087 お買物 2
マリコは箱の中からそれを一つ摘み上げ、両手で広げて眺めた。木綿と思われる布地で作られたそれは、クロッチ以外の両サイドに細長く縫われた布紐が蝶結びにされて留まっている。紛う事なき紐パンであった。
ただしそれは、いわゆるセクシー下着というわけではなかった。後ろ側の布はお尻を包むのに十分な大きさがあり、前側もきちんと普通の幅がある。さすがに紐が出ている部分はその幅に合わせて細くなっているが、ゴムの代わりに紐で留める形になっているというだけの物だった。
それでも、当然ながらマリコはそんな物は穿いたことがない。今着けている下着はウエストにゴムが入っている物だったはずである。
「どうしてこういう紐パ……、ええと、紐で留める下着ばっかりなんですか?」
「え? 何かおかしいかしら?」
「あー、私が今穿いているような、ええと、伸び縮みする紐が使われている物は無いんでしょうか」
「ゴム」という言葉が通じるかどうかが分からなかったマリコは考え考え聞いた。
「伸び縮み……、ああ、ゴムが使ってある物ってことね。それはあるわよ。でも、マリコさんには申し訳ないんだけど、予算上の問題で今回はそれは買えないわね」
「予算、ですか。ああ、昨日言ってた立て替えの……」
思わず発した問いにサニアから予想外の答えが返ってきて、マリコは目を瞬かせた。
「ええそう。今日のあなたの買物用に、女将から金貨十枚預かってきてるの。その位あれば、とりあえずの着替えとか日用品の類は揃うと思うから。まあ、高級品を揃えるというところまでは行かないんだけどね」
「はい」
昨日考えたマリコの感覚通りなら、金貨十枚は約十万円相当でほぼ一カ月分の給金にあたるはずである。当面の必需品を買うのに給料を前借りするようなものかとマリコは思った。
「でね、あなたが今着けている下着の上下なんだけど、それと同じような物を買おうとすると、一セットで金貨一枚はするのよ」
「ええっ!?」
「ゴムとか、細かい金具がね。特にゴムは、何かの木の樹液から作るらしいんだけど、結構高いのよ。買えなくはないけど、替えの下着が一枚きりっていうわけにはいかないでしょう?」
「そ、それは確かに」
潔癖症とまでは言えないものの、日本人的な感覚のマリコとしては、できることなら下着類は毎日替えたいと思った。汗や思わぬ汚れで着替えねばならなくなる事を考えれば、確かに何枚か予備は欲しいところである。
「でね、今出してあるこっちなら、同じ金額で五倍くらい買えるの。私やミランダだって、普段穿いてるのはこういうのなのよ」
「そうなんですか?」
マリコは昨夜の風呂場の様子を思い出そうと頭をひねる。しかし、そこまでまじまじと見ていたわけではなかったので、サニアやミランダが紐パンだったかどうかまでは思い出せなかった。
「はいよ、サニア。サイズの合う「上」を持って来たわよ」
ちょうどそこへ、ケーラが別の浅い箱を手にして現れた。箱の中にはケーラの言ったとおり、ブラジャーらしき物が入っている。先ほどのパンツの箱と見比べたマリコは、これらが引き出しを引き抜いてきた物なのだと気が付いた。
「ありがとう、ケーラ。あら、三枚しかないの?」
「この大きさが要る娘なんかこの里に何人もいないのに、あんまり在庫を抱えても困るのよ? もっと要るなら言ってくれれば縫うし、急ぐなら隣へでも行って買ってくる方が早いわね」
机の上にパンツの箱と並べて置かれたそれを、マリコは覗き込んだ。赤一色、白地に赤の横縞、白地に紺の横縞という、やや偏った柄のブラジャーが三枚並んでいる。後ろにホックがあるのではなく、紐を前側で靴紐のように交差させて結ぶデザインになっていた。立体的に縫い合わされたカップはいわゆるフルカップと呼ばれる大き目の物で、肩紐もアジャスターこそ無いが結ぶ位置で高さを調節できるようだ。
「昨日も風呂場で思ったが、これがマリコ殿の胸を覆い隠すのに必要な布の大きさなのか。なんとも釈然としないものだ。そう思われぬかサニア殿」
「そうね。釈然としないわね」
マリコの隣で覗き込んでいたミランダが、野球のボールくらいなら包み込めそうな大きさのカップを見た後、サニアと顔を見合わせ、次いで二人してマリコの胸元に視線を落とした。
「……」
(スルーだ、スルー。ここで何か言ったら絶対薮蛇になる)
また昨夜のように揉みまくられてはかなわない。マリコは知らぬ顔で二人から目を逸らした。
「……まあいいわ。じゃあ、マリコさん。この上を三つと、それと揃う下とあと二枚くらい、でいいかしらね?」
「上下って、揃っていた方がいいんですか?」
「そりゃその方がいいわよ。マリコさんだって誰かに見せる時に不揃いな感じなのはイヤでしょう?」
「いやいや、わざわざ誰かに見せるつもりとかはありませんから。でもまあ、揃ってる方が良さそうだっていうのは分かりました」
「見る側」であった時の記憶を思い出して、マリコはそう答えた。
「でしょう? じゃあ、そういう感じで買っておきましょうね」
「お願いします」
「あと、マリコさん」
「はい?」
「大抵の男の人は、この紐を引っ張って解かせてあげると喜ぶそうだから、覚えておくといいわよ?」
「ですから! そういう予定は全くありませんから!」
紐パンの紐を指しながら悪戯っぽく言ってくるサニアに、マリコは再び否定を返した。
サニアの言った通り、ブラ三枚と紐パン五枚のお値段は金貨一枚で十分お釣りが来る額であり、マリコの替えパンツは全て紐パンとなったのである。
まだ下着しか買えていないという……
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。




