066 入浴時間 2
パタパタと軽い足音を立てながら二人が向かったのは、昼間には裏から入った浴場の表側の入り口である。浴場の扉は他と同じような、二枚並んだ上半分が障子の引き戸で、内側の明かりが障子を通して漏れている。ミランダの言葉どおり、扉の前にはほのかな明かりに包まれたサニアが待っていた。
「遅れてすまぬ、サニア殿」
「お待たせしました」
「来たわね、二人とも。さ、入るわよ」
障子の部分に「ゆ」と大書された引き戸をガラリと開けて入っていくサニアに続いて、ミランダとマリコも扉をくぐった。中に入ったマリコの目に一番に飛び込んできたのは、「男」、「女」と染め抜かれた、二つ並んだ暖簾だった。
(本当に銭湯そのままな感じだなあ)
マリコが入った所は土間になっており、二メートルほど奥に上がり框が立ち上がっている。そこからまた二メートルほど板の間があり、正面にこれまた上半分が障子の引き戸が二枚並んでいた。目を引く暖簾は、この二枚の引き戸にそれぞれ掛けられている。右側に青い「男」の暖簾、左側に赤い「女」の暖簾である。目隠しも兼ねているらしく、膝くらいまである長めの物だった。
「履き物は自分のアイテムボックスに仕舞ってもいいし、ここへ入れておいてもいいわよ」
サニアはサンダルを脱いで板の間の廊下に上がり、それを拾って「女」の暖簾の左に続く壁に作りつけてある棚――要は下足箱だ――に入れるとマリコを振り返ってそう言った。ミランダも同じようにサンダルを仕舞っている。当然、マリコもそれに続いた。
「エリー、私達が最後よね? 待たせたわね」
サニアが「女」の側の引き戸を開けて入っていく。マリコはそれについて行くのを一瞬ためらって、ふと「男」の暖簾に目をやった。そちらに向かいたくなる気分をなんとか押し留める。
(いや、今は女、今は女今は女……)
「マリコ殿? どうなされた」
「えっ? い、いえ、何でもありません」
必死に自分に言い聞かせていると、不思議そうな顔をしたミランダに見とがめられ、マリコはあわてて手を振ってごまかした。そうしていると、目の前の暖簾がめくれてサニアが顔を出した。
「あなた達、何やってるの。早くいらっしゃい」
「ああ、すまぬ。マリコ殿が何やら男湯の方を気にしておられてな」
「まあ。お年頃ねえ。でも残念ね、今はもう誰も入っていないわよ」
サニアには男湯、というか男に興味があるように映ったらしい。
「え? ち、違います! そういうんじゃありません!」
「隠さなくてもいいわよ。自然なことなんだから」
「いえ、だから違うと……」
「それはもう後でよいではないか。二人ともさっさと入られよ」
待ちくたびれたミランダに背中を押され、マリコは「女」の暖簾の中へ押し込まれた。
「いらっしゃい。お疲れ様」
暖簾をくぐったマリコは、上から掛けられた声に顔を上げた。
(番台……)
女湯と男湯の境目、それらを隔てる壁の一部が抜けており、目の高さくらいのその位置に作られた席にエプロン姿のエリーが座っていた。正に日本の銭湯の番台である。
「マリコさん、これ。着替え」
呆けかけていたマリコに、エリーからひと山の衣類が手渡された。マリコが目を落とすと、それは今朝着ていた物と同じ浴衣と帯、何枚かの手拭いだった。きちんと畳まれたそれらが重ねられている。
「ありがとうございます」
「ん」
着替えを受け取ったマリコが礼を言って振り返ると、そこは脱衣所だった。十畳ほどの広さの板の間の中央にはテーブルが一脚置いてあり、その上には竹で編んだ大きな籠がいくつか積み重ねられている。二方の壁には棚が設えられ、四方の壁に一つずつ扉がある。一つは今通ってきた入り口、一つは番台のすぐ後ろ、一つは「お手洗い」と書かれている。奥の壁にある最後の一つが風呂場へ続く物であるらしかった。
「エリーもお疲れ様。片付けが済んでるなら、あなたも入りなさい」
「ん。火はもう落とした。もう一度確認して、表を閉めてから行く」
籠を手に取りながらサニアが声を掛けると、エリーは返事をした後、番台から後ろに下りた。すぐにその位置にある扉の中からトコトコと足音が聞こえて、奥へと遠ざかっていった。
「ああ、あそこから裏へ繋がってるんですか」
「そうよ。いちいち外を回ってたんじゃ面倒だもの。さあ、私達もお風呂よ」
着替えを棚に置きながらつい口に出したマリコに、床に置いた籠に外したエプロンを放り込みながらサニアが答えてくれた。マリコの隣でミランダもエプロンを外している。
(ううっ、二人とも、いやエリーさんも来るから三人か……)
裸を見たといってあわてふためくほど、マリコは初心ではない。ただ、見てしまうのを申し訳なく思いながら、二人と同じように床に籠を置くと、まず頭のホワイトブリムをはずした。
「待たれよ、マリコ殿」
「え? わ」
呼びかけられ、ホワイトブリムを手にしたままミランダを振り返ったマリコの目に、メイド服の前を開きかけたミランダの胸元が飛び込んできて思わず声を上げる。
「ん? 驚かれるほどないわけではないと思うのだが……まあいい。それより貴殿、服に浄化をかけるのではなかったか? 籠にまとめてしまっては困るであろう」
「あっ」
(そうだった)
エリーに勧められた、着替えが無いのを乗り切る方法である。マリコは自分の服に浄化をかけねばならない。
(え、でもそれって、素っ裸で自分のパンツに魔法かけないといけないってことなのか!?)
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