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俺は一人、自室のリビングに立ち尽くし、眉を顰め、苦虫を噛んだような顔をしながらも、頬に一粒の涙が伝った。
「っ・・・これでっ!・・・良いんだっ・・」
「あいつは俺といては危険にさらされる。巻き込むわけにはいかないんだ・・・。千智を守るためには。そうだ・・・俺たちは一緒にいてはいけないんだ」
まるで自分に言い聞かせるように、俺は部屋で一人、自戒の言葉を吐き続けた。
精神身体共に疲れ果てて、ソファーに倒れ込むようにドサっと音を立てて寝転んだ。
何か気を紛らわすものでもないと泣いてしまいそうだったので映画の続きでも見ようかと思い、再生ボタンを押す。
俺の心境はと言えばついに来たか、だ。
いずれ打ち明けるか、別れるかの二択に迫られることになるだろうことは予想がついていた。
それがいきなり来て、覚悟が足りなかったのか。
やはり悲しく、そして後悔をしている気がする。
いや、最初から打ち明けるなんて選択肢はない。
これでいいんだ。
気を紛らわすように視線を眼前のテレビに向ける。
この映画の主人公の心境は自身に近い所があった。
自分の身を粉にしてでも働き、頑張っていても好きな人に告げることは叶わない。
それは受け入れてくれるだろうかという恐怖と、受け入れてくれた時の彼女の負担。
どちらを考えても自分の気持ちを捨て、いずれ来る別れの時まで先延ばしにする。
「全く俺と同じじゃないか」
俺は乾いた笑い声を出しながら、冷ややかな目で映画の主人公を見る。
「お前もどうせ俺みたいになるんだ。いきなり来て落ち込むよりさっさと振っちまったら良いんだ」
最早映画を楽しむもののコメントではない。
俺は先程までの自分を見ているようでイライラしてきていた。
自分のようになるのに後延ばし後延ばしにしているのがイライラする。
俺は今までこんなことをしていたのか、結婚する気なんてないくせに、千智に迷惑を掛けて。
自分にひどく嫌悪感を覚える。
しかし、眼前の主人公にそれをぶつけることで解消していた。
「もうふっちまえよ、結果は変わんねえんだから」
イライラしてまた毒を吐く。
結果など目に見えているとばかりに。
だが、物語は俺の思わぬ予想外の展開を迎える。
其れは映画の主人公の彼が何かに迷った時、いつも正しい道へと導いてくれた、親のような存在である人物。
昔、両親も健在だった頃、隣の家に住んでいたおじさんとの会話のシーン。
今ではおじいさんと言っても差し支えない見た目である。
・・・・・・
「周りの評価なんか気にするんじゃない。人間は面白い物に惹かれる。それは事実。だが、そんなものに振り回されて、じぶんが本当に望んでいることを手放すな。」
「いいか、人生という箱に本当に望んでいるわけではない小さな石ばかりいれていては其れはつまらない人生でしかない。砂利ばかりを入れていては隙間がなく、それ以上は入らない。」
「でもな、一番大切なものを手に入れ、ごつい岩を入れていてもその他の小さなものが入る隙間なんて幾らでもあるんだ。岩の間には石が入る。その隙間には砂利が、そして砂が、泥が。砂や泥や砂利なんかで埋めてしまってはもう大っきい自分の望みは一生掌中に収まることはない。其れではつまんないじんせいってもんだ。」
「今お前は砂利どころか砂や泥しか入ってねえ。自分の望んだものも手に入れられないでどうする!受け入れられないのが怖い?その後の迷惑が申し訳ない?自分が引くことこそあの子のため?ふざけんじゃねえ!自分の弱さを優しさと都合のいい解釈をしてんな!」
・・・・・・・
主人公の彼は泣いていた。
そして瞳の中に一つの炎が灯っていた。
すべて自分の弱さゆえだったと、すべて打ち明けその上ですべて掴み取り、そして守って見せるということを決意したのだ。
俺、守は衝撃を受けていた。
何度も同じシーンを再生し、何度もその言葉を脳内に焼き付けた。
まず自分の思う結末とは全く別のものになったことに驚き、そしてこのおじいさんの話に目を見張り、神経を集中させて聞いていた。
今まで自分は何をしていたのか。
千智を不安にさせ、あまつさえあんな顔までさせてしまった。
しかし今更、とそんな思考に陥りそうになる。
だが、その思考こそ自分の弱さであり甘さであり、決心が付いていない部分だった。
弱さを優しさと履き違えていた。
俺は直ぐに顔を洗い、なるべく月の光を浴びないために、黒装束に身を包み、フードまで被り、千智を追いかけた。
「まだ家についていないでくれっ!今日!話さなければ手遅れになる気がする」
俺は何故か焦っていた。
千智の気持ちが離れていく気がしたのか、それとも、あの時のような、両親の時のような不安が押し寄せる。
だが、そんな不謹慎なことがあってたまるかと、千智に追いつくまでは半人狼化し、猛ダッシュで市街地を駆け抜ける。
千智の一人暮らしをしているマンションは数駅先である。もし駅までに追いつけなかったら千智に会えないかもしれない。
その可能性を考慮して、人目のつかないコースを選び、完全に人狼化する。
この日は気づかなかったが今日は満月である。
久しく人狼化し、中学の頃とは比べられない力がみなぎっているのを実感した。
電車より速いスピードで疾風の如く走り抜ける。
千智のマンションがある駅まで。
走る俺の顔はあの日以来の真剣な顔をしていたと思う。
遂に千智の駅まで着き、マンションの近くで待とうか、と近くのファミレスに入り、窓を眺めながら千智を待つ。
店に入ったばかりの時は黒装束でいかにも怪しい風体であったが、フードを取り、素顔をさらしたことで奇異な視線は消えた。
無論、人狼化はフードを外す前に人に戻っている。
千智を待ちながら窓を眺めていると、俺ストーカーかよ。
と思ってしまうが仕方ない。
俺は夜目が効くため、少しばかり遠くまで暗くても見える。
もう時間も遅く、千智はもう家についてしまっていたのかなと思い少々落胆していたところで、トボトボと歩いている人影を見た。
(千智だっ!!)
だがその後ろに男と思われる人影が。
そんな、、一瞬そう思ったが何か様子がおかしい。
千智は後ろの男の存在すらも感知していないような様子で、後ろの男は様子を伺うかのように千智を観察している。
(まさかストーカーか!)
そう思い、俺は立ち上がり千智のところへ行こうと思った。
すると男が千智の口を押さえ、腕を引っ張り、暗がりへと引きずり込んだ。
「千智っ!」
俺は採算など知らんとばかりに数枚の千円札をカウンターにレシートと一緒に置き、一言「釣りはいらん。あんたにやる」そう言って店を猛ダッシュで出て行った。
背後から「かっけー!あんな台詞いうやつ初めて見た!」と言うような感嘆の声が聞こえた気がした。
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