幻のカップ麺
今日はノア君の寝顔を見に来た。
裸を覗きに来たんじゃないから!
ちゃんと、今は治療用水槽キュアポッドの半分くらい、摺りガラス状に加工されてるんだから。
本気で覗こうとしたら、表面にべったり張り付いてつま先立ちするとかしないと無理だったもん!
いや、覗いてないよ?
どれくらいなら大丈夫かちょっとだけ試してみただけで、これ以上はいけない……ってラインを見極めてすぐにやめたから!
それにしてもノア君ふつくしい。
起きてる時の方が100倍くらい素敵だけど、眠ってるノア君も超絶ふつくしい。
ノア君の寝顔でごはん軽く三杯はいける。
……食べないけど、ごはん。
って言うか私、今日ご飯食べてない……!
「お腹空いた……」
ノア君の顔見に来るのが嬉し過ぎて興奮で食べ物が喉を通らなくて、朝から今までミニトマト一個しか食べていなかったのを私は思い出した。
「だからちゃんと食事くらいしろと言ったではないか、愚か者め」
私の後方……ノア君が私室としても使っていた白い部屋の方から、ジルが呆れたように罵る声が聞こえた。
「だって恋する乙女なんだもの、胸がいっぱいで食べられなかったんだもの……仕方ないじゃない……」
空腹を自覚した途端、にわかにキュルキュルと切ない声を上げ始めたお腹に手を当てながら、私は力なくジルの方へと振り向いて言い訳を口にした。
パーティーで階層攻略に行く時ならお弁当とか非常食とか持ってくけど、眠ってるノア君の顔を見に来るのにそんなものは持って来てない。
この空腹のまま第99階層の浮遊石を飛び移ったり伝い降りたりとか……考えるだけで倒れそう。
「仕方のないやつだ。ほら、こっちで湯を沸かしてやるからソレでも食らうがよい」
隣室のジルが私に向けて、謎の白い物体を放り投げてよこす。
ゆるく放物線を描くソレを両手で受け取ると、軽いカシャっという音がした。
薄い透明フィルムに包まれたて、上部が下部よりも広い円筒形の側面と封のされた上面には、現世ではついぞ見かけない雰囲気のデザインで商品名が刻まれていた。
「……カップニュードル?」
それは、お爺ちゃんやお父さんの"思い出の味"として、時おり過去世の鈴岡家での話題にのぼることがあった、幻のカップ麺の名前だった。
私の時代にだってカップ麺くらいあったけど、海外からの原料輸入が難しくなってて、具材もしょぼいしクォリティ低すぎると親世代以上の人達には不評な物だったんだよね。
防災用品とか防災食料の消費期限切れ間近の物が配給品としてたまに来るんだけど、そういうシロモノを前にしながらお父さんとかお爺ちゃんがかつてカップ麺業界が華やかなりし頃の想い出を語る時、必ず最後に登場するのがこの"カップニュードル"だった。
お父さんもお爺ちゃんも、受験勉強のお伴として親しみ馴染んだこのカップ麺がどれほど素晴らしかったって、私とかお兄ちゃんに語りまくってくれたっけ……。
酷いよね。
もう手に入らないの分かってるのに、それがどんなに美味しかったかとか、熱く語るってあんまりだと思うんだけど。
───謎肉こそジャスティスだとお父さんは言う。
謎肉が一体なんなのか私にはわからないけど、なにかゴソゴソしたソレは"謎肉"以外の何物でもなかったから、説明など出来ないってお父さんは言ってた。
で、お爺ちゃんは海老こそが正義だとそれに反論した。
あんなゴミカスみたいな小さい海老のどこに正義があるのかと馬鹿にするお父さんに、お爺ちゃんは、あの海老は生産地では高級品として流通していた物であり、得体の知れない原料で造られた謎肉などという胡散臭いモノを喜ぶなんて、お前は貧しい舌しか持っていないんだとお父さんを馬鹿にし返した。
振るとカシャカシャ鳴るそのカップ麺の容器を持って、私はノア君の私室エリアへと移動する。
とりあえずテーブルを探してみたけどそんなモノは見当たらず、仕方なく机と椅子を借りることにした。
……ノア君、いつもご飯どこで食べてたんだろう?
テーブル無いし、ノア君もここで食事摂ってたのかな。まあ……男の子の一人暮らしだし?
もともと放っておくと栄養補給ゼリーみたいのとかケロリ―メイトとかで済まそうとしてたし……。
うう……そんな味気無いモノばっかり食べてたらダメだよノア君……!
栄養とかカロリーはそれで足りるかもしれないけど、ご飯を食べるのってさ、身体の栄養だけじゃなく心の栄養も摂る行為だと思うんだよ。
地球の頃、ノア君、私の作ったご飯とかお菓子、美味しいって言ってくれたじゃない。
勉強はいまいちだったけど私、お料理だけは自信があったんだよ。
限られた食材でどれだけ美味しく栄養のバランスも良くご飯を作れるかって、そう言うの考えるの楽しくて好きだったし、家族とかノア君が美味しいって言ってくれるのが嬉しくて嬉しくて……特に、ノア君。
だから、ゼリーとか栄養補助スナックとかばっかり食べてたら、ダメだと……ハッ!
私のせいか!
私が起きないから、ノア君はここに張り付いて色々忙しく試したりしてくれたんだったよね。
わ~ごめんねノア君。
ノア君が起きたら、ご飯作るから一緒に美味しいもの食べよう……。
絶対にノア君の好きな物を作って一緒に食べるんだと私はカップ麺の表面フィルムを剥がしながら決意した。
特に好きだった焼き鳥は外せない。シンプルな塩味ならば、肉の質がモノを言う。鳥肉は肉質も大事だけど魚と一緒で鮮度も大事だから、私が自分でとびきりの鳥を狩ってくるんだと決意しながらカップ麺の上蓋をペリリと半分剥がした。
「湯が沸いたぞ」
シュンシュンと湯気を立てるヤカンを手に、ジルがカップにお湯を注ぐ。
「わぁ……沸きすぎだよそれ。はねてる……熱っ!」
熱せられた注ぎ口からバチバチ跳ねながら注がれる湯は、投げ遣りでぞんざいな手つきだったのにピッタリ内側の線のところまで。
「3分経ったら知らせてやろう。待つがいい」
「あ、うん。ありがとう」
お礼を言って私は紙の上蓋を閉じて端をシールで止めた。
「それはな、マスター・ノアがお前の為に復刻した製品だ」
「え?」
どゆこと?
と、首を傾げる私にジルが言うには、お父さんとお爺ちゃんの論争を聞きながら、ヨダレを垂らして指を咥える私の姿を記憶していたノア君が、もしかしたらこのカップ麺の味を味合わせることを切っ掛けに"鈴岡明花"の人格が蘇るかもしれないからと、彼が地球から持ち出した各種資料からこの商品のレシピを探し出し、出来うる限りのクォリティで復刻したのが今目の前にあるこのカップ麺であるらしい。
いや待って、ノア君いる前で私……ヨダレなんて零してないと思うんだけど。
「まあ、結局その時は空振りで終わったがな」
……申し訳ないです。
ノア君……本当に色々やってくれたんだね。
「それは、エビ増量タイプだ」
しゅんと凹んだ私に、ジルが言う。
海老……ああ、海老増量か……。
お父さんとお爺ちゃんの論争はけっきょく、お母さんが
「私も、海老が美味しいと思うわ~」
との一言を投下することによって、お爺ちゃんの勝利で幕を閉じた。
私もお父さんよりお母さんの味覚に信を置いていたから、お爺ちゃんが言う謎肉増量よりも海老を増量するべきだったと言う言葉に感銘を受け、いつか……いつか叶うことなら、その幻のカップ麺を食べてみたいものだとヨダレが……うん、ヨダレ、こぼれてたわあの時。
食べてみたいものだと思って……。
「───三分経ったぞ」
お箸を目の前に差し出しながらジルが言う。
私はシールで止めた紙の上蓋を剥がし、カップの中から立ち上るお醤油の美味しそうな香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
「……鼻をかめ」
ボワボワ歪んで定まらない視界の中、カップを覗き込んでる私の目の前に、ジルがティッシュボックスを差し出してくれているのが滲んで見えた。
「……あ゛り゛がどう゛……」
私は何度も途中で鼻をかみ、でもまたボロボロと泣きながら、カップ麺を食べた。
もう帰って来ないあの日の想い出が胸の中に痛くて、でもなんか温かくて、泣きながらカップ麺を啜るのは苦しかったけど、すごく、すごく美味しく感じた。
ちょっとぼそついた小さな海老の食味が何かツボで、黄色いフワフワ卵の食味がスカスカフワフワ優しくて、謎肉は……うん。謎の肉(?)だった。
小さな想い出をちゃんと覚えてて、こうして私なんかの為に幻のカップ麺を復刻してくれたノア君のことが、すごく好きだと私は思った。
具体的に言うと、目いっぱいだった筈のノア君大好きゲージの限界量がまたグーっと大幅に増えた感じ。
帰りがけ、ジルが私に食べさせたカップ麺の消費期限が1年前に切れてたと言い出したので、とりあえず猫パンチ一発、レバーブロー気味に入れておいた。
あれ、絶対ワザとだと思う。
「残念だな、この身体には肝臓は無いのだ」
とか、ニヤニヤしててムカつく。
ノア君おじさんの顔でそういうの止めて欲しい。
まあ、ノア君が作ってくれたカップ麺だし、例え賞味期限が10年とか100年切れてても、私は美味しくいただくけど。
うん……ノア君が起きて来たら私、最高に美味しい焼き鳥作るために、すごい鳥を捕まえに行こう。
このカップ麺のお礼に相応しい、すっごい鳥を狩り獲って来よう。
カップ麺、ご馳走様でした。




