8
俺は走った。
千智を追って。
ストーカーらしき人物が千智を暗がりに連れ込んだ。
手遅れにならなければいいがっ!
千智が消えた暗がりである裏路地に到達したが、其処に千智の姿はなかった。
だが、俺はただの人間では無い。
人狼である。
詰まる所、俺の嗅覚は人狼化している、更に満月の夜である。
俺の嗅覚の鋭さは野生の狼のそれであった。
千智の匂いを辿るとある倉庫に辿り着いた。
此処だな。
だが、その倉庫は防音らしく、狼の聴覚を持ってしても、争った声もほとんど聞こえない。
だが、核心があった俺は、扉を開けようとする。
なんだこの扉。
鉄ほど硬いわけではないが、おそらく金属であろう。
頑丈に閉ざされた扉を見て歯噛みする。
取り敢えず怒りに身を任せてドアをこじ開ける。
なんとすんなりドアごと外れてしまった。
視線の先に千智を見つけた。
そして犯人は忌まわしき平太だった。
彼奴、出てきてやがったのか!
脅しも込めて狼の声を出す。
「GAOOOOOOO!」
「は?ひいっ!なんでこんな所にこんなのがっ!」
一気に手枷等を切り裂く。
平太は逃げて行ったが今は千智が優先だ。
此処は交番のすぐ横。
取り敢えず、千智を抱えて交番の警察に平太という名前の青年がこの子を強姦かつ殺人未遂されていた所を助けた事と、逃げた方向を伝え、代わりに被害届を出した。
そして交番の休憩スペースを借り、自分はソファーに座り、自分の膝を枕に千智を寝かす。
「千智・・・。ごめん・・。これは俺のせいだ。今は休んでくれ。起きたら今までの事、全部話すよ」
そう言って俺は、寝ているが顔がまだ少し強張っている千智の額に軽く唇をつけた。
すると、顔の強張りが取れ、少しニヤけた気がした。
これはいつもしている。
俺がソファーに座っている時、千智が横で寝転がって膝上に頭を乗っけてくるのだが、こっちが照れて揶揄われるのでこっちからチューしてあげるのだ。
すると、額を押さえ、びっくりした顔をし、どんどん赤くなる顔を隠したくても隠しきれずお腹の方に顔を埋めてくるのだ。
すると俺の内心は、かわいいかわいいで一杯になる。
ついでに頭を撫でると千智はまた少しにまーっとするのである。
当然俺の顔もニマニマである。
なんてイチャラブしていた頃を思い出していた。
「何にやけてるの?」
其処には目をぱっちり開けた千智がいた。
当然、膝枕していたわけで、膝の上にいる。
かわいい。
「え?いやー。なんでもないよ、それよりいつから起きてた」
「んーとね。ふふっ、膝枕してくれたとこから」
「最初から起きてるじゃん!・・・もー」
「へへー」
なんてことだ、寝てると思ってたのに。
起きた時、気まずい空気になるかななんて思っていたけど、それは杞憂に終わったようだ。
「じゃあ、守の話、あとで聞かせてくれるんだね?」
「うん。やっと決心がついたよ。ごめんね、辛かったよね」
「うんうん、いいの。いいんだっ」
二人で少々涙ぐみながらイチャラブイチャラブする。
「お二人さんやい。犯人は捕まったようだ。そんだけ落ち着いてんならもう帰れるだろう」
「「あ、見られてた」」
「息ぴったしかいな。はあ、また後ほど連絡はさせてもらうけど、今日のとこは帰んな」
「は、はい、どうもありがとうございました」
少々動揺しながらもなんとか千智のマンションまでついた。
千智は俺の黒装束には何も言わなかった。
何か察してくれたのだろうか。
これで入るのは二度目だ。
基本的にいつもは俺の家でのんびりすることが多い。
何と言っても千智の部屋は調度品などが置いてあり、いつか壊してしまいそうで落ち着かなかったのである。
引越しの手伝いの一回のみである。
「どうぞ、守。うぇるかむ」
「おじゃまします」
相変わらずきれいな部屋だ。
お嬢様なのであるから片付け等、出来ないものかと思われたが、千智に限ってはそれではない。
むしろ、片付けてないと気が済まないらしく、俺の部屋もよく片付けてもらっている。
しかも、詰め込むとかではなく、どこに何があるか瞬時に分かるくらいスッキリとしている、収納の中までもだ。
俺と千智はローテーブルを軸に対になっているソファーに腰掛け、話し始めた。
「先ずは、ごめんなさい。それと、話を聞いてくれてありがとう」
先ずは話を始めるためにお詫びをする。
「恐らく、俺が今から言う内容は信じられない事ばかりだと思う。厨二病でもこじらせたか?などと思うかも知れないが、これは、本当の話。心して聞いてくれ」
俺の真剣な様子に千智も真剣な表情で聞いてくれる。
「俺は半分人間ではない。これは比喩ではなく、本当の事だ。俺は人狼だ。ひとにおおかみ、と書いて人狼、今からその証拠を見せよう」
そう言って俺は完全な人狼化では無いが半狼化する。
「狼だったんだ・・・」
「あんまり驚かないんだな」
「私、多分知ってた。うんうん。本当は忘れていただけ。前にもあったよね、私が襲われた事。あの時のあいつを殴る時の守、狼とまではわからなかったけど獣に見えた。目の錯覚って事にしてその時は見なかった事にした。でもその時の守に抱きかかえられた時、ふさふさしてて。今日、助けてもらった時と同じ感覚で、目を覚ました時にはハッキリ思い出してた」
俺は驚愕した。
だが、驚いてはいられない。
ここからが重要なのだ。
「そうか。知っていたんだな。じゃあ千智はどうしたい。まず俺が思う事を言う。俺は今まで、千智を人狼の世界に巻き込むと、千智に危険が及ぶ。だから千智を守る為には俺が離れるしか無いんだと思っていた。でもそれは違った。離れた途端こんな事が起きた。俺は千智を守りたい。千智がこんな俺を受け入れてくれるのなら、お前を守らせてくれ」
千智の顔を見るのが怖かった。
決意しても受け入れてくれるとは限らない。
だが、今は目を見なければいけない。
そう思って顔を上げた。
悲しい顔をしているのか、それとも嬉しい顔をしているのか。
千智の顔はどちらでも無かった。
恐らく、いや、確実に怒った顔だった。
「守。私の事なんだと思ってるの?」
「お、俺の一番大切な人です」
「私も守が一番大切。でもね、守は大切な人をどうしたいの」
「守りたい」
「そう、それは私も同じ。なのに守は何を言ってるの。私が何を思っているか考えた?私はただ守られるだけでいいと思っているの?私は守を守りたいっ。守がっ、辛い時っ。私は聞いてあげたいっ!楽にしてあげたいっ!なのに守は私の事ばっかりっ!私にはなにもっ!させてぐれないっ!わだしだって!わだしだってーー」
徐々に涙ぐみながら崩れていく千智を見て、俺はもう一つ、自分の間違いを気付かされた。
ちゃんと言うべきだった。
ちゃんと聞いてあげるべきだった。
俺は間違えてしまった。
その二つを。
対等でなければならない。
助け合わなければいけない。
それを千智は教えてくれたんだと思う。
そうだな、千智。
俺は千里の方のソファーに座って千智の頭を撫で、もう一度「ごめんな、ありがとう」と伝えた。
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