ご長寿への道-2
リエンヌの結婚式に出た。
式と言っても内輪でのお祝い会で、人前式と言うのか列席者の前で二人の愛を誓う形式だった。
アーセルは会の間中、ふだんにはないほどの笑顔で祝福の言葉を繰り返しながら飲みまくって、最後は潰れてウォレスに担がれての退場となった。
彼は、すごく頑張ったと思う。
今は辛いだろうけど、いつか、また誰かを好きになれるといいね……って思った。
そして、ちゃんとその子に好きだと伝えられるといいね。その子もアーセルのこと、好きになってくれるといいよね。
……うん、そうなるといい。
そんなこんなで日々は過ぎてく。
私達は第32階層まで攻略を進め、第33階層の情報収集と準備をしながら訓練をしたり、休みの日には休んだり遊んだり。
時には息抜きも大事だから。
私はまあ……時間さえあればたいていノア君のトコロへ出かけてたんだけど、最近は出かけ先にリエンヌの家って言う選択肢も頻繁に入れていた。
幸い彼女の嫁ぎ先は引退前にたっぷり稼いだ人だから、お腹が大きくなってるリエンヌの為にベルンハルトさんは手伝いの人を雇ってくれて、子供の生まれる準備をしながらも彼女には暇があるみたいで、時間がある時にはぜひ遊びに来て欲しいって。
時々ドギーとか、ウォレスも一緒に行くし、たま~にだけどアーセルが顔を出す事もあった。
会いに行くたびリエンヌのお腹は大きくなって行って、その内に見ていてお腹の形が変わってくのが分かるくらい赤ちゃんが動き回るようになって、第33階層の探索で数日の間出かけて、帰ってきたら男の子が生まれてた。
リエンヌは、ベルンハルトJr.のママになった。
時間は、止まることが無い。
当たり前の話だけど、本当にそう思う。
ふにゃふにゃで首の座らない赤ちゃんだったベルンハルトJr.は、やがて自力で寝返りを打つようになって、腹ばいで動き回ったかと思ったら、つかまり立ちが出来るようになってた。
もう直ぐ乳児からヨチヨチ歩きの幼児になって、そのうちにその辺を走り回って遊ぶ子供に育つ。
私はそれを見てるうちに、なんだか怖くなっていった。
時間は止まらない。
人は育つし、人は老いる。
まだ元気なベルンハルトさんだけど、初めて会った時よりも老いて行ってるのは確かで……私は、本当に自分はノア君の事をちゃんと待っていてあげられるのかと、すごく不安な気持ちになった。
もちろん、ちゃんと待ってるつもりではいるんだよ。
でも、どうしても不安になる。
リエンヌは前とは違う。天然美人の可愛い系お色気キャラだったのが、今はおっとり系美人ママになってる。
鏡の中の自分の顔は、あまり前と違いはないように見えているけど、こういうのって毎日見てても変化が分かるものなのかな?
一年前の自分の顔なんて、ちょっと思い出せないもん。
あ、ノア君の顔なら思い出せるよ?
でも、自分の顔はね……わからない。そー言うものでしょ?
やっぱり出来れば若いまんまでノア君のこと待っていたいと思うんだよ。
もしご長寿さんになれなかった時には……それでも出来るかぎり生きて待ってるつもり。
ううん、絶対生きて待ってる。
石にかじりついてでもって言葉があるけど、石に齧りつけば長生き出来るなら私、齧りつくよ。歯が砕けようが何しようが、モグモグって石を咀嚼したっていい。
目覚めたノア君に逢いたい。
逢って、好きだって伝えるんだ。
伝えたいんだ……。
真夜中に暗い方向に行った思考って、どうしてあんなに修正が難しいんだろう?
どうにも悪い方向にばっかり考えが行っちゃって、涙がダラダラ出た。
泣きすぎて頭が痛い。
瞼は腫れぼったいし、顔は熱いし、どうせこのまま横になってても碌な考えにはならないだろうって分かってたから、私は気分転換がてら冷たい水で顔でも洗おうと、自分の部屋を抜け出して階下に向かった。
いま私は……って言うか、私達『方舟』は、住まいにしてた宿屋を出て一軒家の借家を借りて住んでいる。
宿屋を追い出されたわけじゃないよ。
階層攻略の為に必要な装備とか道具がね、すごーく増えすぎて来ちゃったんだよね。
そしてこれからも増えてくのがわかってるし、いつまでも駆け出し冒険者向けの安価な宿の部屋を塞いでるのも後進の迷惑だろうし、住んでた宿の近くで借家を借りて、とりあえず今はパーティーの本拠地購入資金を貯めてるところ。
道具と装備購入資金については天空城で試算してたけど、それをどこに置くかとか考えてなかったのはミスだった。
このせいで予定より階層攻略すすめるのに時間を喰う事になりそうな予感。
まあ……安全第一がモットーだから、構わないんだけど。
で、私が自室として使わせてもらってる部屋から一階の水場に降りて行ったら、そこでジルと会った。
「なんだ、泣いているのか」
「……泣くぐらいするよ、人間だもの」
微妙に"みつを"調になった返事を返しつつ、真夜中の水場でジルと出会う確率について考えてみた。
確率は……100%
ジルは人間じゃないから眠らない。
この頃だと絶対あり得ないことだと思ってるらしいけど、万が一、一緒に住んでる男性陣と何かあったらイカンとか言って、たぶんジルは私の動きを常時チェックしてる。
だから、真夜中にふらふら男子部屋のある一階に降りて来た私とのエンカウント率は100%……。
もともとずっと私のことストーキングしてたの知ってるし、ノア君が心配してるからだってその理由も分かってるから、いいんだけどね。
それに、今は真夜中の鬱ループ思考から抜け出すのに誰かと話をするのも有効だと思えるから、許す。
冷たい水で顔をバシャバシャと洗い、ついでにコップ一杯のお水を飲んだ。振り向くとジルが壁に寄りかかって待っていたから、私はジルに聞いてみた。
「私、ノア君まってられると思う?」
と。
今まで怖い答えが返って来そうで訊けなかった質問だけど、きっとどこかで肚をくくる必要があるんだから、それが今であったも構わないだろう。
リエンヌのとこの赤ちゃんは可愛いし、きっとノア君の遺伝子を貰って私が産む子供だって可愛い筈だ。
って言うか、確実に可愛い。
今すぐには産まないけど、ギリギリを見極めて産める時に産んでおかないと……とか思っていたら
「……いい機会だ、調べてやろうか?」
そうジルが言って来た。
またどうせ、前みたいに"わからん"とか返されるだろうと思ってたのに、ちょっと想定と違う答えが返って来て、私は思わずパシパシと瞬きをした。
「いい機会なの?」
「少し前から気になっていた事があるのだ」
「え? なに!? なんか気になってることあったんなら、その時に言ってよ……っ」
「マスターの一人であるお前の事を調べるには、お前本人の許可がいるんだ」
「だから、そんな話自体聞いてないし」
「今言っただろうが」
「今でしょ!?」
「今だな」
話になんない……。
まあ、確実にさっきまでの鬱っとした空気は無くなってくれたけど。
「調べるから、細胞をよこせ」
言われて私は途方くれる。
細胞が必要なら持って行っていいよ?
でも、細胞をよこせって言われて普通の人は、どうやって細胞を渡すもんなの?
指でも一本ちぎって渡せばいい?
そんなにいらないかな?
ほっぺの内側でも齧り切って渡すべき?
「……必要なら、持って行っていいけど……」
どうればいいのか分からず棒立ちの私の前に、ジルがポケットから密閉容器に入った綿棒を差し出して来た。何時からそれ持ってたの?
頬の肉は要らないけど、頬の内側の細胞は要るらしい。
あと、髪の毛を一本プチっと毛根ごと不意打ちに毟られる。
髪の毛毟るならそう言ってから毟ってよ……と、涙目でジルを睨みつけたら、ジルの口から銀色の汁が出てた。
「わぁ……!」
本体、久しぶりに見た。
中身がコレだって分かってるんだけど、急に出されるとビックリするから出す時は出しますよって言ってから出して貰いたいんだけど……。
ノア君パパボディの中のジルは、汁の一部だけを口から出して小さな銀色の球体を拵えると、たった今私から採取した細胞を球体の中に沈めた。
私の見る前で銀色の小ジルは真夜中の戸外へと音もなく消えて行った。
「第一階層から直通通路で地下研究設備に向かった。結果はすぐに出る」
「直通通路なんてあるの? ちょっと……だったらなんで私、いっつも第99階層から外に出て地下に行かされてるの???」
「お前の身体が拳大ならば通れる通路だ」
「あ……そうなんだ。えーと、で、結果って何の結果?」
「お前の現在の遺伝子の状況だ。……おい、そこに真っ直ぐ立つがいい」
ノア君に似てるけど、彼より少し人相の悪いノア君パパボディのジルの目が、黒に近い焦げ茶色から中の本体の銀色に変わっていた。
なんだか良く分からないけど言われるまま、私はその場で気をつけの姿勢をとった。
「立ったけど、何するの?」
「身長体重その他各種身体データ、骨格等まで走査測定する」
「え、ちょっと、個人情報とかプライバシー的な何かはどうなってるのそれ?」
「守秘義務があるので他言はしない───終わったぞ。……うむ、やはり変わっておらん」
「え? 体重?」
「体重は走査せずとも目視で先月より1.2㎏増加していると知っていた」
「わぁああ! なんでそんなの見ただけで分かるとか」
って言うかジル、そんなのチェックしてるって酷くない?
今月はリエンヌのとこ遊びに行って、すこーしだけ甘いもの食べ過ぎたけど、これきっと筋肉の分もあると思うの。
最近、ドギーと一緒にずっと弓の練習してるから、腕とか胸とか背中とかの筋肉がね?
「身長は最大で1.25cmばかり日によって違いが出ているが、それは関節部分の伸び縮みで誤差の範囲内。問題は……だ。体骨格各部位が、全く変化無しと言う部分だ。大腿骨、脛骨、尺骨……軟骨部分に成長の余地が僅かばかりはありそうなのに、変化が見られない」
「今度は身長のはなし? お母さんもお父さんも二十歳過ぎるまではちょっとずつ伸びてたって言ってたのに、私、全然変わらないんだよね。前はドギーと同じくらいだったのに、気がついたら追い越されちゃってたし……。軟骨に成長の余地って、伸びる可能性あるってこと?」
変化が無いにしてもその余地はあるって言うなら、まだ希望は捨てられない。
だいたいこの世界の人達って、背が高い人が多いんだもん。アーセルだってウォレスだって大きいし、リエンヌだってボンキュッボンの長身美女だもんね。
日本では平均身長からちょっとだけ差し引いた程度だったのに、ここじゃ私、完全に"チビ"扱いだよ。
うう……背の話もそうだけど、胸部装甲も全っ然厚みが増えないんだよね。
お母さんは私を産む頃まで年々胸は大きくなってたって言ってたけど、私のはボリュームが増えているように見えないんだもん、泣けてくる。
「───いや、無いな。とりあえず今のところは、完全に無い」
「……え!?」
なに、今までジル、そんな断定口調ってあんまり使わなかったんじゃないの?
「胸は!?」
「? 骨格的には胸囲にも変化はないぞ」
違う。骨じゃなくて肉の話だ!
「喜べ。マスター・明花」
と、ジルが言った。
「お前は既に、常命の殻を破っている」
へ?
「だいたい判断材料が目視だけではあったが、変化が無くておかしいとは思っていたのだ」
え? え? なに?
「お前はマスター・ノアが培養槽からゴールディロックス階層世界に放った時から、あまりにも変わらなさすぎる。こうして走査してみれば、骨格的に骨端線に成長の余地が見られるにもかかわらず、数値的にはほぼ培養槽から出した時のまま動きが無い」
えーと?
確かに私の背は孤児院にいた時から変わらない。
ってか、地球での私の死亡時とたぶん同じ。
でも本当は伸びる余地があるからちょっとは伸びてもおかしくないのに、大きくなっていないのはおかしいよねーって、そういうこと?
ええと、で?
それって、どういうことなの??
「たった今、遺伝子検査の結果が出たのだ。お前の身体の老化は完全に止まっている」
は?
え?
「数値的に見て老化が停止したのは、恐らく培養槽から出て2か月以内のことだろう」
なんか、頭の中に疑問符が乱舞して現実の音が聴き取りにくいんだけど、ってことは何?
私ってば、ノア君に再会する二年近くも前からご長寿さん確定だったって、そーゆーこと??
「一体どうなっているのだお前は。マスター・ノアをはっきり思い出したのは、天空城に訪れた時ではなかったのか!? 何がきっかけで常命の枠を逸脱することになったのか……意味が解らん」
ブツブツとジルが何か言ってるけど、そんなの分かりきったことだよ。
確かに私、天空城に招待されてあの日初めてノア君って大好きな人の名前とか姿を思い出したけど、その前からずっと大好きな幼馴染がいたってことは思い出していたんだもん。
ずっと前、ジル言ってたじゃない。
長命になる人って、餓えにも似た希求を持ってる人が多いって。
芸術家とか研究者とか哲学者とか、とにかく自分の中や外の世界に追い求めたい何かがあって、それを突き詰める気持ちがあるうちはずっと長く生きてくんだって話。
「……じゃあ、私、ノア君のこと、待っていてあげられるんだ」
現実味も無くぼんやり呟く私に、ジルは自分の頭に手をやって軽く左右に首を振りながら肯定の言葉を返して来た。
「そう言う事になるな。……まあ、だが、それもおまえの気持ちが揺ぎ無くマスター・ノアにある限りは……だが」
希求心が無くなってしまえば、私の時はまた進み始める。
うん、分かってる。でも
「大丈夫。……あ~……なんか、嬉しい。これで安心してノア君を好きでいられる感じ?」
もしもの時には子供産まなきゃとか考えず、ただ真っ直ぐ大好きだーって思ってられるのって、幸せかも。
「締まりのない顔だな」
「うん」
「お前は……まったく意味の分からないヤツだ」
「ウフフー……私の半分はノア君への愛で出来てるってだけの話だよー」
自分でもどうかと思うくらいにニヤニヤ緩む頬を押え、私はじわじわと溢れて来る喜びを噛みしめていた。
嬉しい。
本当に嬉しい。
私はノア君が知ってる私のまんま、彼に大好きだって伝える事が出来るんだ。ノア君は優しいから嫌な顔なんかしないだろうけど、死にかけのおばあさんに好きだからお付き合いしてって言われたら、困っちゃうでしょ。
「やはり意味がわからんが……マスター・明花。せいぜい長生きするがいい」
そう、ジルが言った。
「うん、長生きする」
と答えて、私はニヤニヤ笑いながら自室に戻るとベッドに潜り込み、目を閉じた。
眠り際、老化が止まるってことは成長も止まるってことで、私の胸部装甲はこれ以上の成長を見込めないのではないかとの事実に気がづいて愕然としたけど、きっとそれは些細な事だ。
……ノア君は私のこの変なカラーリングも可愛いと言ってくれたんだから、ささやかな胸部についても文字通り"可愛い"と思ってくれているに違いない。
そうであって欲しいと願う。
それから数日の間、ジルには時々
「やはり意味が解らん……お前の頭は異常だ」
とか、失礼なことを言われ続けたけれど、私は元気です。
ずっとずっと、元気でこの世界に生き続けます。




