~ 第二話 おだてられても、豚は山には登りたくない ~
ゾルデギル……それは大きな岩山だった。
ゴツゴツした岩肌は、まばらな木々の緑に覆われている。岩の下には土があるのだろうか……なんにせよ、木のたくましさってものを見せつけられた気分だ。
「……なんて雄大なんでしょう」
『ぶふうぅ』 (そうだねー)
リリーちゃんの呟きに、俺も同調する。
山の傾斜はゆるやかであるにも関わらず、その高さは見上げるほどに高い。ここに神様が宿っているといわれても納得してしまいそうになる迫力だ。
「この山の背後にも、いくつかの山が連なっているらしいです。いわばここは、山脈の入り口のようですね」
そんなガイドをしてくれるのはハリソンさん。仕事の都合上、何度かこのゾルデギルにも来ているらしい。俺達の森にも来てるし、ほんといろんな所に行ってるんだなぁ。
さて、俺達はすでに全員徒歩になっている。
馬さん達は、このゾルデギルに一番近い村に置かせてもらったのだ。騎士さんが二人ほど残り、馬の世話という名の盗難防止係をやってくれている。
「では、参りましょう」
ハリソンさんの先導のもと、俺達はゾルデギルへと入っていく。『山の民』の皆さんは、この山を少し登ったところに洞窟を作っているらしい。そこが入り口なのだそうだ。
岩山を登る……登る……登る。
思ってたよりもしんどいっ! ロッククライミングみたいなことをしなくて済んだのはよかったけど、坂道が普通に辛い! オークの身体、重いっ!
だってさー……森にこんな急な坂道、なかったしさー。ってか俺、平地が好きなんだよねー。
なんて、心の中でブーブーと文句を垂れている俺の目の前には、リリーちゃんが軽やかな足取りで山を登っている。
本人曰く、これでも軽装らしいのだが、それでも交渉に挑む貴族の娘として、ある程度の装飾がされたドレスを着ている。もしもあんなスカートドレスで富士山に登っている人がいたら、SNSで晒されるくらいには派手な格好だ。
「アルトさん。もうちょっとらしいです! 頑張りましょう!」
一体、君のどこにそんな体力があるんだ、リリーちゃん。深窓の令嬢じゃあないのかい? めちゃくちゃ元気じゃないか……汗まで爽やかに見えてくるよ。
少なくともリリーちゃんには負けてられない。俺は日頃から森を駆けるオークなのだ。強いはずなのだ!
「んだよアルト、体力ねぇなー」
あっ、サリーちゃん。背中押してくれてありがとう。その心遣い、マジ感謝っす。
………
……
…
「さて……到着しましたぞ?」
ハリソンさんの声に、大きく息をつく俺。いやぁ……長かった。
目の前には、大きな洞穴がある。……えっ、これ掘ったの!? 元からある洞窟じゃなくて? すげぇな、『山の民』って。
「まずは私が先行し、挨拶をしてまいります。リリー様、アルト殿。ここでしばらくお待ちください」
了解だよハリソンさん。ちょっと座らせてもらうね。
「アルトさん。お水です」
すかさず俺に水筒らしきものを渡してくれるリリーちゃん。気遣いの女神である。喉が渇いて干し肉になりそうだったオークとしてはありがたいかぎりだ。
小さい水筒を口に当て、一気に飲み干す。……あれっ? 無くならない?
「その水筒は魔道具なのです。魔力を込めておくと、その魔力が切れるまではお水が出続ける仕組みになっています。もしお水が出なくなってしまったら、また魔力を込めるので言ってくださいね?」
アンビリーバブル!
魔法って、半端ないんだねっ!
めっちゃ便利じゃん。こんなのがあれば、水不足なんか心配なくなるな。すげぇなぁ、魔法って!
一体どういう仕組みになってるんだろうって、水筒をひっくり返したりして観察してたら、サリーちゃんがボソッと声を掛けて来た。
「アルト……それ、めっちゃ高いからな? 壊すなよ?」
俺は、そーっと水筒をリリーちゃんに返した。
※
体感で十分くらいすると、ハリソンさんが戻ってきた。
「一応、話は通して来ました、アルト殿……オークが同行していることも再度申し出てきました」
うん、予定通りだね。
「ですが……言葉が通じていない可能性もあります。その場合……アルト殿の姿を見た瞬間、『山の民』が敵対的な行動に出ることも考えられます」
うん……予定通り、だね。
要は、いつ襲われてもおかしくないってことだ。その場合……ハリソンさん含む騎士様に守ってもらおう。俺ってば、か弱いオークだもん。守ってくれるはずだ。
「その場合は即座に撤退します。最優先でリリー様、ついでアルト殿の身の安全を確保するという形になります。それでよろしいでしょうか?」
そこでリリーちゃんに目配せするハリソンさん。
……そうだよね。守られるつもりでいたけれど、本来は俺もリリーちゃんを守らなきゃいけない立場な気がする。肉壁として。
「それでは……参りましょう」
リリーちゃんの声を合図に、俺達は行動を開始する。
いざ行かん! まだ見ぬ『山の民』の皆さんに会いにっ!




