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もどきによれば、地球から遠くとおく、別の銀河のそのまた向こう側。中央宇宙連盟とか言う行政?政府?……とにかくなんかそんな感じで法律的なのを司どってる団体の勢力圏からノア君達は来たらしい。
「……えーと、ノア君……地球侵略しに、とか?」
アニメとか映画だと定番になっている宇宙人の来訪理由を挙げてみたのだけど、もどきこと自称『便利メカ』は、ノア君顔の鼻から大儀そうにフゥーっと息を吐き出した。
「交流文化レベルに達しない文明への侵略行為は、中央宇宙連盟の法によって禁じられているのであり得ぬ」
「ちょっ、その顔で鼻息プフーとかやるのやめて。へー侵略禁止なんだ。なんか……レンメイって、紳士的だねぇ」
「……文明が成熟すると欲より理性と外聞を重んじるようになるものだ。力あるモノは力なきモノに無体な事はしないとの建前上、未だ地上のみに生活の場を限定した文明度の人類に侵攻をかけるなど、恥ずべき行為であろう」
ああ……ええと、町内会の野球大会に大リーガーが乱入して、ビール何ケースとか言うささやかな賞品をかっさらうような真似はみっともないでしょ……って感じの話だね。
まー例えがアレだけど。
「だいたい、滅亡寸前の惑星に侵攻と言うのもな」
「うん、まあ……そだね」
侵攻目的が人類そのものじゃないなら、人類が滅んだ後にでも欲しい物を持って行けばいいだけだし、地球そのものが目当てでも、環境が激変する寸前の惑星を狙うのもナンだよねー。
ってことは、やっぱり地球の上で人類が滅びたのは外部の干渉なしに自然の流れだったってこと、なんだよね……。
あちこちで地震が起きて津波が来て火山が噴火して天候もおかしくなって、農作物がまともに育たなくなって食料が不足して、それから世界中で暴動とか紛争とか戦争とか略奪があって。
……ミサイルとか核兵器とか化学兵器とか、そういう危ないモノがたくさん使われて、人が死んで……死んで、死んで、死んで、死んで……死んで。
あれは全部、どうにも避けられない運命だったって……そういうことだったんだ……。
悲しいけど、人間って普通の状況でふつうに生きてても突然死ぬことって、けっこーある。
事故だったり病気だったり運悪く事件に巻き込まれてたり、原因は色々あるんだろうけど、とにかく避けようもなくいきなり人生が終わるなんて、よくある話。
お祖父ちゃんだってあんなに元気だったのに、ある日突然畑で倒れて死んじゃったし、学校の夏休み明けの教室の座り主のいなくなった机の上に、仏花が飾られていたことだってあった。
そういう避けられない不幸を地球規模に大きくしたのが私達に降りかかったんだって言うなら、いくら悲しくてもやるせなくても、あれはどうにもならないものだったんだろう。
「侵略行為はもちろんだが、本来なら定められた文明レベル以下の生物への接触自体が禁止なのだ」
「へぇ、そっか。……でも、なんか地球にも昔から宇宙人来てたって話はいっぱいあるよ、あれは?」
例えばロスチャイルド事件とか有名だし、遮光器土偶なんかも宇宙服着た宇宙人じゃないかって説があるんだって、ネットで見たことがある。
「うむ。私の調べた限り、あれらはたいていの場合違法接触にあたるようだな。一部中央宇宙連盟に未加盟の半端な文明度の者どもが蛮行を行った形跡もあるが、それらは発見次第に警告がなされていたので、地球は創作物などに良くみられるような侵略行為を実際には受けてはおらんだろう?」
あ……確かに。宇宙怪獣とかインベーダーの侵略みたいに派手なのはたぶん、創作物の中だけだよね。
エピソードとしてなら牧場の牛がキャトルミューティレーションとかされちゃったり、人間がアブダクションなんてされちゃったりってのは聞くけど。
まあ、もし3分間しか戦えない巨大ヒーロー物みたいに週一で大怪獣が出て来て大暴れなんてしてたら、とっくに地球なんて滅びてるよね。うん、なるほど。
「なに気に地球は守ってもらってたんだ。やっぱ、レンメイって紳士的」
「警告は、たまたま相手が未加入とは言え中央宇宙連盟の存在とその法を承知している者らだったからだ。視界に入っている蛮行を黙殺しては、連盟側の面子にかかわると言う事だな」
「そっか……色々あるんだねぇ。でも、とりあえず地球はラッキーだったと思うよ」
それがなければ、とっくに外からの侵略受けてたんだろうし。
「そうか……?」
でも結局滅びたではないか……との副音声が続きそうなもどきの言葉に、私は100%偽りなく頷きを返すことが出来る。
「うん。だってきっと侵略されてなかったから私、ノア君に出会えたんだろうしね。あ……じゃあ地球がラッキーってより、私がラッキーって話か」
「……お前は」
もどきは私の言葉に一瞬絶句してたけど、だってホントにもしも過去世で私とノア君が出逢った流れと少しでも歴史が違っていたら、ひょっとして私は存在していなかったのかもしれないし、存在してても地球の状況が違ったら、出会うことも出来ていなかったかもしれないんだもん。
それは困る。
すごく嫌だ。
「……ブレないな」
と、もどきは言うけど、ブレるもブレないもない。
「あたりまえ」
だって私の半分以上はノア君への愛で出来てるんだし、ブレた時点でそれはもう私じゃない何かになってしまうんだから、ブレようがないんだもの。
そうこうするうちに私達は何度か浮遊石を乗り換えながら、この天空エリア第95階層の昇降機前へとたどり着いていた。
いくつもの浮遊島と浮遊石を水面に映す透明な水の上にぽっかり浮かんだ昇降機の島に、ノア君との再会を前に浮き立つ気持ちのまま私はピョンと降り立ち、傍らの姿だけは色違いなノア君のもどきへここからどうするのか問う目を向ける。
もどきは迷うことなく昇降機の階層パネルを操作しながら、話の続きを口にした。
「───マスター・ノアがあの時期の地球へ行ったのは、『滅び』の研究のためだ」
「……ああ」
ってか、なんか、なるほど……って言うか……うん。
「見事に滅んだものね……地球」
「うむ。惑星ごとの文明の滅亡は記録上ならさほど珍しい話ではないが、あのようにリアルタイムでの観測となるとそうそう機会があるものではない」
ある程度科学技術の進んだ文明の場合だと、開発した兵器でボカーンといったり、自分らで開発製造した何がしかを暴走させて事故らせたりして唐突に消滅する文明も多いらしいし、低めの文明度のところだと、病気とか細菌で気が付いたらバタバタっとあっけなく逝っちゃってることも多いんだとか。
人類全部とかじゃないけど、地球でもペストとかインフルのパンデミックで世界人口が激減したって聞いたことがあるし、たぶんもっと感染力が強い病気だったり、住んでる人の栄養状態とか人口分布とか色々条件が悪かったりしたら、遠いとこから観測しに来る間もなくあっさり終わってたりするんじゃないかと思う。
「他には、運悪く彗星や隕石が衝突して……等だな。彗星の方であればある程度軌道計測を行っているのだが、隕石まではすべての情報を網羅しているとは言い難いのでな」
これ聞くまで私、彗星と隕石の違いなんて一回も考えたことなんてなかったんだけど、彗星は太陽の周りを楕円とか変な軌道に沿ってグルグル回ってるヤツで、隕石はそれ以外のどっかから飛んで来た星屑の類が落ちて来た物を指すらしいともどきの話の中で知った。
彗星はまあちょっと軌道が変わってる星扱いで、一度存在を察知しちゃえば不測のことは起きにくいみたいだけど、それこそゴミカスみたいにあちこちに大量にある星屑だと自分の住んでる惑星の周辺の分でもなくて、基本不干渉の場所までは把握しきれないみたいだ。
それに、レンメイに交流を禁じられてるレベルの文明って実は宇宙にはあちこちたくさんあるらしい。たぶん観測できる距離とか規模がすごく広いってことなんだろう。
だから、そんなたくさんの中の地球がヤバいって前もってアチラに分かったのは、偶々の偶然要素が多分にあるんだとか。
そんな話をしているうちにもどきが操作して呼び出していた昇降室が第95階層に到着し、私達の前で微かな稼働音と共に扉が開いた。
「さきに言った通り、惑星規模での滅びの観測機会などいくら長命種であれどそう巡り合わせがあるものではない。熱心な研究者であるマスター・ノアは、文字通り万難を排して地球へ降り立つことになったのだ。……もちろん、中央宇宙連盟の正式な許可の下に、な」
走竜を載せた浮遊荷台と一緒に乗っても余裕の広い昇降機の中に、私達は二人して乗り込む。
閉扉ボタンをもどきが押すと、開扉の時と同じく小さな稼働音がして扉がゆっくり閉じて行った。
「……万難?」
って、あんまり使わない言葉だけど、意味的には『たくさんの問題』で合ってるのかな?
もどきが微妙にこの言葉を強調したのがすごく気になる。
チラリと視線を向けると、小さく一つ頷きが返された。
……やっぱり、地球に来る前になんかあったんだ。
「今までの話から汲み取れておろうが、お前が初めて相見えた時の子供姿のマスター・ノアは、地球へ来訪する前に起きた事故……いや、事件がなければあり得なかった」
「あ……うん、そっか。……だよね」
なんとなく解ってはいた。
だって、さっきからこのもどきはノア君のこと、何度か研究者だって言ってたんだもん。
そうだよね。出会った当時、幼稚園児の私と同年齢設定を名乗ったノア君が実際その年齢でそんな職についてるなんてこと、常識的に考えてありえないよね。
前々からなんとなく『体は子供頭脳は大人』な印象があったけど、それが本当だったとしても不思議はない。
小さな稼働音と身体にかかるフワッと緩やかなGと共に上昇を始めた昇降機内部で、私は自分の両手に目を向けた。
思い出した地球での記憶とか、このもどきの話から考えても、私はどうやら脳漿ぶちまけるって言う美しくない死に方をしたらしい。
鋼材が降って来て潰されたんだから、当然頭だけじゃなく体にも相応のダメージを負って昇天してるはず。
……なのに、いま見下ろす私の身体には傷なんて一個もついていなくて、もどきいわく、今の私は元の身体の細胞なんて一つも使われていない別の肉体を与えられているんだそう。
って事は、ノア君がもともと居たところってそういうのが可能な科学力を持ってたってことなんだから、頭脳が大人で身体が子供な状態のノア君の存在も、ごく普通にありえるってこと。
……それにしても
「事件って、なに?」
本人不在で私と出会う前のプライベートを知りたがるのはどうかなとは思うんだけど、そういう冷静な理性よりも穏やかじゃない何事かが起きてたっぽい気配に我慢がならず、つい、問いが口から零れた。
でもさ、だって、どう想定しても何かノア君に良くないことがあったんだとしか思えないんだもん。
どうしたんだろって、気になって気になって仕方がない。
「うむ、そうだな。……現在の状況を説明するにも何があったかは語るべきか……別段口止めされてもおらぬし、構わんだろう。───地球への来訪の少し前の事だ。本国でマスター・ノアはしばらくのあいだ彼に懸想する女に付きまとわれていたのだが……」
ギギギギギ……ッ。
……と、昇降機内部に小さく異音が響いた。もどきの金色の目が私の口許に向けられて、一瞬、話が途切れる。
クイっと顎をしゃくって私は続きを促した。
……気にしないで、この異音はただの歯ぎしりだから。
「───地球で言う警察機構から再三、注意や警告を入れたにも拘わらずその者がストーカー化をして……」
ギギギギギ……ッと、また歯が鳴った。
再度私は再び顎をしゃくって話の続きを促す。
もどきが語るには、カウンセリングや心理療法も行ってもその女の人の行動は改まらなくて、最終手段としてストーキング対象から距離を置かざるを得なくなるって言う機器の取り付けをノア君側から当局へ申請したんだとか。
アメリカとかだと性犯罪者の位置情報がGPSで分かるようにされてるって話をドラマで見たことがあるけど、その機械は場所情報が分かるとかって消極的な代物じゃなく、物理的にストーキングしてる相手に近づきたくても近づくこと出来なくなっちゃう優れものな装置だったんだって。
でも、それの取り付け申請が受諾されて施術が行われる前に、彼女は凶行に走った。
「マスター・ノアは、殺害されたのだ」
決して自分の手に入らないと言うのなら、誰の物にもならないようにしてしまおう。
そういう気持ちは分かる……ような気もするけど、やっぱり分かんない。絶対に分かるようになんてなりたくない。
「幸い……と言っていいのか、破壊されたのは肉体だけで脳の方は無事だった。おかげで残ったマスター・ノアの細胞をもとに頭脳を収めるための新たな身体作成の許可が下され、その育成を開始して間もなく……まだ肉体が元の状態まで全く育ち切っていないと言う時に……だ」
ああ、そのタイミングで……。
「地球の滅亡フラグ……立っちゃったんだね」
苦々し気な表情を浮かべるもどきを見ながら、続く言葉を私が呟く。
なんとなし昇降機内に一瞬沈黙が落ちたけど、それを払拭するように
チーン……。
と言うどこか間抜けた音が響いた。
小さな頃に乗った覚えのある百貨店のエレベーターを思い出させるこの音は、昇降機の階層到着告知音だ。
目の前で昇降機の扉が開く。
人工的な照明に満たされていた昇降機内に色合いの違う明るい陽射しとキン……と、皮膚が痛むレベルで冷たい空気が入り込んで来た。
扉上部に表示された到着階層は、第99階層。
すぅっと大きく息を吸って、吐く。
お隣りの家に越して来たのが同世代で子供姿のノア君だったから、私はノア君と一緒に……ずっと近い場所で幼馴染として長い時間を過ごすことが出来た。
その得難い時間を得られたこと自体は私にとってすごくラッキーだったけど、それはそれ、これはこれ、だ。
ギリギリギリギリ……っと、歯が嫌な音をたてて軋んだ。
「……ノア君に酷いことしたその女……ブチ●す!」
たった今、もどきから聞いた話に出て来たストーカー女への怒りと、それからこの先にノア君がいて、彼と逢えるんだって興奮の相乗効果でヤバい状態になっていた私は、そのテンションのままに勢いよく外へ向かって走り出す。
「ノア君待ってて! 私がその女をやっつけてやるから!!!」
絶対、ソイツ、やっつけてやるんだから!!
「お、おい……っ待て、メイ……!!」
カンカンカン、と金属の床を蹴って外へ飛び出したその瞬間、私はもどきに腕を掴まれていた。
「ば……馬鹿かお前は……! 馬鹿だろう……お前は!!」
頭上で罵るもどきの声を聞きながら、私は掴まれた腕一本で昇降機の外にプラリとぶら下がる。
ブラブラ揺れる私の周囲を凍りつくほどに冷たい風が吹き抜けていった。
昇降機の外側に、私が踏むべき床は無い……。
───第99階層、そこはところどころに小さな浮遊石が浮かぶ、天空の高高度エリアだった。