~ 第五話 デートの邪魔をする小娘 ~
クリスティアン様が到着された日の晩、広間にて歓迎の晩餐会が設けられました。
当家の料理は、王都で出されるものなどとは、比べものにならない程に美味です。
料理人の腕では、国一番の料理人が集まる王都には敵わないでしょう。しかし、材料の新鮮さにおいて、当家は圧倒的に有利です。山の幸、森の幸、そして農作物。全て最高のものが揃っています。
見てください! クリスティアン様の満足そうな顔を。
あの顔を見ることが出来て、私は幸せです。同時に、クリスティアン様のあの表情を作ることが出来たオルブライト家を誇りに思います。
クリスティアン様は現在、お父様と談笑されておられます。先ほどまでは、王による政策の話や貴族の派閥についての話をされていましたが、現在は、狩りの話をされています。
クリスティアン様は弓の名手らしく、時に遠乗りをして、狩りをするそうです。お父様も狩りがお好きなため、お二方のお話は非常に盛り上がっています。
「せっかくの機会だ! 一緒に狩りに行かないかね?」
「是非! ご一緒させてください!」
狩りは男性の遊び。女性で狩りに行くのは、冒険者のような野蛮な人種です。
なので、今まで一度も、お父様の狩りに同行したいと思ったことなどありませんでした。しかし今宵、生まれて初めて狩りに一緒に連れて行って欲しいと思いました。
「ふむ。しかし、私ばかりが君を独占するのもよくないな?」
私の視線に気づいたのでしょうか。お父様が笑いながらクリスティアン様に言います。
「君は先ほど、よく遠乗りに出ると言っていたね?」
「はい」
「では明日、うちの娘を連れて遠乗りにでも行ってきたらどうだい? その間、私は仕事を片付けて、明後日はなんの気兼ねも無く狩りにいくとしよう」
さすがはお父様! 素晴らしいです!
お父様は、今でも時々、お母様と二人で遠乗りに出掛けることがあります。何年経っても仲睦まじいその間柄が、私にとって憧れなのです。
私は教養ある貴族の女性です。当然、乗馬も嗜んでおります。クリスティアン様と二人、轡を並べてのどかな日差しの下を走る。あぁ……素晴らしい。
「分かりました。それでは明日、アレクシア様とリリー様と一緒に遠乗りに出掛けようと思います」
……えッ? 今、なんとおっしゃいました?
「うむ。それがいい」
お父様? どうして納得されるのですか? 私とクリスティアン様との間に、邪魔者が紛れ込んでいるのですよ?
「あの! オルコット様! 私は、その……遠慮させていただきたく思います」
不躾にも会話に割って入るリリー。
何よりも腹立たしいのが、恐れ多くも私のクリスティアン様が誘ってくださっているにもかかわらず、あろうことか断ろうとしていることです。全く、何様のつもりなのでしょう!?
「リリー様は、乗馬はお好きでは無いですか?」
「どうした、リリー? お前らしくない。お前は馬が大好きじゃないか」
たいした練習もせず、馬に乗れるようになったリリー。その不真面目な様子が私には気に食わないのです。
その後、結局は流されるかのようにして、リリーの遠乗りへの参加が決まりました。あぁ……あの娘はどこまで私の邪魔をするのでしょうか……。
………
……
…
あぁ……イライラする。あの小娘、どこかにいってくれないかしら。
遠乗りの日、決まったものは仕方がないので、出来るだけリリーを視界に入れないように心がけていました。せっかくの機会なのに、不快な思いをしたくはありませんもの。
ですが、そんな私の気も知らず、あの小娘は私の時間を踏みにじったのです。
白馬に跨ったクリスティアン様はとても凛々しく、見ているだけで胸がときめきました。
私が話しかけると、クリスティアン様は笑顔で答えてくださいます。その笑顔は、私を幸せにしてくれます。ここまでは、私が思い描いていた通りの遠乗りでした。
しかし、クリスティアン様が話しかけるのは、決まってリリーなのです。あんな小娘、放っておけばいいのに!
生意気にもリリーは、クリスティアン様の問いかけに対してかしこまって答えておりました。そして、会話を楽しんでいるのです、私の許可も得ずに!
「リリー様。いつまでもオルコット様なんて呼び方、堅苦しいです。クリスでいいですよ?」
「まぁ! ありがとうございます。それでは姉共々、クリス様と呼ばせて頂きますね」
いつもこうなのです!
私が、どれだけ望んでも手に入らないものを、あの娘は簡単に手にいれてしまうのです! 私が必死に努力をして、どれだけ話しかけても、『クリス』と呼ぶ権利は与えてもらえなかったのに。
その後、あの小娘は親し気に、クリスティアン様のことを『クリス様』と呼ぶのです。まるで私に見せつけるかのように!おかげで、楽しかったはずの一日は、大変不愉快なものになってしまいました。
許せない……これは一言、釘をさしておかないと。
幸い、今日はクリスティアン様はお父様と狩りの出かけていて、屋敷にいらっしゃいません。
淑女にはあるまじきことですが、私は大股でズンズンと、リリーの部屋を目指して歩くのでした。