~ 第七話 彼女に潜む鬼 ~
本日二話目です!
では、どうぞ!
辺境伯様の屋敷は、もちろん立派ではあるのだが、それでいて必要以上に華美ではなかった。これは、私にとって大変好印象であった。
貴族の中には、己の身の丈に合わないような美術品を所狭しと屋敷に飾る者も多い。そして、そういう家ほど領地は困窮している。“貴族としてのメンツ”とやらの弊害である。
その点、辺境伯様のお屋敷には無駄な美術品が少ない。玄関など、客人を出迎える場所には立派な調度品を用いているものの、全体的に見ればシンプルな印象である。領地の財政状況を考えれば、かなり質素であるとも言えよう。
名声の高い辺境伯様を妬む貴族の中には、彼を『芸術の分からない田舎者』などと呼ぶ者もいるが、本当に愚かなことである。辺境伯様が、貴族にとって一番大切なものが何かを体現してらっしゃることに、どうして気付かないのか。
廊下を抜け、広間へと通される。
木の香りが豊かな、趣のある広間。初めてお邪魔したにも関わらず、なぜか落ち着く空間である。
用意していただいた、よく冷えたドリンクを口にしていると、突如として扉が静かに開いた。その瞬間、空気が変わった。
「まぁ……。失礼いたしました」
扉から差し込む光は、まるで彼女から発せられているようであった。これまで美しいと言われる女性を何度も見てきたが、この方は特別だ。まるで妖精か天使のような、光り輝くお姿であった。
私は席を立ち、礼を取る。
おそらくこの方は、アレクシア様の妹君にあたる方であろう。まだ社交場には出ておられないにもかかわらず、その美しさが噂になっていた女性である。
中には、姉であるアレクシア様の容姿から、妹君の美貌に懐疑的な見方をする失礼な者もいたが、どうやらその者は恥をかくことになりそうだ。
「ご丁寧にありがとうございます。アレクシアの妹、リリー=オルブライトと申します。よろしくお願いいたします」
完璧な、淑女の礼。まだ年若いのにその品格に圧倒されてしまう。女性に対して使う言葉では無いかもしれないが、末恐ろしい、という言葉がぴったりであった。
「リリー。貴女は部屋に戻っていなさい」
まるで、底冷えするかのような冷たい声であった。思わず私は、声の主であるアレクシア様の方を見る。そこには、まるで鬼人のごとき形相を浮かべるアレクシア様の姿があった。
「はい、お姉さま。それではオルコット様。失礼致します」
リリー様の声に、一瞬だが、悲しみの色が混じった。しかし、私が再び彼女に視線を戻した時には、すでに彼女は淑女の顔に戻っていた。
私は感心させられてしまった。
実の姉からあれほどまでに強烈な負の感情をぶつけられてなお、客人の前では表情に出さないその精神力。年齢など関係ない。彼女は尊敬に値する人物である。
同時に、血の繋がっているはずの妹に対して、あれほどまでに負の感情を露わにするアレクシア様に、若干の不安を感じてしまう。
仮に、妻となったアレクシア様からあの表情を向けられたとして、私は耐えることが出来るだろうか。
瞼の裏に焼き付く鬼の形相をなんとか振り払おうと、すこしぬるくなったドリンクを腹に流し込むことにした。
※
歓迎のために開いていただいた晩餐会は、素晴らしいものだった。
辺境伯様の領地内で収穫された豊かな恵みはどれも新鮮で、素材の味が一味も二味も違った。料理人の腕も素晴らしく、思わずがっついてしまった。
また、辺境伯様や奥方様は大変に気さくで話しやすい方であった。格上の貴族であるにもかかわらず、父の事、私自身のことについて興味を持ってくださり、おかげで話題は尽きない。その心遣いが、私にはとても嬉しかった。
その一方で、不安が大きくなった夜でもあった。
晩餐の間、常にアレクシア様は私に話しかけてくださった。元々よくお話をされる方だな、とは思っていたが、少し異常な様子である。その表情は、まるでなにかに憑りつかれているかのようであった。
そしてリリー様。こちらは、自宅であるのにどこか居心地の悪そうな様子である。小さくなっている、という表現がしっくりとくるようなその様子は、見ていて少し痛々しかった。
しばらくすると、その理由にも気付けてくる。
気を遣い、私がリリー様に話しかける度に、アレクシア様の表情が恐ろしいものとなるのである。昼に見た、鬼のごとき表情とまではいかないものの、内心の激情が垣間見えるその表情が、リリー様を委縮させているのであろう。
それどころか、辺境伯様や奥方様がリリー様に話しかける時でさえ、アレクシア様の表情は厳しいものになるのだ。
姉妹の仲が悪い、という感じではない。アレクシア様が一方的に、リリー様は憎んでらっしゃるという感じである。
自宅に居るにも関わらず、まるで敵地にいるような状況。そんな厳しい環境の中にあっても、出しゃばらず、それでいて笑顔を忘れないリリー様。まだ十一歳であるという。
一体どうすれば、この年にしてこう在れるのか。私はただ、感心するのであった。