086 お買物 1
「さ、出掛けるわよ。マリコさん」
タリア一家との朝食を終えてお茶を飲んでいたところで、マリコはサニアにやけに気合の入った声を掛けられた。
「え? 後片付けとか昼の仕込みはどうするんですか」
「ああ、大丈夫よ。昨日は命の日だったから少なかったけど、今日は皆普通に来るから。ほら」
サニアにそう言われてマリコがカウンターの方を振り返ると、確かに中にいる人影が何人か増えていた。若い娘だけでなくタリアくらいの年齢の人も見える。マリコはその中に昨日客としてごはんを食べに来ていた人を見つけた。
「あの方達は……、ああ、ここの里の方ですね」
「そうよ。エリー達みたいに一日中いるんじゃなくて、自分の家のこともしながら交代で二、三時間だけ来る人が何人もいるの。だから大丈夫なのよ」
「なるほど」
要するにパートタイマーである。マリコは納得して頷いた。
「分かった? 私達だけじゃ、休むどころか宿を回していくのも難しいもの。じゃあ、分かったところで出掛けましょう。ミランダはどうする?」
「もちろん同道するに決まっている。久方ぶりに自分の買物もしようと思っていたところでもあるし、マリコ殿の買物にも興味はある」
マリコと並んで座っていたミランダは、持っていたお茶を飲み干すとカップを置いて立ち上がった。サニアとマリコも腰を上げる。
「じゃあ、サニア、頼んだよ」
「いってらっしゃい、おねえちゃん」
「いってらっしゃい」
「「「いってきます」」」
三人はタリアと子供達に見送られて宿屋を後にした。
◇
宿屋の敷地を囲む壁に設けられた門を抜けると、すぐ右側に門番の小屋がある。三人は門番に挨拶をして――交代したらしく朝練を見に来た二人ではなかった――小屋の前を通り過ぎると右に曲がった。
左手に麦の穂が実る畑を見ながら壁沿いに進んで行く。やがて壁が終わったところで、大小の家が十数軒並んで建っているところに着いた。
「今ナザールの里にあるお店は全部ここに固まってるのよ。と言っても五軒だけなんだけどね」
サニアは一度足を止めてマリコにそう言うと、一軒の大きめな家の方へと向かった。木造平屋の建物の作り自体はどの家も似たり寄ったりで、マリコにはどれが店なのか遠目には区別できなかった。
「まずは着替えね。私、先に行ってちょっと挨拶してくるから、二人ともそこで待っていてね」
そう言って「服屋」と書かれた看板を掲げた家に入って行ったサニアは、じきに出てきてマリコ達二人を呼んだ。
「いらっしゃい」
店に入ると、金髪を頭の後ろで丸くくくった貫禄のある中年の女の人が声を掛けてくる。
「おじゃまいたします」
マリコは返事をして店の中を見回した。広めに取られた部屋には壁に沿って何着かの服が掛けられており、床にはいくつかの木箱が並んでいる。マネキンなどが無い分、日本の店よりかなり地味に見えた。
「あなたがマリコさんね。うちのフローラが迷惑掛けちゃってごめんなさいね」
「え、フローラさん?」
「昨日、本来なら調理を担当するはずだった者の名だ。ほら、風邪で休んだ」
マリコが戸惑っているとミランダが助け舟を出してくれた。
「あ、ああ。いえいえ、大丈夫でしたから。それよりフローラさんの身体の方は大丈夫ですか」
「ええ、もう熱も下がってるから大丈夫よ。明日には宿に出られると思うわ。ありがとう、ってあら、挨拶が後回しになってるわね。フローラの母で服を扱ってるケーラです。はじめまして」
「こちらこそはじめまして、マリコです。よろしくお願いします」
「で、早速なんだけど、あなたの服の事情は今サニアに聞いたわ。こっちへ来てもらえるかしら。ああ、二人は待っててくれればいいわ」
ケーラはそう言うと、部屋の横の壁にある扉に向かうとそこを開けた。ついて行ったマリコが覗き込んでみると、そこは四畳半ほどの小振りな部屋で壁際に机とイスがあるだけだった。
「衣装合わせや着付けのための部屋よ。入って」
サニア達を振り返ると二人とも頷いたので、マリコはそのまま部屋に入っていく。ケーラも中に入って扉を閉めると、外の二人は何か話を始めた。
「とりあえず、採寸させてもらうから服を脱いでもらえるかしら?」
「え、採寸ですか」
着替えと言っても、てっきり既製品で済ませるのだと考えていたマリコは思わず聞き返した。
「ええ、仕立てることになるかどうかは分からないけど、正しいサイズが分かっている方が出来合いの物を探すのも楽でしょう?」
「ああ、それはそうですね。ええと、全部ですか?」
「そこまで脱がなくてもいいわよ。エプロンと服と、あとは頭のをはずしてもらえる? あ、靴はその敷物の手前で脱いで」
「分かりました」
マリコは部屋の三分の二ほどに敷かれている、草を編んだ――ゴザそっくりな――敷物にブーツを脱いで上がった。次いで言われた物を脱いではアイテムボックスに仕舞っていく。マリコはじきにシュミーズ姿になった。
「じゃあ、まずここに立って」
柱の一本を示されたマリコがそちらに近づくと、その根元には敷物がなく板になっており柱には目盛が刻まれているのに気が付いた。身長計になっているのだ。
「ええと、身長は百六十五センチ……」
マリコの頭に四角い板を載せて数値を読み取ったケーラは、取り出したボードのような物に書き込んでいく。使っているのはつけペンのようだった。
◇
「ウエスト細いわねえ」
などと言われながら各所の採寸を終え、メイド服姿に戻ったマリコはようやく着付け室から出た。するとそこでは、サニアとミランダが何やらカラフルな布の入った浅い箱を前に、ああだこうだと言い合っているところだった。
「おお、マリコ殿。採寸は終わられたようだな。では次だ次。やはりまずはここからであろうとサニア殿と話しておってな」
ミランダはそう言いながら、先ほどサニアと言い合っていた箱を指した。
「何ですか、それ?」
「下着だ、下着。マリコ殿は兎にも角にもこれの替えを入手するのが先決であろうと、今サニア殿と意見の一致を見たのだ」
「いやまあ、確かにそうなんですが……」
ミランダに返事をしながら、マリコは箱の中に視線を落とした。中には様々な色合いの、角を落とした三角のような形の布が入っている。ただし、それらにはマリコの記憶によると「一般的にはついていない物」がついていた。
三角形の三つの角のうち、二つから伸びた細長い布。マリコが見る限り、箱の中の全てからその細長い布は伸びていた。
(ひ、ひもぱん……?)
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