~ 第二話 オーク緊急会議 ~
よろしくお願いします! どうぞっ!
指に光る真珠。
これはあなたの光。あなたが私を探してくれているのね。
素晴らしい……俺ってば、イケメンってだけじゃなく、作詞の才能もあったのか! 求ム! 作曲家!
というわけで、真珠の輝きは消えていない。それどころか、昨日に比べても輝きが増している気がする。
リリーちゃんの家は、森からはだいぶ離れているらしい。馬車で二日はかかる、とか言ってた気がする。
……馬車の平均時速を、誰か教えてください。結局どれくらい遠いのか、全く分かりませんが何か? なんとなく「あぁ、遠いんだなぁ」って納得したあの時の俺! ちゃんと聞いとけよな!
とにかく! 俺の推測が正しければ、馬車がじっくりゆっくり森に向かってやってきているから、真珠がだんだん光ってきているんだと思う。
さて……どうしたもんかな。とりあえず、オーク緊急会議の開催は決定だな。
………
……
…
『ぶごお、ぶぎゃぐごぶが!』 (それでは、オーク緊急会議を始めます!)
俺の宣言に、拍手で応える一同。いいね……そういうノリの良さ、嫌いじゃないぜ? まぁまぁ、と手でみんなに落ち着くように伝える俺。スターって、大変なんだな。
『ぶぶぎゃ、ぶごふぎゃふご。ぶぶふごぶぇ!』
(まずはみんなに、説明しなきゃいけないことがある。この真珠についてだ!)
――真珠? ……その石っころか?
――そういやアルト、最近ずっとそのキレイな石、つけてたよね。
『ぶふう! ぶぎゃぶ、ぶぶふご、ぶふぶふ』 (そうだ! この石は、真珠って名前で、特別な石なんだ)
この世界でも真珠って、貝から獲れるのかね? まぁ、森の中に住んでるオークには縁のない代物だわな。知らないのも無理はない。
まずはこの『共鳴の真珠』がどういうモノなのかを説明していく。この石と対になっている石が近づいてくる時、その輝きが増すという不思議な性質を。
――へぇー! 人間って、すごいもの持ってるんだなぁ!
――どこにいったら落ちてるんだろ? 森の中で見たことないよね?
うむ……全くもって同感だ。ほんと、どこにあるんだ、これ? 作れるのかな? それとも自然の神秘か?
『ぶごふぶぶぎゃ、ぶごぶごふぶ。ぶぎゃふぐ、ぶごぶご』
(この石と対になってる石は、ある人間の女の子が持っている。俺が助けた、迷子の女の子だ)
リリーちゃんは、森で迷子になっていた女の子という設定。花咲く森の道で、ブタさんに出会ったことになっているのだ。
『ぶごふぶ、ぶぎゃぶごふぎゃ。ぶがふが』 (その子は、また俺に会いに来るって言ってたんだ。お礼をしたいって)
――律儀だねぇ。
――よっぽど困ってたんだな……森、迷うもんな。
オークの中でも年長の世代が、しみじみと言う。分かるぜ? 年を取ると、そういう義理人情、染みるよな?
ただ、二人目のおっちゃん。よく方向音痴でその年まで生きてこれたな。森の住人が方向音痴って、結構致命的だぞ?
『ぶぶご、ぶぎゃぶふご。ぶがぶ、ふごふぐぶぎゃぶご』
(一昨日から、真珠が光ってるんだ。たぶん、対になる石が近づいて来てるんだと思う)
俺の声色の変化に、みんながこちらに集中する。たき火がパチパチとはぜる音が響く。
『ぶごぶご、ふぎゃぶう、ぶぶぶご』 (それはつまり、人間がまた、森に近づいているってことだ)
そう……リリーちゃんだけが、森に来ているとは考えづらい。当然、お付きの人もいるだろう。それこそ、前みたいな鎧を着た騎士あたりがいてもおかしくはない。
そんな人間と、俺以外のオークが遭遇したらどうなるか。……考えたくもねぇな。巻き込み事故もいいとこじゃねぇかよ。
もっと言えば、リリーちゃん本人が森に来ていない可能性だってある。
なんたって、リリーちゃんはいいとこのお嬢さんだ。帰って早々、周りの人に真珠を取り上げられていることだって十分に考えられる。『お嬢様を、オークの魔の手から守るのだ!』的なノリで、な?
とはいえ、放っておくわけにもいかない。
リリーちゃんが本当に来てくれているなら、早く合流してあげないと危ないし、かわいそうだ。
逆に、リリーちゃん以外の人間がオークを根絶やしに来ているのなら、集落の位置がバレる前になんとかしないといけない。
いくらここが、人間にとって森の奥の方にあるからといっても、俺がここに留まる限り、集落の位置がバレる可能性が圧倒的に高くなっちまう。
『ぶふう、ぶごぶごふぎゃ、ぶがぬがぶごふぎゃ』 (ひとまず明日、どんな人間が森に入ってきているのかを確認してくるよ)
正直、どうなるか全く予測がつかない。下手すりゃ一人、逃避行が始まるかもしれない。でも、俺一人のために集落のみんなの命を危険に晒すわけにはいかない。
『ぶぎゃぶごふぎゃ?』 (一人で行くつもりかい?)
ナディアだ。なんだか少し怒っているようにも見える。
『ぶご』 (そのつもりだ)
『ぶぎゃ……ぶごふぎゃ、ぶぎゃふぎゅあぶが、ふぎゃぶおぶぶ?』
(それで……もし人間が、私達を殺しに来るような奴らだったら、どうするつもりだい?)
『……』
どうするか。……集落とは離れた場所に向かって逃げるか、一人で突っ込んで討ち死にするかの二択だな。どのみち、生きて帰るのは難しいだろう。それを口にすることが……俺には出来なかった。
そんな俺の心情を、ナディアは正確に読み取る。
『ぶぎゃぶごふぎゅ……ぶごぶがふぎゃ!?』 (あんたが一人で死にに行くことを……私達が許すと思ってるのかい?)
『ぶぶごふぎゃ……』 (まだそうと決まったわけじゃ……)
『ぶぶがっ!』 (うるさいよっ!)
一喝。
集落に、再び静けさが戻る。その静寂を破ったのは、アルミンだった。
『ぶ、ぷぎゅう……ぶがぶぎょふご。ぶがふが』 (そうだよアルト……一人で行くことない。僕が一緒に行く)
『ふごご! ぶぎゃぶ、ふぎょぶが。ぷぶ、ふぎょぶ!』 (アホか! お前、結婚したばっかだろ。ナディアのことも考えろ!)
『ぶう! ぷぎゅう、ぶがぶごふぎゃ!』 (でも! アルトだって僕の大事な友達だっ!)
泣かせてくれるじゃねぇか……アルミン。
けどな? 俺にとってもお前は大事な友達なんだよ。
まだ子供だって出来てない。そんなお前を巻き込むことが、出来るわけないだろうが。
『ぶ……ぷぎゅう。ぶごふごぶが』 (なら……アルト。俺を連れて行ってくれ)
低く、静かな声。
安心感すら覚えるその声の主に、俺は思わず驚く。
彼の名はグレゴール。集落で誰よりも力が強く、そして誰よりも気が弱い男だった。