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~ 第十二話  友情の証 ~

 あれから一週間と少しが経った。


 ベルグ族の族長、ゴメスさん。彼の……いや彼女の? とりあえずここは彼でいいや。


 彼の脱毛は無事に全工程を終了した。


 目に見える成果が出始めたのは四回目の施術から。そこからどんどん全身の毛が薄くなり、八度目の施術の終了時には産毛も含めたほとんどの毛を処理することが出来た。


 永久脱毛、とも呼ばれるこの手法だが、永久に毛が生えてこないわけではない。しばらく時間が経ったら産毛が生えてくることも有り得る。


 幸い、その辺りの説明もゴメスさんはちゃんと聞いてくれたので問題はないだろう。


 ただ、一つだけ気がかりがある。ゴメスさんの青々とした髭の剃り跡の下から出て来たのが、割と厳つめな顔だったことだ。


 丸顔に、強すぎる眼力。太い鼻筋。


 イメージとしては毘沙門天にかなり近い気がする。ただし、眉は処理しているので細めだけど。


 これが前世なら、脱毛を終えたゴメスさんはこの後、整形手術を受けるか否かを選択することが出来る。お世辞にも中性的とは言えないその顔を、理想の顔に近付けるかどうか選べるというわけだ。


 しかしここは異世界、美容整形なんてものは存在しない。俺が伝えなければ、ゴメスさんは自分の顔を手術でさらに女性的にしようなど、考えることも出来ないわけだ。


 伝えるべきか、伝えないべきか。正直、俺は迷っている。


 整形には魔力がある。鼻を整形したら、次は目、口、輪郭という風に顔を全て作り変えたくなる人は多いのだ。いわゆる整形中毒というやつである。


 整形手術の存在を知ったゴメスさんが、整形中毒になるかなんて誰にも分からない。もしかしたら、顔にメスを入れるなんてとんでもないという考えの持ち主かもしれない。


 それでも俺は、言えなかった。


 前世で見た整形中毒に陥ってしまった人達の顔が頭をよぎってしまったのだ。この判断が正しいのかどうか、俺にはいまだ分からない。


 閑話休題。


 この一週間の間にリリーちゃんや他の部下さんなんかは、一度辺境伯家に戻っていたりする。現状の報告をしたり、アクアスライムの化粧水を取りに行ったりと、やらなければいけないことは多かったことだろう。


 こちらに残ったのは俺とハリソンさん、そしてサリーちゃんの三人だ。……二人と一匹じゃね? って言ったそこの君、校舎の裏でお話をしようか。


 この間、俺たち三人はベルグ族の皆さんのご案内のもと、里の中を見学させてもらったんだ。


 実は、いろんな物を貰っちゃったんだよね。


 見ろよ、この蝶ネクタイ! イカスだろ?


 服飾の職人の子が、俺にタキシードを作ってくれるって言ってくれてさ! だけど、ジャケットとかパンツはまだ出来てないから、とりあえず蝶ネクタイだけくれたんだよね。


 だから、今の俺の恰好は腰巻に蝶ネクタイというスタイルだ。……前衛的だろ?


 ちなみに、八回目の施術を終えてツルツルになったゴメスさんからも、俺にプレゼントがあるらしい。


 まぁ、何を作ってくれているのかは知ってるんだけどな。「アルトちゃん! 何か欲しい物はないかしら!?」って聞かれたし。


 そうそう! 大事なことを忘れてた!


 ゴメスさん、ベルグ族の皆さんの前でついに本当の自分を出すことに成功したんだ。


 あれは、六回目の脱毛の施術が終わった日の事。


 だいぶツルツルになったゴメスさんは、意を決したようにみんなの前でこう宣言した。


「みんなっ! ゴメンね! 実は私、心は乙女なの! かわいいものは大好きだし、本当はこんな喋り方なの! 本当の自分を隠して、みんなを騙してしまって本当にごめんなさい!」


 大パニックだった。


 そりゃそうだ。自分達の族長の、まさかのキャラクターの大幅な路線変更。戸惑いが止まらなかったことだろう。


 一番の問題は、ゴメスさんが結婚していること。しかも女性と。


 本当の自分を受け入れてくれた上で、自分を愛してくれた妻のことを愛しているんだというゴメスさんの説明は、中々に胸を打つものであった。


 ちなみに奥さんの方は、山の奥にある狩場に遠征中らしい。……帰ってきたらビックリだろうな。夫がツルツルになっている上に、カミングアウトまでしちゃってるんだから。


 あっ、最終的にはみんな受け入れてくれたみたいだぜ? ビアス君が言ったこのセリフが象徴的かもな。


「族長! その喋り方、面白い! 身体が男で心が女? とっても面白いっ!」


 ベルグ族は好奇心旺盛な種族。常に面白い物を求め続ける種族ってわけだ。ゴメスさんの強烈な個性が、彼らにはとても面白いモノに映ったらしい。


「ねぇ、アルトちゃん! 私、勇気を出して打ち明けて本当によかったわ! あなたのおかげよ!」


 小柄で筋肉質なオネエ様による濃厚なハグ。……うん、気持ちだけはありがたく受け取っておこう。


………

……


 ベルグ族の里に来てから十日目、リリーちゃんが戻ってきた。


「アルトさん! お久しぶりです。長い間、森に帰っていただくことが出来ず、本当に申し訳ありません」


 無・問・題! アルトは自由なオークなのさ。愛する人を森に待たせているわけでもないしな! 


 ……クスン。家族は、きっと心配してくれてるもんね。


 一度実家に帰ったリリーちゃんは、大量の化粧水を共に帰ってきてくれた。


 アクアスライムから作ったもの以外にも、いくつか種類があるらしい。後にアガサちゃんがこれらを紹介した時に、ゴメスさんを筆頭としたベルグ族の乙女が目を輝かせたことは言うまでもないだろう。


 他にも、前の時にはいなかったお偉いさんッポイ人の姿も見える。そして……。


「よう、アルトさん! 久しぶりだなっ!」


 ワイルドウルフマン、ジョンさんの登場である。ちなみにジョンさんは犬の獣人であり、狼の獣人ではない。俺が勝手に心の中で呼んでいるだけだ。


「しっかし……驚いたぜ? ベルグ族の連中の声、たしかに俺には聞こえるんだよ。キンキンとした甲高い声がな」


 俺の推測、『ベルグ族の声、モスキート音説』はどうやら正解であったようだ。人間よりも高い音を聞き取ることが出来る犬獣人のジョンさんも、無事に声を聞き取ることが出来たらしい。


 ……イケメン通訳、これにてお役御免。リストラまでが早かった。


 いいもんね! 個人的なベルグ族の友達、出来たもんねっ! 


 他にも脱毛してほしいって子がいるから、これからも定期的のお邪魔しちゃうもんねっ! 通訳から美世外科医にジョブチェンジしちゃうもんねっ! 


 ……いや、そもそも美容外科医が本職だったな。どうも最近、無職のオークが身体に馴染み過ぎてる気がする。


「アルトちゃん! ちょっといいかしら!?」


 リリーちゃんと話していると、オネエ族長のゴメスさんが俺に近寄って来た。


「えっ!? もしかして……族長さんですか?」


 すげぇよリリーちゃん。あんなにツルツルになったゴメスさんを見て、よく本人だって分かるな。ビフォーアフターの差、とんでもないはずだぜ?


「あら? リリーじゃないっ! 相変わらずキュートでプリティなお顔をしてるわね! それに……まぁ、犬の獣人さん!? かっこいいわねぇ! ワイルドだわぁ!」


 ゴメス族長の声は聞き取れないものの、なんとなく雰囲気が様変わりしていることに驚くリリーちゃん。


 ゴメス族長の声が聞き取れてしまったばかりに、どうすればいいか分からないといった様子のジョンさん。


「またあとで、ちゃんとお話しましょうね! 化粧水、楽しみにしてるわよー!」


 二人を思いっきり混乱させたまま、ゴメスさんは颯爽と去っていく。俺を連行して。


 すまぬ、リリーちゃん、ジョンさん。事情はハリソンさんにでも聞いてくれ。ゴメスさんは内なる自分を解放しただけなんだ。


「アルトちゃん? 頼まれていたもの、出来たわよー!」


 そう言ってゴメスさんは、自身の工房に俺を連れて行ってくれた。


 ちなみにこの工房、関係者以外は立ち入り禁止らしい。俺は“心の友”だから入っていいそうだ。


「じゃぁぁん! どうかしら?」


『ぷぎゃぁぁっ! ぶぎょ! ぷぎゃぁ!』 (うぉぉぉぉっ! すげぇ! かっこいい!)


 斧である。


 アルト君自作の斧もどきではなく、正真正銘の斧である。黒い刃に金色の芯……何製なんだろう?


 ちなみに刃と逆の部分……背中って言えばいいのか? そこには鋭い杭のようなものが付いている。たぶんこれは狩りとかで獲物を仕留める時に使うんだろうな。頭蓋骨とかぶち抜いちゃう感じなんだろう。


「この斧は、岩場に生息するロックタートルの甲羅と、粘り気のある金属から鍛え上げた鋼を使って仕上げたのよ。一度振ってみて?」


 言われるがままに俺はその斧を振るう。うおっ!? ゴルフのドライバーを振った時みたいな感触だ。“しなり”が半端ない。


「その“しなり”が破壊力を増してくれるのよ。それにロックタートルの甲羅はとっても堅いから、どんなものでもぶち抜いちゃうわ!」


 すげぇ……これ、俺がもらっていいのか? ナディアとかグレゴールとかが使ったほうがいいぞ、絶対。分不相応感が半端ない。


「気に入って……くれたかしら?」


 声の方を振り返ると、ゴメスさんは期待と不安が半々に入り混じったような顔をしていた。


 ……うん。これは俺がもらおう。


 ゴメスさんが俺のために心を込めて作ってくれたものなんだから。ありがたく頂戴しよう。ツルツルのお肌とかっこいい斧が、俺達の友情の証ってわけだ。


 俺はゴメスさんにサムズアップをおくる。


「あらっ。クールなポーズね! 私も真似しちゃおうかしら!」


 同じく親指をピンと立ててくれるゴメスさん。


 緑の巨豚と、小さな毘沙門天がサムズアップをしながら笑いあっている絵。……異世界っぽくていいだろ? これぞ異文化交流ってやつだな。 


いつも本作品を応援してくださり、誠にありがとうございます。


これにて十章の本編部分が終了です。十章はあと数話、閑話が入ります。

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