幕間3 モテる男、アルト
あれはリリーちゃん達が帰って来る直前の出来事。
俺はハリソンさんと一緒にベルグ族の里を歩いてまわってたんだ。ちなみに案内役はゴメスさんである。
ちなみにこの時は既にゴメスさんはツルツルで、カミングアウトも済ませた後である。なので、ゴメスさんは自他ともに認めるオネエだ。
ベルグ族の里は、岩山に囲まれているにも関わらず広大な農地まで存在する。
一体どうやって土を用意したんだろうなぁ、なんて考えていたその時、俺は見つけてしまったのである
『ぶぶっ……ふぎょぶぎゃぶう』 (あっ……鍬。いいなぁ)
そう、鍬だ。
俺たちオークやゴブリンが使っているような原始人の農具もどきではない。れっきとした文明人の農具だ。
視線の先にはベルグ族の男の人が、休ませているらしい畑を耕している姿。その手にはまごうことなき鍬が握られている。
「あら? アルトちゃんは農業に興味があるのかしら?」
俺の様子に気付いたゴメスさんが水を向けてくる。直接ゴメスさんに返事は出来ないので、俺はいつも通り紙に文字を書き始めた。
――くわ、うらやましいなって。
俺の心のメッセージを、ハリソンさんが代読する。
実はゴメスさんも人間の文字を勉強し始めたらしいが、さすがに二日や三日でどうにかなるものではない。直接お話が出来るようになるのは、まだしばらく先の話だ。
「あら? 数打ちの鍬でよければいくらでもあげるわよ?」
なぬっ!? 本当ですかいゴメスさん!? それはマジで嬉しいお話ですぞ!?
いや、でもなぁ。
――こうかんできるもの、もってない。
強いて言えば森の木の実くらいか? だけど持ってくる間に腐りそうだしなぁ。あとは……熊?
「やぁねぇ! アルトちゃんだったらよっぽどの物じゃない限りあげるわよ! 野暮なこと言うもんじゃないわ」
バシバシと俺の腕を叩くゴメスさん。身長差があるせいで、腕を思いっきり上に伸ばして叩いているその姿がちょっとかわいい。
「どうしても気になるっていうなら……そうね。アルトちゃんは里の他の子にも脱毛をしてくれるんでしょ? 対価はそれで十分もらってるわ」
そっか。脱毛の施術と交換しているって考えればいいのか!
そうだよな! よく考えれば、前世ではこれでお金貰って生活してたわけだしな。
オークになってから忘れそうになるけど、これが俺の本職なんだから対価をもらってもいいわけだ。
「一級品を大量にってなると厳しいけれど、数打ちなら大丈夫。百本くらいでいいかしら?」
太っ腹すぎるぜゴメスさん! そんだけあればお釣りがくる。ありがてぇっす。
あっ、ついでに我が儘をもう一つ言ってもいいっすか?
オークサイズとゴブリンサイズを三対七くらいの割合で作ってもらえると超嬉しいっす。
……ゴブリンとのその後、話してなかったな。
人間の女を巡って俺とゴブリンが殺し合いをしたあの事件以降も、オークとゴブリンの共生は続いている。
今後、オークがゴブリンに人間の女を引き渡すことは無いということを納得してもらったうえで、もう一度関係を再構築したのだ。
……やってることが、前世の歴史上の戦争と同じだよな。
戦勝国であるオークが、敗戦国であるゴブリンに要求を呑ませる。そのうえで仲直りをして、今は平和ってわけだ。間違いなく表面上は上手くいっている。
ただ内心はどうか分からない。まぁ、他人の心の中を全部知ろうと考えるほうがおこがましいか。
もしも、ゴブリン達の心の中にわだかまりが残っているのなら。
鍬をプレゼントすることで少しでもそれが解けるといいなって、心から思うわけですよ俺は。
「いいわよっ! ただ、ゴブリンの大きさが私達には分からないからあとで教えてね」
俺の厚かましいオーダーにゴメスさんは快くオッケーを出してくれる。
交渉成立、万事うまく行った。握手握手っと。
「ちょっと待っていただきたい!」
そこに待ったをかけたのがハリソンさんだった。そういえば、さっきから何か言いたそうにウズウズとしてたな。
「水臭いではないですか、アルト殿っ! これまで何か欲しい物がないかと伺っても、特に無いとおっしゃっていたのに。鍬ならば、言っていただければ我々で用意いたします」
――きもちはうれしい。だけど、もうしわけない。
「アルト殿には、リリー様の顔を治して頂いたという大恩があります。それに、それ以外でも我々はアルト殿には世話をかけっぱなしではありませんか。我々にも、恩を返す機会を与えていただきたい」
いやいや……十分返してもらってるよ?
リリーちゃん、会う度にお土産持ってきてくれるもん。
森では手に入らないような食べ物とかね。特にお菓子なんかは超嬉しいんだぜ?
「とにかく! 鍬が入用ならば我々に任せてはもらえませんか? 百本くらいならすぐに用意出来ますから」
何故だろう……ハリソンさんの気迫がすごい。そんなに俺に鍬をプレゼントしたいと思ってくれているのか?
……モテるって、罪。
「ちょっとハリソン! 横入りはダメよっ? 鍬は私たちがプレゼントするんだからっ!」
右手にゴメスさん、左手にハリソンさん。……両手にダンディ? いや、人気があるのは嬉しいんだけどね。
ちなみにこの後、豚を巡る二人のダンディの争いはしばらく続いたのであった。私のために争うのはやめてー! ってか?
………
……
…
「聞きましたよ、アルトさん」
リリーちゃん、なんだかご機嫌斜めである。
特にやましいことをした覚えはないのに、思わず背筋が伸びる俺。
えっと……なんでしょう?
「鍬ですっ! どうして言ってくださらなかったんですか!?」
あぁっ! そういえば、そんな話もあったね。二、三日前のことだからおじさん忘れてたよ。
結局どうなったんだっけ? ゴメスさんとハリソンさんが言い争いをして、そのまま終わったんだよね。
「戻り次第、すぐに鍬を用意して森までお持ちします。いいですね? 私達から受け取ってもらいますからね?」
すっごい笑顔だけど、目が笑ってないリリーちゃん。整った顔でそんな表情をされると、腰巻の下のアルトジュニアがヒュンってなるね。
にしても……どうしてそんなに俺に鍬をあげたいと思ってくれるんだろう?
鍬がどれくらいの値段するのか知らないけど、百本ともなれば結構高いはずだぜ? いくら貴族だからって、そんなに簡単にプレゼントしていいもんじゃないだろうに。
「ちょっと待ったぁ!」
昔のテレビ番組のお見合い企画のごとき待ったの声が、あたりに響き渡る。ただし、リリーちゃんには聞こえていない。
「アルトちゃんに鍬をプレゼントするのは、私の役目よ、リリー? 勝手に奪わないでくれるかしらぁ?」
「あっ、族長さん。どうされました?」
人間にはベルグ族の声は聞こえない。ゆえに、こういった言葉のすれ違いはよく起きる。そして現在、近くにジョンさんはいない。
イケメン通訳ふっかーつ! 俺はリリーちゃんにゴメスさんの言葉を伝える。
「……なるほど。族長さん? アルトさんとの付き合いは私達の方が長いのです。ここは一つ、私達に譲ってくれませんか?」
「あら? 付き合いの長さなんか関係ないでしょ? 大切なのはアルトちゃんへの愛よ?」
「私、アルトさんへの愛ならば誰にも負ける気はないのですが?」
……イケメン通訳、ちょっと照れる。リリーちゃんの真っすぐな気持ち、マジでプライスレス。
張り合うリリーちゃんに、ゴメスさんは大人げないどや顔を浮かべてこう言い放つ。
「でも、残念ね? リリー。私、もう用意しちゃったもの。持ってきてちょうだいっ!」
その言葉と共に、鍬を持ったベルグ族がぞろぞろと現れる。
最後尾には、俺たちオーク用らしいビッグサイズの鍬を担いでいるベルグ族の姿もあった。
「オーク用はひとまず五本作ったわ。ゴブリン用は、私の弟子達や友人にも手伝ってもらって三十本。残りもすぐに用意しちゃうわよ?」
壮観な眺めである。……でも、どうやって持って帰ろう、これ。
まぁ細かいことは後で考えればいっか。
「族長さん! ずるいですっ! 残りの鍬は絶対に私達が用意しますからね!?」
「ざーんねんっ! 残りも私たちが作っちゃうから、指をくわえて見ていなさい」
もはや二人の間に通訳は必要ないらしい。言葉が通じなくても口喧嘩が出来る……人類とは偉大なのだ。
おーい……リリーちゃんや?
鍬にこだわってくれてるのはありがたいんだけどさ? 農業のやり方とか教えてくれるのも、同じくらい助かったりするんだよー?
……聞こえてないな。後にしよう。
うん、仲がよさそうでなによりだな。
これにて十章が終了です。またしばらく書き溜めの期間を頂きたいと思いますので、しばらくお待ちください。
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今後とも本作をどうぞよろしくお願いいたします。