ヘタレ剣士と天然兎の初恋物語
しばらく前からなんとなし、リエンヌ綺麗になったなーとは思ってた。
もともと彼女は美人で、それもお化粧とか全くしてない創作美女要素の無い混じり気無し100%天然の美人だったんだよ。
それが、ちょっとだけお化粧をするようになったのが、ジルが『方舟』に入って1~2か月経った頃。
ああ、ええと、この話にジルは関係ないんだけど、そのくらいの時期って話。
彼女が『方舟』を抜けたいと言い出したのは、私がノア君と再会してから1年くらいのことだった。
あの頃の私達と言えば、第29階層を中心にその前後の階層を行き来して資金を貯めつつ、天空城の資料室で得た情報や周囲の先輩冒険者達から第30階層以降の階についてお話を聞いて、装備とか道具とか、今後の活動で必要な品物を揃えたり、必要と思われる技能を磨いたり、上層へのアタックを意識しながらの準備期間みたいな時だった。
で、次は第31階層にちょっとだけ様子見に行こうかって相談をしてる時に、リエンヌが唐突に皆に向けて頭を下げながら、自分はもう階層攻略に行くことは出来ない。急にこんな勝手を言い出して本当に申し訳ないけれど、パーティーから抜けると言い出した。
「ごめんね……本当にごめんねェ……。だけど、もうあたし、みんなと一緒に行くことは出来なくなったのぉ」
もしも彼女に土下座文化が根付いていたなら、きっとリエンヌは土下座までしてたと思う。
本当に申し訳なさそうに、でも、何か凄い決意がみなぎる不退転の様子での脱退宣言に、一体どうしたのかと尋ねた私達に返されたのが
「あたし、好きな人の赤ちゃんが出来たのぉ。その人の子を無事に産んで育てなきゃいけないから……」
との言葉で……。
アーセルが椅子から半分立ち上がった姿勢、両手をリエンヌに伸ばした状態で固まっていた。
瞬きもせずに半開きの口で言葉もなく動きもしない彼の前に手をヒラヒラとかざしたけど、反応が無い。
もしかしたら失神でもしてたのかもしれない。
名前を呼んでも動かないから、仕方なく放置した。
「これからって時だって分かってたのに、こんなことになっちゃってごめんねぇ……本当にごめんなさい」
アーセル程ではないにしろ半失神と言うか、頭の中が真っ白というか、突然のことに機能停止状態だったけど、リエンヌが綺麗な顔をクシャクシャにして涙を流し始めたのを見て、やっと私はに返ることが出来た。
だって、リエンヌお腹に赤ちゃんがいるって言ったよね?
妊婦さん、こんな風に泣かせっぱなしにしちゃだめでしょ。
そりゃあ確かに、これから本腰入れて階層攻略だってはりきってる時に、急にどうしてって気持ちが無いわけじゃない。けど、冒険と赤ちゃんなら赤ちゃん優先に決まってる。
立ち上がって彼女の背中に腕を回す。本当は肩を抱こうとしたけど、それをしたら私が彼女にぶら下がるみたいになっちゃって無理だった……。
「大丈夫だよリエンヌ……泣かないで。みんな怒ってないから、ね? それより、ママになるんだね。おめでとう。ほら、みんなもおめでとうって言ってるよ」
私がドギーやウォレスに目を向けると、二人はカクンカクンと首を縦に振った。ついでにジルも私ににらまれワンテンポ遅れで一つ頷く。
アーセルは……まだ全然固まったままだから、とりあえずスルー。
「ほら……ね。だから落ち着いて部屋で少し休もうよ。───とりあえず私、リエンヌに部屋で話を聞いてくるね」
私は皆に目でアーセルのことを頼むと伝えるとリエンヌを連れて、私とリエンヌ借りてる部屋に向かった。
うん……えーと、いきなりの事で驚いちゃったけど、若い男女の組んでるパーティーなんだから、メンバーの結婚出産は追々あるんだろうなーって一応想定してたんだし、赤ちゃん大事これ絶対。
きれい事で言ってるんじゃなくね、ゴールディロックス階層世界って地球よりも出生率が低いんだもん。
本当に赤ちゃんは大事なの。
これはジルに聞いた話だけど、この世界は怪我してもそう簡単に死なない治療設備がある。それから、ノア君が遺伝子の操作をして感染性の病気になりにくいように人間自体が作られてる。
それ以外の病気はあるけど、怪我と感染症に強いってけっこう影響が大きくて、剣と魔法と冒険の世界の割にはここ、実は人が死ぬことが多くなかったりするんだよ。
でも第100階層以下の地下部分って人間の生活圏ってそう広く無くて、下手に人口が増えると大変な事になっちゃうでしょ?
だから、下層階を生活圏にしている間は子供が出来る率が低くなるように調整されてるらしい。
なんか外の太陽光にあたると徐々に出生率が高まるとかなんとか言ってたけど、とにかく、ここでは子供ってなかなか出来ないものだから、本当にお腹に赤ちゃんがいるママは大事にしないと。
アーセルのあの様子だと、絶対あれがお腹の子の父親のわけがないよね。
ってか、アーセル、未だにリエンヌに好きだって言えてないんだから、始めからその可能性はゼロ。
彼女の相手は一体誰なのかって、すごく不思議だった。
いや……あのね、アーセルったらヘタレの癖に、リエンヌの周りに寄ってくる男の人達をすっごく牽制するんだよ。
牽制ってより蹴散らして排除。
どこに彼女の出会いがあったんだろう?
この頃は第30階層以降の攻略目指して情報収集に力を入れてたけど、それだってリエンヌにちょっかいかけて来そうな年齢層の冒険者には近づけないで、彼女が話を聞きに行くのってもっぱら冒険者を引退した冒険者サークル『燃えよぬれ落ち葉』とかだったのに……と、内心首を傾げていたのだけど───そこにいた。
誰って、リエンヌの彼氏。
ってか、そのサークルの最高齢、元『永遠の剣』の魔導士として超有名な二つ名持ち、終焉の炎爆華ベルンハルトさんが、リエンヌのお腹の子供のお父さんだった。
顎が外れるかと思ったよ。
ベルンハルトさん、いま何歳なの?
確か前にちょっと計算してみた限りだと、100歳越えていなかった!?
いや、実際は治療用水槽で過ごした年数老化してないってのは知ってるよ。でも、その分を差し引くとしてもご老人な年齢じゃないの???
わー歳の差カップルだ!
すごい年の差カップルだ!
信じられない、いくら何でも年齢の差が開きすぎじゃない……って、あれ?
なんか自分の頭にブーメランが刺さった気がする……ノア君って今一体幾つになるんだろう……。
と……歳の差くらい、あってもいいんじゃない?
そこに愛があるのなら……うん、いいと思う。
ただちょっと気にはなる。
いくら実際肉体とかは100歳越えたよぼよぼのお爺ちゃんではないにしても、そんな年齢の人が娘どころか孫……ひ孫!? ほども離れた若い子に……なんて言うか、秋波を送るってどうなんだろう……どういうつもりなんだろう。
と思ったら、ベルンハルトさんを好きになったのはリエンヌからで、好きだと自覚してからはもう逃げ場を塞ぐ勢いでグイグイ押して行ったのだとか。
独居老人であるベルンハルトさんの家に押し掛けて、ほとんど通い妻状態。
同じ部屋で暮らしてるのに、私、全然気が付かなかった……。
引退冒険者サークル関係はほぼリエンヌに任せっぱなしだった。
彼女も夜にはきちんとこの部屋に戻ってたし、それに休みの日とかちょっと時間が空くと私、天空城へ行くってノア君のところに出かけてたから、同居してる友達が誰かに恋してるってことすら気づかなかった。
最初の頃は有名冒険者であるベルンハルトさんに会いたくて、ドギーやアーセルなんかも一緒に行ってたんだよ。けど、他のご老人の話を聞くのが面倒になったらしいドギーや、老人ばかりならリエンヌに悪い虫(?)が付くことはないだろうと安心したアーセルは、その内ほかの先輩冒険者からの情報収集に向かうようになってたんだよね。
「……なんかごめんね、リエンヌ。私……このところ全然周りの事ちゃんと見えてなかったみたい。相談したいと思った時だってあったでしょ?」
私がもう少ししっかりしてれば、こんな風に彼女が泣きながら一人で脱退をみんなに告げるなんてことにはならなかったかもしれないのに。
同性の仲間は私だけだったのに……と、不甲斐ない自分に凹みつつ詫びる私に、リエンヌは頭を左右に振って小さく笑った。
「メイもあたしと同じよぅ。天空城の王様なんてとんでもない人が恋人になっちゃったら、すご~く大変でしょ? お城の人達、皆じゃないけどちょっと意地悪いな人もいるしねェ……。あたしより全然メイの方がキツそうだものぉ」
金色の王様は私の彼氏じゃないのだけど、ノア君の存在とか私との関係とかジルのこととか色々説明出来ないことが多すぎて、仕方ないから"そういうこと"にしてるんだけど、嘘がつらくてつい口をもごもごさせてしまう。
「リエンヌは、その……いま、辛くはないの?」
相手は高齢だし、どういった経緯でこう言うことになったのかはっきりしてない現状、突っ込んだことも聴き辛く、私は遠回しに現在の彼女の立ち位置に探りを入れた。
「……こんなこと言ったらメイとか皆にも怒られちゃうかもしれないけど……あたしね、すごぉく、幸せなの」
ベッドの縁に腰かけたリエンヌは自分のお腹の上に両手を置いて、それを優しく撫でながら微笑んだ。
「ベルンハルトさんね、とっても淋しい人なのよぉ……」
と、彼女が語り始めたところによれば、かの御仁は、冒険中に自爆じみた魔法によって大怪我をしては年単位での治療用水槽入りを繰り返すせいで、家庭を持つタイミングを何度も逸して来たらしい。
ああ……そうだよね。
下手すれば十年近くも治療用水槽の中で眠りっぱなしの恋人を待つのって、辛いもんね。
しかも何年も経って出て来た時には向うが年上だったはずなのに、自分だけ老けてるなんてありそう。
冒険野郎は生活を改めることもなく、また危険な探索に出かけて行くし、いつ同じことがおきるか分からないのに子供作って自分一人で育てるとか、辛すぎる。
……なんか、考えてたら涙出そう。
いや、私は全然ノア君待ってるけど。
ベルンハルトさんには家族がいない。
親兄弟なんてとっくに土に還ってるし、子供を産んでくれる人もいなかった。
ってか、結婚自体一度もしていないようだ。
冒険話を聞く傍ら雑談の中でそんな情報を得て行ったリエンヌは、老魔導士の人生に同情を覚え、やがてその同情が恋愛感情へと変わって行った……そういうことだったみたい。
「彼の子供を産んであげたいなぁって、思ったの。彼の為じゃなくてもしかしたら半分以上は自分のためにかもしれないけど、どうしてもベルンハルトさんの赤ちゃんが欲しかったから……」
だから今、自分は幸せなのだとリエンヌは優しく微笑んだ。
一応お腹の子供の父親である本人には子供が出来たと知らせるけれど、最初から自分一人でもこの子供は育てるつもりだったんだと彼女は言う。
ってか、まだ知らせてなかったんだ!?
一番最初に報告しなきゃならないのは、今後メンバーが抜けて迷惑をする『方舟』だから当たり前でしょ?
と、私のツッコミにリエンヌは不思議そうに首を傾げた。
「いや、今すぐベルンハルトさんの方に知らせて来た方がいいよ。……もし、ね、もしもあっちの反応が思わしくなくっても、私達出来る限り協力するから、大丈夫。……リエンヌは大事な友達だからね、絶対手伝うから」
彼女は大事な友達。
パーティーを抜けたってそれは変わらないし、私だけじゃなく、孤児院時代から付き合いの長い皆の方が、その気持ちは大きいはずだ。
私は涙の腫れが引いたリエンヌをベルンハルトさんのもとへ向かわせた後、固まったまま意識を失っているアーセル以外はソワソワ待っているだろう皆の元へと戻ったのだった。
さて……いま彼女と交わした小一時間あまりの会話の中に、アーセルにとってすごく残酷な事実が含まれていたのだけど、それを彼に伝えようかどうしようか……すごく悩む。
リエンヌの初恋は、アーセルだった。
ベルンハルトさんに出会う前までずっと、アーセルのことが好きだったと彼女は言った。
小さい頃から可愛かったせいで、孤児院で彼女の気を引きたい回りの男の子からちょっとした意地悪をされることが多かったリエンヌにとって、そんな子達を蹴散らしてやっつけてくれた彼は、ヒーローだったんだと彼女は言った。
リエンヌはアーセルに好きだと告げようかどうか、随分と長いこと悩んだらしい。
でも彼が他の女の子にお付き合いの打診を受けて断ったのを偶々目撃した時、アーセルは男と言うのは好きな相手なら自分から告白するものだから、さっきの子には自分は全然、気などないのだと答えたのだとか……。
それ以来ずっと、もしかしたら彼も自分のことを好いていてくれるんじゃないかって期待したり、でも何も言われなくてガッカリしたりを繰り返すこと数年。
……で、もうダメなのかなって諦めた頃にベルンハルトさんとの出会いがあったそうだ……。
アーセルェ……。
ヘタレ剣士は両想いの相手に自業自得で失恋をした。
私は思い悩んだ挙句、リエンヌの初恋について彼に伝えた。
ウォレスとドギーにすっごく責める目で見られたけど、一度伝えると決めてしまったんだから後悔はしていない。
何度も私はそれとなくアーセルに橋渡しを買って出てたのに、それを断ったのは彼自身で、好きな子に好きだとも言えず、諦めさせてしまっていたのもアーセルだ。
またもし誰かを好きになった時に同じ事を繰り返したりしないよう、酷い話だとは思ったけど、私は心を鬼にしてアーセルにこのことを伝えた。
アーセルはその夜、正体を無くすほどべろべろに酔っぱらい、次の日いち日を宿の部屋に引きこもって過ごした後、ベルンハルトさんと一緒に結婚を決めた事と、改めてのパーティー脱退の挨拶に来たリエンヌに向け
「おめでとう」
と、言い、彼女の夫になるベルンハルトさんには
「絶対にリエンヌを幸せてしてやってください」
と言う言葉と共に、深々と頭を下げたのだった。
このことがあって私は一つ心に決めたことがある。
ノア君が起きて来たら、私はちゃんと本人の目を見ながら好きだって伝えようってことだ。
数か月後、リエンヌは元気な男の子を産んだ。
ベルンハルトさんはその子が8歳になるまで幸せに生きて、最愛の妻に自分の子供と財産を残して亡くなった。
男の子……ベルンハルトJr.はやがて大きくなり、魔剣士として冒険者になった。
ベルンハルトJr.の名は私やジル、アーセルらと並び、第99階層のロック鳥討伐に参加した『方舟』のパーティーメンバーの一人として『はじまりの地』の記念碑に刻まれている。




