091 着替え 2
紐パンの問題は一応の解決を見た。ブラジャーの方はというとフロントホックの代わりに紐で結ぶ形になっているだけであり、着け方に悩むようなところは特にない。問題なく着け替えたその上に薄い青色のシャツ――色や形はダンガリーシャツそのものである――を羽織った。
次に、買ってきたガーターベルトとストッキング――これも留め具で吊るのではなくリボンで結ぶ――を着け、ジーンズを穿いて革のベルトを巻く。ジーンズの前はファスナーではなくボタン留めになっていた。さすがにぴっちりした編み上げブーツの中にジーンズの裾を入れるのは無理なので、裾をまくってブーツを履き、上から被せることにして完成である。
「おお、そういう姿も存外似合っておられるな」
「そうですか? ありがとうございます」
ミランダの賛辞にマリコは笑顔で応える。しかし、念願のスカート脱却にもかかわらず、マリコは着ている服に頼りなさを感じていた。
(普通の服だとこんな感じなのか。防御力が低いというか、ほとんど無いように感じる)
寝巻きの浴衣の時にも似たような感じはしていたものの、さすがに寝巻きなのでマリコもさほど気にしていなかった。しかし、服の中でも丈夫な方に入るであろう、ジーンズを身に着けても同じような感覚である。
(このメイド服はゲームの設定の通り、ということなんだろうな。ふう、何かと戦う時にはこっちを着てる方がいいってことか)
先ほど脱いでベッドの上に置いたメイド服に視線を落としながら、マリコはそう思った。
◇
洗濯に出す物をアイテムボックスに入れ、残った物をまとめながらマリコはミランダに顔を向けた。
「ああ、そうでした。ミランダさんに聞こうと思っていたことが……」
そう言いかけたものの、マリコは途中でハッとして言葉を止めた。
(待て待て、いくら記憶が怪しいことになってるからって、押入れにどうやって荷物を仕舞うかとか聞くのはさすがにおかしいだろう)
「なんであろう、マリコ殿。聞きたい事があるのではないのか?」
セリフの途中で固まったマリコにミランダは怪訝そうな顔を向ける。
「え、ええとですね。そう、タリアさん。タリアさんは今どこにいるか分かりますか?」
「タリア様か。この時間なら執務室であろう。ほら、一昨日マリコ殿が来て、私がお茶を出した部屋だ。多分、あそこで書類仕事をしておられる」
「ああ、あの部屋ですか」
とっさに出した名前だったが、先の質問は本当にタリアに聞けばいいということにマリコは思い当たった。
(ある程度事情が分かってるタリアさんなら、私が変な事を聞いてもおかしいとは言わないだろうからな)
「マリコ殿はタリア様の所に行かれるおつもりか?」
「はい、ちょっと聞きたいことがあるんです。支度金のお礼も言っておきたいですし」
「あー、こういうことを言うのも何だが、昼に食堂ででも会った時にした方がいいのではないか?」
珍しくミランダが声をひそめて言った。
「え? どうしてですか?」
「今行くと捕まるように思われる」
「捕まる?」
「書類仕事をしておられると言ったであろう? 捕まって手伝わされるということだ」
「まさか。こんな来たばかりの者にそんな書類なんか見せないでしょう」
「どうであろうな。なにせマリコ殿だ。タリア様は随分マリコ殿を買っておられるようであるしな」
どこか嬉しそうに見える表情をしたミランダは、腕を組んでマリコを見た。しっぽがヒョイヒョイ動いている。
「脅かさないでください」
「とにかくそういうこと故、行くのであれば心して行かれよ」
「分かりました」
「では、私は部屋に戻って一休みすることにする。後ほど食堂で会おう」
「はい」
もし食堂に現れなかったら寝ているかもしれないので起こして欲しいと言い置いて、ミランダはマリコの部屋から出て行った。
◇
残った荷物をとりあえずアイテムボックスに仕舞ったマリコは部屋を出た。タリアの執務室は宿屋の北西の角にある。マリコの部屋からだと、右に出て廊下を突き当たりまで行ったところである。執務室の前に着いたマリコは扉をノックした。
「はいよ」
「タリアさん、マリコです」
「おや、どうぞ。入っといで」
「失礼します」
マリコが部屋に入ると、タリアは一昨日と同じように机から顔を上げた。マリコの姿を見ると、ちょっとおやっという顔をする。
「ああ、買い物に行ったんだね。それにしてもまた随分地味なのを選んだもんだね。サニアに文句言われなかったかい?」
「よく分かりますね」
「そりゃあね。それでどうしたんだい?」
「ええ、まずは支度金をありがとうございました。おかげでやっと着替えられました」
マリコは礼を言って深々と頭を下げた。
「いいんだよ。これも仕事の内さね。それにそのうち返してもらう予定なんだからね」
「それでもです」
「まあいいさね。で、まずはって言うんだから、次はなんだい?」
「ええと、買ってきた物についてなんですが……」
マリコは収納についての疑問を説明していった。
「ああ、それはサニアの手落ちだね。服は行李なりタンスなりに仕舞うもんなんだけど、そこを抜かしちまってるねえ」
「やっぱり、押入れに直に並べたりアイテムボックスに全部入れておくんじゃないんですね」
「当たり前だよ。っと、ああ、あんたはその辺りの加減が分からないからわざわざ私に聞きに来たんだね?」
「そうです」
「じゃあ、ついでに説明しとくかね」
「お願いします」
「普通はその時持ち歩く必要がある物をアイテムボックスに入れて、他の物は家に置いておくもんさね。アイテムボックスにだって、入れられる限度ってもんがあるからね。探検者なんかをしている者だと、家がないってのも結構いるから、その中には全財産をアイテムボックスに入れて持ち歩いている者もたまにいるね。それにそんな連中も、実際に探検に出る時には拠点にしている宿に荷物を預けて行ったりするもんさね」
「なるほど、大体分かりました」
タリアの説明は、概ねマリコが思っていたとおりだった。その辺りの感覚は日本やゲームとそんなに差は無いようであった。
「行李のことは押入れに入れとくのを忘れただけだろうから、サニアに言えば出してくれるさね。それでいいかい?」
「はい、ありがとうございます」
「いやいや、礼なんて言わないでおくれ。サニアが抜けてただけなんだから」
タリアはそう言ってヒラヒラと手を振った後、真面目な顔になってマリコを見た。
「じゃあ、用件はこれで終わりかい?」
「はい」
「ところでマリコ」
「はい」
「今、手は空いてるかい?」
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