~ 第二話 父は雄ブタ、母はメス豚 ~
どうもっ! イケメン美容外科医の『水川 蒼』です。
ちなみに、名前を『』で囲んでいる理由は、もはや俺が本当に『水川 蒼』かどうかが分からないからです。あと、苗字と名前の間を一文字空けるのは、俺のこだわり。
分からない理由その一
『水川 蒼』はトラックに轢かれてバラバラのミンチになったはずだから。幽体離脱した本人が確認したんだから間違いない。
理由その二
さっきから声を出そうとしてるんだけどさ……子豚みたいな声しか出ないのよ。少なくとも、俺の知ってる日本語じゃない。
現状を把握しようにも、さっきから視界はずーっと真っ白で、目は見えない。周りからは猛獣みたいなでけぇ声が、フゴフゴだのブゴブゴだのうるさくて、超不安。
俺って死んだんだよね?
だったらさ、こう天使様とか神様とかさ……説明してくれたりするんじゃないの? どういう状況かを説明してくれるなら、この際、閻魔様でもいいよ。
なんて思っているうちに、徐々に周りの景色が見えてくる。
……森? なんか、でかい木がいっぱい見えるんだけ……?
『ぷぎゃーーーっ!』 (ギャーーーーーーっ!)」
豚! でかい豚の顔! なんか妙に人間っぽい豚の顔! しかも緑!
『ぶぎゃ、ぶご……ぶぎゃ』 (よしよし、いい子だからね)
なんだよ! なんで豚の言ってることが分かるんだよ、俺!? 耳から入って来るのは豚の鳴き声なのに、なぜか意味がわかっちまう。
ってか顔が怖いよ! 牙出てるじゃん! なんで緑なんだよ!?
『ぷぎゃ、ぷぎゃぎゃ、ぷぎぃー』 (助けて、助けてー!)
『ぶごっ! ぶごご、ぶご』 (まぁ……もうこんなに喋れるのかい。賢いねぇ)
喋ってるよな、これ?
鳴いてるようにしか聞こえないんだけど? でも意味は伝わる。ダメだ……状況がマジで分からん。
『ぷー、ぷーぷ、ぷー、ぷう』 (眠れー、いい子やー眠れー)
わーお……子守歌ってか?
なんか微妙に音が外れてるような……眠い……。
………
……
…
はい、どうもおはようございます。目が覚めましたよー。
ひと眠りして、少し落ち着いた結果、状況が整理出来てしまいました。
まず、俺の手が緑色です。どうみても人間じゃありません。ありがとうございます。
ついでに言うと、身体がちっちゃくなってます。赤ん坊サイズ……よりはだいぶ大きいです。
『ぶう……ぶぶ、ぶー、ぷぎゃ』 (ほら坊や、いい子だからねー)
次に、先程からやたらと話しかけてくる、お母さんっぽい人。
顔が豚です。
悪口を言っているわけではありません。
正真正銘、緑色の豚の顔が首の上についています。
『ぶぶ? ぶぎゃ、ぷぎゃぁ』 (おかしいわね? さっきは喋ってくれたのに)
『ぶご、ぶごぶご、ぶごぎゃ』 (いくらなんでも早すぎるよ。せめて三日は待たないと)
目の前で、豚がいちゃついてます。すごくハートフルな雰囲気ですが、顔が豚で、身体が超でかいんです。
大事なことを言うのを忘れていました。……豚が二足歩行です。
(これは……ひょっとして……)
認めたくない答えが、心の中を占領しています。
いや、認めん、認めんぞ!
『ぷご、ぷごぎゃ、ぷぷぎゃ』 (さて……ご飯にしようね、坊や)
そう言って、リンゴらしき果物を頬張るメス豚。……咀嚼しすぎじゃね?
『……っぷ? ぷぎゃぁ! ぷがぁぁぁぁ』 (ちょ!? 止めろ!止めてーー!)
『ぶご!? ぶぎゃ! ぶぎゃ!』 (おぉ!? 本当に喋れるんだ! すごいな!)
俺が喋れることに、なんか妙に興奮しているオス豚。だけど、今はそれどころじゃない! 迫りくるメス豚の顔!
――ぶちゅう……!
久々のディープキス、相手はメス豚で、リンゴ味でした。
……失神。
※
推定ですが三日が経ちました。そして、僕は悟りを開きました。
――生まれ変わったら、オーク(推定)でした。
……ふざけんな!? 悟れねぇよ!? 全力で抗う所存だぞ、文句あっか!?
百万歩譲歩して、豚に生まれ変わったことは譲歩しよう。なぜ記憶を残した!? おかしいだろう!?
何の記憶も無く、一人のかわいいベビーな豚として生まれ変わっていれば誰も不幸にならなかったじゃない!?
なんて一人で突っ込んだところで、現実はなんも変わりゃしない。メス豚、改めお母さんと何度もディープキスをすりゃあ諦めもつくってもんよ。
しかし、オークか。
どう考えても地球じゃないよなぁ。生まれたばっかなのに、ミルクじゃなかったし。
ってことはあれだ、異世界転生ってやつだ。俺、死んだはずだもん。
あれってさ? チートとかもらって、イケメンで影のある感じの奴がハーレムとか作っちゃうんじゃないの? 参ったな……その手の小説は手を出してなかったから、詳しくは分かんねぇんだよな。
なんだよ、豚って。
ハーレム作ったところで、相手はみんな豚じゃねーか。
俺、豚の顔の区別つかねーぞ? なんてったって、いまだにお父さんとお母さんの顔の区別がつかないんだからな!
『ぶぶー、ぶふぃ?』 (坊や?起きたのかい?)
この声は、お母さんだな。おっぱいもあるし間違いない。
……赤ちゃんに母乳を与えるわけじゃないのに、なんでおっぱいがでかいんだ? 謎の生態だ。
『ぶご! ぶごこ、ぷごー?』 (あなたー。坊やが起きましたよ?)
その声に、呼ばれたマイダディが登場する。
顔は完全に豚……いや猪かってくらい怖いのに、むだに口調は優しい。
『ぶご、ぶごご、ぶぎょ』 (起きたかい、坊や)
ひょっとして、お父さんはイケメンなのだろうか?
人間に置き換えたとして、この口調で不細工だとしたらかなり哀しいぞ?
分かるだろ?
電話だとすごいイケメンなのに、会ってみたらがっかり、ってことになっちまう。まぁ、見た感じオークが電話を使ってる感じはないけどな。
『ぶぶ、ぶごぶぎょぶぎゃ』 (坊や、君の名前を考えたんだ)
マジか!? ってか豚の世界にも名前あったんだ!?
まぁでもコミュニケーションが取れるんだから、名前くらいあるか。そもそもなんで鳴き声の意味が分かるのかがいまだに分からないんだけど……細かいことは気にしてられない、豚だし。
『ぶぶ、ぶご、ぶぎゅう』 (今日から君の名前は、アルトだ)
――アルト。
いいじゃないか! かっこいいじゃないか! 美しいじゃないか!
おい、お父様よ!?
俺の顔はイケメンなんだろうな!?
不細工なのに、名前だけかっこいいっていうのだけは勘弁してくれよ!?
……そもそもアルトって、オークの中ではかっこいい名前なのか? もしかして、ベタな名前だったりする? 犬でいうところのポチ的な。
豚の価値観が分からないよ……パトラッシュ。
まぁとりあえず、イケメン美容整形外科医『水川 蒼』は、オークのベビィ、『アルト』としての新たな人生を歩み始める、ってことだな。
受け入れるまで、もう少し時間プリーズ。