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ゴールディロックス階層世界の転生顛末記。  作者: jorotama
番外編・ご長寿さんへの歩み-2歩
30/32

深淵の白魔女は詠唱する

ちょっと長めです。

 超S級冒険者パーティーとなった『方舟(アーク)』が第99階層に到達した時、天空城の王がゴールディロックス階層世界の全住人に向け演説を行った。

 すごいよ?

 一般の人が住んでるのって第1階層から第3階層までなんだけど、3階層全部の空に自分の姿を立体映像として投影しての演説。

 ファンタジーって言うのか、SFって言うのか、スペクタクル感半端なし。


 彼……中身はジルの金色の王様が人々に語ったのは、この地下部分のゴールディロックス階層世界が実は『仮初めの世界』であり、真実の世界が第99階層を超えた先の『はじまりの地』に広がっていること。

 それからいずれ『はじまりの地』の地下にあるこの世界は力を失い、ゆっくりと枯れていく定めにあるって話と、人々が本格的に外に世界へと向かう為には、第99階層の大きな浮遊島に住む巨鳥ルフ……ロック鳥を討伐しなければならないってことだった。

 あとは、本当の世界にも天空城があるってこととか、そこに黒の王がいるとか、金色の王は黒の王の一部に過ぎないって話とか。

 ……黒の王って、もしかしてノア君のこと……だよね?

 ノア君はレンメイの創造世界に関する規約で、世界に干渉することは出来ないんじゃなかった?


「よく覚えていたな」


 と、ジルに感心された。

 覚えてるよ、ノア君に関することだし。


「お前の言う通りマスター・ノアの干渉は無いが、いずれ来たる時の為の布石だ」


 とか言われても、全然意味が分かんないんだけど。

 


 ところで、しょっちゅう第99階層から外に行ってるから知ってるんだけど、別にロック鳥を倒さなければ『はじまりの地』へ至れないって事実はないよね。

 旅客機レベルに巨大なロック鳥にとって、人間なんてお腹の足しにもならない小虫だから、あの階層で人間がうろついたところでよっぽど攻撃的なことでもしない限り敵認定なんてされない。

 ただね、あの鳥を倒すことが出来ればロック鳥が巣を作ってる巨大な浮遊島が、第99階層で行き止まりの昇降機から第100階層『はじまりの地』に向かう昇降機までの移動ツールとして使えるようになるんだって。

 そっか。

 第99階層自体極寒で空気が薄い悪環境。しかも私がいつも使ってるルートは浮遊石飛び移ったりよじ登ったり……高高度エリアでそんな動き、ふつうの人には出来ないんだった。

 あんな場所を普段着でふらふら動けるのなんて、たぶんノア君に性能増し増しで盛ってもらってる私くらいしかいない。

 それが、ロック鳥さえ倒せばあの浮遊島にはシールドが貼られ、薄い酸素とか超低温の外部から保護された移動ツールになるって言うんだもん。

 ロック鳥討伐が必須だって言うのは納得した。


 それにしても、ボス敵を倒せばつかえるようになるギミックとかさ……すっごいRPGっぽくて、ワクワクしない?


 この世界がノア君によって創造されたものだって話は、ジルに聞いて知ってた。

 宇宙船とか巨大なカプセルとか、何かの中に箱庭世界を創ってそこから外に向けて(しゅ)を広げる方式の創造世界のことを『方舟型創造文明』って呼ぶってことも聞いてる。

 ついでに地下……って言うか、いわゆる方舟部分の動力が徐々に切られて行く切っ掛けが"ロック鳥の討伐"だって話も聞いてたから、ちょっと微妙な気持ち。

 動力が枯れていくから外に新天地を求めよって金色の王様(ジル入り)は言ってたけど、逆デスヨネー?

 外に行こうとすると動力切られちゃうよーってのが真実じゃないの?

 ……いや……うん、まあ、本当のことが人々に知れたら階層攻略を辞めろって保守的な人も絶対出て来るだろうし、そういう言いかたした方がいいんだろうなぁ……って、分かるんだけどね。


「居心地がよくともいつまでも母の胎内にいられないのが生物の道理だろうが」


 と、それについてジルは語った。


 ……そうだよね。

 確かに地下階層のゴールディロックスは仮初めの世界(・・・・・・)だなって、外に出てみれば誰でもわかる。

 本当の世界は外の世界で、ここはいつまでも人間が生き続ける場所じゃない。





 氷嵐竜(ブリザードドラゴン)革に鬼貂の毛皮で内張りをした外套の装備を人数分揃えるのに、3年かかった。

 白雪兎の耳当てとかはすぐに数は揃ったけど、内部に仕込む受信用の魔道具の素材集めは大変だったし、顔面の防寒対策と視界確保、酸素供給に発信用魔道具を全部兼ね備えた風防なんて、開発期間をいれたら10年物なんじゃないかな。

 何の話かと言うと、第99階層攻略の為の装備のこと。

 この階層が高高度エリアだってことは天空城の資料室での調査で知ってたから、結構前から色々準備は進めていたんだけどね。


 第99階層に到達してから装備や道具、人員の手配に作戦の立案、戦闘の舞台である階層の調査を行い、私達『方舟(アーク)』を中心としたロック鳥討伐チームが攻略の為の準備を終え、やっと迎えた今日この日。


 なにしろ酸素が少なくて超低温って環境だから、調査の為にある程度の装備を整える必要があって時間がかかったし、『方舟(アーク)』自体も実働部隊のメンバーの代替わりがあったりして、安定するまで様子見たり色々ね……結局5年も経っている。


 随分時間を喰ってしまったけど、なにしろ討伐チーム全員の命がかかってるし、ここで失敗したら外の世界への人類進出にケチがついちゃう。

 この討伐戦は失敗出来ない戦いだもの、準備に手を抜く事はできなかった。

 すでに天空城の王からいずれこの地下世界は枯れて行くって知らされてる今、いくらすぐ動力が停止するわけじゃないって言われてたって、ここで足止めされてしまったら、先行きに不安を抱く人も多いだろう。

 『はじまりの地』が開放されてもすぐ外に皆が飛び出せるわけじゃない。

 街を作れる場所を見つけて周囲を探索したり、安全を確保するために危険な生物を討伐したり追い払ったり、水源の確保とかインフラ整備も必要だし、まともに街一つ作り上げるまでどれくらい時間がかかるかわからないんだから、こんなところで躓くわけにはいかないよ。


【ロック鳥、観測地点D通過。C地点方面へ飛翔中】


 耳当てに仕込まれた通信魔道具から、標的(ターゲット)の動向を告げる報告が入った。

 ロック鳥が棲家にしている大きな浮遊島に事前に潜入していた私達は、改めて自分の装備に確認の目を走らせる。

 緊張感に身を引き締まった。


 これまでの入念な行動調査通りであるなら、あの巨鳥は第96~98階層にある餌場で翼蛇や飛竜(ワイバーン)を捕まえ、このまま真っ直ぐ巣に戻ってくるはず。


 この浮遊島に潜んでいるのは、選りすぐりの上級冒険者が7パーティー53人。

 近くの浮遊島にも、あと21人ほどと、もう少し離れた場所にも大体同数、さらに昇降機付近にもそのくらいの人数が待機して出番を待っている。


【観測地点Cたった今ロック鳥通過しました。想定通りB地点へ向かってます】


 通信魔道具から次の報告が飛び込んだ。

 私の目にはちょっと前から見えてるけど、目のいい種類の獣人ならそろそろ白い巨鳥を空の青の中に視認できるはず。


『……ぅあー……緊張でシッコちびりそう』


 パーティー内通信でそんな情けない声を上げたのは、ベルンハルトjr.だ。

 魔法の才にも剣の才にも恵まれてる上、顔まで良いナイスガイの癖にショボい発言をする彼は、10年ちょっと前から『方舟(アーク)』のメンバーに加わったリエンヌの息子。

 ……なんかさぁ、わたし、この子みるたびに時の流れを感じるよ。

 あのちっちゃくて可愛かったベルン君が、今や同じパーティーの魔剣士だよ?

 ベルン君、もう今年29歳になるんだってさ。信じらんない。


『情けないこと言ってっとテメェ、リエンヌにチクってやっぞション垂れが』


 見た目だけは半白頭のダンディになったけど、相変わらず口の悪いアーセルがベルン君の背中を軽く小突いた。


『うぇえ、母ちゃん怖えぇ。……師匠~ご勘弁』


 こづかれて大げさによろけるベルン君の姿を見たモニカとルチアが一瞬目を見かわし、二人同時に左右に首を振る。


『アーセルさんも、ベルン先輩も』

『黙ってれば素敵なのに』

『ねー?』

『ねー!』

 

 彼女達は、5年前に第99階層の調査を始めた頃パーティー入りした双子の狩人(レンジャー)

 今現在、『方舟(アーク)』はアーセルとジルと私、それからベルンハルトjr.にモニカとルチアの6人体制になっている。

 ウォレスとドギーは、もういない。

 あ、生きてるからね二人とも。冒険者は引退したけど。

 だってね、私だってもう、51歳になったんだよ。……見た目、17歳のまんま止まってるけど。

 同世代のドギーとか、二つ年上のウォレスが引退してもおかしい年齢じゃないんだよ。


 ウォレスは働き者の奥さんと冒険者御用達の宿……って言うか、下宿を経営しながら『方舟(アーク)』のバックアップ要員として動いてくれているし、ドギーは冒険者ギルドでレンジャー技能の講師として後進の育成に励んでて、モニカとルチアはそんなドギーの直弟子。

 現在、盾役(タンク)不在の『方舟(アーク)』だけど、猫人である彼女らの素早くて息の合った連携による攪乱とヘイト管理があるから、問題なくパーティーは成立していられる。

 陽動とか索敵とか攻撃的回避盾とか、マルチに兼任してくれてる二人の才能は本当に素晴らしい。


【ロック鳥、B地点通過。戦闘予定地A、作戦準備態勢確認願います】


 全体通信の連絡が入ると、レイドのリーダーである『方舟(アーク)』を代表してアーセルが


【おう、了解(ラジャー)


 の返事を返した。


【よっしゃ、気合い入れろよォ───メイ、頼むぞ』


 前半、全体通信。

 後半パーティー通信に切り替えての声掛けに、私は透明な風防の中に溜息を吐いた。

 段取りでは巣に戻って来たロック鳥を私の魔法で捕縛することになっている……んだけど、嫌だなぁ……。


『……ねえ、本当に呪文のトコ、全体通信入れてないと駄目なの? パーティ内通信じゃダメ?』


 すごく気がのらない。

 と言うか、はっきりと気が進まない。


『……ったりめーだろ。呪文聞こえてなけりゃどうやって発動タイミング取れんだよ』


 分かってるんだけどね。

 ……わかってるんだけど、ああ……嫌だなぁ。


 私のすぐ隣りで会話に加わらず黙っていたジルが、"諦めろ"と言う目で私をチラ見した。


『奥の手の呪文知られるの嫌だってのは分かるけどさぁ、どうせあの魔法……メイ姉ちゃんにしか使えないんだし、いいじゃん?』


 見た目年齢とっくの昔に私を追い越してるのに、未だ私をメイ姉ちゃん呼ばわりしてくれてるベルン君が、パーティー内通信でそんなことを言って来た。

 うん、呪文、聞かれたくないよ。

 でもね、私が嫌がっているのは、ベルン君が考えてる理由とは全然違ってるんだよ。


『……来た』

『メイさん』


 マイナス270度の低温と薄い空気をものともせずに飛来するロック鳥が減速の為に大きく広げた翼で陽光が遮られ、視界が陰った。

 空気の薄いこの場所で、こんな巨体を浮かせる揚力をどうやって得られているのか、不思議。

 っていうか、こんな巨体で羽ばたける筋肉とか骨の密度とかどうなってんだろ。

 ……今そんなことを考えている場合じゃないけど。


 巨大な翼蛇を趾に掴んだまま、バサバサと羽ばたいて巣の中へと落ち着いた巨鳥を見ながら、私はすっくと立ちあがって魔導杖を構えた。

巣の中からは、軽自動車サイズの嘴で翼蛇の肉を鱗ごとバリバリと毟る音が聞こえ始めている。


 ああもう……本当に本気で嫌なんだけどなぁ……。


 でも、そもそもこの作戦は最初から私の魔法有りきで組まれてて、どう考えても他の方法を使うよりもそれが一番安全で確実だったから、これは私の我が侭なんだと理解している。


 はぁ~……っと、胸の中に再び深いため息。

 今から私が使うのは、金色の王様から下賜された『虚ろ(?)の魔導書』の中でも最大級の魔法だ。


 そう……あの『虚ろ(?)の魔導書』だよ?

 地球時代の私の中二病全盛期、寝入る前の最高にヤバイテンションで酔っぱらったように綴った"自分が考えた最高にカッコいい呪文集"と言う、黒い歴史が凝縮した私にとって呪いでしかない、あの(・・)キャンパスノート。


 中二の病が癒えた後、冷静になって読み返すのがあれほど辛いものがあるなんて、思わなかった……。

 当時の自分にとって痺れるほどカッコよかったワードをあちこちから引用し(パクっ)てこね回し、もったいぶって並べたてた呪文と、その呪文による魔法効果やそれによって現れるエフェクトの解説付き。


 あれをホントの魔導書に仕立てるって……どうなのよ!?

 いや、だってさ、あれの内容が真面目に解説通り発動するんだよ?

 確かにすごい威力だし、ふつうに出回ってる魔導書とは全く別次元の威力で別次元の効果が見込めるって言うんだから、使わない手はないのも分かってる。


 他の人には使えない私専用の魔法。

 魔導の才……って言うか、魔導発現用ナノマシンを父親から引き継いだ魔力持ちのベルン君が実際に試してみてたけど、魔導書の魔法は発動しなかった。

 『虚ろ(?)の魔導書』の中の魔法は特別製で、他の人のモノより性能が高い私の魔導発現用ナノマシンじゃなきゃ出力的に無理な上、体内のナノマシン内部に直接インプットされてる魔法なんだと、ジルが教えてくれた。

 私が作った私だけの魔導書……か。

 ロマンだとは思うんだけどね。

 でもあれ、他の魔法と違って詠唱破棄とか短縮とか効かないの。


 詠唱は浪漫だって過去世の私は思ってた。

 今は大人になったから、そんなことは思わない。

 実用性高い方がいいんだもん。短縮に詠唱破棄が楽に決まってる。

 そういう風に改良することも出来るってジルに言われたけど、そのためには体内にあるナノマシンのコア部分を取り出さなきゃならないんだって。

 魔導発現用ナノマシンはジルみたいな自律的運動機能はないから、汁になって勝手に出て来てくれるような物じゃないし、取り出しには手術が必要。

 頭部付近を入れた大手術ともなると、それなりの期間を私は治療用水槽(キュアポッド)内で過ごさなきゃならなくなってしまう。

 私、溶液でふやけてアレルギー起こす危険があるから、治療用水槽の中に入りたくない。

 大怪我した時に入れなくなってる可能性を考えたら、詠唱が嫌だからって手術するのは馬鹿だよねぇ。


『ああ……嫌だぁ』


 パーティ内通信でボヤキつつ、私は構えた杖の先を軽くリズムを取るように揺らし、すでにノート無しで暗唱できるほどしっかり記憶してる呪文を脳裏に思い浮かべていた。


 中学時代に作成した架空の魔導書の呪文を唱えるのって、小学生の頃に書いた作文を大人になって朗読させられるのとは段違いの恥ずかしさだよ。

 だいたい後者は人前で読むことを前提として書いてるけど、前者の魔導書は完全にそういった視点を無視して、自分の為だけに書いているものなんだもん。

 そんなすっごい変な呪文じゃないよ?

 でも恥ずかしいもんなんだよね、これ……。

 百歩とか千歩譲ってパーティーメンバーに聞かれるのはなんとか耐えられるけど、そうじゃない大勢の人間に対して黒歴史ノート朗読発表会って、一体どんな罰ゲームなんだろ。

 ……私、前世でそんな罰があたるような悪いこと、したの??


『ああ……恥ずかしくて、いたたまれない……』


 往生際悪く最後のボヤキを一つ。

 極寒の中にあって意志とは関係なく赤く染まっていく頬と、羞恥で潤む目で暢気にバリバリ餌を食むロック鳥を睨み付けながら、私は唇に呪文をのせた。


【……其れは星のまたたき、その明滅の刹那。闇神と光神、二柱の神の目の届かぬ瞬きの間、夜でもなく昼でもなく薄明、黄昏の時ですらない瞬間の、"無"と言う名の隙を盗み私は命ずる。創造でも破壊でもない純全たる混沌よ、深淵なる次元の狭間を渡りて我のもとに顕現せよ。蠢く不定形の軛となりて我が敵、白き巨鳥を絡め取れ。いあ いあ 混沌たる古き神性、ニョグタ!】


 どっから「いあ いあ」出て来たんだとか、結局これってニョグタ呼んでんの!?

 とか、ツッコミを入れてはいけない。

 きっとこれ考えた当時、私はクトゥルフ神話にハマってたんだよ。中学生当時なんだもん……どうせそんな薄っぺらい理由でしかない。


 詠唱の終了と同時、枝……と言っても人間の腕とか脚ほども太いそれを集めて作られたロック鳥の巣の下に、虹色を帯びた黒い波紋が幾重も連なり広がった。

 瞬間瞬間に虹の虹彩が躍る黒い沼は、瞬く間に巣を半分その中へと沈め、異変に気づいたロック鳥が翼蛇の肉から嘴を離し、巣もろともに自分までを飲み込もうとする得体の知れない何かから逃れようとその翼を広げた時には、怪しく蠢き波打つ沼の表面から這い出した幾つもの触手のような物が、真っ白な巨鳥の胴体や脚へと何本も伸ばされていた。


 グギャァアアアアアアアアァ……!


 ロック鳥の叫びが鼓膜を震わせる。

 まるでタールのように粘性の高い触手が、ロック鳥の空への離脱を許さない。

 10本、20本と絡みついた触手の表面は、神々しいと言えるくらい幻想的な虹色の光が浮かんでた。

 でも、沼地の底からガスが気泡を作るみたいにボコボコと蠢く様は、鳥肌が立つほどおぞましい。


【拘束可能リミット、20分目安! 野郎ども、さっさと殴り込めェ! 戦闘開始だァアアァー……!!】


 アーセルの号令を合図に、浮遊島の岩陰に隠れていた冒険者達が一斉にロック鳥の巣に向かって駆けだした。

 地球の人間よりも優れた身体能力を生かし、彼らはそれぞれの得物を手にしたまま、巣の周囲に広がる不気味な沼地を飛び越して、巨大な白い鳥へとその武器をふるい出す。


【……外部に待機中の者どもよ、こちらへ来るがいい】


 それぞれの役割と持ってロック鳥のもとへと向かった皆とは別、魔導発動中でこの場を動けない私のガードに残ったジルが、戦闘人員のフォローと、いざと言う時の交代要員を浮遊島へ上陸させるため通信機を使った。

 

 片翼と両足、胴体……と、何本もの触手に絡め取られた白い鳥は、嘴となんとか動かせるもう一枚の翼を使って群がる冒険者達を払い落とそうとしている。

 私は魔法を維持するための集中力を切らさないよう注意しながら、奮闘する彼らの姿を見守った。


 時々ロック鳥に向かって赤い火炎弾や恐らく風魔法の一種だろう緑色の光の刃の魔法が飛び交った。

 白い光の尾を引いて振り回されるは、魔剣士であるベルン君の攻撃の軌跡だと思う。

 なんか、すごく……ライトセーバーっぽい。

 どっちかと言うと光のエフェクトはオマケで、実質的には振動剣(ヴェブロブレード)な効果の付与だけど。


 翼や振り回される嘴をかい潜り、冒険者達は激しい攻撃を繰り出しているけど、ロック鳥はあまりにも大き過ぎて目に見えるダメージはあまり与えられていないように見えた。

 辛うじて効いてるっぽいのは、ベルン君の魔法剣とか、羽毛の隙間をこの上なく上手に衝いて柔らかな部分を抉っているアーセルの剣くらいかも。

 他の人も健闘はしてると思う。

 ただ巨体と丈夫な羽毛が曲者で、刃物も魔法もよっぽどうまいこと当てないと有効打にはなりにくいみたい。


 まあ、長丁場になるだろうってことは分かってた。

 小さくてもいいから地道なダメージの蓄積が大物相手のレイド戦では肝要だって、過去世で見たネトゲのBBSに書いてあったはず。

 あと、大事なのは敵を自分の得意領域で戦わせないこと。

 ロック鳥の場合なら、飛翔中のあの鳥相手じゃ私達はどうにも出来ない。

 空に飛ばせないこと。それから、なるべく動けないようにすること。

 それを押えつつ、ひたすら叩く。


 ゲームのボス敵と違ってロック鳥は形態チェンジなんてしないし、HPゲージが一定数値以下になったからって特殊攻撃を仕掛けて来たり、謎の回復モードに切り替わったりもしないから、大事なのは本当にとことん地道さ。


「おっと……」


 通信装置を使わない生のジルの声が小さく耳を打った。

 暴れたロック鳥が自分の巣材を弾き飛ばしたのか、こっちに向かって一抱えはありそうな大きな枝が飛んで来たのを、ジルがステルスモードにした小ジルを使って弾き飛ばすのがチラリと見えた。

 わー……怖い。

 あんなの当たったら、死んじゃう。

 目顔で感謝をジルに伝えて、私は再び魔法の維持に集中しながらの状況確認に移った。


 もう混沌の不定形触手の拘束魔法を発動させてから、10分以上は経過しただろうか。

 頭の後ろの方から魔導杖を持つ右手にかけてがだるくてちょっと熱い。

 これは体内のナノマシンがフルパワーでエネルギーを発生させているせいなんだけど、限界まで強めた出力のせいで冷却の方にリソースをあまり割けないから、もう少し我慢しないと仕方ない。

 火傷するような熱さじゃないし、もう何分かは問題無し。


【15分経過。残り5分だ】


 戦況を見守りつつのジルの冷静な声が、全体通信で伝えられる。

 島外に待機していて戦闘中にこちらに上陸した人員が、彼の言葉に俄かにあわただしく動き出した。

 上陸時に運び込んでいた石弓やバリスタっぽい何かを使い、太い金属ワイヤーのついた矢尻をロック鳥の身体の上を飛び越すように何本もとばす。

 私の魔法が解けた後、このワイヤーで巨鳥の身体を拘束するのが目的だ。

 身体の大きな力自慢の冒険者達が数人がかり、向こう側からアチラ側コチラ側へと飛ばされた矢尻のワイヤーを大きな杭に通して結び、浮遊島の地面へと打ち付けて固定する。

 ロック鳥の頭部を細かな攻撃で牽制し、胴体や翼の付け根に攻撃を加えている冒険者に嘴での攻撃が行かないよう、ちょこまかと飛び回っていたモニカとルチアの姿が見えた。


 フォロー要員から受け取ったのか、いつのまにかモニカの手にはワイヤーロープの束が握られている。繰り出されたワイヤーの一端を持つのは、双子の妹であるルチア。

 不意にモニカの身体がこれまでより高い場所へと跳ね上がる。

 彼女は天駆の靴をドギーに借りて来てたから、たぶんその力を使ったんだと思う。


 しなやかでほっそりとしたモニカの身体は、まるで体操選手みたいにロック鳥の頭上できりもみ回転をすると、空中に作った足場を蹴って鋭く下降していった。

 たぶん5.0とか6.0とかそれくらいある私の視力は、モニカの手から離れたワイヤーが彼女の身体の動きと手首の返しで竜巻みたいな渦を巻き、ロック鳥の嘴にぐるぐると絡む場面を捉えている。

 なにあれ。

 身体は体操選手の動きで、ワイヤーロープは新体操のリボンの動きだとか、魔法よりも魔法っぽい。

 着地したモニカと交差する瞬間に、ルチアはモニカの持っていたもう一方のロープの端を素早い動きで固結びにした。


 バシッ……バシッ……と、上空に打ち上げられては巨鳥の身体の上を通過し、幾重にも張り巡らされて行く金属ワイヤー。

 私のすぐ傍でも、ワイヤーを括った杭が地面へと打ち付けられる槌音が響いている。

 5本、10本、15本……20本。

 私が魔法で出した混沌の触手の数を超え、行き交い張り巡らされる金属の綱。魔法と物理、両方で拘束されて身を低くするロック鳥の姿が、目に入った汗で滲んだ。


 うう……辛い。


 空に浮かぶ太陽を遮るものは何もないのに、周囲が急に薄暗くなる。


 ああ……辛い。


【魔法、切れっぞ。注意しろ……!】


 アーセルの声が耳あての中から頭に響いた。

 虹色を帯びていた粘液状の触手が急激に輝きを失って、ついでに輪郭までもを失って、どっかのアニメ映画に出て来た真っ黒なクロスケとかなんとかいう(すす)の妖怪さんみたいに、バラバラの粒子になって砕け散った。

 黒いつや消しな粒々は、消える前に一本のリボンみたいに連なって薄暗い空間の上空にうねり昇り、一つの文章を作ると、一瞬虹色に輝いてから消え去った。


 ───深淵をのぞく時、深淵もまたこちらを覗いている───


 なにこれ、意味わかんない。

 ……なんで私、こんなエフェクト希望したし。ニーチェ先生に謝れ自分。

 ああ……辛い。恥ずかしくて辛い……。


 黒歴史ノート朗読会に続き、極度の集中力を擁する状況の維持で疲れ切った私は、がっくりと力尽きて地面の上に座り込んだ。


『甘いものでも食え』


 小人の国のガリバーみたいに何十本ものワイヤーロープで身体の自由を拘束されたロック鳥が、引き続き激しい攻撃を受ている姿を眺めてた私の前、どこかで見た覚えがある菓子包みを持つジルの手が、グイッと突き出された。


 茶色の包装に赤い枠線が囲む白い面に、濃い青で書かれた"Snicke●s"の文字。

 地球時代、海外からたまに密輸で持ち込まれる禁断の激甘スイーツが、私の目の前にあった。

 チョコにピーナッツにキャラメルとヌガー……これでもかと高カロリーな素材が詰め込まれたソレは、ジルがこの日の為に用意したノア君研究施設(ラボ)謹製の復刻品。


 ……零下270度の環境で口にした●ニッカーズは、凍り付いていて固かった。

 食品と言うよりは、樹脂の棒。

 そりゃあ……そうなるよね。

 時々ジルは間抜けなことをする。

 私の顎はすごく丈夫だからなんとか齧って食べたけど、顎がすごく疲れて耳の下あたりの関節が痛い。

 顎関節症になったらどうしてくれるの。

 いや……甘くて美味しかったけど。


『……行けるか?』


 と、モグモグ口の中で激甘スイーツを咀嚼してる私に、ジルが問う。


『大丈夫』


 10分間の休憩後、私は再びさっきと同じ呪文で魔法を発動させた。

 血まみれのロック鳥が力の限り暴れるせいで、巣材が飛び散り怪我人がけっこう出てる。

 何人か浮遊島の外に落ちてしまった人もいるらしいけど、装備の中にはパラシュートもあるから失神してたり焦り過ぎさえしなければ、第95階層の水の上に浮かべた救助隊の船に助けられてる筈。

 周辺の浮遊島で待機してた補充人員の第二部隊が到着し、怪我人と疲労困憊した攻撃部隊の一部が入れ替わり、更にその後、昇降機付近待機の第三部隊も投入しつつ、私は途中で休憩を挟み挟み結局4回ほども黒歴史ノートの朗読をさせられた。




 相当数の軽症者とけっこうな人数の重症者を出し、分単位ではなく時間単位の長丁場の戦いを戦い抜き、その日私達は第99階層の解放を達成した。


 命掛けの……それも激しい戦闘の最中とあって、私の魔法の消滅時のエフェクトは最初ほとんどの人に気づれず流されていたんだけど、さすがに4度も同じ魔法を発動すればほとんどの人が気づいてしまった。


 50歳を過ぎてもまるきり十代の女の子の姿をしてる私はすでに"白魔女"と言う二つ名をもらってたけど、この日を境に討伐に参加した冒険者達から『混沌の白魔女』や『深淵の白い魔女』と言う新しい二つ名が広がって行くことになった。


 私が混沌じゃなくニョグタが混沌なのに。しかも私、深淵なんて覗いてないのに、なんで!?

 ビックリするほど中二くさい二つ名をつけられてすごく不本意だったけど、あのエフェクトじゃ仕方ないと諦め、私は涙を呑んだのだった……。


 やがて時が経ち、100歳を超えてなお小娘の姿のまま生きてる私は、なんて言うか……神格化? って言うのか、無病息災・ご長寿祈願の対象にされるようになってしまった。

 何されるかって言うと、迂闊に外で見つつかるとね……囲まれて頭を撫でられちゃうんだよ……。

 白い髪に左右色違いの目なんて目立つカラーリングしているから、目立ってすぐに見つけられちゃうのが辛い。

 頭を撫でてご利益あるとは思えないんだけど、それくらいはなんとか私も我慢する。

 でも下手すると、お守りにするからって髪の毛抜かれることもあるって酷くない?

 ふつー信仰してる対象に、そういうことするのかなぁと思うんだけど、どうなの……??


 なるべく下層階とか『はじまりの地』に出来てる街に長くは留まらないようにして、私はもっぱらノア君が作った世界を楽しむべく外を歩き回ることにした。

 ちょっとずつ、ちょっとずつ、行動領域を広げていく。


 ドギーが逝き、リエンヌも逝き、アーセル……ウォレス……それから、ベルン君とも別れを迎えた。

 新しい子が『方舟(アーク)』のメンバーに入り、引退して、いなくなって、また違う子が入って……。

 別れはいつも辛いけど、新しい出会いがあって日々冒険があった。

 淋しくなった時には眠っているノア君に逢いに行き、寝顔を眺めて癒される。


 悲しいこととか悩みとか、なんか冒険者ギルドのマスターの座を押し付けられてしまったりとか、困った事もいっぱいあるけど、人生は楽しいねっていまだに思えてる。

 目覚めたノア君と再会出来たら、真っ先に好きだって伝えたいし、それに、お……お付き合いしてって、そう言うつもり。


 ノア君が眠りについて99年と少し。

 待ってる間の100年もあっと言う間だったから、ノア君と一緒に生きる100年もきっとあっと言う間に過ぎてくと思う。

 デートしたり、手を繋いじゃったり、きす……キスっ……とか、しちゃったり。

 わー……っ。

 それ以上なんて考えるとか、無理!

 は、恥ずかしい。照れるっ!


 いたたまれないような恥ずかしい未来を想像しながら過ごす99年目のある日、ジルが唐突に私に言った。


「五日後に、マスター・ノアが目を覚ますぞ」


 と。


 『はじまりの地』第一大陸東南の森にある湖での、水龍馬の群れとの戦闘の最中(さなか)

 私はこのまま戦いを見守るはずだった『方舟(アーク)』の下部パーティーの戦闘を速やかに終わらせるべく、魔導杖をスラリと掴んで黒歴史ノートの中身の朗読を始めた。

 恥ずかしいけど仕方がない。

 だってノア君だし……と、心の中に呟きながら。


 深淵の白魔女は詠唱する。

 いたたまれない痛い過去の黒い歴史を。

 いたたまれないほど幸せな未来を想いながら……。






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