~ 第三話 くっころの向こう側 ~
どうも、イケメンだったらいいなと日々願っているオークのアルトです。水面に映る豚の顔が、イケメンかどうかの判別がつかないんです。女の子からの人気は、悪くないんだけどな。
いやぁ……あれからだいぶ月日が経ったよ。もはや数えきれない程に。
カレンダーなんて洒落たものなんかないからさ、自分が何歳なのかも分からねぇ。少なく見積もって二歳、多く見積もって五歳ってとこだな。既に身体は大人、人間の何倍ものサイズになった。
オークとして生きてきて、色々分かったことがある。
まず、俺らが暮らしているのは深い森の中だ。どこまで行っても木しかないんじゃないかってくらい広い森の中、その一部を切り開いて作ったのが俺たちの集落らしい。
たぶんあれだな。森の中に住んでるから、肌が緑色なんだろうな。なんたって、ゴブリンも緑色だし。
ゴブリンの説明をしてなかったな。
こいつらは、俺たちオークと共生関係にある。
例えば、ゴブリンではどうしようも無いような大きな木を切ったり、でかい石をどかせたりするのは俺たちオークの役割だ。
そうやって拓けたところを、ゴブリンが耕して種をまく。それだけ。農業っていうにはあまりにも雑なやり方だけど、実が生っているから問題ない。
他にも、でかい熊なんかを倒したりするのは俺たちオークの役目で、ゴブリンは木の実なんかを拾いに行ったりしてくれる。
ただ、住んでるところは少し離れてるんだ。
ゴブリンは一個の個体の力が弱いからか、その分繁殖力が強い。それはつまり、四六時中盛ってるってことだ。毎晩ゴブリンの喘ぎ声を聞くのは、オークの精神衛生上よくないってことだな。
それで思い出したよ……人間のことだ。
時々森に入って来るんだよね、人間。最初見かけた時は懐かしさのあまり泣きそうになったよ。まぁ『ぶぅぶぅ』としか鳴けないんだけどな。
そんな人間なんだけど、俺たちオークを目の敵にしてるんだよね。まぁ、森に入ってくる奴らが皆、武装してくるあたり最初から狩る気満々なのは伝わってくるしな。全く……野蛮なんだからっ!
どうやら人間は、『オーク=人間の女を捕まえて犯す』と思っているらしい。
心当たりがありすぎるんだよ、これが。
そもそも、基本的の俺たちは、人間を見かけたところで攻撃なんかしないし、むしろ隠れる。
こちらから先制攻撃をしかけるのは、集落の位置がバレた時くらいだな。そこだけは細心の注意を払っている。それでも、バレてしまった時は集落を引っ越さなきゃいけない羽目になるらしい。焼き払われちゃうからだそうだ。これはお母さんが言っていた。
だけど、俺たちは図体が無駄にでかい。
隠れたところで、すぐに見つかっちまうんだよね。せっかく肌が緑で、保護色になっているのに!
そして、俺たちを見つけると人間は、必ず殺そうとしてくる。剣やら槍やら魔法やら……そうそう! この世界、魔法があるんだよ!すごくね!?
話がずれたな……魔法のことは、後にしようか。
それで、こっちとしても殺されてやるわけにはいかないから、死ぬ気で戦う。そして、大抵は殺しちまうことになる。命の取り合いだ、手加減なんかしている余裕はない。
ただ、たまに相手が重傷を負って、殺さなくても無力化できる場合がある。その場合、男はさっくり止めを刺すが、女は生きたまま連れて帰るんだ。
なんでって?
ゴブリンにあげるためだな。
さっきも言ったけど、ゴブリンは繁殖力が強い。それはもう、半端じゃない。同じゴブリン同士じゃなくても繁殖が出来るくらいに精力が強い。ってなわけで、子供が作れるなら人間でもいいや、ってわけだ。ゴブリンの子を孕めるってのが、人間の女の不幸だな。
とまぁ、こういう事実が色々と曲解されていくうちに、『オークは人間の女をさらって犯す』なんていう不名誉極まりない嘘が蔓延しちまったわけだ。
よく考えてみろよ、人間。
オークのアレ……サイズ半端ねえぞ?
通常時でも、馬並みどころじゃないんだぞ? そんなモノが入るわけないだろ、人間サイズに。
俺も元人間として、思う所はあったさ。初めて人間を叩き潰した夜は眠れなかったし、泣き叫ぶ人間の女をゴブリンに引き渡したときには、罪の意識も感じた。
でもな、綺麗事じゃあ生きていけないんだよ。
人間は、俺たちがオークだっていう理由だけど、死ぬ気でこっちを殺しに来る。そりゃあもう、親の仇かってくらいの勢いで切りかかって来るんだ。
話し合いでなんとかなるなんている幻想は捨てたね。そもそも人間の言葉、喋れないし。
郷に入れば郷に従え。ここで生きていくには、オークの流儀に染まるしかないんだ。
そうそう、今ので思い出したわ。話が飛んで悪いな。言葉についてだ。
俺たちオークは、種族が違うゴブリン達ともコミュニケーションが取れる。
『ごぶ、ごぶごぶ?』 (もうかりまっか?)
『ぶぎょ、ぶごぶご』 (ぼちぼちでんな)
ってな感じで、鳴き声のコミュニケーションが可能だ。
そして、俺たちはなんと、人間の言葉も分かる!
『私は、貴様らオークの手籠めになどならん! テヤーっ!』
『ぶぎょ! ぶご、ぶごぶごご!』 (やめろ! フラグっぽいだろ、手籠めになんかしねーよ!)
ただし、喋れないので意味はない。
オークにしろゴブリンにしろ、バカそうに見えるかもしれないけど言語の聞き取り能力はすごいんだよ。リスニング試験だけなら満点だ。喋れないけどな。
『ぶぶー! ぶぎゅう! ぶご、ぶふ、ぶぎゃ!』 (おーい! アルトー! 狩りにいこうぜー)
まるで野球にでも行くかのように俺を誘ってきたこいつは、フランツ家のアルミンというオークだ。決して中島家の人間ではない。生まれた時期もほぼ同時期だ。
そうそう! オークにも苗字、というか氏族制度があったんだ。それぞれの家族が家名を持っており、嫁入りの制度だってある。
俺は、バイエルン家に生を受けた。ドイツっぽい名前が多いのは、なんでなんだろうな?
ちなみにお父さんの名前がアドルフで、お母さんの名前はユリアナだ。お母さん、マジ美少女ネーム。
こうして、今日も平和に一日が過ぎていく。スローライフって奴だ。
日々、美しい自然に囲まれながら、生きるために働く。これぞ生きとし生けるものの在り方って感じで、美しく感じるね。
生まれ変わった当初は、『なんで豚なんだよ!?』とか思ったけど、豚暮らしも案外悪くない。ハムにされる心配もないしな。
ただ……結婚だけは無理そうだなぁ。
どうしたってさ、前世の価値観は邪魔をするんだよ。
自分も豚なのは分かるけど……分かってるんだけど、豚に欲情は出来ないんだよ。豚の巨乳、どうみても相撲取りのおっぱいだぜ?
だけど、オークである以上、結婚はすなわち子作りだ。「子供のいない幸せな家庭」なんてものはあり得ない。
はぁ……どうしたもんかなぁ。