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~ 第八話  愚かで誠実な男 ~

本日中に、もう一話投稿する予定です。そのお話をもって、幕間が終了します。


では、どうぞっ!

 晩餐の夜が明け、私は馬に跨っていた。理由は簡単。前日の晩餐会にて、辺境伯様のご令嬢お二方と遠乗りに行く約束と相成ったからである。


………

……


「せっかくの機会だ! 一緒に狩りに行かないかね?」


 辺境伯様が、非常に楽しそうな表情で私を誘ってくださる。ワンパク盛りの少年のようなその表情に、自分の表情もまた緩んでいたことだろう。


 辺境伯様の領地は、かの有名なロアージュ大森海に隣接している。豊かな森は、狩人にとっても宝の山だ。狩りを嗜む者として、あわよくばロアージュ大森海に足を踏み入れたいとは思っていたが、まさか辺境伯様から誘っていただけるとは思っていなかった。


「是非! ご一緒させてください!」


 私の声も自然と弾んだものになる。


 すると辺境伯様は、すこしイタズラっぽい笑みを浮かべながら、二人のご令嬢の方へと視線をやった。


「ふむ。しかし、私ばかりが君を独占するのもよくないな?」


 そう言うと辺境伯様は、ご令嬢を連れての遠乗りを提案された。もちろん、こちらとしては否もないことである。


 ただ、一瞬だけ目に入ってしまったリリー様の表情が、私を悩ませた。


 見間違いではなかろう。遠乗りという言葉を聞いた時、一瞬だけだが、リリー様の表情が輝いたのだ。しかし、その表情は次の瞬間には、仮面をつけたかのような無表情へと戻っていた。


 間違いない。リリー様は、ご自身が実の姉から嫌われて……いや、憎まれていることを理解していらっしゃる。そのうえで、場の空気を壊さないように、姉君の機嫌を損ねないようにと必死で頑張っていらっしゃる。


 きっと、明日の遠乗りも一緒に行きたいのだろう。しかし、アレクシア様の邪魔にならないように、それを隠そうとしていらっしゃる。


 まだ年若いにもかかわらずそのような対応が出来ることへの尊敬と、そのように振る舞わざるを得ない境遇への同情が同時に押し寄せる。


 十一歳……社交場にデビューする直前だ。いわば、まだ子供である。


 大人のレディになる前に、子供として甘えられる最後の時間があってもいいじゃないか。


「分かりました。それでは明日、アレクシア様とリリー様と一緒に遠乗りに出掛けようと思います」


 リリー様の気遣いを無駄にしているのかもしれないが、私は思い切って彼女も誘うことにした。


 私らしくないことは、自分でも分かっていた。一体なぜ、私はこのようなことをしたのだろうか。


 ……もしかするとこの時点で、私はすでにリリー様に惹かれていたのかもしれない。一人の女性として、いや一人に人間として。リリー様はとても魅力的だ。その天使のような容姿に負けない内面の美しさに、私は心を打たれていたのだ。


「あの! オルコット様! 私は、その……遠慮させていただきたく思います」


 困ったような表情を浮かべるリリー様。その視線は、意図的にアレクシア様を避けているように思えた。


「リリー様は、乗馬はお好きでは無いですか?」


「どうした、リリー? お前らしくない。お前は馬が大好きじゃないか」


 辺境伯様、そして私から矢継ぎ早に問いかけられ、押し黙るリリー様。


「せっかくの機会です。私はリリー様とも親交を深めたい。どうか、ご一緒していただけませんか?」


 我ながら卑怯な言い方だ。この言い方では、彼女は断ることは出来ない。結局リリー様は、遠乗りに参加することを了承してくださった。


 この時、私は決めたのだ。


 無理を言ってリリー様に参加していただくのだ。遠乗りの間、アレクシア様から寄せられる激情から彼女を守ろうと。


 私にそう思わせるほどに、アレクシア様の表情は恐ろしいものであったのだ。



 アレクシア様、リリー様と轡を並べて、のんびりと馬を歩かせる。


 本来ならば、私が少し前に出てエスコートをするべきなのであろう。


 しかし、ここは辺境伯家の領地であるために、アレクシア様に案内をしていただかなければいけないという事情がある。私としては、お二人と話をしやすいので、横に並んでいただいた方がありがたい。


 さて、ご令嬢お二方の様子だが、まさに対象的である。


 アレクシア様は、ずっと私に話しかけてくださっている。ご領地の説明も、ほとんどがアレクシア様によるものだ。ところどころ記憶が抜けている部分は、彼女の部屋付きメイドであるらしい、カラスのような目をした女性が補足をかけてくれている。


 一方のリリー様は、私が話しかけるまでは絶対に口を開こうとしない。


 しかし、それでも昨晩の晩餐会の時に比べると、表情は楽しそうである。きっと、馬が好きだというのは本当なのだろう。また、扱いが上手いからか、馬のほうも気持ちよさそうに歩いている。


「リリー様は、馬の扱いが素晴らしく上手ですね」


 そういうと彼女は、驚いたような表情を浮かべて、私の言葉を否定した。


「とんでもないことです。私などよりも、アレクシア姉様の方が達者でいらっしゃいます」


 謙遜である。 


 アレクシア様も確かに馬に乗ってはいるが、乗りこなしてはいない。馬の気持ちを考えていないのだろうな、と感じてしまうのだ。


 あの乗り方は、賢い馬がアレクシア様の指示を“聞いてあげている”というものである。仮に気性が荒い馬であったならば、乗ることすら出来ないのではないだろうか。


 一方のリリー様は、馬の歩きやすいように、走りやすいようにということを心がけた乗り方をしている。乗馬の技術もさることながら、馬を思いやる心こそが乗馬の真髄なのだということを、改めて彼女から学ばせていただいた。


 その後、馬の話で盛り上がった後に、私は思い切ってみた。

 

「リリー様。いつまでもオルコット様なんて呼び方、堅苦しいです。クリスでいいですよ?」


 仲の良い人間にしか呼ぶことを許さない、自分の愛称。それを、彼女には使ってほしかった。


 おそらく彼女は、本来もっと気さくで元気な女性だ。それこそ、『クリス』、『リリー』と気兼ねなく呼び合えるような、そんな気持ちのいい人間であるはずだ。


 私が彼女に惹かれていることは認めよう。しかし、恋仲になる、ならないは別にしても、彼女とは気持ちのいい関係を気付いていきたい。生涯付き合っていける友人という間柄でも、私としては喜ばしいことだ。


「まぁ! ありがとうございます。それでは姉共々、クリス様と呼ばせて頂きますね」


 自然に姉君への配慮を付け加えるリリー様。


 その細やかな気配りに感心しつつも、少しの寂しさも感じてしまうのであった。


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