088 お買物 3
下着が済んだので次は服だということになった。現在マリコが持っている服は今着ているメイド服一着だけという有り様なので、当然と言えば当然の成り行きである。
マリコとしては、とにかくズボンを欲していた。メイド服姿ももう三日目である。否応なくスカートに慣らされてはきたものの、服と言えばTシャツにGパンかワイシャツにスラックスという生活をしてきた身に、スカートはどうにも頼りなかった。
「カミルさんが着ていたような上下が欲しいんですが」
内心を鑑みれば、マリコの主張はごく自然なものであろう。
「え!? あんなのただの作業着よ。ちっとも可愛くないじゃない」
外見を鑑みれば、サニアの主張もごく自然なものと言えよう。
「いや、サニア殿。マリコ殿に今必要なのは当面の普段着であって、着飾るための服はまた改めて考えれば良いのではないか?」
「え? ああ、ううん。そうねえ」
脇から介入したミランダの冷静な意見により、両者の対立は不毛な口論に発展する前に軌道修正された。ただし、それはあくまでも軌道修正である。
「マリコ殿とて、十分に愛らしいと思える今の服を着ておられるのだ。着飾る事に興味が無い訳ではあるまい。そうであろう、マリコ殿?」
「ええと、それはまあ……無いわけではないですけど」
ゲーム上で「マリコ」を着飾らせる事は喜びでもあり楽しみでもあった。しかし、それが我が身に降りかかるとなると微妙である。マリコの答えは曖昧なものになった。
「ほら、マリコ殿もこう言っておられる。予算の都合もあるであろうし、今日のところはマリコ殿が着やすい物で済ませて、マリコ殿に金銭的な余裕ができてから改めて求めに行かれれば宜しかろう」
「それはそうね。じゃあ、マリコさん。今度また、あなたに似合いそうな服を買いに行きましょうね」
「ああ、私もその方がいいと思うぞ。それで良かろう、マリコ殿」
「え? あ、いや、はい」
サニアからはやけに気合いの入った表情を向けられ、ミランダにはどんどん話を進められ、マリコは目を白黒させた。サニアはサニアで、どんな服が似合うかしらね、などとつぶやいている。
「マリコ殿、マリコ殿」
「え、はい?」
ミランダに袖を引かれてマリコが振り返ると、ミランダはマリコの耳元にすっと顔を寄せて声を潜めた。
「サニア殿の買い物は長いのだ。こうでも言っておかぬと日が暮れてしまう。まだ一軒目なのだぞ。そもそも私が一緒に来たのは、その辺りをタリア様から頼まれたというところもあるのだ」
「ああ、そういうことだったんですか」
ミランダは密かにストッパーの任を帯びているらしい。囁かれたミランダの言葉にマリコは納得した。
サニアが好むような買い物は後日改めてということになり、マリコはなんとか――スカートを推してくるサニアをかわして――Gパンのようなパンツを二枚とシャツを三枚買えることになった。続いて、ストッキングの替えやベルトにサンダル――「服屋」とは言いながら履物も含めた衣料全般を扱っていた――といった小物を並べていく。
「ええと、あとは何が要るんでしょう?」
「下着、服、靴下、サンダル……靴は次にしたから……」
「寝巻きがまだないのではないか?」
「「ああ!」」
三人寄れば文殊の知恵とでも言えばいいのか、三人いれば意外にもれなく考えが及ぶようであった。
「私としては、宿で借りているような寝巻きで構わないと思うんですがどうでしょう」
「私としては、もう少し可愛らしさが……」
「私としては、マリコ殿があれで寝るのはやめておいた方がいいと思うぞ」
「えっ? どうしてですか」
「あー、ええとだな……」
ミランダはマリコを部屋の隅に引っ張って行くと、今朝見たマリコの有様を小声で細かく説明していった。話が進むにつれて、マリコの顔が強張っていく。
「そんなに、ですか」
「そんなに、だ。正直、私に対する何かの挑戦か挑発かと思ったぞ。今朝は自重したが、もし今度見かけたら受けて立つことにする」
「受けて立つって、一体どうするつもりなんですか」
「もちろん、遠慮なく摘み上げさせていただく。一発で目が覚めると思うのだがどうだろう?」
胸を摘み上げられて起こされるのはさすがに心臓に悪そうだと、マリコには思えた。
「……寝巻きはミランダさんが着てたみたいな物にすることにします」
パジャマタイプの寝巻き二着を加え、ここで買う物が揃った。ケーラがおまけに付けてくれた風呂敷にまとめて包まれたそれらを、マリコはアイテムボックスに片付ける。サニアが支払った金額は、予算額の半分を超えてしまっていた。
(服って結構高いな。いや、考えてみると工業製品じゃなくて全部手縫いみたいだから、そこそこ値が張るのは当然なのか)
「じゃあケーラ、頼んだ物よろしくね」
「はいよ。できたら宿の方に届ければいいんだね」
「ええ、お願い」
ようやくここでの買い物が終わり、三人は店を出る。その直前、サニアがケーラに声を掛けていた。
「サニアさんも何か買ったんですか?」
「え? ああ、今の? 私のじゃなくて宿屋からの注文よ。何だか聞きたい?」
「いえいえ、大丈夫です」
意味ありげな笑顔を向けてくるサニアに、マリコは何となく不穏な空気を感じて深く追求することを避けた。
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