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カツンコツンとお城の廊下を歩きながら私は考える。
議題は【ノア君がここにいるし、生きてるってこと以外で聞きたいこと】だ。
真っ先に思い浮かぶことと言えば、やっぱりどうしてこいつが2Pカラーのノア君の姿をしているのかってことだし、たった今までいた部屋の中にあった過去世の自分の私物の存在も気になる。
私はカツンコツンと足音立てて私の隣りを歩いている銀色の丸いの入りのノア君もどき王をチラリと見上げた。
だいたいにして、コイツにプライオリティなんちゃらとかのマスター登録をされたけど、その意味だって分かってないし、ゴールディロックス階層世界で一番偉いと思われる王様がどうしてこのもどきの姿のコイツなんだろう。
ってか、さっきはそれどころじゃなくて無意識に猫パンチを繰り出す以外はスルーしてたけど、コイツ、この姿は私の好みを投影してる的なことを言ってた気がするんだけど、一体どー言うことなの!?
あ、あと、なんかゴールディロックス階層世界自体がなんかの中にあるとか聞いた気がする。これもそれどころじゃないからちょっと肝心なところを聞き逃してた!
この世界は一体なんなの?
どういうモノなの??
「聞きたいこと、ありすぎ」
カツカツカツカツ……と、足音立てて廊下を進みながら、私は自分の眉間にシワが寄るのを感じていた。
「では、答えてやる。問うが良い」
カツカツカツ……と、私より明らかに少ない数の足音を立て私のすぐ横を進むもどき王が、相変わらずなんか偉そうなオレサマ口調で言うのを耳にして、眉間のシワがぐっと深くなる。
ノア君と同じ顔の王様に戻ればこの口調も許せるかと思ったけど、鼻とか口とかあちこちからズルズルとこの人形(?)の中に銀色のが戻って行くのを見てしまった今は、オレサマ系ノア君と言う妄想の現実化にときめく心は耳かき一杯分も残っていない。
そう言えばどうしてコイツさっき私を妻にとかほざいたんだろ……ってか、この城に来てからナチュラルジゴロな感じで人のこと口説いたのは何のためなの?
うっかりドキドキした自分がすごく腹立たしいんだけど、あれ、なんだったの??
それに、人のことストーキングしてたりもしたよね。意味の分からないことが、多すぎる。
「何から聞いていいか、わかんない……!」
足を止めることなくお城の出口に向かって廊下をズンズン進みながら隣りを見れば、生ぬるい目つきでこちらを見るキレイな顔。
向うは口を開いていないのに『馬鹿だなお前は』と言う言葉が脳裏をよぎる。
このもどき王になら猫パンチはヒットする気がするけど、完全に被害妄想な理由で暴力を揮うなんてしたくない上、色違いだけどコイツの姿はノア君だ。
「なんであんた、ノア君の顔をしているの?」
「お前の好みに合うだろうと私が判断したからだ。それはさっきも言ったはずだがな」
むぅ。確かにさっきも言ってたけど、そうじゃなく。
「だから、なんで私の好みに合わせる必要があるの!?」
苛立ちに任せてカッカッカッと廊下を進む足を早めながら、とりあえずこの天空城に来て以来のアレコレの疑問を投げつけることにした。
「何を言う。私の姿だけでなく、このゴールディロックス階層世界はすべてお前の好みに合わせて作られているのだ」
「はあ!?」
「はあ、ではない。地球でのお前がマスター・ノアに語った理想の来世の話を下敷きに、お前の所持していた本や映像作品等から趣味嗜好を拾い出して肉付けして創り出されたのがこの世界なのだぞ」
「はあぁあ……!? 世界を創るとかって……なに中二なこと言ってるの!?」
馬鹿じゃないの!?
自作フィギュアとか作るみたいなノリで世界作りましたなんて、出来るわけないでしょ?
え、出来ないよね??
でも、だけど、言われてみればもどきの言うことに思い当る節がないわけじゃない。
だいたいにして私が日々やたらと羞恥心に内心身もだえていたのは、まさしくそのノア君に語りまくった中二妄想が滅多やたらと現実化してしまっていたせいなんだから。
「お前……名前やマスター・ノアの事は覚えているんだろうが、一体どこまで記憶があるんだ?」
「えーと……わりと、どこまでも?」
例えば、小さい頃に二人お揃いで使ってたクマさんスプーンのプラスチックの顔が私の分だけ口の部分の染料がはみ出してて人食いクマみたいになってて、それをノア君が取り替えてくれた素敵なエピソード。
それに、小5の時にノア君の体操着の名札付けを自分のついでだからって引き受けた時、こっそりお呪い気分で小さな紙きれに「好き」とか書いたのを仕込んだまではいいけど、微妙にその紙があろうことか、ち……乳首辺りの位置で存在感を主張しちゃってすごく焦った可愛らしい想い出。
それから、私の過去世での最後の数日間、ずっとずっとノア君と一緒にいられたのとか、抱きしめるみたいに支えてくれたのはとても幸せだったけど、何日もお風呂に入れなくて下着も替えれなくてすごくすごーく恥ずかしくて申し訳なくて……自分が美人ではないってのは知ってるけど、せめて身ぎれいな姿で最後くらいは彼の前に立ちたかったな……って、なんかけっこう悲しかったこととか、ね。
臭く無かったかな、私。
目ヤニもついてただろうし、なるべく息がかからないよう角度に気をつけて呼吸してたけど、死にかけてたし口も臭かったんじゃないかって、今も心配だし恥ずかしかったりする。
「ええとね、ノア君の左ひじの内側のこの辺にホクロがあったこととか覚えてるし、彼が靴を履く時はだいたい左足からで、靴下は右足からだったこととか? あとね、苺たべる時はヘタの方からノア君は齧るよ。焼き鳥は塩味でネギマが好きなの。お茶は緑茶よりほうじ茶が好みで、犬と猫なら犬で日本犬党。特に柴犬見てる時には優しい目をしてるんだよ。犬の方が好きだけど猫なら短毛種だったね。で、ツメ切る時には掌を上にしてギュって握るみたいに可愛い手になってね……」
「もういい、わかった」
「なに? まだいっぱいあるんだよ。旋毛の位置とか……あ、あんたもおなじ位置に旋毛あるね。そうノア君もふたつ旋毛があるんだ。ひじのホクロは?」
「ホクロまではコピーしておらん。───いや、そんなことよりその鈴岡明花時代の記憶は一体いつからあった?」
記憶……ノア君の顔を思い出したのはついさっきだけど……。
「孤児院に入って……半月くらい経ったあたり?」
確かそう。あの強烈な恥ずかしさは忘れられるもんじゃない。
と言うか、鏡を見るたびに現在進行形で唇の端がぴくぴく痙攣しそうになるんだから。
本当にさぁ……ふつーのその辺歩いてるような女子高生にいきなりアニメっぽいカラーリングのカツラ被せて、アニメっぽい色合いのカラコン入れてノーメイクで放置したらどうなると思うよ?
それなりに可愛らしくてもそれはそれで、違和感の塊にしかならないんだよ。
「そんな、初期の時点で……」
私と並んでタッタッタッ……と小走りしながら、もどき王は片目と額を手の平で覆って首を振る。
何がなんの初期なのかは分からないけど、記憶があったことに問題でもあったんだろうか?
内心首を傾げながらもノア君逢いたさでさらに足を早めた私を、金色の目が射るように見た。
「お前は、不思議には思わなかったのか?」
「……? なにが?」
「地球とは明らかに違うここをだ。獣人、竜人、有翼人、創作物の中にしか出て来なかったようなモンスターが闊歩しているのだぞ?」
まあ、最初に違和感覚えたのは確かにその辺だったけど。
「え……そりゃ、こんな世界もあるんだなーってビックリはしたよ?」
「ビックリで済むか。一層ごとに環境の違うなんて可笑しくはないか? 生前のお前が好み望んだとおり、冒険者ギルドなどと言うモノが存在して、しかもその……髪の色やら右左で違う、曰く言い難いお前の珍妙な色彩……ウッ」
口とか鼻から銀色の液を出し入れするようなヤツに言われなくても、そんなの自分が一番わかってる。
高速裏拳猫パンチを脇腹に食らって怯む様子に留飲を下げつつ、私は何か言いたいらしいもどきに目顔で続きを促した。
「くっ。……希望した容姿に、この世界では希少であり生前のお前が憧れを持っていたギルドでの魔力測定の結果イベント。……そしてこの白亜の天空城。あまりにも望みが叶い過ぎているとは考えなかったのか?」
改めて他人の口から列挙されるとホントにその通りなんだけど……なんか、コレに言われると素直に頷く気持ちになれないのはどうしてなんだろ。
……下手にノア君の顔してるせいでよけいにムカつくからなんだけど。
「まあ? ちょっとは、不思議に思ったけど」
「ちょっと!? 記憶が全くなかったならまだしも、あったなら気づくだろう色々と!」
「うぅ……」
気づくと言っても、意味も解らず中二な妄想が現実化して、都度、恥ずかしさで身悶えする以外にどうすればいいと言うのか。
苛立ち紛れに私はさらに足を早めた。
もどき王は速度を合わせて私の横にピッタリ並走している。
「自分の夢が次々叶う……あまりにお前に甘い世界であろう。その理由を考えたこともないのかと聞いているのだ」
魔力と言い、身体能力と言い、確かに言われる通りにチート感があるとは思う。
「えーと……神さま転生的な……?」
「お前……馬鹿か。いつトラックに轢かれたのだ!? あの世で神に会った記憶など無いだろう!? もしあると言うのなら脳になんらかの障害があると言うことで、お前を再生しなおさねばならんぞ。だいたいあれが、神とやらが手違いでお前を死なせてしまった状況と思うのか? 世界の滅亡だぞ!? ならば、地球上の人類みな手違いで死んだことになるではないか」
いや……言われてみればそうなんだけど、それはそうと何なのコイツ。神転とかトラックとか、やたら詳しくない?
あ……そっか。私の部屋の私物を全部見てたって言うんだったら、詳しくもなるよね……。
「って、ちょっと待って。いまあんた、私のことまた再生するって言った!? え? またってなに? 私、再生されてるの???」
そんなはずないよね。
再生って言うには髪だって目だって肌だって全然あり得ない色合いになってるもの。
……くっ、でも基本的には顔も体型も全然変わっていないけど。変わっていませんけど。
「正確には『再生』ではないな。なにしろあの当時のお前の細胞は一片たりと残されておらぬし……ム、もう城外か───おい、私はこれから暫し出かけるが、随身は不要だ!」
ダダダダダと走りながら私達はいつの間にか到着していた天空城の正面扉を潜り抜けた。
扉の前に立つ有翼人の衛士がギョッとした顔でもどき王こと金色の王様に向かって一歩前進。何か言いかけたようだけど、それより早くもどきに着いてくるなと言いきられて成す術なしに私達を見送っていた。
ゴールディロックス階層世界で一番偉い人の発言に逆らえる人はどうやらいないらしい。こういうのを絶対王政っていうのかな……なんて、的外れなコトが脳裏をよぎる。
思考が横道に逸れてる間も足を止めずに走り続けた二人の前に、さっき浮遊庭園から城へ戻った時とは別の浮遊石が一つ見えて来た。どうやらもどきの向かうのはあの石であるようだ。
たぶんあれは私達『方舟』がこの城へ乗って来たのと同じ石だと思われる。
「もとの私の細胞が一個も無いって……じゃあどうしてこの私には記憶があるの?」
それこそ世にも不思議な感じの理由でだろうか?
ほら、生まれ変わっても前世の記憶を持ってる少年が、現世では見たことのない船や景色の絵を描いたり、今も生きている前世での肉親に会いにいったりってドキュメンタリーってあるじゃない?
そういう科学では説明できない系の何かだったり?
「記憶の移植を行ったからだ……ひどく不完全なものだったがな」
浮遊石の上に二人飛び乗り、ひと呼吸。
広い城内、けっこうな距離を走ったけれど、もどきも私も息の乱れは全くない。
「当事者であるお前が知るはずもなかろうが、お前の脳は酷い損傷を受けていた。それはもう、ぐっちゃぐちゃだ」
「……あーうん、そっか。でも、ノア君はあの時、無事だったんだよね?」
「お前に押されて後ざまに転倒はしたが、擦過傷すら負っておらぬな」
ノア君が無事で良かった。
でも、まあそうだよね。上から鋼材が落ちて来たから。
……あれに潰されたなら、それはぐっちゃぐちゃにもなるよね……。
微かな浮遊感とともに、音もなく浮遊石が斜め下方へ向けて動き出した。
ノア君の無事は喜ばしいけど、なんか私、かなり醜い死にざまだったっぽくて、彼に見苦しいものを見せてしまったのが申し訳ない。
乙女心として綺麗な死に顔を見せたかったってのもあるし、悲しい気持ちと恥ずかしい気持ち相半ばとでも言うのか。
……理想としては『きれいな顔してるだろ。死んでるんだぜ』的な感じにしかたったとこなのに、現実って上手く行かないものだと思う。
「本来ならばお前の死亡後、地球人類の部分標本としてお前の脳を地球外に持ち出す予定だったのだがな」
ため息混じり、もどきが言った。
中身は銀色の汁の癖に、憂いに満ちた表情が美しい。
それはそうと今コイツ、ちょっと凄いことを言わなかっただろうか。
「……私が死んだあと、私の脳みそを、持ち出す予定?」
なにそれこわい。
「中央宇宙連盟内での交流許可文明レベルを満たさない地球人類であるお前を地球外に持ち出すには、それ以外方法がなかったのだ。苦肉の策の裏技……であるな」
えーと……。
「ごめん……意味が分かんないんだけど」
中央宇宙レンメイとか……ファンタジー世界からSFテイストに世界観シフト?
あ、いや、違う。ナノマシンとか、さっきからチラチラとそう言う用語は出ていた、かも。
この世界を魔法とか不思議な力のファンタジーだと思ってたけど、もしかしたらそこから勘違いだったのかもしれないと、たった今、気づいた。
そうだよ。
ファンタジー系転生モノの定番だと、転生後の異世界はだいたい中世ヨーロッパ風ってあたりがテンプレだけど、ここって微妙に違ってる。
階層を貫く巨大な『昇降機』がその代表だし、テンプレでよくあるお風呂が無いとか、トイレが水洗式じゃないとかの衛生関係での未発達に悩むなんて、私は一度もしていない。
それどころか衛生関係に関して言えば、ここは日本で暮らしてた時よりも厳しいんだ。
各階層のセーフティエリア内にある基本設備は三つ。『昇降機』に『治療水槽』に『解体洗浄設備』で、その階層で狩った獲物を狩りの現場で解体することは冒険者ギルドの規則で厳しく禁じられている。
理由は、環境汚染の防止だとギルドの研修で私は聞いた。
さっきこの丸いのが言った通り、このゴールディロックス階層世界が何かの中にある箱庭みたいな世界だったら、疫病とか細菌の繁殖とかの原因になりそうな汚染には厳しくもなるよね。
人の住む階層だとギルドの本部のある第一階層だけじゃなく、田園、畜産、果樹のエリアのある下層階に上下水道は完備されてて、規定の場所以外への廃棄物の投棄は固く禁じられていた。
セーフティエリアまで素材以外の部位を運ぶを面倒くさがった新人冒険者パーティーが、現地で獲物を解体して素材以外を投棄。それが発覚して冒険者資格が一定の期間凍結されたり、悪質だと資格はく奪……なんて話も時々聞く。汚染の酷い時には一時的にその階層を封鎖して、汚染土壌の洗浄とか除去にパーティーが派遣されるなんてことも過去にはあったのだとか。
研修でそんな講義を聞きながら、やたら綺麗好きな人の多い世界だなー……なんて暢気に思ってたけど、それは必要にかられてのことだったとしたら、話が変わって来る。
「あんた……何? それに……ノア君は、一体何者なの……?」
そう広くはない浮遊石の上、私はノア君と同じ顔を持つソレに聞いた。
ソレは、なんの躊躇いも、もったいぶったためもなく、私に答えを投げつける。
「私はマスター・ノアの行動の補助、及び、中央宇宙連盟の定めた法への抵触を未然に防ぐ用途で作成された、自立思考人工知能搭載の多機能型ナノマシーン集合体だ。まあ……お前に分かり易い言い方をすれば、『色々出来る人工知能入りのメカ』だな。そしてマスター・ノアは、中央宇宙連盟所属のε型人類の中の有名な研究者一族の一人……平易に言えば『宇宙人』と言う事になろう」
これがメカで、ノア君は宇宙人。
ノア君に関しては、なんとなく別の世界から来た人だと前々から思っていたのもあって『あ~……やっぱり』的な納得感はあったのだけど、改めてこう……言葉にされてみると衝撃も一入と言うのか……。
無音で動く浮遊石の上で私は言葉もなく、たっぷりと数十秒間は思考停止したままで流れる景色を眺めていた。
……そうか、ノア君は宇宙から来た宇宙人だったのか。
宇宙人と言うと、アレだよね。外見は地球人だけど中身が違ったり……いや、中の人がもし爬虫類系でもノア君なら全然OKと思えるけど。
私は同じ浮遊石の上に乗り、私の反応を黙って見ている綺麗な顔をした自称『便利メカ』へ視線を向けた。
2Pカラーのノア君顔は、中身がコレでもやはり美しい。
ふ……と、ためいきが出た。
「ねえ……ノア君の中の人は、物体xみたいなブチュブチュ系だったりする?」
それでもやっぱりノア君がノア君であるならば私の気持ちに変わりはないけど、なんというか……コレから来る再会時の覚悟はちょっと必要かもしれないとは思うのだ。
「……中の人などおらんわ」
私の質問に返されたのは、素気無く嫌そうなその返事。
「そう」
「…………」
「…………」
流れる景色の中を浮遊石は進む。進行方向前方、空中に静止する浮遊石に衝撃も無く二人が乗った浮遊石が寄り添って停止した。
新たなる浮遊石に乗り移りながら、私はなんとなく胸の中に浮かんだ気持ちを呟いていた。
「なんでかな……神様とか異世界ってワードにはワクワク感があるのに、宇宙人って言うと途端にインチキ臭くて胡散臭く聞こえるよね」
……と。
いや、ノア君が胡散臭いんじゃなく、一般的なイメージの問題なんだけどね。
もどきメカはただ私の言葉に
「知るか」
……と、一言吐き捨てた。