うアルラワ王国とは、次の目的地なので、それまで我慢して貰うとする。
こうして三人と二匹は......いや、三人と二匹と一頭は、トルガルデン王国の西隣に在るアルラワ王国へと向かうのだった。
人里離れた処まで遣って来ると、周囲は青々とした草原が広がっていた。
その光景のみならず、清々しい空気が心地良い。
どう考えても、東京では味わうことの出来ない光景と新鮮な空気だ。
そんな街道を馬車は進む。いや、馬車と呼んではいけない。
何故ならば、荷車を引いているのは馬では無いのだから。
あれ? と思う者も居るだろう。それも仕方がない。だって、俺も「あれ?」と思ったのだから......
一体何の話をしているのだと思われるだろう。
端的にいうと、ルーラルが馬では無いという事が発覚したのだ。
これまで、アフォな二人の所為で話す機会を失っていたが、実はルーラルに関わる事件もあったのだ。
そう、あれは王都ガルドラを抜け出し、街門前に屯する馬車群を通り過ぎて、かなりの距離をおいた場所で起こったのだった。
俺がルーラルを呼ぶために、「にゃ~~~~~ん」と一鳴きすると、暫くして馬の駆ける音が近付いてきた。
どうやって俺の声を聞き取ったかは知らないが、流石はルーラルだと感心していた時だ。
その馬の速さに、思わず戦慄してしまった。
それは、どう考えても馬とは思えない速さだった。
まさか、ニュータイプか! と、勘ぐった時には、その存在は俺の眼前にその綺麗な姿を現していた。
その速さに慄く俺は、声も無く、その姿を眺めるばかりだった。
恐らく、その姿に驚愕したのは、俺だけではないだろう。
だが、星たちが己の存在を誇示する夜空の下、虫の声だけが響き渡る世界、そんな静寂を打ち破るように、その声が上がった。
「ゆにこ~ん?」
その声の主は、少女達の中で一番利口なエルカだった。
そう、その戦慄の正体は、赤い彗星でもなければ、連邦の白い飽く迄も無く、世界樹の種を食べた強化馬であるルーラルだったのだ。
しかし、エルカの疑問が示す通り、ルーラルの額には立派な一角が生えていたのだ。
「如何いうことニャ?」
唖然としていた俺が現実に復帰すると、直ぐにルーラルへ疑問を投掛けた。
すると、彼女が微笑したように見えた。そんな彼女は角が生えた理由を説明してくれた。
『フフフ。私は元々、ユニコーンなのです。ただ、悪人の手によって角を取られてしまったのです。ユニコーンの規律は厳しく、角の無いものは仲間として扱われません。恐らく、沢山のユニコーンから虐待を受けるでしょう。だから、馬の振りをして人間の世界で暮らしていたのです。ですが、主様から頂いた種のお蔭で、何故か角が復活したのです。本当に有難う御座います。このルーラル、一生を懸けて主様にお仕えする所存です』
どうやら、ルーラルの念話は少女達にも伝わるようで、彼女達も驚愕していた。
ルーラルの話を聞いて、角については納得できたのだが、話の通りなら今後の行動に支障がでる事になるだろう。
そう思った俺は、透かさずルーラルに尋ねてみた。
「そうニャ。治って良かったニャ。でも、人間に見付かると、また狙われるんじゃないかニャ?」
しかしながら、俺の不安を余所に、ルーラルは些細な事だとでも言うように応えてきた。
『大丈夫です。角が戻った事でユニコーンとしての力も戻りましたから、幻術を使って馬に化けます。だから、主様にご迷惑はお掛けすることは無いでしょう。それに主様が望むのであれば、猫の姿にも、人間の姿にも変化可能ですから、今後は何処までもお供するつもりです』
という訳で、今は馬に変化しているが、実はルーラルが一角獣、そう、ユニコーンだと発覚したのだった。
なんか、ユニコーンに荷車を引かせるとか、不当な扱いだと思うのだが、本人は喜んでいるので、それに関しては良しとしよう。
そういう経緯もあって、実は、馬車を操る必要は無かったりするが、御者が居ない馬車なんて、人間の乗っていない車が走っているようなものなので、体裁を気にしてミララを御者席に座らせているのだ。
「薬は良いとして、何でアルラワ王国に神器があると思うニャ?」
そうなのだ。王都ガルドラを逃げ出した俺達が、アルラワ王国へ向かっているのは、別に薬が欲しいからではない。
実をいうと、俺には神器の情報が無く、次の行く宛など無かったのだ。
そんな時に、ミララがアルラワ王国に神器があると思うと告げて来たことで、一路アルラワ王国へと向かう事にしたのだ。
その根拠についてミララに尋ねてみると、彼女はサラリと答えてきた。
「物語なの」
で? ......おい、それで終わりかよ! 一言かよ!
そう、最近解ってきたことだが、実を言うとミララは根本的に無口なのだ。
出会いが、出会いだったので、喋らないのは信用の問題だと思っていたのだが、基本的にあまり話をしないという事が判明したのだ。
彼女が十三歳の少女だという事を考えると、特殊な性格だと言えるだろう。
まあ、それは良いのだが、「物語なの」の一言では解らん。
すると、頭脳派のエルカが、その言葉の補足してきた。
「確か......使徒の物語で、アルラワのダンジョンの話があったと思う」
なるほど......物語か......気になるニャ~。
というのも、トアラから得た知識には、物語の内容どころか、その存在すらないのだ。
もしかしたら、その物語は、トアラがあの洞窟に閉じ込められた後で書かれたのかも知れないな。
となると、一度その物語を調べてみる必要がありそうだ。
「その物語の本って、何処でも売ってるかニャ?」
ここ最近の盗賊家業のお蔭で、お金は沢山あるのだ。
その本が手に入るものなら、金額に関わらず購入したいのだ。
しかし、二人から否定の言葉が返ってくる。
「無理なの」
「売ってないと思う」
「ニャ?」
思わず、猫ってしまった......いや、猫だし、問題ない......痛! こら、レスト、なんで犬パンチするんだ! 複乳を舐め回すぞ! こんにゃろ~~~!
てか、レストが人間に戻った時に複乳のままだったら、ドン引きだろうな~。
それは、良いとして、あっ、良くないけど......売ってないとは如何いう意味だろうか。
出版数が少ないとか、出版したけどあまり売れなくて廃版になったとか......
「売り切れかニャ? それとも数が少ないのかニャ?」
俺が素直に疑問を口にしたのだが、一気にそれどころでは無くなった。
『主様、不穏な輩が街道を封鎖してます』
「猫! 戦の用意だ!」
いや、お前は登場が早いから! まだ、状況を把握してないから! 焦るな、もう少し待て! そう、待て! 待つんだ~~~~~~~~~~!
俺の心の叫びは、悲しいかなガストの作り上げた爆音で叩き消されてしまった......
誰か、このイノシシ女を何とかしてくれ~~~! てか、ずっと豆柴でいろ!
相手の素性も定かではないのに、行き成り爆裂魔法をぶっ放しやがった。
見た目は人間だけど、豆柴からイノシシに変化しただけじゃないか!
結局、溜息混じりに爆破現場の検分を行ったのだが、運良く盗賊だったのが唯一の救いだった。だけど、俺達も今や盗賊だからね。いや、炎賊と呼ばれているのだったな。
「猫! 腹が減ったぞ!」
結果的には、被害が出る前に事を終わらせたので、アプアを数個ほど渡して、釘を刺そうとしたのだが、即座に豆柴に戻ってアプアを美味しそうにハグハグしている。
俺としては、そんな豆柴を見遣りながら、解呪すべきでは無かったと、今更ながら後悔したのだが、その後も盗賊が出てくる度に根こそぎ爆発させながら、次の街へと進むのだった。
結論から言うと、何事も無くとは行かず、二週間の間に盗賊を五回ほど殲滅してから街に辿り着いた。
そして、幸運な事に指名手配書より早く到着したらしく、入街で一悶着なんて事は起きなかった。
さて、この街だが、アルラワ王国領に入って一番初めの街だ。
街の周囲には、それほど高くない障壁があり、街並みも精々が二階建てといった平坦なものだった。
人口的に言っても、街の規模からして多くても二万人ぐらいかな。
ただ、街の真ん中に塔が見えのだが、あれは一体何の塔なのだろうか。
そういえば、この国には幾つかのダンジョンが在るらしく、この街もダンジョン保有の街らしい。もしかしたら、あの塔と何か関係があるのかも知れない。
それにしても、ダンジョンを保有しているお蔭なのか、街の規模の割には活気があり、街の彼方此方に冒険者風の人々が居るのが目に留まる。
そう言えば、全く触れていなかったが、この世界にはモンスターなるものは存在しない。
更に言うと、異世界モノで良く出て来る猫人や犬人といった亜人も存在しないのだ。
ただ、例外があり、ダンジョンはその例外の一つだ。
そう、この世界で、ダンジョンの中だけはモンスターが存在するのだ。そして、モンスターを倒す事で、ドロップアイテムや魔石を得る事が出来る。
ダンジョンで得た魔石は、様々な処で使われているのだが、その用途に関しては、またの機会としよう。
因みに、竜は存在する筈なのだが、未だに実物を見た者が居ないとのことだった。まあ、ユニコーンがここに居るのだから、その存在を否定する気も無い。
ダンジョンについて話を戻すと、その難易度を表すランクがあり、この街のダンジョンはDランクらしい。
Dランクが如何程のものかというと、最低ランクであり、初心者から中級者向けのダンジョンという事になる。
まあ、ダンジョンの話は良いとして、今夜の宿泊先を決める必要があるな。
『宿を先に決めるニャ。あああ、ペット可の宿でないと拙いな』
「オン!」
俺が全員に念話で伝えると、人様は頷き、柴犬は一鳴きする。
現在の俺達の構成はというと、人間体が四人と獣が二匹である。
我ながら、己の事を獣というのは、些か卑屈だと思うが、猫と豆柴が居るので、一緒くたに獣で済ませた方が言い易いのだ。
ああ、現在、ルーラルは人間体となっている。その心は、ユニコーンに馬小屋とか、俺の心情が許さなかっただけだ。だが、その俺の想いにルーラルがうっとりとしていたのは言うまでもない事だろう。
さて、宿を求めて街を彷徨い歩いていたのだが、俺はある物に気が取られてしまった。
それは、雑巾? いや、モップかな? レストの時は布切れだったが、今回は街路の隅にダ○キンのモップのような黒い物体が落ちている。
あ、動いた! 拙い! 動くな! そんな動き方をされると、あ、あ、あ、あ、ニャ~~~~~~!
あ~あ、思わず飛び付いたじゃないか~~~! 如何してくれるんだ~~~! てか、臭いぞ~~~! くそっ、思わず、猫の性質の所為で絡んでしまった......
「猫ちゃん、めっ! ばっちいよ!」
うぐっ、顰め面のエルカが叱責してくる。
「師匠......見境が無さ過ぎます......」
僕っ娘のマルラが呆れ返った表情で溜息を吐いている。
「ミーシャ、病気になるの」
ミララは心配そうな表情で、手を伸ばしてきた。
「ワッフ、グル~~~~! クゥ~~~ン」
俺に釣られて、黒モップに手を伸ばして遊んでいた柴犬レストが、余りの臭さに泣きを入れている。
でも、レスト! 言っておくが、初めてお前に会った時の方が臭かったからな!
「主様、それは何ですか?」
何か感じ取ったようなルーラルが俺に尋ねてくるが、俺の頬に何かの感触が伝わってくる。
その感触に視線を向けると、黒モップが俺の頬を舐めている。どうやら、この黒モップは動物のようだった。
すると、今度はその汚れたモップの様な身体を俺に擦りつけて一声鳴いた。
「ギャフ~~!(よろしく~)」
これが、新たな連れ《さいやく》になるとも知らず、俺はただただ首を傾げるのだった。




