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~ 第四話  目に見えない壁 ~

「なんと……そんなことが」


 ハリソンさん、目をまん丸にして絶句なう。


 いやぁ……苦労したよ。


 俺の推測……『山の民』の声、高すぎて聞こえない説を説明するのは、思った以上に骨が折れた。


 まずさ、この世界の人には高すぎる音が聞こえないっていう前提がないんだよね。超音波なんていう概念も存在しないみたいだし。


 日本だとさ、コウモリが人間には聞こえない音を出しているっていう事実は、もはや当たり前だろ? 


 そんな『当たり前』を共有していない人達に、今回の推測を説明するのはめっちゃ難しかった。


 突破口になったのは犬笛の存在だ。


 なんでも、ジョンさんみたいな獣人にしか聞こえない音を出す笛があるらしく、軍でも使われることが多いそうだ。


 ただ、なぜ獣人にしか音が聞こえないのかは分かっておらず、『獣人の耳に特殊な器官がある』とか『実はこの笛は魔道具なのだ』といったような推測がされてきたらしい。


 そこに俺が新たに、『犬笛の音、高すぎて人間には聞こえない』という説を持ち込んだというわけである。


 まぁ、俺の主張が正しいかどうかも分からないんだけどな。


 モスキート音は地球の現象なわけだし、世界が違えばそんなものは存在しないのかもしれない。犬笛や『山の民』の声が聞こえない理由だって、もしかしたら魔法的な何かなのかもしれないし。


 ただ、もし俺の説が正しいとすれば、これからの『山の民』との交渉に一つの光が見えてくる。


「アルト殿の考えが正しいとすれば……ジョンのような獣人を連れてこれば、『山の民』との交渉はかなりスムーズになりますな」


 そういうことである。


 犬獣人のジョンさんなら、『山の民』の声を聞き取れることは出来る。『山の民』が使っている言葉は人間が使っているものと一緒だから、言葉の意味だって当然分かる。


 しかも、オークと違ってそれをそのまま口頭で人間に伝えることだって出来るのだ。


 オークな俺は聞き取ることまでは出来るけれど、それを人間に伝えようと思うと筆談しか出来ない。時間がかかるうえに細かいニュアンスが伝わらない。文句なしの下位互換である。


 ……通訳の仕事、早くもリストラの危機。オーク、使い勝手悪い。


「結局、私達は遠回りをしていたのですね」


 リリーちゃんが小さな声で呟く。


 まぁ、ため息もでるよな。


 だってさ? 『山の民』との交渉の場に最初から獣人さんを同行させていれば、とっくの昔にコミュニケーションが取れていたのかもしれないんだぜ?


 実際に誰か獣人を連れて来て、簡単に対話が出来た日には力が抜けるだろう。今までの苦労は何だったのかってな。


「人間、獣人、そして魔獣。私達は勝手に区別してしまっていますが、それは愚かなことなのかもしれませんね」


「リリー様……」


「生きとし生ける全てのものと分かり合うことは無理なのでしょう。ですが、最初から通じ合えないと決めつけて、本来分かり合える存在との間にも壁を作ってしまうのはとても悲しいことです」

 

 俺が住んでいる森やリリーちゃんの領地は、とある王国に所属しているらしい。そしてこの王国では獣人に対する差別は法律で禁止されているそうだ。


 そこだけ聞くと、文明的というか近代的な感じもするのだが、現実はもっとシビアらしい。法律で規制しなければいけないほどに、獣人への差別は一般的なのだそうだ。


 他の国にいけば、『獣人は下等生物だ』という価値観のほうが普通であり、むしろ王国の価値観が異常らしい。ジョンさん曰く、王国は獣人にとって奇跡のような国なのだ。


 なんでも、王国の建国にあたり獣人の英雄が大活躍したのだとか。


 初代国王は、その功績をもって獣人に対する差別を禁ずる法を作り、それは未だに守られ続けている。王国国民の心には獣人へのリスペクトがあるのだ。


 また、王国には他の国から干渉を受けても、それを撥ね付けられるだけの力があった。


 なので、獣人をまともに扱っていることを理由に戦争を吹っ掛けられたことは一度もないらしい。……細かい因縁をつけられることはよくあったってのいう事実が寂しい限りだけどな。


 ただ、強い力を持っている王国であっても、さすがに他の国の価値観までは変えることが出来ない。他国から王国に入って来て、獣人を奴隷として連れ去ろうとする輩は絶えないそうだ。


 差別が当たり前に認められる世界において、差別を悲しい事だと思える存在。リリーちゃんやこの国の人々は、そんな奇跡のような存在なわけだ。


 そして、そんな奇跡みたいな存在だからこそオークである俺を受け入れてくれたのである。


 少し落ち込んだ様子のリリーちゃんに俺はメッセージを送る。


――あせらず、ゆっくりと。


 感謝の想いを込め、いつもよりもさらに丁寧な字で。


「人間とオーク! 喋ってるよな!」


「オーク! なんか書いてるな!?」


「オーク! 賢いっ! 意外っ!」


「……じゅる」


 そんなしみじみとした雰囲気など関係ないとばかりに、『山の民』の皆さんはキンキンと騒ぐ。音が高いだけに非常にうるさく感じる。……ずっとこれが続くの? ストレスやばいんだけど。


 あと最後の奴……お前は本当に喰おうとしてこない限りスルー決定だ。下手に構うと面倒くさい気がする。


 とはいえ『山の民』……なんだか好奇心旺盛な性格をしているっぽいな。


 これならとりあえず、お話くらいは出来るんじゃね?


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