~ 第四話 豚は少女の願いに応え、スキルを使う ~
スキル発動! 豚の真価をその目に焼き付けよっ!
あるー日、森の中、豚さんに、であーった!
現実逃避をしてる場合じゃないな。……どうも、アルトです。ただいま絶賛、困惑中です。
目の前には一人の人間の女の子。しかし、いつものような武装系暴力女子ではない。
「ひっ……ひぃ、ひぃ」
うん、完全に村娘Aって感じだね。
ってか、なんでこんな格好で森の中に? まだ浅いところだとはいえ、危ないぞ? きのこでも拾いにきたか?
「本当に……本当に会っちゃった」
そりゃ会うよ、この森に住んでるんだし。
俺じゃなくても、オークかゴブリンかには会っただろうよ。もしくは熊とか狼。
とりあえず、ここなら集落からも遠いし逃がしても大丈夫だろ。どう見ても敵意も殺意もないみたいだし。
俺はしゃがみ込み、でかい図体をなんとか小さくして威圧感を無くそうとする。しゃがんだところで、この子からすれば化け物サイズなんだけど、やらないよりはマシだろ。
「ひぃーーっ!」
近づく大きな手に、恐れおののく女の子。捕まって犯されるとか思ってるんだろうなぁ。
――ぽん、ぽんっ
俺は優しくその頭を撫で、彼女に背を向ける。
俺はジェントルなオークなのだよ。
だから、娘さんや?村に帰ったら、『オークはいい奴だ』って伝えてくれない? そっちが攻撃してこないなら、こっちも手を出さないからさ。
「あっ……えっ?」
戸惑ったような声を挙げる少女。そりゃそうだ。オークと遭遇して万事休す、と思ったら、何もされないどころかイケメンな対応をされたんだから。
「そんな……」
おや? なんか悲しそうな声が聞こえたぞ?
「そうだよね……オークだって、私みたいなブス、相手にしないよね」
その声に俺は思わず振り返る。
俯き、女の子の表情は見えない。しかし泣いているのは分かる。
「なんでよ……なんで、こんなにブスなのよ!酷いよ……神様っ」
胸が締め付けられるようなこの感覚。久しぶりだ。
前世で、美容整形外科医として働いていたころ。俺は、こんな辛い思いをしている人を助けたくて、毎日頑張っていたんだ。まるで昔の自分を見ているみたいで……な。
踵を返し、俺はその少女の下へと向かう。腹に響くような足音に少女は顔を上げた。
(たしかに……美人顔ではないな)
別に口に出したところで、目の前の女の子に伝わることはない。どうせ出るのは『ぶご』とか『ぷぎゃ』とかだ。それでも、言葉にしないのがマナーだ。
ごつい人差し指で、顔を傷つけないよう細心の注意をして、少女の顎を持ち上げる。……豚の顎クイって、萌える人いるのかな?
少女の顔でもっとも特徴的なのは、俺が持ち上げたその顎だ。はっきり言おう。しゃくれている。ここまでしゃくれてしまうと、どうしてもそこの目が行ってしまうためブス扱いされてしまうだろう。
あとは、目が細くそして小さい。
それくらいか……飛びぬけてブスだとは思わない。
――大丈夫。君は、美しくなれる。
そう思った瞬間、辺りは白い光に包まれて……。
※
気付くと、俺はオペ室にいた。見覚えのある、Tクリニックのオペ室。
『お疲れさまです、マスター』
うおっ!? びっくりした! 誰?
『私に名はありません。マスターを支える助手です』
美しすぎる顔、人間のものとは思えない。まるでアンドロイドのようだ。
「それで……ここはどこなんだ?」
『ここは、マスターがスキルで作り出した異空間です』
……スキル? なんじゃそりゃ?
『スキルとは、マスターが有する能力のことです。超能力と考えていただいて問題ありません』
「はぁ……」
思わず呆けた声が出る。超能力ったってなぁ。俺……スプーン曲げられないよ?
「……っ!?」
ふと、鏡に映った自分の姿に愕然とする。そこに豚の顔は映っていなかった。
「……俺?」
懐かしくも、見間違うはずのない顔。そこに映っていたのは、『水川 蒼』であった。
「ううん……っ!? ここ、どこ!?」
その声で我に返った俺は鏡から目を離す。
近代的なオペ室には全く似つかわしくない、頭巾をかぶっていない赤ずきんちゃんみたいな恰好をした少女が、あたりを不審そうに見渡していた。
「えぇっと……君の名前は?」
俺自身、状況を把握出来ていないので、当然不安そうな声がでる。助けを求めた視線は、助手のお姉さんにサクッと無視されてしまった。
「め……メアリー、です」
そうか、メアリーちゃんっていうのか。良い名前だね。
……こっからどうしよう!? 何を話せばいいんだろう!? なんだよこれ!? 価値観が合わない男女の合コンか? 全然トークが盛り上がらないぞ!
「あの、ここは……どこですか?」
メアリーちゃんが当然の疑問を呟く。
『ここは、そこにおられるマスターがスキルにて作り出した異空間です』
答える助手さん。答えはさっきとほとんど変わらない。つまり、分からない。
メアリーちゃんは、縋るような目で俺を見る。
「あなたが……私をここに?」
違うと言いたい。むしろ、俺だって連れてこられたんだと。
だけど助手さんは、これが俺の超能力だと言う。……あっ、スキルか。俺の姿が人間に戻っていることからも、その説明はおそらく正しい。
「メアリーさん。信じられないかもしれませんが、私は先ほどのオークです」
「……えぇっ!?」
そりゃそうだわな。俺自身、自分が言ってることの意味が分からんもん。
「先ほど、貴女は言っていましたね? 自分の顔がブスで辛いと」
俺の言葉にメアリーちゃんの顔が辛そうに歪む。
しまった……言葉を選ぶべきだった。俺もまだ混乱してるんだな。
「もし、貴女が望むならば、貴女の顔を美しくして差し上げましょう」
少しずつ少しずつ、医者時代の俺が戻って来る。懐かしいな、この言葉遣い。
「そんな! ……そんなことが、出来るんですか!?」
「可能です。望む通りの顔には出来ないかもしれませんが、美しくすることは出来ます」
そう、ここならば出来る。
ここで何人の患者のオペを行ってきたことか。
迷いの表情を見せるメアリー。
そりゃそうだろう。いきなり見たことも無いような場所に連れてこられて、自称オークな人間に「美しくしてやる」なんて言われて、信じられる人間がいたらそっちの方がびっくりだ。
とはいえ、のんびりしている時間はない。
「メアリーさん。正直に申し上げて、いつまでこの空間に居られるか、私にも分かりません。そして、この空間でなければ、貴女を美しくすることは出来ません」
ここでっ! 水川自慢の爽やかイケメンスマイル!
「私に、任せてはもらえませんか?」
見ろっ! メアリーちゃんの紅く染まった頬を。
「よろしく……お願いします」
……ふっ。やはり、イケメンとは正義なのだな。
………
……
…
『一つ、お知らせすることがあります。マスター』
メアリーちゃんに全身麻酔を導入した直後、イブさん(助手さんの名前。勝手につけちゃった)が俺に語り掛ける。この有能な助手は、全身麻酔の導入まで軽々とやってのけたのだ。一家に一台欲しいね、マジで。
『このスキルによるオペは、マスターが前世で経験したものと少し、勝手が違います』
ほう……それは聞いておかなければならんな。
『ここでのオペは、成功するか失敗するかの二択です』
なるほど、全く分からん。
『マスターがオペの終了を宣言した時点で、スキルは終了します。その時点でのオペは成功とみなされた場合は、マスターが思い描いた通りの術後の状態となります』
「ふむ……?」
『逆に、失敗と判断された場合、患者の顔面が崩壊します』
「はぁっ!?」
なんじゃそりゃ? 誰が成功したか失敗したかを判断するんだよ?
『それは、神のみぞ知る、です』
心無しかドヤ顔なイブさんマジ腹立つ。ってかそこ、大事なとこなんだけど?
『今回マスターが行う手術は、本来ならば術後数日の入院が必要になります。しかし、スキルによるオペの場合、それは必要ありません。成功した場合スキルが終了すると同時に完治します』
それは便利……なのか?
『一方で、例えばオペになんらかの瑕疵があるなどして術後の様態が不安定な場合、再度治療をすることはできません。手の施しようがないレベルで顔が崩壊します』
……まぁ、失敗しないけどな。腕の悪い美容整形外科医など、存在自体が害悪だ。
不可抗力の場合?
そんなもんクソの言い訳にもならねぇ。美容は結果が全てなんだよ。
『美しくなるか、醜くなるか……このスキルは、その二択なのです』
なんだかすごくアバウトだけど、とにかく完璧なオペをすればいいんだろ? 上等だっ! やってやる。必ず……メアリーちゃんを、彼女が望む美しい顔へと変えて見せる。
メスを取り、イブさんに目配せをする。
オペ、スタートだ!