~ 第六話 クリスティアン=オルコットは覚悟する ~
本日、もう一話投稿します!
では、どうぞ!
私の名前は、クリスティアン・オルコット。アルベロア王国で子爵の位を頂いている、オルコット家の嫡男にあたる。オルコット家は王都の東、距離的には少し離れている、といったところか。栄えている都心部と、豊かな自然。我が領地ながら、バランスの取れた領地であると考えている。
齢は二十四歳、いわゆる結婚適齢期というやつだな。
さて、ここで問題となるのが、私が領地の魅力としてあげたバランスの良さだ。否、自分の領地だかこそ、良い言葉を使い過ぎたのかもしれないな。
――中途半端。
それが、我が領地に対する適切な評価であるのかもしれない。
特産物があるわけでもなければ、大規模な農地があるわけでもない。都市部も栄えているとはいえ田舎の一都市に過ぎず、王都までは距離がある。交通の要所といえないこともないが、隣の領地に大規模な宿場町が存在するため、その利益を十全に享受しているとは言えない。
そんな領地の後継者。必然的に女性から受ける評価は低い。これで顔でも良ければ、少しはマシだったのだろうが、残念ながら十人並みにも満たない顔立ちだ。これにより、女性からの扱いはさらに酷いものになる。寄って来るのは、『子爵』という名前に釣られるような、愚かな女性ばかりだ。
思えば、女性に夢を見なくなったのはいつ頃からだろうか。私が女性に求める条件は、人の話をしっかりと聞いてくれること。後は、酷い浪費癖が無いなど、まともな生活が出来る人ならばそれでいい。……出来ることならば、優しい女性が好ましいのだがな。
………
……
…
貴族の婚姻というのは、中々にそのチャンスが限られている。親同士の繋がりからもたらされる見合い。そして、社交場。その二つくらいだろうか。私も領民のように、女性と気兼ねなく関わる中で、「この人だ」と思える相手を見つけたいものだ。
しかし最近、少しばかり素敵な出会いがあったのもまた事実だ。
――アレクシア=オルブライト様。
辺境伯家のご令嬢であるアレクシア様は、中々に相手を選ぶ方である。……正直に言おう。貴族の男性からは、不人気な女性である。その理由の一つは彼女の容姿であろう。確かに、あまり男受けをするような顔立ちではない。
とはいえ、見るも無残などうしようもない顔、というわけではない。彼女と同等の容姿の者でも、婚姻をしている者は男女問わず存在する。
やはり一番の理由はアレクシア様が少しばかり気が強いことであろう。
彼女は高い教養がある女性だが、男から見ると少しばかりかわいげのない部分がある。
例えば、政治・経済といった男の領分とされている分野においても、男の知識が誤っていれば真正面からそれを指摘してしまう。
これが家内での出来事であるならば、問題ないだろう。より良い領地経営をするために、優秀な人間の意見を取り入れることは大切なのだから。
しかしアレクシア様は、社交場でこれを行ってしまうのだ。その結果は火を見るよりも明らか。多くの貴族の面前で、男のメンツが見事に潰されてしまうのである。
くだらないと思うかもしれないが、貴族の世界においてメンツは大切である。そして、夫のメンツを潰すような嫁は、当然歓迎されない。ゆえに、アレクシア様は貴族の男達からは不人気なのだ。
幸いなことに、私はそれほどメンツにこだわらないタイプの人間だ。
それは貴族社会では嘲笑の対象にもなるのだが、それでも私は実利を優先する。中小貴族が領民の生活を守っていくために、そして少しばかりの贅沢をするためには、見栄を張っている場合ではないのだ。
そんな私であるからか、アレクシア様との会話は非常に盛り上がった。
政治、経済から一般的な雑学に至るまで、彼女の知識は本当に幅広く、こちらが勉強させられることも多い。彼女のような人物を嫁に迎え入れられたならば、当家の発展にも繋がることだろう。
※
アレクシア様と何度かの邂逅を経た後、オルブライト辺境伯様からお屋敷への招待状が送られて来た。
文面にあった、『娘と仲良くしてくれているようだ』という言葉に、どことなく威圧感を感じてしまう。おそらくこれが貴族の結婚というものなのだろう。当人同士だけでは無い、家同士の付き合いというやつだ。
ある程度、覚悟を決めて辺境伯様の領地へと向かう。
辺境伯様のご領地までは、普通に行けば一週間以上かかる遠い道のりである。その道中、私は今回の訪問、そしてそこから間違いなく繋がるだろう縁談について思いを巡らせていた。
おそらく私は、アレクシア様を嫁に迎えることになるのだろう。
ご領地にて、アレクシア様やご家族に接したうえで、結婚を決める。……建前である。
辺境伯様に悪い噂は聞かないし、ご領地の運営も順調。経済的にも安定している。はっきりいって、文句のつけようがない。
相手の家柄に問題がなく、アレクシア様ご本人とも上手くやっていけそう。この縁談はおそらく進むだろうなと私は予感していた。
………
……
…
広大な農地を抜け、ようやく辺境伯様のお屋敷に到着した。
本当に、素晴らしい領地だ。農民は生き生きと働いており、実りも豊か。辺境伯様の名声に偽りはないと実感させられた。
屋敷では、畏れ多いことに辺境伯様と奥方様、そしてアレクシア様のお三方が、私のことを出迎えてくださった。
辺境伯様の奥方様といえば、貴族同士のゴシップに疎い私でも知っている、社交場の華と呼ばれるお方である。何度かお見掛けしたことはあるものの、こうして対面するのは初めてであった。なるほど、これは名声を得るのも当然であろう。
大貴族としての威厳あふれる辺境伯様と美しい奥方様。そして、大事に育てられてきたであろう、教養高きご令嬢のアレクシア様。まさに、貴族の鑑と呼べる家柄である。
私は改めて、自らの襟を正すのであった。