表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
104/109

~ 第十話  乙女の葛藤 ~

ベルグ族の族長視点になります。

 今日も鏡に映るのは、ベルグ族の中でも特に濃い髭がボウボウに生えた顔。


 あぁーん! 美しくないわっ!

 

 どうしてこんなにも髭が濃いの!? いえっ! 髭だけじゃないわっ! 髪はすぐにぼさぼさになるし、身体中にムダ毛がいっぱい!


 ベルグ族はみーんなそう! 信じられないわっ! どうしてこんなに毛深い一族なのよっ!


 言ってても仕方ないわね。さっさと毛を剃って身支度をしないと。少しでも美しく見せるのが私の乙女の流儀よっ!


 ……よしっ! ムダ毛処理完了。髪の毛もちゃんと切ったし、いざ出陣!


 今日も一日、族長として一職人として、頑張っていきまっしょい!


………

……


「あっ、族長おはよー」


「おはよーございまーすっ!」


「……うむ」


 私の姿を見て、元気に挨拶をしてくれるベルグの同胞たち。かわいい……実にかわいらしいわ。


 あぁっ! 私もかわいく元気に挨拶したいっ! だけど、いつの間にか私はこんなにむさくるしい挨拶しか出来なくなってしまったの。


 あれはちょうどこの髭が濃くなり始めた頃のこと。


 当時の私は、まだ自分の本当の姿をさらけ出していたのよ?


 身体は男だけれども、心は乙女。


 そんなアンバランスな私を、優しいベルグのみんなは受け入れてくれていたの。次期族長としてちゃんとしなきゃいけないのに、それでも皆は私が乙女でいることを許してくれたわ。


 でも……そんな皆の優しさに私は背を向けてしまったの。


 きっかけは、なんの悪気もない言葉だったわ。


「ゴメスってさぁ……女の子みたいだけど、男以上に毛深いよね」


 薄々自分でも気づいていたの……自分の体毛が濃いってことに。だけど、身体が男だから仕方ないんだって自分で自分を誤魔化していたわ。


 でも、その言葉は私に現実の残酷さを教えてくれた。


 そう……私は、男の中でも特に毛深かったの。


 そんなむさくるしくて美しくない私が、乙女を気取るだなんて、あまりにも滑稽だわ。


 女の子らしい身体なんて贅沢なことは望まない。


 でも、せめて男の中でも女に近い身体に生まれたかった。よりにもよってなんで、こんなに男臭い身体に生まれてしまったのだろう。そんなことを自問し続けたわ。


 その日から私は、少しずつ自分自身をさらけだすことが出来なくなってしまったの。女っぽい仕草や言葉遣い、それをする度に、自分が間抜けな姿をさらしているのではないかって怖くなってしまったわ。


 気付けば私は、寡黙な鍛冶職人になっていたわ。


 踊る炎に向き合いながら、美しく輝く金属と語りあう。そこにしか私の逃げ場所はなかったの。


 あらやだ、こんな言い方は鍛冶に失礼ね。


 もちろん、鍛冶という仕事は愛しているわ。愛しているからこそ、私はそこに没頭したの。


 おかげで鍛冶の技術はどんどん向上し、それに伴って尊敬もされるようになった。族長になってからは、責任だって重くなった。


――無口で無骨な職人。


――背中で皆を引っ張る族長。


 いつの間にか、なにが本当の自分なのかも分からなくなっていた。作り上げてしまった虚像が大きくなりすぎてしまったの。


 私が昔の私でいられるのは、パートナーであるアリッサの前だけ。


 乙女な私を受け入れてくれて、力強く引っ張ってくれるアリッサに私は救われているわ。子宝にも恵まれたしね。こんな私の子を産んでくれたこと……本当に感謝している。


 きっと明日もそして明後日も、私はこのまま自分を偽って過ごしていくはず。そう思っていたわ。それが自分のため、そしてベルグ族全体のためなんだって。


 でも、人生ってのいうものは予想もしないことが起きるものなのね。


 そんな私のちっぽけな悩みと虚栄心を、粉々にぶち壊してくれる存在が急に現れるのだから。



「族長! 人間が、オークを連れてきたいって言ってる!」


 愛する息子であり次期族長でもあるビアスが私に持ってきた報告は、驚くべきものだったわ。


 これまでも人間が私達の里を訪れることはあったけれど、まさかオークを連れてくるなんて。だって、オークといえば里から出たことのない私達でも知っている有名な魔獣よ!? 危ないじゃない!


「そのオーク、人間と喋れるらしい! すごく頭もいいんだって!」


 これは後から分かることなんだけど、正確にはオークと人間は話すことは出来ないのよね。筆談しか出来ないみたい。まぁ、それは今は置いておきましょう。


「……なぜ、人間はそのオークを連れて来た?」


 息子にすらこんな言葉遣いをしてしまう自分が本当に嫌になっちゃう! 


 そんな私の内心の葛藤には当然気付くことなく、ビアスは私の質問に答えてくれたわ。


「分からないっ! でも、オークが俺達の言葉が分かるかもって言ってたっ! 面白そうだから連れてきていいって伝えといたよ! たぶん伝わってるはず!」


 ……ビアスの長所と短所が一気に出た感じね。


 この子は良くも悪くも勘が鋭いの。だから、物事の本質を見抜いたり、相手の人柄を判断するのはとても上手いわ。


 ただ、直感に頼りすぎるあまり論理的に物事を考えることが苦手なの。あと、他人に自分の考えを説明するのも苦手ね。


 一言でいえば天才肌……将来この子が族長になるときは、補佐をしてくれる優秀な人材が必要になると思うわ。


 でも、逆にいえばこの子の直観が大丈夫だと判断したのであれば、少なくともそのオークを連れてくる人間に悪意はなさそうね。


 ……うん! ここは一度、ビアスに任せてみましょう!


 次の族長として、ベルグ族を引っ張っていってもらわないといけないんだから、これも修行の一貫ね。


 ちょうど今日は仕上げたい仕事もあるし、ビアスがどこまで交渉が出来るか試させてもらいましょう。


 頑張るのよ! 我が息子っ!


………

……


 最高の出来よ! 


 鉄と、鳥の魔獣バーグフェルスの骨を組み合わせてつくった剣。これなら大抵の魔獣なんか叩き切れるわっ!


 ちょっとした狩りには過ぎた代物だけれども、大は小を兼ねるからね!


 ……さてっ! ビアスは上手くやっているかしら?


 人間がよからぬことを考えていた場合はすぐに呼びにくるように言っておいたのだけど……誰も呼びに来てはいないわね。なら、今のところ交渉は順調ってことかしら?


 鍛冶場を出た私は、近くにいた同胞にビアスの居場所を尋ねる。


 帰ってきた答えに私は少し驚いたわ。


 なんでもビアスは人間達を、先々代の族長が建てた屋敷の中に入れたみたい。


 あの屋敷、オシャレよねぇ。先々代は大工仕事が得意だったって聞いてるけど、趣味であんなに凝った建物を造っちゃうなんてどうかしてるわ。本当の天才だったのね、きっと。


 おっと、それは置いといて今は人間とオークのことを考えないと。


 これまで人間が来た時は、洞窟の入り口近くの広間で対応していたの。それを中に通すなんて、随分と信頼したのね。


 ご一行がいるらしい屋敷に近付き、私はそっと中の様子を伺う。……ずいぶんと賑わっているわね?


「なるほど! それは俺達ベルグ族にとって、ありがたいものっ! 俺達、毎日全身の毛を剃らないといけないっ! ヒリヒリすること、多い!」


 ビアスがなにかの瓶を持って興奮しているわね。なにかしら、あれ?


 ふむふむ……えっ? あれ、肌にいいんですって!? 


 あっ、マリアが顔につけた! あの子、毛が薄くてかわいいのよねぇ。


 なんと!? 髭剃り後のピリピリが治って、お肌がプルプルに!?


 私も、私も使わせてーっ!


「あっ、族長!」


 気付けば私は屋敷の扉を開け放っていたわ。


 いやん、みんなの視線が私に集まってるっ! 乙女として、なんてはしたない真似をしちゃったのかしらっ!


「族長! これ、すごい! 毛を剃った後のピリピリが治る!」


 ビアスから念願の……謎の液体が入った瓶を受け取った私は、そっと一滴、手に垂らしてみる。


 なにか、ハーブの香りがするわね。心が安らぐ良い香りだわ。


 手の甲の上で液体を伸ばしてみると、どんどんとお肌に浸透していく。

 

 あぁ……鍛冶仕事が終わったばかりの、少し火傷したお肌に潤いが戻っていく。これは……気持ちいいっ! 素晴らしいモノだわっ!


 人間の世界には、こんな素晴らしいモノがあるのねっ! 是非とも、これは毎日使いたいわっ!


 ……もしかして、他にもこんな素晴らしい技術があったりするのかしら。


 例えばよ? 例えばだけど……私の毛まみれの美しくないこの顔をキレイに出来るような、そんな技術とか。


 無いわよね。


 そんな都合のいい技術、ある訳がないわ。


 どれだけ切れ味のいい刃物を作っても、私の毛はキレイに剃り切れなかったんだもの。


 でも……もしかして……。


 気付くと私は、人間達の顔を見て回っていたわ。誰かが私の願いを叶えてくれるんじゃないかって、馬鹿な期待に胸を高鳴らせて。


 でも、顔を見れば分かるものね。


 この中で一番偉いのは、この小さな女の子だわ。


 小さいっていっても私よりも身長は大きいけれど、それでもまだ子供。ただ、子供の割にはしっかりとした強さをもった女の子ね。とっても素敵だわっ!


 この人は……あぁんっ! イケメン! それにきっと戦を生業とする人だわっ! こんなイケメンの剣を打ってみたいものね!


 そして私は、私にとって一番謎の多い存在の前に立ったの。


 オーク……凶悪な魔獣。


 だけどその緑の巨体からは理性的な雰囲気が漂っている。暴れる様子なんてまるでないわ。むしろ温和の空気が漂っている。


 あなたは何者なの? どうして人間と一緒にいるの? どうしてここに来たの?


 疑問は尽きない。


 あなたは……私を助けられる?


 そんな馬鹿なことを考えた瞬間、オークの身体から光が溢れ出して私の目の前は真っ白になったわ。


 鍛冶場でも見たことのないような強く眩い光。そんな光に包まれて、私は意識を失ってしまったの。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ