092 探検者の仕事 1
――今行くと捕まるように思われる
マリコの脳裏に先ほど聞いたミランダのセリフが甦った。しかし、手が空いているかどうかと言えば空いているのである。嘘をつくのもためらわれ、マリコは素直に答えることにした。
「空いてます」
「ならちょうど良かった」
タリアはそう言って立ち上がると、一昨日マリコ達が座ったソファがある方とは反対側へと足を向けた。そちらの壁際にはたくさんの本や書類が収められた書棚が並び、その間に引き戸が一つ設けられている。それを見て、ミランダの言った通り書類仕事の手伝いになるのかと思ったマリコだったが、タリアは書棚ではなく引き戸の前でマリコを振り返った。
「あんたに見せておきたい物があるんだよ。ついておいで」
タリアはそう言うと、目の前の引き戸をガラリと開けて奥へと入って行く。タリアの机の前に立ったままだったマリコはあわててタリアの後を追った。
◇
六畳ほどの広さのその部屋には、建物の外側に当たる壁に窓が設けられている他は突き当たりの壁に作りつけられた棚があるだけだった。棚は十段近くあったが、そこにはタリアの執務室の書棚にあったような書類などは入っていなかった。
書類の代わりに棚に収まっているのは木の板だった。高さが十数センチ、幅が五、六センチほどの白っぽい木の板に、同じ木でできた脚を付けて立つようにした物。それが数個ずつ固まって十組ほどあった。個々の板には人の名前らしきものが書かれている。
「これは……」
部屋に入ったところで、それを目にしたマリコは思わず声を上げた。脚の付いた白木の板というところで、マリコの目にはそれらはまるでお葬式の時に使う位牌のように見えたのだった。名前が書いてあるとなるとなおさらそんな風に見える。
「これは一体何なんですか? タリアさん」
「ああ、やっぱりあんたには分からなかったかい。これはね、マリコ。「探検者の証」って呼ばれているもんさね」
「探検者の証?」
マリコには聞き覚えのない名前だった。ゲームだとプレイヤーキャラクターは全員もれなく冒険者だったので、証明書のような物も特には無かったはずである。
「そうさ。これはね、書いてある名前の主が何かで死ぬと、割れて教えてくれる物なんだよ」
「死ぬと……、死ぬと割れるんですか。じゃあ、ここにある物に書いてある名前の方達は生きてるんですか」
「当たり前だよ。ここにある証はね、このナザールの里を拠点にしている探検者達の物なんだからね」
「この里を拠点に……」
「ああ、そうさ。マリコ、あんたもっと近くへ来て見てごらん」
引き戸から入った所で固まっていたマリコは、棚に近づいて証を見た。すると、固めて置かれている各グループには、それぞれ一つずつ日付が書かれた紙が敷かれている物がある。一つだけ、グループにも入っておらず紙も敷かれていない物があったが、それにはタリアの名前が記されていた。
「この組み分けと日付って、もしかして……」
「ああ、組とここへ戻ってくる予定の日さね。紙が敷いてある証はその組の長の物なんだよ。今日戻る予定の組がいるって話は聞いたかい?」
「ええ、さっきサニアさんから聞きました」
マリコが改めて敷かれた紙を見直すと、今日の日付になっているものが二組あった。紙が敷いてある証には、それぞれアドレー、バルトランドと書かれている。どちらも組は五人であるようだった。
「なら話は早いね。探検者達は大抵よく食べるし、昨夜は一人もいなかった泊まりの者が、今晩は十人になる。手伝ってもらうことになりそうだから、今の内に頼んどくよ」
「分かりました」
「それで、せっかく着替えたところを悪いんだけどね……」
「あー、それも分かりました。さすがにこの格好ではまずいですよね」
「すまないね」
(これ、メイド服をちゃんと洗濯できる日はいつ来るんだろうか)
サニアは午後から忙しくなると言っていたはずである。組が何時に戻るかはっきり分からない以上、昼食時には準備しておいた方がいいようにマリコには思えた。今日のマリコのジーンズ姿は数時間ともたずに終了することになりそうである。マリコは内心、ため息をついた。
「ところでタリアさん、どうして証は名前の主が死ぬと割れる、なんてことになってるんですか?」
マリコは気持ちを切り替えて、先ほどからの疑問を口にした。
「ん? ああ、それはね、望みを捨てないためもしくは諦めをつけるためさね」
「諦めをつけるはともかく、望みを捨てないためですか」
「ああ。いくら戻る日の予定を残して行っても、途中で何があるか分からない以上、予定に間に合わないことはあり得るだろう?」
「そうですね」
「一日二日ならまだしも、何日も遅れるようなら探しに出るんだよ」
「えっ? 探検者を探しに行くんですか?」
「そりゃそうだよ。探検者達だって里の者なんだから。ああ、その辺りのことが分かってない、いや知らないことは分かりようがないね」
「すみません」
ゲームの冒険者とこちらの探検者との違いに、マリコは認識を改める必要を感じた。
何やら説明回に……。次回もこの続きです。
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。




