067 入浴時間 3
「マリコさん、何を引きつった顔してるのよ」
隣で服を脱いでいたサニアがマリコにそう聞いてきた。髪を下ろし、緑のワンピースも脱いでシュミーズ姿になっている。
「え? いえ、実は……」
マリコはそうなった経緯と現在の懸念――全裸で魔法――をかい摘んで説明していった。
◇
「ぷっ、ふふふ。いやねえ、マリコさん。そんなことで唸ってたの?」
話を聞いたサニアは呆れたように笑い出した。
「笑い事じゃありませんよ」
「まあ確かに、お風呂に入る前に身に着けたままきれいにしても、それじゃあ後で穿く時にちょっといやよねえ」
「そうでしょう?」
「きれいにした途端に身体の汚れが付いてしまうわけだからな。それは確かにいやかもしれん」
サニアの話に頷くマリコにミランダも一緒になって頷いた。
「でも簡単な話よ。下着は、いいえ、いっそ服全部でもいいわ。今は脱いだらそのまま置いておくの。それで、お風呂から上がった時にその寝巻きだけ先に羽織って、それから浄化すればいいのよ。そうすれば、裸で魔法を使わなくてもいいし、きれいになった下着を着けられるわよ」
「えっ? あ、そうか。そうですよね。別に今全部済ませなくてもいいんですよね」
(考えてみれば、それほど難しい問題じゃない。なんで思いつけなかったんだ。うう、やっぱり今からのことに意識を持っていかれてるんだろうか)
「……それにしても、ふふ、素っ裸で浄化……、ふふっ。これはもしかして、黙って見てた方がよかったのかしら? ねえ、ミランダ」
「そうかもしれぬな。マリコ殿の勇姿を見損ねてしまったか」
「そんな恥ずかしい勇姿はいやです!」
憤然とするマリコに、二人は顔を見合わせて笑い声を上げた。
◇
「……」
「……」
「あ、あの……」
「……」
「……」
「どうしてお二人とも、そんなに私を見るんですか」
意を決して――二人を見つめ過ぎないように――自分も服を脱いだマリコだったが、いざ肌を曝してみると、待っていたのは二人からの熱い視線だった。一応、広げた手拭いを握って胸の前に当ててはみたものの、日本の物と同じくらいのそれは、せいぜいスポーツタオル程度の大きさで、マリコの裸身を隠すには全く足りていなかった。
「後でじっくり見せてもらうと申したであろう? 有言実行しているに過ぎぬ」
そう言うミランダは、特に自分の身体を隠そうともせず、手拭いを肩に掛け腕を組んでマリコを見ている。服を着ている時の印象通り、素早そうなスレンダーな身体で、両腕に挟まれて内側に寄せられた白い胸がわずかに谷間を作っている。
「やっぱりちょっとうらやましいわねえ、マリコさん。メリハリが効いてて」
サニアも、手にした手拭いを少し膨らんでいるように見えるお腹に当ててはいるが、そのまま普通に立っている。ミランダより少し大きい胸が普段のサイズなのか、授乳期に向けての期間限定のものなのか、マリコには判断が付かなかった。二人の子供を育てた部分はさすがにやや大きく色濃くなっている。
(まさかこっちがこんなに見られることになるとは……。妙に恥ずかしいというか。でもまあ、来たばかりの新入りだし、気にはなるよな)
――女同士でも、大きい! とか、スタイルすごーい! とかいう人がいたらやっぱり見ちゃうよ
以前姪の一人が言った言葉が頭に浮かんで、マリコは少し納得した。
「そんなに大したものではありませんので……」
「それも謙遜が過ぎるというものだ。むう、うちの一族は皆控えめだからな。いたしかたない」
「私ももう少し……、まあ言ってもしようがないわね。さ、二人とも行きましょう。ああ、マリコさん。その籠、混んでる時はアイテムボックスに入れる方がいいわよ。今はそのまま置いといても構わないわ」
一通り眺めて気が済んだらしい二人は奥の扉へ向かった。マリコは引き戸を開けて入っていった二人に続いて中へ入った。
浴室は他の場所と同様、壁にいくつか魔法の明かりが点されて明るかった。天井は普通の部屋より少し高めで、左の壁には天井近くに窓が並んでいる。右の壁は天井との間に数十センチの隙間があり、男湯と繋がっている。
幅も奥行きも脱衣所と同じくらいの洗い場の向こうに、四角い大きな浴槽がある。この浴槽の左右からそれぞれ手前に壁に沿って、五十センチくらいの幅の湯を汲むための溝が腕のように伸びていた。湯がある部分を上から見ると、縦棒を真四角に拡げたコの字に見えるだろう。
(ミランダさんは五、六人入れるって言ってたけど、この湯船だと十人くらいは浸かれそうだな)
左右に伸びる溝の前にはそれぞれ、一段低い所に棚のような段が作られ、その前に木でできた低いイスと手桶が並んでいる。左側は五脚のイスが等間隔に並んでいるが、右側はエリーが既に片付けたらしく、イスと桶はきれいに積み重ねられていた。
「はい、マリコさんはここね」
左側の一番奥のイスに陣取ったサニアが、ポンポンと隣のイスを叩く。マリコが素直にそこに座ると、続いて隣にミランダが腰を下ろした。
「ここの手桶で、目の前の溝からお湯を汲んで使うのよ」
中に入れられた物がカチャカチャと音を立てる桶をアイテムボックスから取り出しながらサニアが言った。マリコもそれに倣って、何も入っていない借り物の桶を出す。隣を見ると、ミランダも自分の桶を出している。
(そういえば、他の道具がなんにも無いんだよなあ)
「今日のところは、セッケンなんかは私のを使えばいいわ。要る物は明日まとめて買いましょう」
サニアの言葉を断る理由はマリコには無かった。
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