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10 目的は何?


 その宝物庫は思ったよりも狭く感じた。

 というのも、宝物庫の最奥の部屋は、学校の教室を二つ合わせたくらいだったが、その中に五十人もの人間が居るのだ。その部屋を狭く感じてもおかしくはないだろう。

 ああそれなのに......レスト、いや、ガストの奴が遣りやがった。

 そう、うちの破壊神は幾つかある選択肢の中から、まるで考える事無く爆破をチョイスした。


 くそっ! 行き成り爆破しやがった......


「みんな、下がるニャ!」


 俺が指示すると全員が下がるのだが、何故かガストだけがそこに留まっている。


 あのアホ、なんで下がらないんだ。


 思わず、うちの破壊神を罵倒ばとうするが、声には出さない。


 すぐさま、ガスト以外の三人にシールド魔法を掛け、俺はガストの下へと向かうのだが......どうやら、その行動は少し遅かったようだ。


「ぐあっ!」


 炎と煙が立ち込める部屋の奥からニヤケ顔のドーズが飛び出し、ガストを斬り付けたのだ。

 不意を突かれたガストは、仰のけ反るように後ろへ倒れるが、飛び散ったのは血では無く、悲鳴を上げるかのように輝く宝石達だった。


「あ、オレのお宝が!」


 やっぱり、この女はアホだった! 宝石より命の方が大切なのに...... でも、あと百年は死んだりしないだろうけどな。


 まるで、ゾンビだな~と思いつつも加速魔法を掛けた状態で、ドーズに向けて猫パンチを繰り出すが、紙一重で避けられてしまった。


「やるじゃね~か! 猫風情が!」


 あ~~~ん! 猫風情だと~~~! 痛い目に遭わせて遣る! と、思った途端に後ろから炎矢を喰らってしまった。


 ぐあっ! 油断した...... って、バカ野郎!


 それは、ガストからの後ろ弾だった......こんな時にフレンドリーファイアかよ! 後で絶対にお仕置きしてやるからな~~~~~!


 ガストに向けた罵声を心中に置き去りにして、すぐさま体勢を立て直すが、ドーズの大剣が襲い掛かってくる。だが、強化猫はそんな攻撃なんて喰らわないぜ! の筈だったのだが、大剣を避けた筈なのに、吹き飛ばされてしまった。どうやら、その秘密はあの大剣にあるようだ。


 吹き飛ばされつつも、壁を蹴って床に戻る。しかし、そこに衛兵たちの槍が叩き込まれる。それを俊敏魔法を使って即座に躱し、後ろに飛び去る。


 くそっ、完全にジリ貧じゃね~か。


 焦りを感じつつも、状況を把握するために周囲を確認すると、ドーズの大剣によってガストが再びぶっ飛ばされていた。それと同時に今度は宝石では無く、彼女自身の血が撒き散らされている。

 それを見た俺は、更に焦りを募らせる。何故なら、俺やレストは不死身なのだが、当然ながら大怪我をすると戦えなくなるからだ。


 ヤバイヤバイと感じながら、マルラ達の方を見ると、既に衛兵達に囲まれている。


「ちっ!」


 俺は舌打ちをしながら、ガストではなくマルラ達の処へと向かう。というのも、彼女達は不死身じゃ無いのだ。


 これは人間体になるしかないのか......


 そう思った時だった。マルラ達を攻撃していた衛兵の数人が吹き飛んだ。


 何が如何したのかと思ったが、どうやら、ミララが魔法をブチ噛ましたようだ。

 その騒ぎに便乗して、俺はすぐさま三人の下へと駆け寄ろうとしたのだが、残りの衛兵達に妨げられる。


 あああああ~~~~~~くそっ! 邪魔だ! もう手加減なんてしないぞ!


「ニャ! ニャ! ニャーー! ニャニャ! ニャーーーーーーー!」


 襲い掛かって来る衛兵を空中殺法で戦闘不能に追いやる。

 一人目を猫キックで始末すると、その反動で次の衛兵に猫パンチを喰らわす。加速と俊敏の魔法を織り交ぜて、これを続けることで一気に五人の衛兵を再起不能としたのだ。


 面前の敵を素早く片付けた俺が、ガストに視線を向けると既にノックアウトされていた。だが、運の良い事に壁まで吹き飛ばされた所為で、ドーズとの間に距離が生まれたと同時に、奴の戦意も残る三人の少女へと向いたようだ。


 それを確認した俺は、即座にマルラ達の下へと向かったが、どうやら、間に合いそうにない。その証拠に奴の一振りが先に見舞われたのだ。


 その攻撃は酷いものだった。と言うのも、マルラ達を取り囲んでいた衛兵ごと切り伏せたのだ。しかし、その所為でマルラ達もその攻撃に気付かなかったのだろう。彼女達も一緒に吹き飛ばされていた。

 それでも、まだシールド効果が残っていたようだ。どの娘も出血をしている気配はない。しかし、既に意識は無くなっているようだ。


 そんな彼女達の有り様を目の当たりにして、俺の中で沸々と怒りが込み上げてくるのを感じる。

 どうやら、潮時のようだ。と言うか、俺の怒りがマックスだ。


「まあ、盗みに入った俺達も悪いけど、流石に遣り過ぎだニャ」


 怒りの所為で、思わず心情が漏れてしう。


「お、猫、お前は喋れるのか。もしかして使徒か?」


 狂犬と呼ばれるドーズも、流石に驚いたようで、俺に誰何の言葉を投掛けてくる。しかし、怒れる俺はその答えでは無く、餞別せんべつの言葉を贈る。


「悪いが、あの世で反省して来てくれニャ」


 次の瞬間、俺の身体は輝き生み出し、十五歳程度の人の姿となる。

 まあ、普通の人間が見れば硬直してしまうのも無理はない。

 だって、変身した俺は最高にカッコイイからな。


「な、な、なんだと! マジで使徒かよ! くはははは! これは面白い! 新しく使徒を倒した二つ名でも頂くとするか。うりゃ~~~~!」


 しかし、ドーズは驚きながらも、逆に戦意を向上させたらしい。更に、有無も言わさずに両手で持った大剣を振り下ろしてくる。


 俺はその攻撃を左手に持つ闇帝で叩き落す。すると、先程までの風圧攻撃が襲って来なかった。


 その理由は定かではないが、闇帝の力が打ち消したのかも知れない。だが、そんな事は如何でも良いのだ。


 俺は、奴の体勢が整う前に、疾風となって攻撃する。

 狂犬と呼ばれた奴でも、本気の俺を捉える事は出来なかったようだ。

 奴は必死に大剣を振り回しているが、俺の残像を追い回しているだけだ。


「くそっ! ちょこまかと! 死ね~~~!」


 奴のがむしゃら(・・・・・)な横降りを身を引いてかわすと、即座に振り切った奴の懐に入り、奴の右腕を左手の闇帝で斬り付ける。

 その攻撃は腕を斬り落とす程のものでは無かった筈だが、何故か奴の右腕は消失してしまった。


 豚伯爵の時は、ここまでの威力を発揮しなかったのだが......もしかして、俺の精神状態に依存するのだろうか。まあいい、今はこの男を倒すことに専念しよう。


 意識を戦闘に戻した時、奴が左腕だけで大剣を振り下ろしてきた処だった。だが、そんな攻撃が今の俺に当たる筈も無く、炎帝の一振りで、大剣ごと奴の左腕が吹き吹き飛ぶ。


「くっ、くそ! 使徒とはこれ程のものか! おい、衛兵ども! さっさと殺らんか!」


 奴は俺の強さに悔しがりながらも、残った兵達に叱咤しったする。

 とはいったものの、残りの兵は十人も居ないし、俺としては無意味な殺戮さつりくを行う気も無い。


「命が惜しければ、大人しくしている事だニャ」


 トアラの事を思い出し、慈悲の言葉を告げてみたのだが、この世界では己の命よりも命令の方がとうといのか......


 残った衛兵達は、無謀にも逃げ出すことでは無く、戦う道を選んだようだ。


「愚かなことニャ」


 俺がそう口にするのと時同じくして、脳裏に重圧感のある声が響き渡った。


『無心で我を振るえ! さすれば、全てが解決するだろう』


 右手に持つ炎帝が、俺の掌を焼き焦がす。だが、それは唯の熱さでは無く、感情の高ぶりを訴えているかのようだった。


 その事から、脳裏の言葉が炎帝のものだと察し、俺は脳裏に響く声のままに、襲い掛かって来る衛兵達へ向けて右手を振るう。


 その一振りは、衛兵達に届く距離ではない。だが、その一振りで炎の刃が放たれ、向かって来た衛兵達を焼き切った。

 その攻撃力は、間違い無く禁断のものと言えるだろう。何故なら、襲い掛かって来た衛兵達の全てが、身体を二分した後に、一瞬で燃え上がったからだ。


 くそっ、何て攻撃をさせるんだ。この短剣の使用に関しては、トアラの言う通りだ。安易あんいに使うべき武器では無いな。


 ああ、女神様、愚かなわたくしをお許し下さい。


 後悔と共に、女神であるトアラへと懺悔ざんげしていると、突然、両腕の無くなったドーズが吠えた。


「くそっ、何もかも道連れにして遣る!」


 どうやら、奴は自暴自棄になったようだ。そして、自爆を選択したのだろう。だが、そんな事はさせん。

 そう思った時だ。今度は優し気な声が脳裏でささやく。


『妾を使いなさい。炎帝のような無慈悲な事は行いません』


 その言葉と同時に、闇帝を持つ左手に凍り付くような冷たさを感じさせた。

 そんな闇帝の言葉を信じて良いのか逡巡しゅんじゅんしたが、現状をかえりみて、俺はすぐさま左手の闇帝を振るった。


 すると、次の瞬間にはドーズを含め、その周囲が砂と化した。


 おい! 何処が無慈悲じゃないんだよ! もう、お前等のいう事なんて信じないからな!


 炎帝と闇帝に罵声を浴びせながら、周囲を確認すると意識を失った者と屍のみの世界となっていた。


 ああ、女神様、本当に愚かなわたくしをお許しください......


 女神トアラへ再び懺悔した後で、この惨状に嘆く。


「なんて、殺伐さつばつとした世界ニャ。やっぱり、猫が一番だニャ」


 誰に聞かせるでもなく、そんな独り言を口にすると、速やかに変身を解いて猫に戻る。


 さて、これからが大変なんだよな。


 今度は心中で愚痴をこぼしながら、四人の少女を治癒していく。

 四人共、大した怪我を負った様子は無かったが、復帰したレストの腹がぐ~ぐ~とうるさかったのには辟易へきえきとした。


「師匠、ありがとうございます」


「ミーシャ、ありがとうなの」


「ミユキ、お腹が空いたのです」


「ねぇ、猫ちゃん、どうやって倒したの?」


 マルラとミララが礼を言って来るのは良いのだが、レストは論外として、エルカが思ったより鋭いのが辛い。

 エルカの問いに、正直の答える訳にもいかないので、取り敢えず、話を誤魔化すしかない。


「ニャ~~~」


 全員が白い眼を向けて来たが、今はそれ処ではないのだ。


「ほら、さっさと行動しないと、次の敵が現れるニャ」


 俺の正鵠せいこくを射た意見に、全員が目的を思い出して行動を始めたのだが、どうやら、マルラとレストの目的は、俺とは違っていたようだ。

 ということで、あの二人は無視して、俺とミララ、エルカの三人は神器へと向かう。


 そこには、豪華な装飾が施された箱があり、そこに敷き詰められた赤い布の上に、氷で造られたような杖が置かれてあった。


「これなの! 間違いないの」


 ミララの声を聞いた俺は、杖の確からしさを調べるために、トアラの腕輪が装着された左前足を杖の上に置く。すると、腕輪が輝き始める。それを見て間違いないと判断して、透かさず亜空間収納へと放り込んだ。


 ミララは俺の行動に疑問を持つことも、不平を言うことも無かったが、俺自身が気になったので尋ねてみる。


「ミララは良いのかニャ? 俺が貰っても」


 すると、彼女は微笑みながら力強く頷いてくる。


「うん。私が欲しかった訳ではないの。侵略戦争さえ起こらなければ、それでいいの」


 この世界に来て、珍しく真面な心根の言葉を聞いたような気がした。

 その事で気分を良くした俺の横では、エルカがミララに疑問を投掛けていた。


「ミララお姉ちゃん、あの杖ってどんな能力を持ってたの?」


 ああ、俺も特に調べなかったが、それには興味があるな。

 そんな俺の考えを察した訳ではないと思うが、彼女は快く教えてくれた。


「えっと、極氷界きょくひょうかいという水属性魔法を無詠唱で使えるの」


「それって、どんな魔法なの?」


 いやいや、そんな問題じゃね~~。俺の知識だと、その魔法は禁忌魔法だぞ。

 確か、一定範囲を氷河期のように凍滅とうめつする筈だ。

 そこには、草も生えなければ、生物も生きられない。そんな最終兵器のような魔法だ。

 だが、ミララは俺の驚愕きょうがくとは裏腹に、も大したことではないと告げた。


「ん~、ちょっと周囲が凍るだけなの」


 そのかなりデフォルメした回答に、一気に興味を無くしたエルカは「ふ~~~ん」とだけ答える。しかし、そこで思わぬ悲鳴が上がる。


「ミユキ~~~! ポケットに穴が開いてしまって、お宝がゲットできないのです。袋とか持ってないのですか~~~!」


「師匠~~~! 亜空間収納がいっぱいで......ポケットも千切れてしまって......カバンとか無いですか~~~!」


 それは、強欲な二人がお宝を前にして強奪できない悲しさを声に表しただけだった。

 そんな二人に向けて俺は言ってやる。


「欲を掻き過ぎると、しっぺ返しを食らうぞ」


 その言葉に、そんな事は無いですよ! と反論した二人だが、後日、呪いのアイテムの所為で酷い目に遭うのは、現時点では誰も予想すらしていない話だ。


 結局、時間が許す限りの財宝を頂戴したのだが、それでも全体の一パーセントにも達していないだろう。

 その事を考えると、俺達の強奪なんて些細ささいなものだと思え、良心の呵責かしゃくに苦しめられる事も無く済んでいる。


 さて、その後なのだが、俺達は難なく逃亡という訳には行かず、空腹のガストが爆裂魔法と焦土魔法で、王城を炎上させる騒動を起こした。

 恐らくは、宝物庫の財宝よりも、こちらの方が被害が大きかったのではないかと推察できる。

 そんな騒ぎを起こした事から、全員が無事だったのは良いが、もうこの国には居られない状態となる。てか、このドルガルデン王国から指名手配されてしまったのだ。

 その名も火点け盗賊、もとい、炎賊と呼ばれるようになってしまった。


 まあ、猫である俺に取っては、そんな些事さじは如何でも良かったのだが、事件の前夜と当日に城門前で兵士を揶揄からかった所為で、サバトラ猫は不吉だという話が広がり、王都ガルドラではサバトラ猫は凶兆を呼ぶ存在として嫌われる事となるのだ。


 王都のサバトラ猫達よ。本当に申し訳ない。何時かこの穴埋めはさせて貰うよ。


 という訳で、サバトラ猫達に謝罪しつつ、俺達は這う這うのほうほうのていで、王都ガルドラから逃げ出したのだった。







 黄金の風景が続く。

 遠くに連なる山が見え、街道の左右には黄金色の穂を元気に揺らす麦たちが並んでいる。

 この麦畑だけは、心の底から黄金の平原と呼ぶに相応しいと思えた。

 そんな長閑のどかな街道を進みながら、俺を優しく抱くミララに声を掛けた。


「本当に良かったのかニャ?」


 彼女は俺の言葉に首を傾げていたが、その言葉の意味を理解すると静かに告げてくる。


「どうせ、行く宛の無い身なの。ミーシャと一緒に居た方が楽しいの」


 いやいや、俺はミーシャじゃないから......


「あのニャ、俺はミーシャじゃないニャ。それに俺はオスだニャ!」


 そろそろ、本気で否定する必要を感じて発言してみたのだが、彼女はクスクスと笑いながら答えてくる。


「知ってるの。でも、ミーシャと呼ばせてなの。それに、ミユキだってオスの名前としては如何かと思うの」


 ぬはっ! 痛い処を突かれた。てか、女神様が付けてくれた名前だぞ。もっと、有り難く感じろよ!


「師匠、そんな事よりも、少し胸に埋まり過ぎじゃないですか。ミララもそろそろ交代の時間ですよ」


 俺とミララの遣り取りに、不機嫌そうなマルラが割り込んでくる。

 ミララはそんなマルラを見ながら頬を膨らませる。


「駄目。ミーシャは私が抱くの」


 マルラの台詞に拒否を表明するミララ。だが、それにマルラがツッコミを入れてくる。


「唯のエロ猫ですよ! それ!」


 おい! 俺を下げて如何する!

 そんな俺の不機嫌な表情を打ち消すように、レストが参戦してくる。


「あ~、私だって抱っこしたいのですよ~。でも、馬車の操作があるから......みんな、交代制にするのですよ~~~~」


 確かに、レストばかりにあやつらせるのも不公平だよな。


「だが断るニャ。お前はフレンドリーファイアをやった罰だニャ~~~~~!」


 いつの間にか、モテ期に突入してしまった俺の叫び声が、長閑な街道に響き渡るのだった。


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