~ 第九話 族長登場 ~
大変長らくお待たせしました。いよいよ、読者の皆さんお待ちかねのあの人が登場です。
「ヒリヒリしないっ! これっ、すごいっ!」
ベルグ族の肌荒れちゃんことロッテちゃんが小躍りしながら喜んでいる。ミニマムサイズなベルグ族の女の子が踊っているのを見ると、なんだか微笑ましい気分になるな。
お遊戯会的な? 毛深いけれど。
声が高すぎるため、リリーちゃん達には聞こえていないだろうけど喜んでいるのは見ただけで分かる。リリーちゃんもアガサちゃんも嬉しそうだ。
ところで……乳液はないのかな? 化粧水だけだと保湿が万全じゃないのだぜ? イケメンオークはスキンケアにも詳しいのだ。
しかし、俺はそれをリリーちゃんに問うことが出来ない。
だってさ? 化粧水を知ってるオークってだけでも不気味だろ? このうえ乳液まで知ってたらキモイじゃん? ましてこの世界に乳液が無かった日には、もっとキモイじゃん?
俺ってば、傷つきやすい豚さんだから、キモイとか思われたら落ち込んじゃう……。
えっ? いまさら? よく分からんスキルで顔を治した時点で変な奴認定されてる?
そうかもしれないけどさっ! オーク心は複雑なんだよっ!
ロッテちゃんのはしゃいだ様子を見て、ベルグ族の人がもう一人近づいてくる。
こっちは男の人だな。どうやら彼も肌荒れ気味のようだ。
彼もアガサちゃんにアクアスライムの化粧水を縫ってもらっている。本来ならば、化粧水が肌に合うかどうかを試してからにするべきなんだろうけど、さすがにこの場では無理か。
「これ、どういうものなの?」
この場のトップであるビアス君が俺に聞いてくる。俺はその質問を紙に書いて、リリーちゃんに見せる。
ってかさ? 種族間の意思疎通が不便すぎるよな。この世界の神様、イジワルすぎるだろ。
俺達オークは、ベルグ族の言葉も人間の言葉も聞き取れるけれど、彼らの言葉を喋れない。汚い文字で伝えるのが限界だ。
ベルグ族は、普通に人間の言葉を喋っているけれど、声が高すぎるから意思疎通が出来ない。今のところ、人間の文字を読むことも出来ない。
人間は、オークにもベルグ族にも言葉を伝えることが出来るが、相手が何を言っているかは一切分からない。相手に文字を覚えてもらうしかないってわけだ。
ハードルが高いよ……英語と中国語を覚えれば、ほとんどの人種と意思疎通が出来た前世って、イージーモードだったんだな。俺、英語も中国語も出来なかったけど。
化粧水に詳しいアガサちゃんが、ビアス君に化粧水がどういうものなのかを伝えている。ビアス君の後ろにいるベルグ族の皆さんも興味津々だ。
「なるほど! それは俺達ベルグ族にとって、ありがたいものっ! 俺達、毎日全身の毛を剃らないといけないっ! ヒリヒリすること、多い!」
他のベルグ族同様に剃り跡が青いビアス君が目を輝かせる。
なんでもベルグ族は、男女問わずみんな毛深いのだそうだ。剛毛なうえに量が多く、伸びるのもめちゃくちゃ早い。三日も放っておけば、全身毛むくじゃらになってしまうそうだ。
ファンタジーなドワーフのイメージだと、髭なんかボウボウに伸ばしっぱなしなイメージだけど、よく考えたら確かに邪魔だよな。特に鍛冶なんかしてるなら、髭に引火してえらいことになりそうだ。
なので、一部のオシャレに一家言あるベルグ族以外は皆、髪の毛も含めた全身の毛を毎日剃るそうだ。ちなみにオシャレ系ベルグ族の人は、髪だけは毎日短く切りそろえているらしい。
……肌が弱いと地獄だな、ベルグ族。たとえ肌が荒れていようとも、毎日毛を剃らないといけないなんてたまらないじゃない。
「化粧水! 交易してほしい! アガサは何が欲しい!?」
グイグイとアガサちゃんに迫るビアス君。身長的に、アガサちゃんのボインに突撃しそうな勢いだ。……ちょっとうらやましい。
盛り上がるベルグ族の皆さん。化粧水講座を開催するアガサちゃん。あっ、こっそりと受講しているサリーちゃんみっけ。
ちなみにリリーちゃんの部下の人達はなんかてんやわんやしてる。化粧水が交易の軸に出来るか、いろいろ考えてるんだろうなぁ。
「アルトさん! ありがとうございます。ベルグ族の皆さんと、良い関係が築いていけそうです」
嬉しそうな笑顔を浮かべてトコトコと近づいてくるリリーちゃん。持って帰りたいかわいさ、プライスレス。
――よかった。
俺も紙に大きく字を書いて喜びを示す。
万事、上手くいきそうな空気が流れたその時、大きな扉が静かに開いた。
入ってきたのはベルグ族の……男だな。髪型がアフロってことはオシャレ系ベルグ族だ。なにせ髪だけは剃らずに整えているんだからな。
にしても……剛毛系だな。ベルグ族の中でも特に濃いんじゃない? ってか、存在感がすごいな。
「あっ、族長!」
そのベルグ族を見て、ビアス君が叫ぶ。
なるほど……彼がベルグの頭か。
厳めしい顔つきに、鍛えられた身体。威圧感が半端ねぇ。
身体全体が赤らんでいるのは、今まで鍛冶師として炎に向き合っていたからか? 職人としての風格が、その太い眉に現れている気がするな。
そんなベルグ族の族長は、ゆっくりとビアス君の方へ向かって歩く。
無言だ。機嫌、悪いのか?
「族長! これ、すごい! 毛を剃った後のピリピリが治る!」
そういって化粧水を族長に渡すビアス君。……大丈夫か? こんな軟弱なもの、いらん! とか言って怒らないか?
目を細め、睨み付けるように化粧水の瓶を見つめる族長。……あっ、手に一滴落とした。
あれは……職人の目だ。
化粧水がどのような目なのかを、鍛え抜かれたその眼力で見極めようとしているに違いない!
緊張感が……半端ないな。この場にいる全ての存在の視線が族長に集まる。
――ゆらり。
まるで身体から蜃気楼が立ち上るかのような錯覚。ゆっくりと族長は立ち上がる。
彼はまず、リリーちゃんに向かって歩き出した。異様な雰囲気に、即座にハリソンさんが間に入ろうとするが、リリーちゃんが手で制する。
しばらくリリーちゃんを間近で凝視した族長は、次いでハリソンさん。アガサちゃんをじっと見つめる。
そして……彼はついに俺の元へとやってきた。
鋭い目つき。相手の本質すらも見抜いてしまいそうな職人の……ん? どっちかっていうと、捨てられた子犬みたいな目をしてる気が……。
「むっ!? なんの光だ!?」
「わぁっ! まぶしいっ!」
『ぶぎょぉぉぉ!? ふぎゃぶぎょぶ!?』 (うえぇぇ!? このタイミングで!?)
族長の瞳の表情に気付いた瞬間、俺は久しぶりの眩い光に包まれる。
スキルの発動、手動にして欲しいっす! 急に発動するとびっくりするんだよーっ!
………
……
…
「お久しぶりです……マスター」
スキルが発動する時って、絶対光らなきゃいけないもんなのかね。眩しいったらありゃしないよっ!
「仕様です」
相変わらず、イブさんはクールだねぇ。おっ……やっと目が開けられそう。
「っておいっ! なんでバニーガール!? ってかおっぱいデカくなりすぎだろっ!?」
そこには、最後に合ったときから比べて圧倒的に巨乳化したイブさんが、バニーガールの衣装を着て立っていた。ハイレグな脚がエロい……じゃなくて!
「なんでバニーなの!? ねぇ、なんで!?」
「スキルが発動されない間、マスターを観察していましたところ、巨乳、そしてバニーガールが好きだという情報を得ましたので」
俺の心を読んだかのように美脚を強調するイブさん。クソ……我が煩悩が爆発しそうだ。・
「誤解だよっ! 誤報だよっ! どうしてそうなった!?」
「しかし……ここにマスターの内心の叫びをまとめた“アルトノート”が……」
「なんでそんなもん作っちゃったの!?」
「長らくの間、マスターがスキルを発動させてくれなかったので……寂しかったのです」
「いやん、ちょっと胸キュン! じゃなくてっ! えぇいっ! 処分しろっ! いますぐ処分しなさいっ!」
「お断りします」
すまし顔で巨乳化したおっぱいの谷間にノートをしまうイブさん。クソ……やっぱりスキルが発動していない時でもイブさんは生きていたのか。
ってかさ、内心を読まれるって、マジか? あんなことやこんなことを考えてるのも筒抜けってことか!?
「ご安心ください、マスター。マスターがえっちいことを考えている時は、目をつむり、耳を塞いでいますので」
「言い方があざといっ! “えっちい”って、普通言わないっ!」
「しかし……七十四日前の午後、マスターは『“えっちい”って言葉、響きがすでに“えっちい”よね』と一人でつぶやいて……」
「ストーップ!」
ダメだ……俺はもう、この無表情な助手には勝てない。あの黒歴史ノートには、現在進行形で俺の恥ずかしい部分が蓄積されているのだ。
「とりあえず……いつもの恰好に戻ってくれない?」
疲れ果てた俺は、イブさんに懇願する。
「仕方ないですね」という言葉と共にイブさんがいつものオペ着に戻った時は、心底安心したね。おっぱいのサイズも元通りだ。
一息ついた俺は、オペ台の上に横たわるベルグ族の族長を見る。目を覚ますにはまだもう少しかかるみたいだ。それまでに一つ、確かめておきたいことがある。
「イブさんや? 俺、今は人間の身体になってるわけだけど、ベルグ族の声は聞き取れる感じ?」
さっきまで、俺がベルグ族の皆さんの声を聞き取れたのは、オークの耳を持っていたからである。しかし、スキルを発動した今の俺の姿は、イケメン美容外科医、水川の姿だ。当然、耳も人間モードである。
「問題ありません。マスターのスキルレベルは最高ですので、しっかりと対応できます」
いつかも聞いたようなセリフと共に、いつかも見たようなドヤ顔を浮かべるイブさん。なんにせよ、ありがたいことだ。俺のスキルはかなり融通が利くらしい。
「さて……ベルグ族の族長さんは、一体どんな悩みを持っているのかな?」
オペ台の上で意識を覚醒させつつある族長さんを見ながら、俺は気合を入れなおすのであった。