~ 第四話 アレクシアお嬢様の初恋 ~
幕間も折り返し。アルトをお待ちの方、もうしばらくお付き合いください。
では、どうぞ!
許せないっ……私から全てを奪った、あの女。絶対に許さない。ユルサナイ……っ!
※
皆さま。お久しぶりです。アレクシアです。
十四歳になりました。身体も徐々に大人の女へと近づきつつあります。同年代の子女の中には、素敵な殿方に見初められて結婚する方もちらほらとおられます。
私ですか? まだ、嫁入りしていません。
なんといっても、私はオルブライト辺境伯家の長女。お相手にも、当然それなりの家格が求められます。私にふさわしい殿方には、なかなか巡りあえないのです。
政略結婚? そういうことをされる家も、当然あります。
というよりも、そちらの方が多数派なのかもしれませんね。貴族の娘として生まれた以上、結婚に家の意思が入るのは当然のこと。むしろ、私の方が異端なのです。
オルブライト家は辺境伯。すなわち、王都とは離れた位置にあります。中央のドロドロとした権力争いからは離れたところで、確固とした勢力を築いているわけです。
そのため、どこの家と仲良くするかといったことに、そこまで執着する必要はないのです。
反面、オルブライト家の娘を嫁に迎えることが、中央での躍進に繋がることもありません。メリットとしては、嫁の実家が財政的に恵まれている、ということくらいでしょうか。
それゆえ、私のことを『田舎の雌トカゲ』などと呼んでいる殿方もいらっしゃるようです。レディに対してそんな失礼な事を言う殿方が、幸せになれるとは思えませんね。
私が求めるのは、私だけを愛してくださる方。そう、お父様のような殿方です。
妻以外の女性を、妾として抱く。それは、貴族として当然の振る舞いです。ですが、私にはそれを許容出来そうにありません。きっと、お父様からの愛を一身に受けるお母さまの、幸せそうな様子を目にしているからなのでしょうね。
私の望みが貴族社会においてはかなり難しいものであることは分かっております。ですが最近、この人ならば、と思える人に巡り合えたのです。
クリスティアン=オルコット様。
オルブライト家とは、王都を挟んで反対側に領地を有する、子爵家の長男に当たる方です。オルコット家は、領地こそ広くはないものの安定した経営を行っており、中央からの覚えも良い家柄です。
なにより、クリスティアン様の人柄が素晴らしいのです。
優しくて紳士的。私のような容姿に優れない者に対しても、完璧なジェントルマンの振る舞いをしてくださいます。
仮に、どれほどの美人から誘われたとしても、先に私との約束があるならば、それを優先してくださることでしょう。誠実で義理人情を重んじるお人柄なのです。
また、クリスティアン様は、私の努力を褒めてくださるのです。
教養深いということは、時に殿方の自尊心と傷つけてしまうことがあります。親切心で、殿方の知識の誤りを指摘したにもかかわらず、恥をかかされたとお怒りになる狭量な殿方の多い事。
父上のように、妻の意見に自ら耳を傾けようとする人など、滅多にいないのだと実感致しました。
しかし、クリスティアン様は、『アレクシア様は、博学でいらっしゃるのですね』と笑顔で褒めてくださいます。『頑張っておられるのですね』とも。
それに、薔薇のコサージュ! 社交場で、初めて褒めてくれた殿方がクリスティアン様でした。実は手作りだと明かした時のクリスティアン様の驚いた顔は、心の中の宝箱にしまってあります。
正直に申しますと、クリスティアン様の容姿は、あまり良くはありません。幼い頃に思い描いた、理想の殿方の姿とはかけ離れております。
しかし、それの何が問題なのでしょうか。
私は、大人のレディです。一番大切な事のために、些事には妥協をすることが出来ます。クリスティアン様の優しさ、誠実さという得難いもののためならば、多少容姿が悪くとも目を瞑ることが出来ます。
まして、容姿でいうならば私も似たようなもの。贅沢を言う方が間違っているのです。
私、心に決めました。私が寄り添うのは、クリスティアン様以外にありえません。お父様に、相談しようと思います。
………
……
…
それからしばらく……季節が一つ変わった頃でしょうか。ついに、クリスティアン様が当家を訪れる日がやってきました。
オルブライト家とオルコット家は、その領地がとても離れているため、おいそれと簡単には行き来することが出来ないのです。それでも、お父様が骨を折ってくださり、この日を迎えることが出来ました。
「本日は、お招きいただき誠にありがとうございます」
お父様に対して、堂々と感謝の礼を伝えるクリスティアン様。その凛々しさ、そしてにじみ出る教養の高さ。間違いありません。やはり私にふさわしいのはこのお方です。
お父様とお母様への挨拶が終わり、クリスティアン様は従者と共に広間へと通されます。長旅で疲れられていることでしょう。まずはゆっくりとお茶でも飲んでいただきたい。この日のために、お茶を淹れる練習をしてきたのですから。
――カチャッ
建付けのいい広間の扉が開く音、それが妙に耳に残りました。扉の外からは、柔らかでキラキラとした、とても不愉快な光が入り込んできます。
「まぁ……。失礼いたしました」
入ってきたのは、リリーでした。わざとらしく驚いた表情をして。その後ろには、いつもの如く間抜けな顔をした部屋付きメイドの姿もあります。牝牛のように膨らんだ乳房が、その間抜けさを助長しているかのようです。
席につかれていたクリスティアン様が、わざわざ席を立って紳士としての礼をとります。あんな小娘に対して、もったいないことです。
「ご丁寧にありがとうございます。アレクシアの妹、リリー=オルブライトと申します。よろしくお願いいたします」
小賢しく、淑女の礼をとるリリー。くだらない、子供のママゴトです。
ですが、そんな不快なママゴトにもクリスティアン様は真摯に対応されます。そういう所に惹かれたとはいえ、あまり気分のいいものではありません。
「リリー。貴女は部屋に戻っていなさい」
「はい、お姉さま。それではオルコット様。失礼致します」
私の命令に、笑顔で答えるリリー。その顔が腹立たしいのです。
リリーが部屋を辞した後、クリスティアン様が静かに語り掛けてくださいます。
「美しい妹君ですね」
私は、果たしてうまく笑えていたでしょうか?
分かっています。これは、社交辞令。私だって、クリスティアン様のご家族にお会いすれば、間違いなくお褒めします。むしろ、そうしなければ愚か者です。
「ありがとうございます」
あぁ……クリスティアン様の顔を見ることが出来ません。私はいまだ彼を信用出来ていないのでしょう。
浅ましいことです。クリスティアン様が私以外の女に靡くはずなどありません。ましてやあんな小娘に奪われるわけがないのに。
そうだ! お茶を淹れましょう。嫌なことは、美味しいお茶と菓子とで忘れればよいのです。
私は、クラリッサにお茶の用意を急ぐように伝えるのでした。