07 闖入者
爆音が鳴り響いた時には、如何したものかと頭を悩ませたが、思いの外この世界は腐りきっているようだ。
恐らく、日本の腐女子よりも腐っているのは間違いないだろう。
あ、大変失礼しました。飽く迄も例えですニャ。
レストが緊急事態で呼びだしたガストだが、一応は自制をしていたようだ。
という訳で、被害らしい被害といえば、不逞な輩共が五人ほど火傷を負っている程度だった。
それでも二人の衛兵がやって来て、何事かと詰問される事となったのだが、俺がマルラに持たせた金貨がその威力を最大限に発揮した。
この辺りが、腐りきっている処だと言えよう。
マルラに「お仕事ご苦労様です。これで冷たいものでもどうぞ」と渡された金貨を見た二人の衛兵は、ニヤけた表情を必死に押し殺し、その手に金貨を握りしめると、「気を付けろよ」の言葉を残して職務に戻って行った。
まあ、どんな世界でも金の光は七光と言う訳だな。
そんな感じで一難去ったのだが、俺がガストを睨み付けると、奴は既にレストに早変わりしていた。
くそっ、なんて調子の良い女だ。
少しでも形勢が悪くなると、一瞬で消えちまうんだから。
どうせ、食わなくても死なないんだ。暫くは断食でもさせて遣ろう。
俺が内心で毒づいていると、マルラが俺の頭を撫でてくる。
「そんなに怒ると、早死にしますよ」
「ニャ~」
俺が早死にする訳ないだろう。あと百年は死んだりしないぞ!
マルラの台詞に向けて、八つ当たりをしてみたが、それを口に出すほど子供でもないので、ニャ~とだけ答えておく。
すると、まるで他人事のように、レストが俺に対する感想を述べてくる。
「ミユキって、鬱憤が溜まると猫の真似で誤魔化すのです」
猫の真似ってなんだよ。俺は猫だつ~の。
「猫ちゃん怒ってるの? でも、猫って怒るとシャー! って言うんじゃない?」
「シャーーーー! フーーーー!」
エルカからの要望があったので、期待に応えて威嚇して遣った。
「え~~~、変なの~~」
どうやら、俺の威嚇がお気に召さないようで、エルカが不満を述べてくる。
「何が変なんニャ」
「だって、嘘っぽいし、猫っぽくないもん」
不満の原因を尋ねてみたが、こいつは俺の落ち込む事しか言うつもりがないらしい。
まあ、何時までも、おこちゃまの相手をしている訳にもいかないので、こからの対応について、話し合う事にしたのだった。
結局、この日は城下への入門が叶わなかった。
そうなると、必然的に野宿となったのだが、当初の不安を余所に俺達の所へ近付く者は皆無だった。
その理由は、言わずと知れたガストの爆破事件の所為だろう。そういう意味では、少なからず役に立ったのかも知れない。
「これから......げっふ......如何するのですか?」
リンゴモドキを十個も食べて、満足げに馬車の中で転がるレストが、まっこと行儀の悪い事にゲップをしながら尋ねてくる。
本当なら、断食させる積りだったのだが、泣いて懇願するものだから、ついつい食べ物を与えてしまった。
というか、猫に餌を与えられる人間ってどうよ。
野良猫に餌を与えないでくださいなんてよく聞くが、レストに餌を与えないで下さいってか?
まあ、食った後に行っても仕方ない。それよりも生産的な考え方をしよう。
「暇なら伝達魔法を覚えるニャ」
レストが退屈そうに転がっているので、爆裂以外の魔法を覚えて貰おうと思ったのだ。
結局、彼女の問いに答えではなく、課題を与える事になってしまったのだが、それに素早く反応したのはマルラだった。
因みに、レストは物凄く嫌そうな表情で、俺に背を向ける形で転がり直した。
「その魔法は、私でも使えますか?」
どうやら、マルラは真剣に魔法を覚えたいようだ。
その証拠に、彼女の表情が口程にそう訴えかけてくる。
「解らんニャ。魔法は素質がいるニャ」
これは、癒しの女神であるトアラから教えて貰った事ではなく、彼女の輝く血を浴びたことで、否応なしに得る事となった知識の情報だ。
その否定的な言葉を聞いても、マルラは全く諦めるつもりはないようだ。
「もし良ければ、私に魔法を教えて頂けませんか」
その言葉に、俺は逡巡してしまったが、トアラから他人に魔法を教えるなとは言われていない。
それに、今後を考えると、多少は使えた方が良いだろうと判断した。
「分かったニャ。だけど、生半可では身に付かないニャ。あと......俺を売るのを諦めるニャ」
彼女に魔法を教えるのは良いが、修業が厳しい事と裏切り行為を禁止する条件を突き付ける。
すると、その言葉を聞いた彼女は一瞬だけ表情を曇らせたが、どうやら俺を売る事を諦めたようだった。
「解りました。一攫千金は諦めます......ですから、私に魔法を叩き込んで下さい」
こうして俺に魔法の弟子が出来たのだが、レストを一緒に鍛えて遣ろうと視線を向けると、ゴソゴソと芋虫のように逃げ出していた。
「レスト、真面目に遣らないと、断食だからニャ」
結局、この一言でレストは沈没する事となったのだった。
城下に入れず、早や一週間となる。
流石に、呑気な猫でも、そろそろ堪忍袋の緒が切れる頃合いだ。しかし、この一週間で途轍もない収穫もあった。
なんと、マルラの才能が開花したのだ。そう、魔法が使えるようになったのだ。ただ、残念な事に攻撃魔法の才能は皆無だった。
しかしながら、補助魔法や治癒魔法の才能は称賛すべきものであり、一流の魔法使いになる程の素質があったのだ。
それに比べてレストの補助魔法は、この強化猫にして女神の息子であるこの俺が、匙を投げる程だった。
結局の処、レストが覚えた魔法は、炎矢、炎壁、焦土という火属性魔法だけだった。
というより、彼女が元々使えたのは、着火と爆裂だけだった......
その魔法名を聞いて解る通り、着火の魔法は攻撃魔法では無い。だから、攻撃魔法は爆裂しか知らなかった訳だ。
それよりも、レストへ攻撃魔法を教えたのは良いが、マルラから諫言を頂戴する事になってしまった。
「唯でさえ危険人物なのに、そんな危ない魔法を教えて如何するんですか。完全に接触禁止人物になったじゃないですか」
そう、その通りなのだ。俺も教えた後に失敗に気付いたが、こういうのを後悔先に立たずと言うのだろう。
まあ、俺も反省しているので、マルラもそれ以上は突っ込んでこなかった。
「師匠、亜空間収納なのですが、私の魔法だとあまり沢山は入らないようです」
魔法を教え始めてからのマルラは、俺の事を師匠と呼ぶようになったのだが、ノミが居る訳でもないのに、何とも身体がムズ痒いニャ。
「亜空間収納の容量は、魔法力に比例するから、使うに連れて少しずつ拡張されるニャ」
俺が知っている知識からそう答えてやると、マルラは嬉しそうな顔で俺を抱き上げて頬擦りをしてくる。
なんとも、嬉しいやら、恥ずかしいやら、オッパイが気持ちいいやら......だが、レストからの冷たい視線が痛いやらで、ちょっとだけ真面目な顔をしてみるが、猫のニヤケタ顔と真面目な顔に差はあるのだろうか。
「ミユキ、ちょっとデレ過ぎだと思うのです。そんなにオッパイの大きいのが好きなのです? ああそうなのですね。あたしは小さくて申し訳ないのです」
ほら、レストが完全にツンモードに突入したぞ。
それよりも、レストやマルラが魔法を学んでいる横で、黙って頷きながら聞いているエルカの存在が気になるのだが、どうも魔法を使えるようには見えないけど、何やら頻りに頷いていたりする。
「それより、こから如何するのですか? もう一週間になるのですけど」
エルカの事を気にしていると、俺に大きなオッパイを押し付けているマルラが問い掛けてくる。
そう、彼女の言う通り、このままでは埒が明かないのだ。
いつまでも、此処でこう遣っていると、被害者がドンドン増えるからな。
そうなのだ。当初はガストのお蔭で不逞の輩と言うか、煩い虫が飛び回る事も無かったのだが、一週間も足止めを喰らっていると、新しく足止めされた虫どもが飛び回るのだ。
最終的にはガストの餌食となるのだが、いつの間にか俺達の周囲は死屍累々《ししるいるい》となっているのだ。
「あたしも、そろそろガストさんを呼ぶのに疲れたのです」
いやいや、お前の疲労よりも、ガストが消費する食料の方が問題だ。
てか、お前等にエコプロジェクトが何たるかを教えて遣りたいくらいだ。
まあ、それは良いとして、本当に何とかしたい処なんだが、如何したものか。
三人をここに残して、俺が一人で乗り込むのは簡単だ。だが、残った三人の安全性は良いとして、周りの被害が心配だ。きっと、俺が居ないとこの辺り一帯が焼け野原と化すだろう。
「全員でこっそり乗り込みましょうか」
これからの行動を思案していると、マルラが強硬手段を訴えてきた。
確かにそれも一つの手だが、馬車を放置するのも勿体ないし......
すると、俺の考えを読んだように、マルラが続けて提案してくる。
「馬車は収納して、馬は売りませんか?」
そう、生き物は亜空間収納に入れられないのだ。だが、俺としては馬が可哀想で...... と言うのも、他の者には解らないだろうが、俺は馬と意思の疎通が取れるのだ。
この馬は商人から奪ったものだが、賢いし、優しいし、働き者だし、本当に良い馬なのだ。だから、簡単に売るなんて、俺には到底できそうに無い。
すると、今度はルーラルが俺に話し掛けてきた。
ああ、ルーラルとは今話した馬の名前だ。
『主様、数日であれば、私は野で遊んでいます。もし御用があれば、主様の処へ直ぐに参ります』
なんて出来た馬なんだ。もしかしないでも、ここに居る三人の女達よりも素晴らしい存在かも知れない。良し、決めた!
『ルーラル、お前は俺に仕える気があるかニャ?』
『はい。私は主様と共に』
どうして、この馬はここまで従順なのだろうか。そんな事をふと考えてしまったのだが、今は棚上げとしよう。
『ルーラル、お前は百年の寿命に耐えられるかニャ?』
『主様が共にあるならば』
どうやら、完全に惚れられているようだ。
そんなルーラルの言葉を信用した俺は、亜空間収納から世界樹の種を出すと、両手で彼女へと差し出す。
その姿を見たエルカは、どうも、お座りした状態で両手を差し出す俺の格好が気に入ったようで、猫ちゃん可愛い~とか言っている。
これって、エルカから初めて褒められんだよな? 余り褒められる格好ではないような気がするけど......
そんな事を考えている間にも、世界樹の種を食べたルーラルが凄い事になっている。
『主様、この実は一体何なのでしょうか。身体に力が漲るのですが......今なら空でも飛べそうです』
ルーラルは興奮気味に感想の伝えてくる。
おいおい、まさかペガサスになったりはしないだろうな。
そんな俺の感想を余所に、彼女の身体は食前と比べて三割増しくらいに成長した。
その毛並みも艶々《つやつや》になり、誰が見ても最高級馬だと唸る程の姿に早変わりした。
『暫く、そこらで遊んでくるニャ。戻ったら呼ぶニャ。あ、でも、人間に捕まらないようにニャ』
一週間も足止めされているのだ。ルーラルはとっくに馬車から解放しているので、そのまま自由にしていいと告げる。
『はい。有難う御座います。でも、今なら、どんな人間が来ても蹴散らしてみせます』
ルーラルは嬉しそうに嘶くと、物凄いスピードで荒野を駆けて行った。
そんなルーラルを眺めながら、三人の少女が尋ねてくる。
「師匠、ルーラルがあっという間に、名馬になりましたよね?」
「ミユキ、一体何をしたのですか?」
「猫ちゃん、今回は可愛かったよ?」
マルラは馬の変化に驚き、レストはその理由を尋ねて来たが、エルカの一言で、その時の姿を思い出したマルラとレストは、俺に隠れて笑い始めた。
まあ、理由を話す訳にも行かなから、エルカのツッコミはナイスなものと言えるだろうが、どうも釈然としない......
「さて、何時までも笑っている場合じゃないニャ。みんなが寝静まっている間に行動を起こすニャ」
こうして俺達は周囲が寝静まっている間に、馬車を収納し、こっそり障壁を飛び越えて街へと侵入するのだった。
補助魔法を覚えたマルラの助けもあって、俺達は難なく障壁を越える事ができた。
そうして侵入した街だが、深夜ということもあって、民衆どころか街全体が寝静まっているようだった。
という訳で、深夜にうろつく訳にもいかず、街外れの空き地に幌馬車を出して寝る事にしたのだが、これがこの街で起こる騒動の始まりになるなんて、全く以て思ってもみなかった。
三人と一匹......俺が一匹なんだが......まあいい。三人と一匹が幌馬車の中で休息していると、俺は何やら近付いてくる気配を感じ取った。
やはり、猫の察知能力は凄いな...... って、俺だけど......自画自賛は良いとして、どうやらその怪しい気配は一人のようだった。
相手が一人なら、少女達を起すのも申し訳ないような気がして、俺はマルラの懐からこっそりと抜け出る。
ちょ、ちょ、ちょ、なんで、尻尾を握るんだ! 俺のチャーミングな尻尾に何て事をするんだ!
こっそり抜け出た筈が、いつの間にかマルラに尻尾を握られてしまった。
あまりにしっかりと握っているので、起きているのかと思いきや、どうやら未だにお花畑の住人であるらしい。
くそっ、早く放してくれよ。不審者が来てるんだ。
俺は両手で一生懸命に尻尾を引っ張るのだが、この格好って絶対に猫らしくないよな。
そうこうしている内に、不審な気配は幌馬車の直ぐ近くまで来ていた。
その者は中の様子を伺った後、何をするのかと思えば、幌馬車の中に転がり込んで横たわったのだ。
なに~~~~! ここはカプセルホテルじゃないぞ! 他をあたれ!
そんな俺の訴えとは裏腹に、その気配はそこで休み始めたのだが、どうも血の臭いがする。
唯でさえ不審な輩が、俺達の馬車に上がり込んで来ているのに、血の臭いまで撒き散らすなんて、これは本当にただ事ではないだろう。
俺はその人物を確かめる為に、ゆっくりと近付こうとしたのだが、一歩ほど進んだ所でコケタ。
きっと、レストが見たら大爆笑した事だろう。危ない危ない。
こら! マルラ! いい加減に尻尾を放せ!
結局、業を煮やした俺の猫パンチを浴びせて、彼女の手から逃げ出したのだが、何故、マルラと寝ていたかは聞かないでくれ。
俺だって男だ。柔らかい感触に抱かれて寝た方が、熟睡できるというものだ。
いやいや、そんな事を言っている場合ではない。
マルラの拘束から抜け出した俺は、その不審者に近寄ってみたのだが、かなりの出血をしているらしい。
「誰ですか?」
どうやら、マルラが先程の猫パンチで目を覚ましたようだ。
俺が不審者を観察しているのを見て、その者を誰何してくる。
「解らんニャ。突然、転がり込んで来たんだニャ。ただ、怪我をしているようだニャ」
怪我をしているという台詞を聞いた途端、マルラは身体を起して近付いて来る。
更に、不審者の横に膝を突くとローブのフードをゆっくりと下し、その者の人相を確かめている。
「女の子ですね。師匠は女性を引き付けるフェロモンでも出しているのですか?」
いや、そんな筈は無い。フェロモンなんて出ている筈かない。
実を言うと、癒しの女神であるトアラから、慈愛の芳香を付与されている事なんて知らない俺は、必死に首を振って否定する。
「それにしては、女性にモテますよね。ルーラルだって牝馬ですよね」
「しらんニャ。全く以て......もしかして、メス猫の行動って......いやいや、知らんニャ! そんな匂いは出てないニャ」
必死の抵抗を繰り広げる俺に、マルラは溜息を吐きつつ不審者のローブを脱がすと、その下の汚れた服をも脱がし始める。
おいおい、大丈夫か? 行き成りブスっとか刺されないだろうな。てか、オッパイがデケー! マルラよりデカイぞ!おいっ!
俺の心配を余所に、不審者は暴れたりする事無く、呼吸の度に胸を伸縮させる以外は、ピクリとも動かなかった。
それもそうだろう。マルラに服を脱がされて露わになったお腹には、剣で斬られたような大きな傷が残っており、今も血が滲んでいる状態なのだ。
どうやら、この者は虫の息だったようだ。
「この者の傷を癒し賜え! この者の傷を癒し賜え......駄目ですね。私の力では出血を止めるのがやっとです」
マルラは覚えたての治癒魔法を連発するが、どうやら彼女の手に負えるものでは無いと判断したらしく、期待の眼差しを俺に向けてくる。
仕方がないと観念して、欠伸を一つしてから不審者の下へと近付く。
因みに、欠伸に意味は無い。これは猫の習性が、時折顔を覗かせるだけだ。
「癒しの女神トアラルア名を持って命じるニャ。この者の命を救い賜えニャ!」
俺が癒し魔法を使うと、不審者の傷口が速やかに塞がって行く。
今回はマルラの育成を考えて、敢えて呪文を言葉に出したのだが、俺の詠唱を耳にした彼女は首を傾げていた。
「師匠、今の呪文なんですが、癒しの女神のあと、何て言ったんですか?」
あれ? 聞こえなかったのかな?
「トアラルアだニャ」
その言葉を聞いたマルラは、再び首を傾げた。
「師匠、今の、だニャしか聞こえませんでしたよ?」
なんだと! マルラにはトアラルアの名前が聞えなかったのか。
このあと何度も試してみたのだが、結論から言うと、この世界からトアラルアの名前が抹消されていた。いや、その名前、呼び名、存在、全てにおいて、人間が認識できない状態となっていた。
その理由は解らないが、トアラがあの洞窟に封印されている事に関係しているのだろう。
そんな解析をしている間にも、マルラは亜空間収納から自分の洋服を取り出して、不審者を着替えさせていた。
「師匠! あっちに行っててください。見てはダメです。どうしても見たいなら、私の身体で我慢して下さい」
別に見ていた訳じゃないのだが、偶々その場で考え事をしていただけだ。てか、俺が離れている間に暴れ出したら如何する気だろうか。
いや、それよりも、後半の台詞......まじで? ええのんか~~。なんて考えていたら、不意に繰り出されたマルラパンチを喰らって、俺は朝までぐっすりとお休みする事となるのだった。




