~ 第七話 ジェントルなオークは、送り狼になどならない ~
本日二話目でーす!
つ……疲れた。
何度も経験のあるオペなのに、神経をすり減らしちまったよ。
足元には、穏やかな顔で眠るメアリーちゃん。その顔は、俺が思い描いていた通りになっている。すげぇな……手術直後だってのに、少しの腫れもない。確かにこれは、入院なんて必要ないな。
だけど、同時にこれはすごく不安になる。経過観察が出来ないってのは……恐怖だ。成功したからいいものの、どこまでが成功なのかはよく分からない。例えば、オペは完璧でも体質に合わなかった、という場合、それは失敗に分類されるのだろうか。謎が多く、リスクは高い。
とはいえ、今はひとまず成功を喜ぼう。
メアリーちゃんの寝顔を見つめながら、彼女の麻酔が解けるまで俺は、あの不思議なオペ室での出来事を思い出していた。
………
……
…
「メアリーさん。どんな顔になりたいか、希望はありますか?」
俺の問いかけに、困った顔をするメアリーちゃん。そりゃそうだよな……たぶん、美容整形って文化がないんだろうから。
俺が美容整形という文化がないと判断した理由は様々ある。
今、メアリーちゃんが着ている服や、武装系な人々が着ている鎧が、どう見ても近代的ではないこと。オペ室で目を覚ました時の、メアリーちゃんの反応。
そしてなにより……。
(普通に整形できるんだったら……わざわざこんなスキルなんか必要ないよな)
なぜか俺だけ前世の記憶を持っていて、その前世の記憶がなければ意味がないようなスキルを持っている。俺が知る限り、他にこんな不思議な力を持っている奴はいない。
……比較対象が豚だけなのが、少し不安だけれども。
なにはともかく、だ。美容整形が一般的な世界に、わざわざこんなスキルを持った人間を神様が送り込んだりしないだろう。神様は、無駄なことはしないはずだ。……じゃあなんで俺を豚にしたんだよ! 人間のままの方が、圧倒的に話が早いだろうよ!?
話がそれ過ぎたな……今はメアリーちゃんだ。
「メアリーさんの顔の特徴から考えるに、こんな顔なんかどうでしょうか?」
俺は、近くにあったタブレットに画像を映し出す。
ちなみにここにある通信機器、受信専用らしい。こちらから何かを発信することは出来ない。SOSは無理そうだ。
「すごく……きれいな人ですね」
一通り、タブレットに人の顔が映っていることに驚き、タブレットの裏まで調べ終えたメアリーちゃんが、感嘆の声を挙げる。
「シエンナ・ギロリーという女性です。メアリーさんの場合、鼻と、そして特に唇の形が近いですね」
正直にいうと、鼻筋は本家から比べてだいぶ低い。ただ、ラインは美しいのでオペをする必要は感じない。
また、唇のバランスはベストだ。本当によく似ている。
「それでは、この方を意識した顔へと、貴女を変えて差し上げます」
「顔が……入れ替わるんですか?」
「違います。貴女の顔のまま、少し手を加える、ということです」
アンパンマンかよ! というツッコミが喉元まで出た。
でも、そのシステム、いいよね。新しい顔を用意して、サッと入れ替える。患者は理想の顔を手に入れる。どこかの偉い人、開発してくれないかな、アンパンマン整形術。
不安そうな顔をしているメアリーちゃんに、説明を続ける。
「メアリーさんの場合、まず、顎の骨を削って小さくします。あと、ここのエラも削ります。そして、目を少し切開し、幅を広げると同時に二重にしてやります」
目を白黒させるメアリーちゃん。ただ、骨を削るだの、目を切り開くだの、物騒な言葉の意味は理解したようだ。
「それって……痛いんですか?」
「大丈夫。痛くありません。終わった後に、少し痛むことはありますが、すぐに治ります。痛みが引くまでは、私が経過を見ますから安心してください」
この説明をしたの、イブさんからスキルの説明を受ける前だったんだ。この時はまだ、どうやって術後の経過を見ようか考えていたからな。まぁ、解決策は思いついてなかったんだけど。
「……あなたを、信じます」
震えながら、メアリーちゃんが言う。ほんと、勇気ある子だよ。俺が彼女の立場なら、絶対に断っただろうと思う。行き当たりばったり過ぎるんだ。
だけど……やるしかない。オペ室があり、オペをするチャンスがあるんだ。必ず成功させてやる。
………
……
…
オペの前に、こっそりと歯のホワイトニングもやっておいた。
もちろん……日本でやったらアウトだ。だって俺、歯科医でもなければ歯科衛生士ですらないし。
ただし、やり方は知っている。院内の講習に参加して、何度も見たり実習したからな。ここは異世界で俺は豚。セーフだろ。
その後は、顎骨とエラを削って切除し、目はプチ切開法を行う。瞼の脂肪は吸引する必要がなかった。
しかしこのオペ室、なんでも揃っている。
機材は全て最新で、しかも俺が欲しいと思ったものはなんでも出てくる。イブさん曰く、『このオペ室の設備は、マスターのスキルレベルに依存します。マスターのスキルレベルは最高値なので、設備はかなりいいはずです』とのことであった。
ついでに言えば、イブさんの助手としてのスキルも超高性能だった。まるで俺の気持ちが読めるかのように、一手先を行く補助をしてくれた。
死ぬほど神経をすり減らし、丁寧に、それでいて時間を掛け過ぎないようにオペを進める。
完璧だ。どこもミスはないし、出来栄えもパーフェクト。これなら神様が失敗という余地はないはずだ。
麻酔を外したイブさんが俺に聞いてくる。
『マスター。オペ終了でよろしいですか?』
その問いかけに、俺は頷く。
『かしこまりました。お疲れ様でした』
美しい礼の姿勢を取るイブさん。同時に、白い光がオペ室を包む。えっ!? 帰る時もこれなの!?
『ぷぎ……ぷぷ、ぷぎゃ~』 (目が……目がぁーっ!)
お約束って、大事にしないといけないよな。
というわけで、気付くと俺は森にいて、身体は緑の豚に戻っていた。
………
……
…
メアリーちゃんを肩に担ぎ、森の浅い方へと進む。遭遇した場所から察するに、どこの村の子かは予想がつく。多分間違えてはいないだろう。
これ以上近づくとやべぇだろうな、ってところで、メアリーちゃんを地面に降ろす。さすがにメアリーちゃん誘拐犯に間違えられるのはゴメンだ。もうしばらくすれば麻酔も解けるだろう。
――ちゅん、ちゅんちゅん。
あぁ……平和だなぁ。
ん?どうやらメアリーちゃん、目を覚ましたみたいだな。
『ぶごっ?』 (起きました?)
「ギャぁーーっ!」
うぉい!? ビックリした!
ってそうか、俺の顔、おっかない豚の顔なんだった。……それでもちょっとショック。まぁ、俺だって初めてマイマザーを見た時、同じリアクションだったし、仕方ないよね。……母ちゃん、ごめんよ。
「オーク……さっきの、男の人ですか?」
オークな俺に、メアリーちゃんは恐る恐る話しかけてくれる。
『ぶご、ぶごご』 (そうだよー!イケメンだよー)
キョトンとするメアリーちゃん。うん、やっぱり伝わらないよな! ……空しい。
とはいえ、イブさんの言っていた通り、痛みもなさそうだし表情筋も滑らかに動いている。完璧に手術後の顔が馴染んだ後、って感じだ。ほんと、便利なスキルだよ。
「ここ……どこでしょうか?」
ポツリと呟くメアリーちゃん。
言葉が通じない俺は、そっと村の方を指さす。……クールじゃね?
あっ、ダメだ。メアリーちゃん俯いちゃって、俺の方見てないや。
『ぶごっ、ぶぎゃ』 (あちらをご覧、お嬢様)
ジェントルな俺の鳴き声に、メアリーちゃんはようやく指の先を見てくれる。
「……村だっ!」
よかったよ。あの村で合ってて。自信あるフリしてたけど、実際は超不安だったからね。
「名前……教えてくれませんか?」
俺の方を振り返ったメアリーちゃん。真剣な目で、俺の目を見つめてくる。
『ぶご? ……ぶきゅう』 (名前? ……アルトだよ)
この姿に戻った以上、俺はアルトだ。違いの分かる豚だ。『豚に真珠』とか言う奴、名誉棄損で訴えるからな。
あと、どうせ伝わらないんだしとか言ってるそこの君? それは野暮ってもんだぜ?
「村まで送ってくれて、本当にありがとうございました」
そういって、小さな身体で俺に抱き着くメアリーちゃん。
うん、なんか俺、感動しちゃったよ。
オークになってから初めて、人間と分かり合えた。元人間として、感慨深いね。
そして、メアリーちゃんは村へと帰っていった。何度も何度も振り返り、こちらに手を振りながら。