~ 第三話 イケメンオーク、農業をする ~
重たいお話があります。苦手な方、申し訳ありません。
では、どうぞっ!
さてさて、今日は農業の日でございます。頑張って、開墾していきますよっ!
今日の仕事は、新しく農地を作るために、邪魔な切り株をどけるというものだ。この切り株は、こないだ他のオークが斧で切り倒したものらしい。その切り株をどけてやれば、あとはゴブリン達が種をまいてくれるという寸法だな。
現代日本に住む人間がこれを見たら、「どこが農地なんだよ!?」とツッコミを入れるだろうよ。形は歪だし、頑張って耕すわけでもないんだからな。森のフカフカな土のポテンシャルに全てを掛けるという、ギャンブル農法だ。……なぜかこれが毎年豊作なんだよね。
さて、ある時は斧である俺の相棒が、今日はスコップとしての力を見せる!
……うん。お察しの通りだよ? 単に形が整ってないから、斧としてもシャベルとしても使えるってだけ。しかも、どっちで使うにしろ使い勝手は悪い。
いいんだよっ! 道具がいまいちな分はオークのパワーで補ってやれば! 脳筋? なんとでも言え!
ってなわけで、今日はスコップな相棒を地面に突き刺していく。根っこが出て来たら即座に粉砕。残った切れ端は後で引っこ抜けばオッケーだ。
掘る、根を切る、根を切る、掘る、掘る、根を切る。
楽しい。
単純作業だけど、オークのパワーですいすい進むから、結構快感だったりする。
『ゴブっ、ゴゴブブ、グゴ』 (おぉ、アルト、精が出るのぉ)
『ぶぎょ、ぶごぶが、ぶごご』 (ゴブ造さん。相変わらず干からびてんなぁ)
ゴブリンの長老、ゴブ造さんである。ちなみに、本当に長老なのかは定かではない。ただ、彼よりも年上のゴブリンを見たことがないから、俺が長老だと言っているだけだ。
さらに言えば、そもそも彼の名前は『ゴブ造』さんでは無い。というか、ゴブリンに名前を付ける習慣自体が無い。この名前は、オークが勝手につけたものだ。
ゴブリンは……弱い。
一対一なら狼にもやられかねないくらいに弱い。熊にでも遭遇したら、一瞬だ。
そんなゴブリンが危険な森の中で生活するとどうなるか……すぐに死んでしまう。そりゃあもう、誰も死ぬことがない日の方が珍しいくらいに、簡単に殺されてしまう。
にもかかわらずゴブリンが絶滅しない理由。それが繁殖力の強さだ。すぐに死ぬ分、大量に産まれてくる。だから滅びない。ただ、それでも数が爆発的に増えないところが、ゴブリンの哀しいところだな。
さて、ゴブリンの立場になって考えてみよう。
次から次へと生まれてくる子供。いちいち名前を考えるのがめんどくさい。やっと名前を覚えたと思った頃には、いつの間にか死んでたりすることも多い。
やってられないだろ?名前があると、思い入れも出来ちまうしな。
だから、彼らは名前を付けるという文化を持たない。その結果、他種族である俺たちオークは、基本的にゴブリンの個体を判別できなかったりする。
そんな中で、他のゴブリンと区別がつくゴブ造さんは偉大な存在だ。
ゴブリンとして、数々の修羅場をくぐり抜けてきた彼の顔には、歴戦の皺が刻まれている。すなわち、年寄りだ。年寄りのゴブリンはそれだけでレアキャラなのだ。
そんな彼に敬意を表して、豚は彼をゴブ造さんと呼ぶ。……ちなみに、某イケメンオークが、悪ふざけで名前をつけたのがきっかけだということは、内緒だぞ?
ゴブリンの基本的な行動としては、オークと共同で農業をするか、近場の森で木の実などを採集するかだ。肉を食べることは少ない。狩りになんか行ったら、高確率で死んでしまうからな。彼らが食べる肉は、大半がオークからのおこぼれだ。
ゴブ造さんは、さすがに身体に衰えが来てるので、比較的安全な畑仕事専門だ。年寄りをいたわる心……大事だよな。
『ゴブゴ、ゴブゴブ、ゴブゴフゴ、ゴブゴゴブ』 (この辺りには芋を植えるつもりじゃから、根っこはキレイに取っておくれよ?)
『ぶごっ』 (あいよ)
年を取ってるだけあって知識も豊富だ。ゴブ造さんの言う通りにしとけば、収穫は間違いない。……跡継ぎ問題が非常に深刻なんだよなぁ。誰かこの知識を引き継いでくれよ。
あと、これは俺の個人的な悩みなんだけどさ。オークとゴブリンの共同農場、主食が栽培されてないんだよね。
基本的に育てるのは実をつけるような野菜や果物、ごぼうみたいな根っこ、サツマイモみたいな芋だ。ちなみに、成功率が高いのは根っこと芋だな。実は虫にやられたりするから大変だ。
それはさておき、主食だ。米も小麦も無いんだよっ! これは非常に寂しい。……ん? 芋は主食だ? 認めん、断じて認めんからな!
まぁ、あったところで、米を炊くことも出来なければ、パンを焼くことも出来ないんだけどさ? それでも、炭水化物が欲しいんだよね。あぁ……ピザ食いてぇ。
『ゴブゴギュ、ゴッゴブゴブゴブ?』 (そうじゃアルト、人間を助けたんじゃって?)
『ぶご? ぶが、ぷごぶぎょ』 (ん? あぁ、耳が早いな)
さすがは爺さん、井戸端会議か?
あっ、ちなみにみんなには、『迷子を助けて、人間の下に返した』って言ってあります。大量に居た騎士たちは、その迷子を捜していたということにしといた。
『ゴブゴグコブ。ゴゴ、ゴブゴブコブブ、ゴブゴギャ』
(お前はすごいのぅ。わしゃ、いくら年をとっても、人間のことが理解出来んのじゃ)
ん? なんの話だ、爺さん? やけに悲しそうな雰囲気じゃねぇか。
『ゴゴブ、ゴブフゴゴゴブ。ゴゴブ、ゴブウ、ゴギャコブゴブ』
(今朝、集落におった人間が死んだんじゃよ。飯も食わず、水も飲まずじゃぁ、仕方なかろうて)
あぁ……ゴブリンの集落にいる人間ってことは、そういうことか。要は俺たちオークが、ゴブリンの性欲処理用に引き渡した女性ってことだ。
あまり気分のいい話ではないが、よければ聞いてくれ。
ゴブリンの下に送られた女性は、当然のように雄のゴブリンから犯されることになる。そして、すぐに妊娠してしまう。それは、ゴブリンの圧倒的な生殖能力ゆえのものだ。
そして、ゴブリンの子を妊娠した場合、生まれてくるのがめちゃくちゃ早い。俺の体感だからアバウトだけど、三か月も経ってないんじゃないかと思うくらいに早い。
そして、子供が生まれたら次の子供を産ませるべく、また犯されることになる。
ちなみに、生まれてくる子はハーフゴブリンにはならない。どっからどう見てもゴブリンだ。しかも、一度の出産で必ずと言っていいほど複数生まれてくるらしい。
さて、次から次へと、何度もゴブリンの子を産むことになる女性はどうなるか。……気が狂うらしい。その現場を見たことはないけど、ゴブリンの話によれば、明らかに様子がおかしくなった後、衰弱して亡くなってしまうようだ。
『ゴゴブ……ゴブコブブゴゴブ』 (人間は……ゴブリンとしては生きていけないのかのぅ)
『ぶごぷぎゃぶご、ぶがが』 (そいつは難しいんだろうよ、ゴブ造さん)
ゴブリンに捕えられた人間は、当然ながら抵抗する。力の弱いゴブリンからならば逃げられるのではないかと、それはもう必死で抵抗するらしい。だから、ゴブリンも拘束を緩めることなく無理矢理犯す。
ゴブ造さんからしてみれば、暴れることなく一人のゴブリンとして生きていく道を選んでくれれば、死ぬこともないのに、と思うらしい。
わざわざ危険な森に入り、オークに殺し合いを挑んだ末に負ける。その時点で、死ぬのが当然だ。
しかし命までは取られなかった。ゴブリンの母として生きる道もある。にも関わらず、それすら受け入れずに死んでいく。
人間の価値観で言えば、死んだ方がマシなんだろうな。
でも、ゴブリンの価値観で見ると違う。
特定の伴侶を持つことなく、ただ繁殖のために不特定多数と性交渉を行うゴブリンからしてみれば、多くのゴブリンから代わる代わる犯されるということが、そこまで辛いことには思えないんだろう。
せめて言葉が通じれば……いや、そんな生やさしいことでもないんだろうな。
価値観の違いか……やっぱり、人間と森の住人との間には、深い溝があるんだな。