079 探検者達 4
水面が緩やかに波打つ池を前に、カリーネ、ミカエラ、サンドラの三人は特に戸惑う様子もなく、武器をはずし服を脱いでは各自のアイテムボックスに仕舞っていく。
程なく全てを脱ぎ終えた三人は、今度はそれぞれ手拭いを取り出した。そして、女の人がお風呂で髪を濡らさないためにするように、手拭いに髪を押し込みながら頭に巻いていく。水辺で服を脱いで髪を上げるその様子は、一見身体を洗う準備をしているようにしか見えなかった。
髪が持ち上げられたことで露になった首筋には、個々の髪の色に合わせたチョーカー――例のお守り――が付いていた。カリーネは緑、ミカエラは赤、サンドラは青である。
「うー、やっぱりまだちょっと寒いねえ」
「夏に来たら、もっと気持ちいいだろうね」
池のそばの空気はひんやりと冷たく、デコボコになった鍾乳石の天井からは時折冷たい水滴も落ちてくる。ミカエラはむき出しになった小麦色のスレンダーな二の腕を手で擦っているが、一方のサンドラは、やや肉付きのいい雪のように白い身体をさらしながら平気そうな顔をしていた。
「準備できた? じゃあ、行くわよ。まずは核を見つけましょう」
「「うん」」
カリーネの号令の元、裸の三人は池を取り囲むように離れ、それぞれ池の縁に近づくと中を覗き込み始めた。青味がかった池の透明度は高く、深さもさほどではない。青白く見える鍾乳石の底が魔法の光に照らし出されてきらめいていた。
「あった! 小さいの発見!」
「こっちも小さいのを見つけた」
ミカエラとサンドラが次々に声を上げる。それぞれの目は、池の縁近くに握り拳ほどの大きさの丸く黒っぽい塊りがあるのを捉えていた。たくさん並んでいるわけではないものの、水中に黒い玉が浮かんでいる様子はなんとなく大きなカエルの卵の様にも見える。
「大きいのがやっぱり真ん中辺りにいるわね。他にはもう見えない?」
カリーネの声に、二人はまた池を覗き込みながら縁に沿って進んでいく。
「三つだけみたいね」
「うん」
「もういなさそう」
しばらくの後、三人は集まって頷き合った。
「じゃあいつも通り、一番大きいのだけやるわよ。ミカちゃんが追い込みでいい?」
「了解ー」
カリーネの指示に答えたミカエラは池を右から回りこんで行った。裸足で鍾乳石の上を歩いているにも拘らず、ひょいひょい進むその足取りには全く危なげがない。
「サンちゃんは私とこっちで待ち伏せね」
「分かった」
やがて右の奥近くまで進んだミカエラが、ほぼ反対側に少し間隔を空けて立つ二人に手を振った。
「じゃあ、行くよー」
ミカエラはゆっくりと片足ずつ池に足を入れていく。足が触れた池の表面が一瞬わずかにへこんだように見えたが、さらに下ろされた足はそのままとぷりと池に浸かった。
「冷たー。うう、外が暖かくなってきても、ここは冷たいままかあ。よっと」
ミカエラがバランスを取りながら両足で池の中に立つと、池の表面が波立ってその中央に見える直径二十センチほどの大きな黒い塊りがふるりと震えた。ミカエラはその塊りの方へと慎重に足を進めていく。
「おー、滑る滑る」
「転ばないように気を付けて!」
「転んだら、髪溶かされちゃうよ」
「分かってるって。ほっ、はっ!」
ミカエラは池の縁に立つ二人の反対側に回りこむように、少し粘りのある池の中をゆっくりと黒い塊りに近づいていく。すると、近づかれた塊りはミカエラから離れるように、震えながらこちらもゆっくりと動き始めた。
「よっ、とっ、たっ!」
やがて、ミカエラは池のほぼ真ん中まで進んだ。池の表面は彼女の股下近くにまで達している。黒い塊りはさらにミカエラから遠ざかる方へと動き、段々とカリーネとサンドラの立つ縁に近づいてきた。
「もうそろそろ? おっ、上がってきた!」
さらに二人の方へ歩を進めたミカエラは、声を上げて自分の身体を見下ろした。青味がかった粘液が太ももをゆっくりと這い登ってきている。
「じゃあ、行くわよサンちゃん」
「うん」
カリーネとサンドラは桶を取り出すと、すぐ足元にまで近づいていた黒い塊りの両脇に素早く降りる。たゆんと胸を揺らした二人は、すかさずびくりと震える塊りの両側に桶を突っ込むと左右から挟み込んだ。二つの桶に閉じ込められた塊りがびくびくと動き、粘液の表面がブルブルと波立ち始める。
「上げるわよ。そうれ!」
「えいっ!」
カリーネの掛け声で、二人は合わさった桶を池の縁に引き上げた。池の粘液がさらに激しく波立つ。
「ミカちゃん、あとお願い」
桶に続いて自分達も池から上がったカリーネとサンドラは、再び桶を持ち上げて池から離れていく。桶から池に繋がっている粘液は、距離が開いて細くなってはいくがまだ切れてはいなかった。
「火矢!」
池に立つミカエラの右手から、鉛筆ほどの大きさの火の矢が飛んだ。ぷしゅんと少し間の抜けた音がして、桶と池を繋ぐ細い糸が断ち切られる。桶がビクンと大きく跳ね、池の波立ちが小さくなっていく。三人はしばらくそのまま立ち尽くした。
「終わった?」
「もう大丈夫みたいね」
「ふう、やれやれ」
やがて、腰の辺りまで上がってきていた粘液が動きを止め、力なく流れ落ち始めたところでミカエラが声を上げた。カリーネとサンドラも息を付く。
「さて、さっさと回収して身体を流しましょう。サンちゃん、核をお願いね。ミカちゃん、汲めるだけ汲むわよ」
「「はーい」」
サンドラは桶から黒い核を取り出し、カリーネとミカエラは後ろに並べてあった樽を池のそばへ運んでいく。
◇
「スライムって変な魔物だよねえ」
「そうねえ」
「革でも骨でも溶かして吸収するくせに、生きてるものは溶かせない。そのくせ、自分に沈めて殺そうとしてくるんだもんねえ」
「死んだらエサにできるって知ってるのかしらね?」
「あっ、この樽と桶、大丈夫なの?」
「ちゃんと先に強化掛けてあるから大丈夫よ」
「ならいいか。この液、高く引き取ってくれるもんね」
「いろいろと使い途が多いものね」
池の粘液を桶で汲んでは樽に流し込みながら、カリーネとミカエラはとりとめのないおしゃべりに興じていた。スライムの粘液が有機物を溶かし、金属さえゆっくり腐食させることはよく知られている。装備に被害を受けずにスライムを狩るために編み出されたのが、今回の方法なのだった。
「一型が三個出てきた」
サンドラが二型のものより一回り大きい魔晶を手にしてやってきた。スライムの核から取り出した物である。
「ああ、サンちゃん終わったの。こっちももう終わるわ。水で流す準備、しておいてくれるかしら」
「分かった、カーさん」
「うう、本気で寒くなってきた。早いとこ宿に戻っておっきいお風呂に入りたい」
「ここが片付いたら、さっきの部屋で火に当たれるわよ。今夜はここに泊まって、明日中には宿に帰れるじゃない。さ、頑張りましょ」
「へーい」
サンドラが後ろで水を使う気配を感じながら、二人は粘液を汲み続けた。
また微妙に長いです。しかも全員、最後まで全裸とか……。
今回で間章は終了です。次回から第三章の予定。
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。
七夕記念SSを活動報告(2015/07/08)にて公開しています。興味のある方はお越しくださいますよう。




