078 探検者達 3
五人の一行は、木の生い茂る山腹に付いたあるのかないのかさえよく分からない獣道を、慣れた足取りで歩いて行く。バルトを先頭に女性陣三人が続きトルステンが殿を務める、という形の列を一応組んではいるが、さほど緊張した様子は見えない。
「こっちの山はもう、庭みたいなもんだよねえ」
二番目を歩いていたミカエラが、前を行くバルトの背中を見ながら気楽な声を上げる。
「まあな。でも油断は禁物だし、それじゃあ足りないっていうのはお前だって分かってるだろう?」
再び棍棒と丸盾を手にしたバルトは、前に目を向けたままミカエラの軽口に付き合った。
「そりゃねー。さっきの灰色オオカミだって、もし群れだったらあそこまで楽じゃなかったろうしね」
「そういうことだな。こっちの山に元からいる茶色オオカミくらいなら、群れが相手でもなんとかなる。でもまだまだだ」
茶色オオカミは中型犬くらいの大きさしかなく、先ほど一行が倒した灰色オオカミより一回り以上小さい。普段ナザールの里の近辺に出没するオオカミは、ほとんどがこの茶色オオカミである。
もちろん群れに襲われれば危険な動物ではあるのだが、里に住む大人――女の人も含めて――であれば大抵は、一対一でならこのオオカミを撃退できる程度の腕は持っている。否、時折里に迷い込んでくる群れからはぐれた茶色オオカミ一匹に対処できないようでは畑仕事もおちおちしていられない、というのが実状である。
「まだまだなのが分かってるから、奥の山まで出張って強い相手とやりあってるんじゃないの。あせってもいい事ないわよ、バルト」
「ああ、分かっているさ」
トルステンのすぐ前を歩いていたカリーネがバルトを諌める。反射的に返事をして黙り込んだバルトの背中を見て、ミカエラも口を閉じて足を動かした。
◇
「おっ、見えてきた見えたきたっ」
「あっ、待ちなさいミカちゃん!」
岩肌に口を開けた洞窟の入口が木々の間からのぞいた途端、ミカエラはバルトを追い抜いて駆け出した。制止するカリーネの声もどこ吹く風である。あっと言う間に辿り着いて振り返った。
「おーい、皆早く早くー」
楽しそうに手を振ってぴょんぴょん飛び跳ねるミカエラの声を聞き流しながら、程なく残る四人も入口前に到着した。縦横二メートルほどの口を開いた洞窟の脇には、「ナザール東一号洞窟」と書かれた木の立看板が立っている。
「おまえなあ、いくら慣れた道だからって俺を追い抜いて行くなよな。何のために盾持って先頭歩いてると思ってるんだ」
「だって何にもいなかったじゃない。それよりほら、さっさと終わらせてごはんにしようよ」
バルトが盾を持った左手を示しながら文句を言うと、ミカエラは軽くいなしてサンドラの後ろにササッと逃げ込んだ。後ろからサンドラの肩をつかんで盾にする。
「ちょっ、何するのミカちゃん。でもまあ、さっさとごはんってとこにはボクも賛成かなあ」
「ごはん……はあ。まあいいか」
押し出されながらも少し眠たそうな微笑みを浮かべてのんびりした事を口にするサンドラに、バルトは毒気を抜かれて息を吐き出すと肩の力を抜いた。
「終わったみたいだし行こうか、カーさん」
「そうね」
一歩下がった所で黙って三人を眺めていたトルステンとカリーネは、顔を見合わせて頷き合った。
◇
それぞれが自分の持ち物――盾の表や剣の先――に灯りを灯して洞窟に入った。ひんやりとした空気が一行を包んでいく。茶色っぽい岩に囲まれた洞窟を十メートルほど奥に進むと二股に分かれている。
「何も入り込んでないでくれよ」
「そうだねえ」
バルトはそうつぶやきながら、光を発する盾を前に構えたまま右に続く道にそっと足を踏み出した。ミカエラが応じ、後の三人も頷いてついて行く。
三メートルほど進んだところで急に天井が高くなり、幅も広くなった。バルトはあちこちを照らしながら見渡していく。
「大丈夫そうだ。何もいないし、変わってないみたいだ」
そこは七、八メートル角くらいの広さの、行き止まりの部屋のような所だった。壁も床も茶色っぽい岩で、真ん中辺りには石が丸く並べられており、中には焚き火の跡が残っている。天井までの高さも四、五メートルくらいはあり、ところどころにヒビが入っていた。
「何も入ってきてはいないみたいね。じゃあ、先に火だけ点けて行きましょうか」
「そうだな」
カリーネはバルトの返事を聞くと、薪を何本か取り出すと手早く組んで着火を使う。程なく白っぽい魔法の光に赤い炎の光が混ざった。
「これで戻って来た時には少しは暖かくなってるわね。さ、行きましょ」
カリーネが立ち上がり、一行は部屋を出て先ほどの分かれ道に戻る。そしてまたバルトを先頭に、今度は奥に続く道へと入った。
時折、右に左にと曲がるこちらの道も、進むにつれて段々と天井が高くなっていく。途中からは、周りがすべすべした白っぽい石に変わり、床のデコボコも大きくなっていった。鍾乳洞である。
「この先だったよな」
「そうだね」
「合ってる」
「そうね」
「そのはずだね」
いくつ目かの曲がり角の手前で足を止めたバルトが振り返って聞くと、それぞれの口から肯定の言葉が返ってきた。バルトは前に向き直って角を曲がった。
そこにはまた広い空間が広がっていた。さっきの石の部屋よりもう二回り広いだろうか。天井までの高さも高い。もっとも、広さ以上に違うところがあった。
今度の部屋は四方が全て白っぽい鍾乳石で、奥の壁から三分の二程が池のようになっていた。青味がかった透明な水が溜まっているように見える。左手の壁に沿って道が続き、池の左側を回りこんでその先にも洞窟が口を開けていた。
「何回見てもキレイだよねえ」
「だねえ」
魔法の光に照らし出された幻想的な光景に、ミカエラとサンドラが声を上げて頷き合う。
「はい。じゃあ、バルトとトーさんは出す物出して」
「ああ」
「はいよ」
ミカエラ達とは対照的な普通の声音でカリーネに言われ、バルトとトルステンはそれぞれ樽を取り出した。一抱えはありそうな大きな樽を、しかも一人二樽ずつである。
「ほら、いつまでも見てないで、ミカちゃんとサンちゃんも」
「「はーい」」
ミカエラとサンドラ、そしてカリーネ自身も同じ樽を取り出す。合計十もの樽がその場に並べられた。
「それじゃあ、二人は見張りをお願いね」
カリーネの言葉にバルトとトルステンは頷くと、棍棒を仕舞って今度は剣を構える。そして、バルトは奥の道、トルステンは今来た道へと歩いて行った。
「こっちは大丈夫だー」
「こっちもオーケーだよー」
それぞれ角を曲がって、姿が見えなくなったところで二人の声が響いた。
「じゃあ、お願いねー」
カリーネは大声で返事をすると、ミカエラとサンドラに目を向けた。
「始めるわよ」
「「はーい」」
慣れた様子で各自別の方向を向いた三人は、池を囲むように壁に向かってそれぞれ灯りをかけた。池の周りが明るく照らし出される。
その魔法の光が満ちる中、カリーネ達三人は装備を解き始めた。
キリのいいところまで書いたら微妙に長めに……。
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。
2015/07/09追記
七夕記念SSを活動報告(2015/07/08)にて公開しています。興味のある方はお越しくださいますよう。




