063 夕食戦線異状あり 6
から揚げも焼き鳥も順調にはけ続け、閉店となる二十一時を前にほぼ売り切れの状態となった。豚の串をいくらか作り足すことで不足分を補ったりはしたものの、昼間ほどの混乱にはならなかった。マリコの目には、皆文句を言う事もなく飲食を楽しんで、おとなしく引き上げていったように見えた。隅の方のテーブルに陣取っていたOB軍団もいつの間にか撤収している。
「皆さん、割とあっさり帰っていかれましたね」
「え? ああ、大体は農家だし、明日は風の日だし、こんなものよ。これが土の日だったら、もうちょっと遅くまで飲んだり騒いだりする人がいるわね」
農家は朝が早いのよ、とマリコの問いにサニアは笑って答えた。
「そういえば、今日は命の日でしたね」
(日曜の夜に遅くまで飲み歩く人は少ないってことか。その辺は日本と変わらないな)
そこまで考えたところで、マリコはあることに気が付いた。外はもうすっかり夜になっているのに、いつの間にかあちこちに点された灯りやランプのおかげで、店内は暗さを感じさせない。
(灯りの魔法があるから、ここも普通に夜まで開けていられるのか。日本でも電気が無かった頃は、暗くなったら店じまいっていうのが割と多かったらしいから、本当、魔法があるってすごいことだよなあ)
最前線であるナザールの里は、一言で言ってしまうとまだほとんど何も無い田舎である。これが地球であるなら、隣の町からも遠く離れ電気も無い村などどれだけ不便だろうか。しかし、転移門や魔法があるおかげで、量的にはともかく文化レベル的には都会とほとんど変わらない生活を営むことができている。それは素晴らしいことなのではないかと、マリコには思えた。
「さて、みんな、もうひと頑張りよ。片付けと明日の準備、よろしくね」
客がいなくなった店内に響いたサニアの声が、マリコを我に返らせた。
「で、マリコさんにはもう一仕事、お願いしていいかしら?」
「え? 何でしょう?」
「私達の晩ごはん。材料はあるものを適当に使ってくれていいわ。何か思いつくものはある?」
「ああ、賄いですか。私が作るのでいいんですか?」
「今日はマリコさんに任せてみる、って言ったでしょ」
「分かりました。ええと……、人数は六、いえエリーさんを入れると七人分ですか……。あれ?」
人数を確認しようとしたマリコは違和感を覚えて言葉を止めた。
「どうしたの?」
「いえ、カミルさんがいないなというのと、私まだナザールさんにお会いしていないなと思いまして」
「えっ!?」
マリコの言葉にサニアが驚いた声を上げた。近くにいたミランダも少し驚いた顔をする。
「あ、あの、私何か変なことを言ったのでしょうか?」
「ああ、いいえ。マリコさんが悪いわけじゃないの。母さんがちゃんと話してなかったのね。ええとね……」
サニアは一度言葉を切ると、マリコの顔を見直して続けた。
「カミルの事は、今夜は放牧場の方に居る日だから別にいいのよ。お弁当も持って行かせたし。ただ、父さん……、ナザールなんだけど、居ないのよ。もう死んじゃってて」
「ええっ!?」
今度はマリコが驚きの声を上げる番だった。
「そ、それは、存じませんで……。大変失礼なことを申しまして……、すみません」
「いえいえ、マリコさんが謝ることじゃないわよ。もう五年も前のことだし。きちんと伝えてなかった母さんが悪いのよ。だから、気にしないでね、マリコさん」
「……分かりました」
「あー、なんか変な話になっちゃったけど、そういうことだから。人数は七人。それでお願いね」
「はい」
妙な感じになった雰囲気を一掃するように、サニアは明るく言った。マリコとしても話を蒸し返すわけにもいかず、素直に返事をするしかなかった。
(詳しいことは分からないけど、サニアさんは吹っ切れてる感じだし、とりあえず置いておくしかないよな)
マリコは気を取り直して、賄いのメニューを考えるべく、手元の材料を確認していく。
(ごはんは残ってる。スープもある。あとは、野豚の肉、野菜類、ああ卵もあるのか。手っ取り早いのは卵焼きか焼き飯か? でもさすがに芸がないかな)
少し考えたマリコは、今思いついた二つを組み合わせることにして、またミランダを助手にして料理を始めた。スープとサラダの準備はシーナ達に頼むと、卵を何個か使って大きめの薄焼き卵を人数分焼いておく。鶏ガラスープに醤油と砂糖と酢で味を付け、片栗粉――という名前かどうかは分からないがちゃんとあった――でとろみをつける。
次に、細切れにした野豚肉、野菜類を具に、塩コショウで味付けした焼き飯を人数分に足りるだけの量焼き上げる。できた焼き飯をスープボウルを型に使って深皿に丸く盛り付け、薄焼き卵をかぶせて鶏ガラスープで作ったあんを掛け回せば完成である。
(まあ、中身が焼き飯の天津飯なんだけどね)
味付けは大分アレンジされてしまっているが、元ネタはマリコ自身が好きだった某中華料理屋のメニューである。
「できましたよー」
完成した皿をカウンター越しに手渡すと、受け取った皆が目を丸くする。
「何ですかこれ? 面白い」
「大きい卵焼き?」
「スープに浸かってるの?」
見た目だけではなんだかよく分からないようだ。横で手伝っていたミランダだけは構造が分かっているので一人ニヤニヤしている。
全員が席に着いたところでマリコは食べ方を教える。
「スプーンで崩しながら食べてください」
皆でいただきますを言って食べ始めると、口々に歓声が上がった。早速、作り方や味付けについての質問が飛び出す。
しかし、マリコが答えるより先に、ミランダの「マリコの手際がいかに素晴らしかったか」という身振り手振り付きの解説が始まってしまい、マリコは褒めちぎられてあわあわしながら赤面するハメになったのだった。
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