072 就寝 2
「ふう」
サニアとエリーの手を借りて、なんとかミランダを並べたイスの上に寝かせたマリコはため息をついた。ダボッとした水色のパジャマの上下を着たミランダは、臨時のイスベッドで穏やかな寝息を立てている。時折、しっぽの先がゆらりと揺れ、ぬふふと笑うようなかすかな声を上げる。
「ミランダさんが割りと元気な方だっていうのは、今日一日で一応分かったつもりでいたんですけど、夜はいつもこうなんですか?」
ミランダの枕元近くに置いたイスに腰を下ろしたマリコは、飲みかけのジョッキを手に取りながら聞いた。サニアとエリーもそれぞれ自分の飲み物を手に、マリコのテーブルに着いている。
「そんなことはないわよ。ミランダが酔い潰れるところなんて初めて見たもの」
「いつもは二杯目は飲まないし、私もこれを飲んでるのは初めて見た」
淡い緑色の柔らかそうなネグリジェ――スケスケではない――にショールを羽織ったサニアが答えると、こちらは帰宅するために私服――紺色のシンプルなワンピース――に戻ったエリーが自分の持つジョッキと目の前に置かれた太目の壜を差して言った。
「それは? 蒸留酒ですよね?」
「ん。ウイスキー。飲む?」
エリーはマリコの問いに頷くと、壜を持ち上げて見せた。
「いいんですか?」
聞き返しながら、マリコはチラリとサニアの顔を見た。元より嫌いな方ではない。味には興味があるものの、追加分の自腹が現在無一文のマリコには払えないのだった。
「大丈夫。これは私の壜」
「え、そうなんですか?」
答えは、意外にもエリーから返ってきた。マリコが顔を見ていたサニアは笑顔で頷いている。
「今この宿でこれを飲むのは、私と女将さんくらい。だから壜ごと買って置いてある」
「ああ、なるほど。じゃあ、少しだけ」
(ボトルキープしてあるようなもんだな)
マリコは少し周りを見回すと、ミランダが空にしたジョッキを取ってエリーに差し出した。横で見ていたサニアが目を見開いたが、マリコは気付かなかった。
「ん」
エリーはかすかに頬を綻ばせ、ポンと音を立てて壜の栓を抜くと、マリコのジョッキに傾けた。とくりとくりと薄い褐色の滝が流れ落ちる。
「いただきます」
マリコはジョッキを傾けて、注がれたウイスキーをまずは一口、口に含む。サニアがまた、えっという顔をしたが、マリコはまたしても気付かなかった。
口の中でゆっくりと転がした後、マリコはそれを飲み込んだ。焦がした樽の香り、比較的シンプルな味わい、少し荒々しい口当たりと喉越し。
(おお、若いシングルモルト、っていう感じだな。さすがに気を抜いて一気に飲んだら酔いそうだ。ミランダさんはこれを一体どれだけ飲んだんだろう)
「マリコさん?」
マリコが二口、三口と味わっていると、サニアが心配そうに声を掛けてきた。一方のエリーは興味深げにマリコを見ている。
「え? ああ、黙り込んですみません。ちょっと若い感じですけどおいしいですよ」
「いえ、そうじゃなくて。マリコさん、平気なの?」
「えっ?」
「そんなきついお酒、そのまま飲んで大丈夫なのって言ってるのよ」
「はい、それは大丈夫で……あ」
マリコはまた、己の失言に気付いた。ウイスキー党自体がここでは少数派であることを、さっきエリーに聞いたばかりなのだ。それをさらにストレートで飲む女の子が一体どれだけいるというのか。
「ええと、これはその、ですね……」
「酒飲み達の相手をできる人が増えた、ということ」
マリコが何か言い訳を始めようとした時、それを遮るようにエリーが口を挟んだ。
「え、ああ、そうね。マリコさん、好きそうだって話だったものね」
「ん」
「ええ!? いやいや、待ってください」
(そりゃ確かに嫌いじゃない、嫌いじゃないけど……)
「う、うーん……」
マリコがさらに言い募ろうとした時、ミランダが臨時ベッドの上で窮屈そうに唸りながら寝返りを打った。
「あ、ミランダ、あなた大丈夫?」
「んー、すぅ」
問いかけるサニアに、半ば寝言のように答えると、ミランダはまた寝入ってしまった。
「あのジョッキに三分の一」
眠るミランダを覗き込みながら、エリーがぽつりと言った。
「え?」
「ミランダが飲んだ量」
小さいジョッキとは言え、三分の一なら百ミリリットルくらいはある。そこそこ酔うには十分な量だった。その前にビールも飲んでいるはずなので余計だろう。
「それは起きないわね。悪いけど、部屋まで連れて行ってもらえる?」
「分かりました」
「ん」
「とりあえず、私が抱えますから、エリーさんは反対から支えてください」
「分かった」
マリコはイスベッドの横に屈みこむと、ミランダの身体の下に手を入れることにした。
「ミランダさん、抱えますからできたら私につかまってください」
「んー? ん」
マリコの声に耳をひょこりと動かして生返事をしたミランダは、目を閉じたままマリコの首っ玉に腕を回してしがみついた。
「わっ」
一瞬驚いたマリコだったが、そのままミランダの背中と膝裏に手を回してゆっくりと立ち上がる。いわゆるお姫様抱っこの形である。マリコが思っていたより、案外簡単に立ち上がることができた。
(よし、つかまっててくれるとかなり楽だな。というかミランダさん軽いな。いや、これはマリコの筋力が高いということなのか?)
「すごい」
「マリコさん、それ大丈夫なの?」
「なんとか。もうこのまま行きますから、部屋まで一緒にお願いします」
心配そうなサニアの声に答えると、マリコは宿の奥へと向きを変えた。
「分かったわ。足元に気をつけてね」
怪しい行列が移動を開始した。
力が抜けている人を抱えるのはすごく大変です。
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。




