~ 第一話 ブサイクは、二度生まれ変わる ~
俺の名前は水川 蒼。
突然だが、俺の名前どう思う?
美しい名前だと思わないか?
まるでイタリアの青の洞窟を思い起こさせるような、爽やかさと清らかさ。
幼いころ、俺はこの美しい名前が心底嫌いだった!
何故かって?
決まってる……俺自身が美しくなかったからだ!
爽やかとは程遠い、暑苦しい顔面。
鼻先は上を向き、唇は分厚い。角張った顎に腫れぼったい瞳。
清らかさとは程遠い、体臭。
ちょっとでも運動しなければすぐにデブる。そしてデブれば体臭は数倍に膨れ上がる。
美しい名前と、それに見合わない外見。
そりゃあイジメられたよ。
中学、高校時代の思い出なんて、悪いことしかありゃしない。
精々あれだ! フォークダンスで好きな子と手を繋げたことくらいだな。その後、その子が念入りに手を洗ってるのを見て泣きたくなったけど。
大学生になってからは、死ぬ気でバイトしたね。キャンパスでは出来るだけ目立たないように過ごして、暇な時間は全てバイトに費やす。
ん? なんでそんなに必死でバイトをしてたかって?
決まってるだろ!整形するためだよ。
医学部だったもんで、六年間、大学生でいられたわけだけど、勉強が大変でなかなか時間は取れなかった。そんな中でも六年間、程度の差こそあれバイトをし続けたのは俺の誇りだね。
顔が悪すぎて、接客のバイトは一つも出来なくて、肉体労働ばっかりだったけど、まぁ楽しかったさ。
……不思議なことに、一切痩せなかったけどな。
そして、医師国家試験が終わって、ついに時は来た。
全身整形だ!
エラも頬骨も全て削り、鼻の形だって整えた。唇もちょうどいい厚さだ。
目? んなもん当然ぱっちり二重にしたに決まってるだろ。
あとはわきがを治して、残った予算で脂肪吸引もした。
全部でおよそ700万円。バイト代以外のコツコツ貯めていた貯金も全部パーッと使ってやったぜ。
いやぁ、生まれ変わったね!
自分で思ったもん。誰だよこれ!? って。
まだ少しぽっちゃりしてたけど、顔は我ながらイケメンになった。名前負けしない程にな!
希望が見えれば不思議と頑張れるもので、今までいくら頑張っても痩せなかった身体も、美しいミケランジェロボディへと変身できたよ。
あれだな、「どうせ痩せたところで」って思いが、俺の体重を縛り付けてたんだよ。
そして、生まれ変わった俺はイケメンな研修医として病院で働き始めたんだ。
研修医の中でも、女性患者人気はナンバーワンだったんだぜ? 整形前の写真を見ているナースからの人気はすこぶる低かったけどな。
それから数年後、臨床研修も終わり、ついに俺は医者になった。
何科の医者になったかなんて、言うまでもないだろ?
Tクリニック。
日本でも有数の整形外科のクリニックで、俺は整形外科医として、外見に苦しむ人達に美しさという喜びを与えるために働き始めたんだ。
………
……
…
というのが、今から十年とちょい前の話。
どうも! イケメン整形外科医です。
いやぁ、この十年……メンテナンスや日々の努力の甲斐もあってか、さらに美しくなってしまったよ。もはや自分が恐ろしいね。名前の美しさにも勝っちゃったんじゃない?
ほんと……美しいって、素晴らしいね。
整形外科医としての腕もメキメキと上達して、それに伴って給料もメキメキと上がって……人生絶頂だね!
……なんて思ってたら、あっさり死んじまったよ。
居眠り運転してたトラックが、歩道を歩いていた俺にドーン。
もうね、マジふざけんなって話だよ。
よりにもよってトラックって……身体がバラバラになっちまったよ!
せっかく美しい身体を造り上げたのに、今の俺の身体は脳やら内臓やらが飛び出てて、非常に美しくない。
整っていた顔も、いまやミンチだ。
これが何かを守るためとかだったら精神的な美しさがあったものの、ただのドライバーの不注意って……。
百歩譲って死ぬのは構わないからさ、どうせ死ぬなら、美しく死なせてくれよ!
なんて思ってるうちに、俺の魂はふわふわと空へと昇って行って、いつの間にか意識は暗闇の中に……。
※
痛いっ痛いっ!
なんじゃこりゃ!? 全身が押しつぶされてるみたいな感覚。もしかして、ここ地獄?
ふざけんなよ!
慎ましく、真面目に生きてきたじゃんよ!?
それともあれか?
整形した奴はみんな地獄いきなのか?
だとしたら、たとえ相手が神様でも戦争仕掛けるぞ? 整形外科医全員で特攻かけるぞ? うちの院長、マジで半端ないからな?
――ブッ……ブギャー! ブガっ……ブヒー!
なんか遠くで聞こえる……豚?
……えっ? 地獄って鬼じゃないの? 豚なの? もしかして……豚の餌とかにされちゃう感じ?
豚って肉喰ったっけ? ……雑食? なんかキャベツとか食ってるイメージなんだけど。
とかなんとか現実逃避してたら、視界が真っ白になる。眩しい……!
――ブっ……ブヒヒー!
ひときわ大きな声と共に、俺の身体を締め付けていた圧力が消えた。
(目がっ……目がぁーっ!)
と冗談で言ったつもりだった俺の耳に聞こえて来た、自分の声らしきもの。
『ぷぎ……ぷぷ、ぷぎゃ~』(目が……目がぁーっ!)
信じられるか? 自分の声が、どう頑張っても豚の声にしか聞こえないんだぜ?
俺は絶対信じないんだからねっ!
更新は不定期になります。出来る時は一気に、出来ない時は……絶対にエタらないことを誓います。