084 朝練 5
ひゅごっ
タリアの時と同じように光がきらめいた後、マリコの腕ほどの大きさの炎の杭が唸りを上げて打ち出された。それは曳光弾の如く輝く光の尾を引きながら、一直線に的に向かって飛んで行く。
「えっ!?」
「ぬっ!?」
「おや」
三者三様の呟きの中、マリコの火矢は狙い違わず中央の的に着弾した。
バガアアアァァァン!
轟音が響き渡り、的が立っていた辺りが一瞬真っ赤な炎に包まれる。その直後、前方から押し寄せる熱風がマリコの頬を叩いた。
「くっ」
マリコは思わず目を閉じ、腕を上げて顔をかばった。耳元をゴッと風が駆け抜ける。
幸いにも風は一瞬で吹き抜け、的から距離があったためか熱さも大した事はなかった。マリコは腕を下ろしながら後ろの二人を振り返る。
「二人とも、大丈夫ですか!?」
「ああ、問題ない」
「あの程度なら心配いらないよ」
ミランダはマリコと同じような構えを解きながら、タリアは普段と変わらぬ様子のまま、それぞれ答えた。
「それよりマリコ殿。あれは……」
自分の背後を指差すミランダのやや呆然とした顔に、安堵のため息をつきかけたマリコはそちらに振り向いた。
「え?」
マリコが狙った的は、的を支えていた杭ごと跡形もなく消えて無くなっていた。それどころか、一メートル以上は離れていたはずの左右の的も、杭の根元しか残っていない。的が立っていたはずの地面と残った杭の先から、うっすらと煙が上がっているのが見て取れた。
「ふう。マリコ、あんた一体どれだけ魔力を込めたんだい」
「え、ええと」
タリアに聞かれて、マリコは返事に困った。特に余計に魔力を込めた覚えが一切なかったのである。マリコは何が起きたのかを推測しようと頭をひねった。
ゲームにおけるマリコの火矢のスキルレベルは十五だった。そして、ゲームの仕様上、基本的に各種の魔法は取得しているレベルのものが発動する。支援魔法や装備の効果によって多少威力を上下させることはできたが、このレベル自体を変更することはできない。つまり、ゲームでのマリコは常にレベル十五の火矢しか撃てなかったのである。
(火の魔法が得意だっていうタリアさんの火矢の本来の威力が、さっき見せてくれたやつほど弱いとは思えない。込める魔力を増やして射程距離を伸ばせるって言ってたんだから、逆に威力を絞ることもできるということなんだろう。なら今の私のは、単に「火矢」としか考えずに撃ったから、調整なしの状態で発動したってことか?)
「まあいいさね。その辺りの勘も何度か練習すればじきに思い出せるだろうさ。そうだろう?」
「えー、はい。……多分」
マリコの事情を知っていてそう言ってくれるタリアにマリコは頷いた。同時に、昨日の経験から恐らくできるであろうとも思えるのだった。
「とは言え、ちゃんと扱えるようになるまでは、うかつに使うんじゃないよ。さっきみたいなのを森の中でぶっ放したりしたら山火事になっちまうからね。いいかい?」
「分かりました」
放火犯になるのはさすがに遠慮したいところである。マリコは改めて神妙に頷いた。
「マリコ殿」
「はい?」
一緒に話を聞いていたはずのミランダの声に振り向いたマリコは、輝く瞳に見返された。ガシリと腕をつかまれる。
「素晴らしい。素晴らしいな、マリコ殿。以前タリア様に見せていただいた火矢に勝るとも劣らぬ威力ではないか!」
「ミ、ミランダさん、ま、またですか!? も、もうそれはいいですから……」
「女将さん、何事ですか!」
聞こえてきた男の声にミランダもマリコを揺する手を止め、三人がそちらに顔を向ける。見ると、門の方から槍を手にした二人の男がやってくるところだった。
◇
運動場は壁に囲まれた宿屋の敷地の南東の角にあった。壁のせいで午前中は日当たりが悪く、畑にするにはやや不向きな場所を運動場として使っているのだ。つまり、東に向いて開いている門から入ってすぐ左を見ると、突き当りの壁際に運動場が見えるのだった。
「ほれ、わしの言った通り、女将さん達の魔法だったろう?」
「それはそうですが、確かめてみなきゃ分からないじゃないですか」
マリコ達三人の前で、白髪頭の年配の男と赤茶色の髪の若い――と言ってもカミルくらいの――男が言い合っている。二人は門番の当番として詰めていたところへ爆発音が響いたので、様子を見に来たのだという。
「今でこそ減ったが、昔は毎日あの音が響いてたんだ。いちいち気にしていられるもんか。なあ、女将さん?」
「「え?」」
年配の男の言葉に、マリコとミランダは思わずタリアの顔を見た。
「ちょいと、ベン。何を言い出すんだい」
「何ってお前さんの昔の話じゃないか。いいかい、お嬢さん達。この女将、若いころは灰かぶり姫って呼ばれててな」
「「灰かぶり姫!?」」
「ああ。その前に立ち塞がるもの、全て焼き尽くされて灰燼に帰す。常にその灰をかぶりしナザールの灰かぶり姫ってな。伐採がなかなか進まないって森も燃やそうとしたところをナザールのやつに止められて……」
滔々と捲くし立てていたベンの言葉がいきなり途切れた。固まったベンの視線の先を追ったマリコとミランダが見た物は、恐ろしく整ったタリアの笑顔だった。
「ま、まあなんだ。年寄りの昔話は長くていかんよな。じゃあ、プラット、問題ないようだし、戻るか」
「うぇっ!?」
金縛りが解け、手にした槍を担いでそそくさと戻っていくベンを、プラットと呼ばれた若い方の男があわてて追いかけて行った。残された三人の間に、緊迫した空気が漂う。
「何か言いたいことがあるかい?」
笑顔を向けてくるタリアに、二人はぶんぶんと首を振った。
予約投稿をしくじりました><
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