~ 第八話 メアリー、怒る ~
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では、どうぞっ!
一夜明け、馴染み深い村へと帰ってきました。こうして帰って来てみると、領主様のお屋敷で過ごした昨日の出来事がまるで夢だったかのように感じます。
しかし、夢ではありません。
その証拠が目の前にいる騎士のお二方。なんでも先行して、私達が住んでいる村に拠点を確保するそうです。
さっきまで、村長と交渉していましたが、どうやらすんなりと空き家を確保されたようです。……村長のあの様子だと、交渉にすらならなかったと思います。
これから何日かの間に、騎士様が少しずつ増えていくそうです。そして、徐々に森の中で拠点を確保しつつ、奥へと進んでいく。オークに出会えれば、大賢者様かどうかを私が確認する、という計画だそうです。
正直、私にオークを判別する自信はありません。それは騎士様にも伝えてあります。成功する可能性は……低いと思います。
ですが、騎士様がこの作戦にかける気合は凄まじいものがあります。それだけ、リリー様が騎士様からも愛されていたということです。
リリー様のために、何が何でも大賢者様を見つけたい。そう言い切った騎士様の表情はとても凛々しくかっこよかったです。私も負けないように気合をいれようと思います。
捜索は明日から始まります。全力で、頑張りたいと思います。
………
……
…
大賢者様を探し始めて、もうすぐ二週間になります。私達捜索隊は、だいぶ森の奥まで進むことが出来ました。森の中で拠点を確保し、そこに数人の騎士様が常駐することで、探索もスムーズになってきています。
私もだいぶ森に慣れてきました。数日ほど、家に帰れていませんが、なんとかなるものです。身体を拭けないことだけが辛いですが、ここではみんな一緒です。
探し始めた当初は、虫や蛇、それにオオカミやサル。出会う度に悲鳴を上げてしまいました。虫くらいなら村にもいると思うでしょう? 甘いです! 森にいる虫は、すごく大きいうえに気持ち悪いんです。
ですが、それも慣れてしまえばなんのことはありません。
今では自分で蛇を捕まえて、晩御飯のおかずの足しにするくらいです。お父さんが蛇を狩ってきた時、がっかりした声をあげていた昔の自分を蹴ってやりたいです。蛇だって、捕まえるのは難しいんだということを学びました。
そんなある日のこと。森の中にある拠点に、お客様がいらっしゃいました。こんな危険なところに、本来ならば絶対に来てはいけない人。そして……私が一番会いたかった人。
そう、リリー様です。
※
「メアリー=クルーエル様ですね?」
いつまでも聞いていたくなるような、涼やかで優しい声。その声は、痛々しく巻かれた包帯の下から聞こえてきました。
「はい。メアリー=クルーエルです。初めまして、リリー様」
礼儀作法はよく分からないので、ひとまず深く頭を下げます。
「頭を上げてください」
優しい声。失礼にならないようにゆっくりと頭を上げて、私は思わず声をあげてしまいました。
「リリー様っ! 何をされているんですか!? 頭を上げてください」
そこには、私よりもさらに深く、頭を下げたリリー様の姿がありました。貴族の娘様に頭を下げさせるなんて、庶民にあるまじきことです。昨日、私の胃を攻撃していた悪魔が、目を覚ましそうです。
「この度は本当に、申し訳ありません。私の顔などのために、クルーエルさんを危険な目に遭わせてしまって。本当に……申し訳ありません」
頭を下げたまま、私なんかに謝ってくださるリリー様。とんでもないことです。なんとか頭を上げていただくようにお願いして、粗末ですが、椅子に座っていただきました。
「改めまして、リリー=オルブライトと申します。このような見苦しい姿で申し訳ありません」
「と……とんでもないですっ! その……メアリー=クルーエルです。よろしくお願いします!」
「ふふっ。失礼ですが、メアリーさんと呼んでもよろしいですか?」
「はいっ! ですが、その……『さん』はいらないです。呼び捨てでお願いします」
貴族様から『さん』付けなんて……胃が限界を迎えます。リリー様の後ろに控えるメイドさんの、『お前調子乗ってんじゃねーぞ』というような視線が、体中に突き刺さっているんです。
「まぁ……。でしたら私のことも、リリーと呼んでください」
「わ……分かりました。リリー様」
「……呼び捨てで」
「すいません。それは勘弁してください」
庶民なんです! 貴族様を呼び捨てるなんて、絶対に無理です。
あぁ……リリー様が体中からガッカリした雰囲気を出してらっしゃる。許してくださいメイドさん。そんな目で見ないでください。
「その……頑張ります」
なにを頑張るのか、自分でも分かりませんが、とにかくリリー様が笑ってくれたのでよしとします。メイドさんの表情も柔らかくなって……あのメイドさん、胸がすごく大きいですね。
「メアリー。この度は本当にごめんなさい。私のために森に入るだなんて。お父さんから聞かされて、びっくりしました」
領主様、リリー様に教えたんですね。大賢者様が見つかるか分からないから、リリー様には伝えないでおくつもりだ、とおっしゃっていたんですが、心変わりされたのでしょうか。
リリー様が居住まいを正されます。その姿からは、オーラのようなものが感じられました。領主様から感じたモノと同じように感じます。やっぱり、貴族様なんですね。不思議と森の中でも絵になるんです。
「私の顔なんかのために、命を危険にさらすなんてあってはならないことです。それは、騎士の皆さまも同じこと。いますぐに、森に入るのを止めてください。父には私から、強く言っておきますので」
包帯の下から覗く瞳はとても優しく、だけど力強いです。
思わず首を縦に振ってしまいそうになるのを私は懸命にこらえました。
「リリー様……それは出来ません」
そうです。私のちっぽけなプライドに賭けて、それは出来ません。
「なぜ……ですか?」
「私が、そうしたいからです」
今日初めて会った人。そんな人に命を懸けるような大きな理由なんてありません。でもリリー様を助けたい。意地を張っているだけなのかもしれません。見栄を張っているだけなのかもしれません。
だけど、助けたい。
醜い顔の辛さは……たとえ他人のことであっても、痛いんです。それがご本人だけでなく、ご家族をも傷つけていることが、苦しいんです。
だから引けません。私は、絶対に大賢者様を見つけるんです。
「気持ちは嬉しいです。……ですが、オルブライト家の人間として、自分のために領民をむやみに危険に晒すことは、許可出来ません」
どうして……ここまで大人なんでしょう。
リリー様は、私よりも年下のはずです。もっと甘えてもいいはずです。女性にとって一番大切な顔に傷を負ってまで、どうして他人にばかり気を遣われるのでしょう。
「リリー様はっ! もっとワガママを言ってもいいと思いますっ!」
気が付くと私は、立ち上がって叫んでいました。相手が貴族の娘様だとか、もう関係ないです。なんだかすごく哀しいんです。腹立たしいんです。
「顔がっ……そんなに大ケガをしてっ! なんでワガママを言わないんですか! なんで……ご自身のことを優先させないんですかっ!?」
「……」
「誰だって……顔は大事じゃないですか。女の子は……顔が大事じゃないですか」
リリー様の表情は、包帯に隠されて分かりません。ですが、なんとなく、泣いているように感じます。その涙が、さらに私を奮い立たせます。
「私はっ! 絶対に大賢者様を見つけます。見つけてっ! ……リリー様の顔を治してもらいますから!」
そう叫ぶと、私は森へと走り出しました。
後ろから、私を止める声が聞こえます。
ですが、私は止まりません。絶対にリリー様の所に大賢者様を連れて帰って、包帯の下の泣き顔を、笑顔に変えてみせるんです!