~ 第十四話 審判の時 ~
いつもありがとうございます。
では、どうぞっ!
うっすらとした光が、私を包み込んでいます。柔らかくて暖かい光、森の木の香り。とっても気持ちがいい。
「ん……うーん……」
思わずはしたない声が漏れてしまいました。レディとして、はしたないことです。早く起きないと、アガサに笑われてしまいますね。
『ぶご……?』
なんでしょう……豚の声? だけどなんだか優しい声。ゆっくりと私は目を開けます。
「っ!? きゃぁっ!」
『ぶぎゃぁ!?』
目の前にはオークの顔。恐ろしい魔獣の顔に、思わず悲鳴をあげてしまいます。すると、オークの方もびっくりしたのか、後ろに飛び退きました。その人間臭い姿に、私は我に返ります。
そうだ……この方が、大賢者様だったんだと。
※
私が大賢者様……いえ、アルト様と初めて出会ったのは森の中でした。危険な森の中、私のために一人で森の中に入ったメアリーを追いかけていった先で、アルト様は姿を現したのです。
正直に言えばあの瞬間、私は人生の終わりを覚悟しました。目の前に迫る、私の体の何倍も大きいオーク。その姿は、伝え聞いていた通り恐ろしいものでした。
なんとかメアリーだけでも逃がさなければ、と思ったのですが腰が抜けてしまって……情けないですね。
ですが、そのオークはメアリーの問いかけに優しく答えてくださったんです。なんておっしゃっているのかまでは分かりませんが、間違いなく意思は伝わりました。そこでようやく、私は自己紹介をすることが出来たんです。
「お初にお目にかかります。私、オルブライト辺境伯が娘、リリー=オルブライトと申します。大賢者様。お姿を示していただき、誠にありがとうございます」
今までで一番緊張した挨拶でした。それは大賢者様に失礼にならないようにするためだけではありません。未だ自分の中に残る恐怖を振り払いたかったんです。
そんな私に、アルト様は気さくに応じてくださいました。大きな身体のオークが、頭に手を当てながら何度もお辞儀をする様子はなんだかとてもかわいくて、思わず笑ってしまいそうになりました。
事件が起きたのは、まさにその時でした。私達を探しに来てくれた騎士様方が、アルト様に向けて武器を突き付けたのです。
ほんの少しのきっかけで爆発してしまいそうな緊張感。私はそれを止められませんでした。貴族の娘として、とても恥ずかしいことです。アルト様、騎士様方の双方が危険にさらされるというのに。
そして、アルト様は逃げる道を選ばれました。私とメアリーを連れて。そうして私達は、今いる洞窟へとたどり着いたんです。
………
……
…
「もうっ! 大賢者様は顔が怖いんだから、覗きこんじゃダメって言ったじゃないですか!」
『ぷぎゃぁ……』
大賢者様……メアリーに叱られています。とってもしょんぼりされていて……メアリー、それくらいにしておいてあげてください。なんだかかわいそうです。
気を取り直したのか、アルト様がこちらに顔を向けて喋りかけてきてくださいます。
『ぶご……ぶが?』
「はい。大丈夫ですよ」
変わらず言葉は分かりませんが、何を伝えたいかは分かります。きっとアルト様は、私を心配してくれているのでしょう。
大丈夫です。身体は元気ですし、顔も……痛くない?
火傷を負ってからずっと、私を悩ませ続けてきた痛み。ジクジクと、まるで私を罰するかのようだった痛みが今は消えています。少し突っ張る感じはしますが、痛くないんです。
「痛く……痛くないよぉ」
涙が零れ落ちました。もう、ダメです。止めることが出来ません。本当に……嬉しい。まるで、神様が私を許してくれたように感じます。
――ぽんぽん。
アルト様が優しく、頭を撫でてくださいます。あぁ……私、甘えてもいいんだ。
「リリーさまぁ……良かったです! 良かったですねぇ!」
気が付くと、メアリーが私を抱きしめてくれていました。
ありがとうメアリー。貴方がいたから、私はアルト様に出会えた。会ったこともない私のために命を懸けてくれたこと。私、一生忘れません。
しばしの間、メアリーと泣きじゃくってしまいました。貴族としては恥ずかしいことですが、心がとっても温かいです。
『ぶごぶぎゃ、ぶが?』
アルト様が話しかけてくださいます。顔から何かを剥がす仕草と共に。
「はい。分かりました」
先ほどの不思議な空間。アルト様が人間の姿になっておられた時に、何をすればいいか、お話は聞いてあります。治療が終わると、アルト様はオークの姿に戻ってしまうので、今のうちに聞いておいて欲しいと言われたのです。
「では……包帯を外します」
顔についている、糊で貼り付けるような包帯を慎重に取っていきます。
一枚、二枚。
肌に風を感じます。メアリーが息を呑むのが聞こえました。
「リリー様……顔がっ! 火傷の傷が……治っています!」
その声に、私は思わず自分の顔を触ってしまいました。傷だらけで、触れるだけでも激しく痛むはずの顔を。
「痛くない。それに……傷が、ない」
あぁ……アルト様。ありがとうございます。
私は今、鏡が見たい。あれほど見たくなかった……鏡が見たいんですっ!
『ぶふぅ……』
アルト様は座り込んでいました。オークの表情は残念ながら読み取れませんが、全身から安心した様子が伝わってきます。本当に優しい方なんですね。
「アルト様……本当に、ありがとうございますっ! ありがとう……っ」
お礼の言葉は、涙でボロボロになってしまいました。そんな私の背中を、アルト様は優しくさすってくださいます。その暖かい腕の中で、私は思い切り泣くのでした。
昨夜のことですが、感想へのお返事を書いている時に、その感想が消えてしまいました。
感想を書いていただいた方が、ご自身で削除されたのならば問題ないのですが、もし、こちらの不手際で感想を削除してしまっていたならば、申し訳ないことです。
その感想に対してのお返事を、活動報告の方にあげておきましたので、よろしければご確認ください。よろしくお願いします。
それではまた、次のお話で。
香坂蓮でしたー。