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幕間1  サリーのネックレス

 いやぁ……世界って広いんだなぁ。初めて森に入った時も思ったけどさ、ここもすげぇわ。山って迫力あるんだなぁ。


 にしても、アルトと知り合ってからこっち、激動の人生だ。しがない冒険者だった俺が、なぜか貴族様の護衛をしてるんだもんな。


 すげぇ奴だよ、アルトは。あっという間に信じられない速さで進んで行っちまう。


 今回の件にしたって、道は全部アルトが切り開いちまった。


 『山の民』……じゃなくてベルグ族か。そもそもアルトがいないと、あいつらが何を言ってるのかすら俺たちには分からないんだからな。


 しかもあいつは、ベルグ族が化粧水を必要としていることを見抜いて交易の話を前に進めちまった。カミソリ負けしてる女の子が目に入ったんだとさ。よく見てるよなぁ。


 俺もおこぼれで使わせてもらったんだけど、アクアスライムの化粧水って半端ねぇのな。ありゃあベルグ族じゃなくても欲しがるってもんだ。


 そして、とどめが“スキル”だ。


 あれには焦ったぜ? 急にアルトの身体がピカーッて光ったと思ったら、次の瞬間にはアルトとベルグ族の族長が消えてなくなっちまったんだから。


 ただ、俺たち以上にパニックを起こしたのがベルグ族の連中だ。そりゃそうだよな。自分達の族長が急に消えちまったんだから。


 その場をおさめようにも、これまで通訳をしていたアルトがいない。俺たちにはベルグ族が何を言っているのかを理解する手段がなかったんだ。


 そんな、下手すりゃ衝突も起きかねない緊迫した状況を救ってくれたのは、リリー様だった。


 リリー様曰く、アルトから出たあの強烈な光は、アルトが持つ不思議な力らしい。決して族長を害するようなものではなく、むしろ族長を助けるためのものだから安心してほしいと。


 とはいえ、今日初めてアルトに会ったベルグ族の連中が、いきなりそれを信じるなんて無理な話だ。


 今にも掴みかかってきそうなベルグ族の連中に対し、リリー様は凛とした表情でこう言った。


「もしもこのまま、族長さんとアルトさんが帰ってこないというようなことがあれば、私がこの首を捧げます。どうか少しの間、アルトさんを待ってあげてください」


 あの時のリリー様、マジでかっこよかったんだぜ? なんていうか、さすがは貴族様だなって改めて思ったよ。


 結局、アルトとベルグ族の族長は何事もなく無事に帰ってきた。族長からの説明で、アルトに不思議な力があるということも証明された。


 一件落着。


 ったく、アルトは色々と規格外なんだよな。おかげで周りは右往左往させられることが多いんだよ。……まぁ、それが楽しかったりもするんだけどよ。


 ちなみに、リリー様が自らの命を張ってまでアルトを信じてくれるよう頼んだことを、アルトは知らない。優しいアルトが心に余計な負担を背負わないようにしたいと、リリー様が俺たちに口止めをしたのだ。

 

 ……なんていうか、お似合いの二人だよな。ちょっと憧れちまうぜ。



 その後、色々と話し合いがあった末に、俺、ハリソンさん、アルトの三人はベルグ族の領域に残ることになった。


 ハリソンさんは分かるとして、なんで俺? っていう疑問はあったけど深くは考えていない。俺としては、こんな珍しいところに居れてラッキーだしな。


 というわけで俺たちは今、ベルグ族の里のド真中にいる。


 ベルグ族の連中が掘ったとは信じられないようなデカイ洞窟を抜けると、山に囲まれた平地が広がっていたんだ。


 家はいっぱい建っているわ、畑は広がっているわ……とにかくメチャクチャ広い。岩山が連なっている山脈の中で、そこだけポッカリと穴が開いている感じだ。


 なんか神秘的だよなぁ。どこを見ても山が目に入るんだもん。


 洞窟の中にあったやたらと洒落た家もすごかったけど、俺はここの方が好きだな。


 さて……ハリソンさんはアルトを連れて半分仕事みたいなことしてるし、俺はなにをすっかな。とりあえずこのまま散歩だな。


 基本的にこの辺りならどこをぶらついても問題ないって許可は貰ってるんだ。


 建物に入る時だけ入っていいか聞けばいいらしくて、その時のためのジェスチャーも決めた。入っていい時は手で大きな丸を作る。ダメな時はバツを作る。……簡単でいいだろ?


 小麦畑を一つ越えると、レンガで出来た家がいくつかある。


 ベルグ族の里の不思議なところは、家の材料が統一されていないところだ。石で造った家もあれば、木で造った家もレンガ造りの家もある。その家に住む住人が自由に材料を選ぶそうだ。


 俺たちは、街や村ごとに統一されたデザインの家を建てることがほとんどだから、少し歩けば雰囲気の違う家が建っているこの光景がとても新鮮に感じる。


 これだけ印象の違う家があちこちに建ってるのに、ゴチャゴチャしているように見えないのが不思議だ。


 レンガ好きの住人が集まっているらしい区画を歩いていると、ベルグ族の女が一人近づいてきた。


 そういえばこいつ、何度か俺に話しかけてきてくれてるんだよな。ただ間が悪いことに、ちょうどアルトが居ない時に出くわすんだよ。


 たぶんいい奴なんだとは思うぜ? 何を言ってんのかは分かんねぇけど、仲良くなったしな。



 ……なんだ? すげぇ目がキラキラしてっけど。


「――! ――っ。――――!」


 うーん……やっぱり何言ってるか分かんねぇな。たぶんかなり大きい声で喋ってるんだろうけど、全然聞こえねぇ。


 ……よしっ!


「俺はサリーっていうんだ。お前はなんて名前なんだ? ゆっくりと言ってみてくれ」


 アルトが言うには、こいつらは声が高いだけで使っている言葉は俺たちと一緒らしい。なら、ゆっくり喋ってもらえば口の動きで何を言ってるのか分かるだろ。


 俺の言う通り、ゆっくりと口を動かすベルグ族の女。


「アウラ? ……カグラか? 違う……でも惜しい感じだな。カルラ? おぉっ! カルラかっ!」


 どうやらこいつはカルラって名前らしい。やれば出来るもんだな。


「―――。――――。――――――――――――!」


 うーん……やっぱり分かんねぇ。名前くらいの短い言葉なら分かるけど、普通に喋られると全然だ。カルラが頑張ってゆっくり喋ってくれてるのは分かるんだけどなぁ。


 ……あっ。


「おーい! アルトー!」


 ちょうどいいタイミングでアルトが通ってくれた。


 大きな声を挙げて手を振ると、アルトが大きな身体を揺すって小走りでやってくる。……昔飼っていた犬を思い出すのはなんでなんだろうな。


「わりぃな忙しいのに」


 軽く謝ると、気にするなとジェスチャーを返してくれるアルト。


「あのな? ここにいるカルラが俺になんか用があるみたいなんだけど、通訳頼めるか?」


 少し目を見開いたアルトだったが、すぐにカルラの言っていることに耳を傾けてくれた。しばらく待っているとアルトは、持っていた紙にカルラが言いたいことを書き出してくれる。


――サリーちゃんの、ねっくれす。すごくかわいい。なにかとこうかんしてほしい。だって。


 あぁ……これか。そういえば、今日は服の上につけていたな。


 自然と俺は、首元にぶら下がっている俺には全然似合わないネックレスを握りしめる。そんな俺に、アルトは心配そうな瞳を向けた。


――それ、なかまのかたみ、だよね?


 そうだよな。アルトなら覚えてるよな。


 だって、これを拾ってきてくれたのはアルトだもんな。


 このネックレスの持ち主はルーシー。冒険者をやっていた頃の、俺の仲間だ。


 彼女を含めた俺の仲間は全員、もうこの世にはいない。


 無謀にもオークの討伐に挑み、あえなく全滅してしまった。遺体もボロボロで森に還ってしまっている。


 残されたのは、アルトが取りに行ってくれた形見の品だけ。そして俺はそれらの品を処分出来ずにいた。


 俺には使いこなせない他の品物は、全部大切に自分の部屋に仕舞ってある。唯一この、似合わないネックレスだけは肌身離さずつけているんだ。


 我ながら女々しいよな。


 こんなモノが無くたって、俺はあいつらを一生忘れない。


 こんなモノが無くたって、俺は自分達が犯した失態を一生忘れない。


 それでも、それぞれが大事に手入れしていた姿を思い出すと手放すことが出来なかった。

 

「いつまでもウジウジしてたら……ダメだよな」


 俺にこんな上等なネックレスは似合わない。そんなことは痛いほど分かってる。


 ルーシーの形見だから付けているだけなんだ。でも、果たして俺のそんな行為をルーシーは喜ぶだろうか。


「カルラ……これ、大事なものなんだ。大切にしてくれるか?」


 カルラを見つめて俺は問う。


 彼女は真剣な目で頷いてくれた。その瞳が、俺には百の言葉よりも信頼出来るものに思えた。


 そっと首からネックレスを外し、カルラの首につけてやる。小柄なベルグ族には少し大きいけれど、それでもよく似合っていた。


(うん……これでいいんだ)


 きっとルーシーも喜んでいると思う。


 だってカルラがネックレスを見てうっとりしてる顔、ルーシーにそっくりだもん。


 ……分かったから! 泣くなって、アルト! 


 なんでお前が泣くんだよ! あぁ、もうっ! 拭いてやるからちょっと屈めよ!


………

……


「――っ! ――――!」


「うぉぉっ! すげぇ、ナイフじゃん! しかも切れ味半端ねぇっ! これ、くれるのか!?」


 ネックレスをカルラに託した数日後、カルラが手投げサイズのナイフを十本ほど持ってきてくれた。なんでも俺にくれるらしい。


 俺でも分かる……これ、すげぇ業物だ。街で買ったらいくらするか、見当もつかない。ありがてぇ!


「ありがとなぁ、カルラ! でも、よく俺がナイフ欲しいって分かったな?」


 そんな俺の問いにカルラはアルトを指さす。それに気付いたらしいアルトは、わざとらしくそっぽを向いていた。


 ……あの野郎、こっそりカルラに俺の欲しい物を伝えやがったな? ってことはハリソンさんも共犯か?


 首からネックレスをぶら下げて嬉しそうに俺を見つめるカルラに礼を言いながら、俺は後でアルトに親愛の蹴りを入れようと心に決めるのだった。


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