064 夕食戦線異状あり 7
マリコに注目していた人々がおとなしく帰っていったのには、相応の訳があった。
もちろん、次の日のことも理由としてはあるにはあったが、それは瑣事に過ぎない。
器量良くスタイル良く料理ができて酒も飲める。目の前にそんな娘がいたら、お近づきになりたいと思うのは男として当然、とまでは言わないまでも、極めて自然なことではあっただろう。料理をしている最中は無理だとしても、カウンターから出てくる様なら声を掛けてみよう、と待ち構えている者も多かった。
しかし、マリコは一向に火の前から離れない。それは今まさに自分達が口にしている物をひたすら調理しているから、という理由が明白である以上は文句のつけようも無い。もし、空気を読めずに文句を言う者が出たら、そいつは間違いなく宿屋からつまみ出されること請け合いである。そうなると、できる事は自ずと限られてくる。そう、情報収集である。
給仕に回っていたジュリアとマリーンはあちこちの席で似たような質問をされるハメになった。その結果、二人からもたらされた情報は人々を驚かせるに足るものだった。
「ミランダちゃんに勝った!?」
「料理の腕じゃなくて、剣の腕で?」
「圧勝って!」
「心酔されてる!?」
「お姉さまと呼ばれ……たりはしていないのね、うん」
ミランダの性質は、里の皆にはよく知られていることである。何かに秀でていれば一目置いてもらえるものの、強さという物差しはまた別格であるようだということも。
言葉遣いがあれではあるものの、ミランダはスレンダーなクール系美人である。この里に来た当初には、その手の申し込みをする者もかなりいた。それら全てに立会いを望んでは勝利を収めて断ってきたのだ。
――私にすら敵わぬ者に未来を預ける気にはなれん
それがミランダのいつものセリフであった。
ナザールの里は最前線である。男女を問わず大人であれば、最低限たまに迷い込んでくるはぐれオオカミを撃退するくらいのことはできないと日々の暮らしに困る。ただ、そのレベルではミランダに全く太刀打ちできなかった。
今では、里の住人でミランダに勝てるのはタリアくらいではないか、というのが皆の認識である。もちろん、この里を根城に探検に回っている探検者の中にはミランダに勝てる者も当然いるだろうが、そういう意味でミランダと剣を交えた者はまだいないようであった。
結果として現在では、ミランダは宿屋の中での戦闘隊長のようなポジションに納まっている。実際、宿の者が狩りに出掛ける際には他の者を率いていくようになった。
そんなミランダにマリコは勝ったという。その証拠だと言うように、現にミランダは厨房で楽しそうにマリコを手伝っている。
今の状態でマリコに声を掛けに行ったらどうなるか。
――貴殿がマリコ殿に挑みたいと申されるなら、せめて私を倒してからにするのだな
くらいは平気で言われそうである。
「何か対策を練らないと。少なくとも今日は無理だ」
そういう無言の共通認識を抱えて、皆おとなしく帰途に着いたのである。
◇
(卵を使い過ぎるのもどうかと思って薄焼きにしてみたけど、これだと天津飯風オムライスだったな)
自分の作った賄いを食べたマリコの感想である。洗い物をしながら、次の機会があればオムライスを作ってみよう、とマリコは思った。
あの後、天津飯についての説明をしながら夕食を終え、翌日の朝の仕込みを済ませたところで、エリー以外の通いの娘達はそれぞれの家に帰っていった。エリーは洗濯場の始末をするために持ち場に戻っていった。
「さて、マリコさんにミランダ、ご苦労様。特にマリコさん、今日は初めてだったのに大変だったわね」
「いえ、自分で原因を作ったようなものですから。むしろ、でしゃばりすぎたんじゃないかと思います」
サニアの労いの言葉にマリコは少し首を横に振って答えた。任されたとはいえ、いろいろやりすぎだったような気もするマリコである。
「そんなことないわよ。皆喜んでたし、無事に終わったんだからいいのよ」
「そうだぞ、マリコ殿。今日のあれは素晴らしかった。特に焼き鳥は毎日出してくれないかという話が結構あったようだぞ。ジュリアがそう申していた」
「そうねえ。皆が慣れてくれば今日みたいなお祭り騒ぎにはならなくなるでしょうから、手配できる材料分だけってことで常設のメニューに入れておいた方がいいのかもしれないわね」
「確かに毎日あの量は厳しいとは思いますけど、出すなら出すで、ある程度の量はないと……」
残った三人は今日の事や今後の事について意見を出し合う。他の者の話も聞いてから皆の話をまとめて、最終的にどうするかはタリアが決めることになるだろう。
「それじゃあ、ミランダ。私も準備して行くから、マリコさんをお願いね」
「承知した。ではマリコ殿、参ろうか」
ミランダはマリコの手を取ると先に立って歩き始めた。
「どこへ行くんですか?」
「私も準備があるから、とりあえず一旦自分の部屋だな」
マリコを振り返り、ミランダは笑顔で答える。
「え?」
(どうしてそんなに楽しそうなんだ、ミランダさん)
手を引かれ、訳がわからないままとりあえず足を進めるマリコだった。
予告?
ミランダに手を引かれたマリコを待っていたのは、また至極だった。仕事の後に待ち受けた解放と快楽。TS転生が生み出した不可避の死地。湯煙と裸身、温水と石鹸とを二槽式洗濯機にかけてブチまけた、ここは宿屋ナザールの離れ。
次回「フロ」。来週もマリコと至極に付き合ってもらう。
このところ、チマチマとDVDを見直しているのですが、マリコと名前が似てたのでつい……。
私クオリティーですので、内容に過度の期待をなさいませんよう。
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。




