~ 第五話 メアリー=クルーエルの受難 ~
メアリーちゃん視点となります。
ではどうぞっ!
物心ついた時から、私はブスでした。
そんなに大きくない、どこにでもあるような田舎の村。同年代の子供は数えられるほどしかいません。その子供達の将来は、だいたい決まっています。
男の子の場合、長男は家を継ぎます。次男以降は都会へ出るか、余裕がある家なら、結婚して近くに家を建て、実家と共同で畑仕事をしたりして過ごします。
女の子は、村に残った男の子のうちの誰かと結婚し、その家を支え、子供を産むことが仕事です。
いつからでしょうか、私の夢は幸せな家庭を作ることでした。
この村で一生を過ごす以上、風の噂で聞くようなハイカラな生活はできないでしょう。ですがこの村には、慎ましくも穏やかな空気が流れているんです。私みたいなブスにも、皆が優しくしてくれたんです。
私は、そんな村の空気が好きでした。
だけど、現実は残酷でした。ブスには、そんなささやかな夢すらも叶える資格はなかったんです。
同年代の友達は少しずつ結婚していく中、私に声を掛けてくれる人はいませんでした。
私が好きになった人は、なぜか私を遠ざけるように離れていきます。
とはいえ、小さな村です。いつかは結婚しなければいけない。残り物は残り物同士、親から命じられて結婚するのが暗黙の了解です。
私と同じく、良縁に恵まれなかった男の子。昔から知っている、優しい子です。
双方の両親からそれとなく結婚を匂わされた私は、正直ホッとしました。自分で相手を見つけることを諦めていたのです。
ある日、私はその男の子の家にお呼ばれしました。
未来のお養父さんとお養母さん、そして旦那様。家族になる四人で、晩御飯を食べようということでした。
そこで聞いてしまったのです。家の外にまで響く、大きな怒鳴り声を。
「絶対嫌だ! ふざけんなよ!メアリーだけは有り得ねぇよ!」
「なんでだい! あんなに気立ての良い子じゃないか。良い嫁になってくれるよ」
「いい奴なのは分かってるよ! ってか、あの顔で性格すら悪かったら終わってるだろ!?」
「あんた! なんてこと言うんだい!?」
「事実だろうが!? 俺は絶対に無理だね! あんなしゃくれ顔と子作りなんかできるか! どう頑張っても欲情しねぇよ」
ショックでした。
自分がブスなのは分かっています。だけど、あの優しかった男の子に、あそこまで言われるほどに酷かったなんて。
「あいつと結婚するくらいなら、家を出る!」という怒鳴り声に追いやられるかのように、私はトボトボと歩き出しました。帰るところはありません。両親は、結婚を期待しているんですから。
結局、その日は村から少し離れた、大きな木の下で丸まって眠りました。寒くて惨めで、私は静かに泣き続けました。
次の日の朝。
お日様が綺麗でも、なにも状況は変わりません。いや、より悪くなっていました。昨日から何も食べていないので、お腹がペコペコです。
もう破れかぶれになってしまいました。なんで私ばっかりこんな目に。ブスってだけなのに。私が悪いわけじゃないのに!
ヤケクソになった私は、森に入りました。
一人で森に入ってはいけない。村の子供が口を酸っぱくして教えられることです。
でも、もうどうでも良いんです。このまま生きていても、私がブスである限りずっと一人ぼっちです。周りから白い目で見られて、ブスだと笑われて、そんな人生はうんざりです。
気付けば、森の奥に居ました。
明るかったはずのお日様の光もほとんど入ってこない、薄暗い森。急に怖くなってしまいます。
――ガサッ……ガサガサ!
なんでしょうか!? 大きな音がします!
獣か……それとも、魔獣!?
音はどんどんとこちらに近づいてきます。身体が固まって動きません。
――ブゴッ……ブゴーッ!
あぁ、神様。これは、破れかぶれになってしまった私への罰なのでしょうか?
オークです。すごく大きな……魔獣です。
恐ろしいその顔で、私のことを吟味するかのように見つめるオーク。この魔獣は、人間の女をさらい、その性欲のはけ口にしてしまうという、女にとって最大の敵です。
『首を置いてでも、女はオークから逃げなければならない』
そんなことわざがあるくらいです。でも、逃げられる気がしません。腰が抜けてしまいました。
ゴツゴツとした、緑色のおぞましく大きな手が、私の顔へと近づいてきます。
あまりの恐怖に、私は目をギュッと閉じました。
――ぽんっ、ぽん
大きな手が、優しく頭を撫でる感覚。それは、まるでお父さんのようでした。
そぉっと目を開けると、驚くことにオークはしゃがみこみ、私の頭を撫でていました。その顔は……信じられないことに、優しく見えます。
茫然としている私を尻目に、オークは立ち上がり、そして森へと帰っていきます。
――助かった。
そう思いました。
ですが、それと同時に、こんな想いが心の中に湧き上がったのです。
――私の顔は……オークにすら見向きもされないんだ。
本当に私は、救いようがない程に浅ましいのだと思います。気遣ってくれたオークの気持ちなど考えず、自分のことしか考えていなかったのですから。
「そうだよね……オークだって、私みたいなブス、相手にしないよね」
涙がポロポロと、足元の黒い土を濡らします。
今までの村での生活が、みんなの優しい顔が、走馬灯のようによぎりました。そして、その顔は私がいない所ではガラッと変わるのです。その笑顔の裏で、私をブスだと笑うんです。
「なんでよ……なんで、こんなにブスなのよ! 酷いよ……神様っ」
その叫び声は土に消えました。
――ズンっ……ズンっ
再び、重そうな足音が近づいてきます。さっきのオークでしょう。
大きな声を出したから刺激してしまったのでしょうか。もう、どうでもいいです。
私の腕よりも大きな指が、まるで赤ん坊を扱うかのように優しく私の顎を持ち上げます。
ブスな私の顔を見る、おぞましい化け物の顔。
その目は真剣で、なにかを訴えかけてきているようで。
「……っ!?」
突如、白い光が辺りを包み込みます。
あまりの眩しさに、目を両手で覆った私は、そのまま意識を失っていきました。
………
……
…
「ううん……っ!? ここ、どこ!?」
気が付くと、見たこともない場所に私は寝かされていました。
何でしょう……ここは。丸い円盤が見えます、その円盤にはいくつか銀色の穴が開いていて、薄く光っています。身を起こすと、いくつかの薄い板。これは青く光っています。
「君の名前は?」
その声がした方に目をやると、そこにはとてもかっこいい男の人と、美しすぎる顔をした女の人が立っていました。なんでしょう、女の人は綺麗すぎて現実感がありません。
「め……メアリー、です」
つっかえながらも、私は自分の名前を言います。
そんなどんくさい私に、男の人は爽やかに笑いかけてくれました。
「あの、ここは……どこですか?」
『ここは、そこにおられるマスターがスキルにて作り出した異空間です』
女の人が答えてくれます。だけど、何を言っているのかが分かりません。マスターというのは、かっこいい男の人のことでしょうか?
「あなたが……私をここに?」
私の質問に、男の人は困ったような表情を浮かべています。
少しの間、お互いに黙り込む時間が過ぎました。そして、男の人は信じられないことを言ったのです。
「メアリーさん。信じられないかもしれませんが、私は先ほどのオークです」
「……えぇっ!?」
そんなわけがありません!
さっき目の前にいたのは、間違いなく豚の顔をしたオークでした。こんなかっこいい、人間の男の人とは似ても似つきません。
「先ほど、貴女は言っていましたね?自分の顔がブスで辛いと」
“ブス”という言葉に、自然と心が反応し、泣きそうになってしまいます。
グッと涙を堪えると、私は男の人を見ます。確かに私は、さっきその言葉を口にしました。そして、それを知っているのはあのオークだけのはずです。
「もし、貴女が望むならば、貴女の顔を美しくして差し上げましょう」
まるでお伽噺のような、夢にまでみた言葉。
「そんな!……そんなことが、出来るんですか!?」
「可能です。望む通りの顔には出来ないかもしれませんが、美しくすることは出来ます」
そんなことは有り得ない。分かっているんです。ブスはブスのまま、一生を生きていかなければいけないんです。
だけど、この見たことのない不思議な空間が。美しすぎて現実味のない女の人の顔が。夢のような言葉に現実味を与えます。
そしてなにより……。
(この目……さっきの目と一緒だ)
何かを訴えかけるような、優しい瞳。それは、間違いなくさっきのオークと一緒の目でした。
「メアリーさん。正直に申し上げて、いつまでこの空間に居られるか、私にも分かりません。そして、この空間でなければ、貴女を美しくすることは出来ません」
男の人が優しく微笑みかけてくれます。なんといえばいいのでしょうか、その気持ちが伝わってきて胸がほっこりと暖かくなりました。
「よろしく……お願いします」
私は、この人に身を委ねる覚悟を決めたのでした。